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弥生の遺跡、国史跡「唐古・鍵遺跡」へ

2017-05-26 11:50:02 | 散策
お墓参りに橿原まで行くのですが、奈良に来て以来40年
奈良市から吉野方面への南北の道路事情は、新しい道路
京奈和道も出来上がってはいるのですが、途切れ途切れ
交通量の増加に追いつかず、つい国道24号を南下して
橿原へ向かいます。その途中田原本町に入るとすぐに、
気になっていた建物が目に飛び込んできます。
 
たしか20年前には、田んぼの真ん中にぽつんとこれだけ
最近は案内表示もあり、はじめて車を駐車場へと。
 
田んぼばかりだったのが、芝生の広場に変わっており、
期待を込めて階段をのぼると、目の前は

唐古池でおじさんたちが、ふな釣りに夢中
遺跡としては、これだけで、出土品等は、車で5分の
唐古・鍵考古学ミュージアム』とのことでした。
でもやはり、墓参りを済ませなくては。
田原本町HPより
国史跡『唐古・鍵遺跡』とは、田原本町のHPでは
”唐古から鍵にかけて所在し2000年前、弥生時代の 
 多条環濠集落遺跡で、42万平方m近畿圏最大とされ、
 奈良盆地のほぼ中央、標高48~51mの沖積地に立地する。
 第一次の1936・7年、国道用採土に伴い唐古池底の調査で
 出土した土器や木製品等は弥生時代の総合的な認識を齎し
 畿内の土器編年の枠組みが作られ、その後、発掘調査は
 1977年に再開され、2015年9月までに116次に達する。

 出土遺物は土器、農工具・容器などの木製品、石鏃や
 石包丁などの石器、骨角器、卜骨などの祭祀遺物、
 炭化米、種子、獣骨類など 多種多様な遺物、さらには
 銅鐸の鋳型などの青銅器鋳造関係遺物、褐鉄鉱容器に入った
 ヒスイ製勾玉、楼閣が描かれた絵画土器など特殊な遺物も”
第47次調査で出土
出土した多量の土器から、土器の変遷から時代をはかる
土器編年」が確立されて、 弥生研究の基礎となっています。
特にこの絵画土器は、全国の絵画土器出土総数の約半分を占め
この第47次調査で出土した絵画土器の「楼閣」をもとに、
1994年、唐古池の西南隅に復元されました。HPによると
”復元楼閣の高さは12.5mの2階建て、4本の柱は直径50㎝の
 ヒバ材を使用しています。平面プランは4m×5mです。
 屋根は茅葺きで、丸太で放射状に押さえています。
 壁は外面 が網代壁、内面が板壁です。
 唐古・鍵遺跡の建物に特徴的な渦巻き状の屋根飾りは藤蔓で
 作り、梯子は刻み梯子で復元しています。
 土器に描かれた屋根の上の逆S字状の3本の線は渡り鳥と解釈し、
 木製の鳥を東西両面 にそれぞれ3羽ずつ設置しています。”と

なお、駐車場は10月1日より、公園整備のため使用できず、
遺跡の展示をされている唐古・鍵考古学ミュージアムも
平成29年9月1日~平成30年5月31日までリニューアル工事の
ため休館されますので、ご注意ください。

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