不定形な文字が空を這う路地裏

torrential rain


望むとか、望まないとか、そんなもの、特別人生において重要な事柄でもないだろう、何の意味も無く道端でいきなり切り刻まれるやつだって居るさ、夢を見続けるやつなんて阿呆だ、だけど諦めを達観のように語るやつだって阿呆には違いないのさ、六月の街はいきなり容赦ない雨にただ濡れていた、ビニール傘を挿して歩くのにも飽きて、潰れた商店のテントの下に隠れて座り込んでいると、生まれてからずっとそこに腰を下ろしているような気がした、鼻歌はうろ覚えで、ペットボトルのコーヒーの味はいまひとつだった、謳い文句を考えるよりも先にすることはいくつもあるだろうに、でもそんなことを言っても仕方が無かった、少なくとも、現時点で俺にとって役に立つようなことはなにも無かった、そして俺は、そんな役割の中に身を置くことにすっかり慣れてしまっていた、そもそも取るに足らないことには違いないのだ、ある一定以上の成果が見込めないものに執着する必要はない、些細な事柄は部屋に紛れ込んだ小虫みたいなものだ、叩き殺そうとするとどこかに逃げ込んで出て来なくなってしまう、それなら、もうそれ以上の努力をするのは無意味だ、いつかそいつがヘマをした時にぶちのめしてやればいい、雨が連れて来る空気には埃が混じっていた、閉じ込められた都市の臭い、俺は顔をしかめてペットボトルの中の僅かなコーヒーを胃袋へ流し込んだ、歩く以外に選択肢はなかった、歩いて住処に戻らなければならない、一時間も歩けばやることはなくなってしまう、それでも俺はそれをせずにはいられない、まあ、いいじゃないか、生活のリズムというのは大事だ、主題を重視してリズムを軽視すると鈍重になってしまう、一定のリズムに乗るということには大きな意味がある、どんなエクササイズでもそれは重視されている筈じゃないか、俺は再び傘を差して歩きながら、突然切り刻まれて死ぬというのはどういう気持ちだろうと考える、それは悲しみだろうか、それとも怒りだろうか?理不尽さを許容出来るか、結局はそれがポイントになるだろう、もしも俺がそうされたらどうするだろう?大きな声じゃ言えないけれど、俺はそいつを切り刻み返すだろう、貰った分はお釣りをつけて返す主義だ、それも、圧倒的な差をつけてね―野良犬どもはろくに深く考えることもせず噛みついてくる、自分が噛み返されることなど考えもしていないのだ、やり返されると狼狽え、突然理性的な振りをする、でもたいしたことは言えやしない、野良犬に考えられることなんか限られているからね、ま、そんなことはどうでもいい…そんな連中のことをいつまでも相手にしていたら、俺はとっくに大量殺人者として収監されているだろう―街は変わり続ける、近頃は潰れた店はすぐに更地になることが増えた、それは細い棒きれとビニールの紐で区切られ、まるで忌地のような趣だ、人の暮らし、生業のあった場所、変わりゆくもの、失われていくもの、それは進化なのか、それともただの変化でしかないのか、雨は勢いを変えない、昔からずっとこうだったとでもいうように降り続いている、それは悲しみに支配された世界を思わせる、いつだって暮らしの根幹が惰性でしかないこんな街では、それは致命的なことのように思える、既存の価値観に寄生することで成長を装う連中、どんなに文明が発達したところで、この街の本質は未だ村でしかない、どんなイズムも無いものたちが、共通認識だけで寄り添って年老いていく街―虫唾が走る、無個性な大多数は、そうでない者たちを道ずれにしようとする、ああ、おい、お前たちはただたくさん居るというだけで正しいわけではない、どうしてこんな簡単なことがわからないのか、それとも、わかった上ですっとぼけているのか、駄々を捏ね続けた人間の方が勝ちだとでも言わんばかりの、見るも悍ましい世界さ、俺は傘を閉じる、そしてそれを捨てる、もうこんな街で自分を守っていることが馬鹿々々しくなったんだ、ほら、早速、まるでそぐわない化粧をした若い女が異常者を見るような目で俺を見ている、でも視線が合っている間は、そいつはなにも言いはしない、すれ違ったあと、逃げるように小さな声で呟いて行くのさ、みんなそうだぜ、上手く逃げ続けて、ハッタリだけは上等、それがこの街のプライドさ、あっという間にずぶ濡れの俺は、伸びた髪を後ろへ流しながら、清々しい気分で歩いた、下らない、些細なことには違いない、でも、やらないよりはやったほうがいいってこともあるものさ、鍵を取り出して住処に戻る、玄関の姿見にずぶ濡れの俺が映っている、楽し気ににやにや笑っている、お前、馬鹿だな、とそいつは言う、ああ、と俺は答え、その場で服を脱ぎ、シャワーに飛び込む、シャドウ・オブ・ユア・スマイルなんか口ずさみながら身体を洗ってしまうと、一日のほとんどが終わってしまった気分になった、まだ、午後の早い時間だというのに…馬鹿だとか馬鹿じゃないとか、そんなことじゃないのさ、いつだって大事なことは、そこからどこへ行くのかということそれだけなんだ。


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