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はばたきは、いつか

2024-02-21 22:51:30 | 

あなたは枯れた蔓を集めて、血管をこしらえた
わたしは綿毛を集めて心臓を作り、それを繋いだ
なにも無いこの地にはいつも、優しく撫でるような風が吹いていて
そのせいでわたしはいつだって落ち着かなかった
たくさんの鳥がいっせいに飛び上がるのを見たの
冬にしては暖か過ぎる日のことだった
わたしはかれらがなにかの兆しを感じ取ったのだと思って…あとをついて行きたくて仕方がなかったけれど
あなたには微塵もそんな思いは無く、だから
わたしはそこを立ち去るべきだと決意したの

風の中で、ずっと、だれかがつぶやいているような気がしていた
それはきっとあまり褒められた存在では無かったのだ
だけどわたしには些細なことだったし
そのせいでたとえば破滅が待っているのだとしても
わたしはきっとその、くすぐったさのようなものを
拒否することなんか決して出来なかった
めずらしく訪れた嵐の中、わたしは足跡を残さないように
どんな音も置いて行かないようにつとめた、きっと
だれのためでもなく、ただ自己満足のために
わたしの跡のことなどわたしにはどちらにしても
どうでもいいことのはずなのに

たくさんの鳥がいっせいに飛び上がるのを見たの、わたしはきっとそこに、どんな光も闇も感じることは無くて
そのことをとても恐ろしく感じてしまった
恐怖から逃れるためにわたしは動き始めたのだ
鳥たちがどこに飛んでいったのかなんて知らない、一度も
調べたことすらない、だけど
羽音が鳴る、羽音が鳴る、たくさんの羽音が鳴るの
それはわたしの背中に針を刺すように響く
たくさんの鳥たち、わたしは、あのときにきっと
言葉では拾いきれないたくさんのものを見たのだわ、追いかけてはいけない、その瞬間の出来事はなにひとつ
バスルームで思い出すだけにしておかなければならない

知らない朝の中で目覚めるときに、わたしは産道からはみだした日のことを思う、きっとそれは
長い目で見ればそれほど違いはありはしないのだ
わたしは赤子のようにたくさんのものを見た
そしてそのたびに
綿毛の心臓はたくさんの血液をわたしの体内に吐き出し、飲み込んだ
血液の材料がいったいなんだったのかなんて思い出せない、だけど
きっとそれは全身に刻まれているに違いない
わたしには言葉があり、音楽があり、画用紙がある
鳥たちはいつかあの場所に帰るだろうか
でもきっとわたしは
いつだってそのことを知らないままでいるに違いない


三文芝居の夜

2024-02-19 22:40:18 | 

一日中、降っては止みを繰り返した雨に濡れた街が、僅かな街灯の明かりに照らされて終末のようだ、新しい靴のソールは穴だらけの歩道の水溜りを完全に拒んだ、俺はそれをいい兆候だと感じていたんだ、風が弄るみたいに四方八方から吹き付けていて、そいつが俺とすれ違う時に世界の音を一瞬全部消してしまうせいで、ろくでもないことばかりを思い出しそうになって歯痒い思いをしていたのさ、もちろんそれはもう本物の記憶ではない、その時々の感情によって適当に塗り替えられてしまっている、まだ早い時間なのに車の流れが完全に途切れる時間があって、そのたびに世界はもう終わってしまったのだと勘違いする、それが予知なのか願望なのか、どちらかに決める勇気なんか俺にはないよ、誰もがこうあるべきなんだとでも言いたげに信号が点滅している、あいつが本当にやりたいことはきっと、信号無視をしたやつの頭に向かって倒れることだろう、ま、信号の気持ちを茶化してやれるくらい楽しい人生を生きているわけではないけどね…ずぶ濡れの酔っ払いが潰れた喫茶店の入口ドアにもたれてずっと同じ歌の一節だけを繰り返している、彼の服は酷く汚れている、ホームレスかもしれない、かすれた喉から絞り出すその歌は三十年は前のものだった、もはや彼自身、そんなものにどんな信頼もおいていないみたいに見えた、にもかかわらずその歌をずっと口ずさんでいるのは、きっと、他にすることをなにも思いつかないせいさ―人生にある種の確信を得ている連中の頭の中に在るのは、自分以外の誰かがこしらえたスローガンだ、文化体育館の前に掲げられた健全な精神がどうのこうのという垂れ幕を見ながらそんなことを考えた、それがどんな時代だろうと同じことだ、自分の言葉を隠してしまうことが美徳だと考える人間は大勢居る、まあ、俺にはなんの関係もない話だけどね、時折思い出したみたいに雨粒がひと時パラついてはあっという間に消えてしまう、服が濡れてしまうほどの雨ではないから傘を買わないままでいる、どこに行くという考えはない、家に帰ったら詩を書こうと思っている、詩なんかもうとっくに失われた、世間に詩情なんかもう存在しない、書き続けている俺はそのことをよく知っている、言葉を言葉のままでしか記せない人間たちが、どこかに手本があるようなものを書き続けている、それについてだけはほんの少し歯痒く思ったりもするけれど―俺は、自分がなにを考えているのか知りたいだけなのさ、いつだってね、考えを記すために書いているわけじゃない、順番がまるで違うんだ、考えを記すための詩は、結局頭の中にあるものを書き写すだけに終わってしまう、俺はそんな手法に興味が無い、俺はきっかけになる言葉を見つけて、速度の中で自分の奥底にあるものを引き摺り出そうとしているんだ、上手く行く時だってあるし、上手く行かない時だってある、牙を剥きたいのに、奇妙なほどに抽象的な言葉が並んだものを書いてしまうときだってある、つまりさ、欲望だけがあって…それがどんな形で完結するかなんてことはどうだっていいんだ、短い点滅信号を渡ろうとしてスクーターに撥ねられそうになる、スクーターの若い男は舌打ちをする、俺は軽く首を傾げる、そんなことはこれまでに何度かあったけれど、それ以上のことは起こりはしなかった、臆病なこの街の連中はいつだって、とても強い振りをするだけさ―建物が少なくなった、遅くまで空いてる店はコンビニだけになった、街はどんどん味気無くなって行く、幸せそうなのは酔っ払いばかりさ、しかもその中の何人かは嘘をついているんだ、広い交差点のど真ん中で爆弾を爆発させる映画を観たことがある、もう十年近く前のことだろうか、もしも自分にそんな機会がやってきたとしたら、俺は同じことをすだろうか?時々そんなことを考える、そんなことするわけないじゃない、と、笑って返すことは出来ない、少なくともそのくらい迷うだけのものは胸の内にあるってことさ…俺は缶コーヒーを飲み、車の流れが完全に途切れた広い交差点の真ん中に躍り出て、爆弾のように跳ね上がって倒れ込んだ、シャツが濡れてしまったけれどそんなことはどうでもよかった、覚悟のうえで傘を持って出なかったのだから…一瞬そのまま眠り込みそうになって慌てて歩道に戻った、歩道には警察官が二人立っていて、俺に向かってこんばんはと言った、俺も同じように返した、「さっきなにをされていたので?」「アマチュアのダンサーなんだ」と俺は口から出まかせを言った、「振り付けで悩んでいて散歩に出たんだ、突然いいフィニッシュが思い浮かんだんでちょっとやってみたくなったんだ」「なるほど」と警官は口々にそう言った、納得したのかどうかまではわからなかった、「歩道とか、公園とかでね、やるようにしてください、車道に出てやることじゃない…確かに今夜は妙に車が居ないけれどもね」俺は素直に詫びた、それで二人は納得して気を付けて帰ってくださいと子供をあやすように言った、あ、と、俺は二人を呼び止めた、二人は振り返り、どうしたんですかと目で訊いた、「こんな日には、実は世界は終わっているのかもしれないと考えることはないか?」警官二人は一瞬目を合わせて、それからばらばらによくわからないという風に首を傾げた、わかってくれるかもしれないと思ったんだ、と俺は弁解した、「でもどっちでもいい、わかって欲しかったというわけではない」警官二人はわかるよという風に頷いた、多分それが最善の返答だと考えたのだ―家に帰って少し詩を書いた、一日はそんなことだけで完全に塗り潰されて真っ暗になった。


Rend Fou

2024-02-10 14:13:04 | 

 

 

それは、どこから始まったのかわからなかった、部屋中に蚕の糸が絡みついているかのように白く、いつもそこにあるはずのものを認識することが出来なかった、いつもとは違うにおいがした、あまり適当な例えを思いつかないが、しいて言うのなら―黄泉のにおい、とでもいうような…身体も上手く動かすことは出来なかった、糸が絡みついているのかもしれない、いったいどういうわけだ、俺は直前までしていたことを思い出そうとした、でもどうしても思い出すことが出来なかった、そんなわけがない、たいしたことはしていなかった、でもここは自室であり、いつもと変わらない日常が淡々と繰り広げられていたに違いなかった、でもなにも思い出せなかった、目にしていたもの、手に取っていたもの、口にしていたもの、動作―なにも、瞬間に世界は塗り替えられた、俺は茫然として事の成り行きを見守った、数分―もしかしたら数時間だったのかもしれないが、その間はなにも起こらなかった、突然眠り込んで夢でも見ているのだろうか、そんな風に考えてみたがしっくりこなかった、とにかくある程度の時間が過ぎてから、身体の自由が利くようになった、とはいえ、ほんの少し確かめただけで、そこでどんなことをする気にもならなかった、部屋の中は糸が絡みついているわけではなく、ただ真っ白に塗り潰されていただけだった、絵具でもペンキでも無かった、ただなんらかの方法で真っ白に塗り潰されていた、窓はどうなったんだ、と俺は思った、窓があったんだ、俺がいま座っている正面の壁に―その壁に近寄って手を触れてみた、それはただの壁だった、窓の感触はどこにも見当たらなかった、俺は頭がおかしくなったのだろうか、と考えた、いままで当り前に展開されていた日常があっという間に壊れたのだ、そう考えるのは当然のことだった、俺はそう仮定してみることにした、もしもそうなら、このあと俺がやるべきことはなにもなかった、この現象が俺の部屋の中だけのことなのか、それとも他の部屋でも―あるいは区域や街で起こっているできごとだったにせよ、こんな出来事に遭遇したことがあるものなどいないだろう、とりあえずじっとしていることにした、でも、それは長くは続かなかった、部屋の外に出てみてはどうだろう、という考えが頭をもたげたからだ…少し危険な気はした、動かない方がいいという思いがあった、でも、少し確かめるだけなら問題ないだろうと思って、少し出てみることにした、しかし、着替えも財布も携帯も部屋の中には見当たらなかった、だからいまの格好のままで出てみることにした、ドアは鍵を掛けておいたはずなのに開いていた、まあ、鍵が見当たらないのだからそれでよかったのかもしれない、いや―部屋を出ようとしてあることが引っかかった、もしも、この部屋を出たあとでこのドアに鍵がかけられたらどうするんだ―?俺は外に目をやった、部屋と同じくらい白かった、いつも見えている景色がまるで存在していないように思えた、俺は部屋の中に戻りじっと座り込んだ―どれくらい時間が過ぎたのだろう?かなりの時間が過ぎたように思った、俺は自分の身体になんの異常もないことをおかしいと思った、座り続けていれば普通、背中や尻が痛くなるし、集中力だって途切れてくる、なのに俺は脳味噌まで塗り潰されたかのようになにも考えていなかった、そのとき俺は初めて恐怖を感じた、悲鳴を上げて外へ飛び出した、部屋を出てすぐに右へ曲がれば一階に下りる階段があるはずだったが、見つけることが出来なかった、畜生、と俺は自分のアパートの壁を蹴り飛ばした、それから闇雲に走り続けた、普通ならばJRの駅へと辿り着く方角だった、でも、なにも見えてこなかった、ただただ真っ白い世界が広がっているだけだった、俺は狂ったように叫びながら速く走った、息が切れることも無かった、俺はもう死んでいるのだろうか、と考え始めていた、わけがわからない、どうして突然こんな目に遭うんだ、なんでもいい、と俺は口走った、なんでもいい、どんなことでもいい、動いてくれ、この真っ白い世界から俺を出してくれ―その時―突然足元が奪われ、身体はもの凄い速度で落下し始めた、そしてその速度に合わせるように白い世界が霧が晴れるように散っていった、目の端に巨大なビルが見えた、地面からかなりの距離があった、なぜ、俺はこんなところにいる筈では―そう考える間もなく、俺は顔面から地面に叩きつけられた、脊髄を拠点にして、全身の骨が一瞬で砕ける感覚があった、もうなにも見えなかった、呼吸も出来なかった、地面が冷たかった、かなりの血が流れているのだろう、耳だけがまだ音をとらえていた、あの窓を開けることなんて出来ないはずなのに、誰かが嘘だろという調子でそう呟いたのが聞こえた、なあ、あんた、説明してくれないか、俺はそう懇願しようとした、でも、もう、なにも思い通りにはならなかった、真っ白い世界からは逃れることが出来たけれど、もうすぐ完全に、真っ黒い闇に飲み込まれようとしていた。