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ぐしゃぐしゃに食い散らかす ― Meatlocker ―

2014-06-28 23:39:00 | 








甲殻類が内耳を食い破る夜だから
獣のように丸まって時を凌いでいる
リンパ管を持ち上げながら千切ろうとしているのは
錆びた鋏のような赤茶けた概念だ
真夜中の青に染まっていく
真夜中の青に染まっていく
零れ落ちるめくら撃ちの言葉達の渦
うず高く積み上げられて即席の
即席の墓標なのだ
祈りを捧げようとしても神の種類が定まっていない
だから放っておいた、山中の廃れた祠のように
焦れた墓標はそこいらの
雑多な思念を集めて膨れ上がり…


天井の暗がりに張り付いているのは
致命的にパースの狂った人間のような何か
故障のような呼吸音を立てながら
考えているのかいないのか判らない様子で微動だにしない
そんなやつの背中のようなものを横目で眺めていると
どういうわけか郷愁のようなものに囚われる
俺の名を呼ぶまだ若いころの母親の声や
怖れしか抱くことのなかった父親の拳骨なんかを
そんな思いに囚われているうちに、ふと
天井に張り付いているこいつは
連絡がつかなくなった友達のうちの誰かなんじゃないかと
次第にそういう気がしてくる
久しぶりだな、と話しかけると
びくっ、と震えて
紙きれのようにすすっと天井の角に消えていった
俺の考えたことが正しかったのか
それとも、気付かれていないと思っていただけなのか
ともかくも天井は黙り込んでいた


迂闊な眠りに嵌りこんでいると
昼間見た青空のことを思い出すんだ
あれは海のすぐ近くを走る
寂れた薄汚い二車線の道路だった
膨れ上がった海みたいな青空
膨れ上がった海みたいな青空
ああ、甲殻類はこめかみに移動したようだ
衝撃で骨格が振動している
夢を見るよ、日常に重苦しいフィルターを掛けたような
どんなものとも言えない不安によく似たそんな夢を
屠殺をしくじられた牛か豚のように
梅雨の湿った寝床の上でのた打ち回りながら
あぁ、芳醇な青空
なぜに垣間見ることしか叶わないのだろう


かなぐり捨てる?のた打ち回る?蟲瓶の中に落ちて蝕まれているような気分、もはや悲鳴すら上げる気はなくなった、外界は妙に静かで、まるでこちらで誰かの気がふれるのを興味津々で待っているかのようだ、誰がおかしくなるんだって?誰がおかしくなるんだって?誰が?誰が?誰が?狂気の発芽なんていまに始まったことじゃない、生まれてこのかたずっと誰とも相容れない自分自身を感じてきたんだ、こんな種類の真夜中がお似合いなのさ、こんな種類の真夜中がとてもよくしっくりくるんだ、脳髄がとろけるような温度の中で、不意に降り始めた小さな雨の音に気付く、そういえばそんなことを天気予報が言っていたような気がする、今夜から明日にかけて雨が降るでしょう、ところにより雷雨となる可能性もありますと、ああ、そうか、今頃迂闊な誰かが雨に濡れているのだな、憐れんだりなんかしないよ、俺の人生にはいつだって雨が降っていたもの、俺の人生はいつだって濡れそぼって生温さに凍えていたようなものさ、判るかな、騒がせない温度は蝕んでいくんだ、釈然としない温度は…


不文律の深淵の中に気がつくとどっぷりと浸かっていて
そのせいかどうかは定かじゃないが呼吸がままならない
なぜこんなに簡単に乱雑に乱れてしまうのか
それともそうなってしまうからこそ歌えと誰かしらが叫ぶのか
歯軋りの日付変更線、窓に張り付くルビーのような虫を見た
常世の国なんてものがもしもあるのなら
その入口はあいつの翅の模様のどこかに違いない
「死せる魂の道程について何か話せることはあるか」
そう尋ねてみると
やつはぶぶ、と短く翅を鳴らした
窓に隔てられていることを忘れるなよと
そんな風に話しているみたいに思えた
ルビーのような虫は何度か足場を確かめたあと
尋ねるべきどこかを思い出したかのようにふっと飛び去ってしまった
そんなときの虫は記憶のようだと俺は思うのだ


朝は来ないのだ、俺が待っていたのは
自転も公転も関係のないものだった
軸の無い軌道に漕がれて迷い蛾になって
やがて俺の背にもルビーのような血生臭い翅が生えるだろう


甲殻類がとうとうどこかを食い破った、俺は叫び声を上げて……















濡れることも出来ない夏なんて

2014-06-27 00:50:00 | 






閉じかけた目をもう一度開いて
あなたの世界にあるものをもう一度見つめて
彼らはあまり音をたてないように
あなたがきちんと目覚めるのをずっと待っている


テーブルに置き去られた飲みかけの紅茶と
その脇に閉じられた読みかけの本
栞が挟まれたページは
もう何年も変わることがないまま


あなた自身を離れることでどんな孤独を手に入れたの
あなた自身から目を逸らすことで
確信を偽っても真実はついてくることはない
あなたの開かれた目がちゃんとたどりついたものでなければ


窓の外は雨だけれど、目指すべき光が必ずあるから
濡れることなど気にしないで外に出て行きましょう
風邪をひくかもしれないけれどいっときのことだから
そんな痛みも知らなければ尊さを知ることは出来ないから


時刻は午前零時、何もかもが新しく塗り替えられる
一日でたった一度だけの刺激的なチャンス
こんな時間に目を閉じているなんて絶対に許されない
未来が産声を上げる刺激的な時間なのに


痩せこけた野良犬がびっこを引きながら食べるものを探している
あの子はきっとすぐ先にあるごみ捨て場の
食べかけの捨てられたハンバーガーを食べて
悪いものにあたって短い命を手放す


街灯が雨に曇って真夜中の雲みたいに浮かんでいる
あの光の下をゆっくりと歩きましょう、ぬくもりを求める虫のように
凍える必要なんて何もないのに、こんな夏の夜に
馬鹿みたいに歯の根を鳴らしながら


街外れの空地の捨てられたタクシーの中で
くっついて眠りながら朝が来るのを待てばいい
フロントガラスに落ちる雨粒を見ながら
いつか夢中で読んだ小説みたいにボブディランをハミングする


今夜の表通りには不思議なくらい人も車も通っていなくて
私たちはまるで最後の人類のように歩く
街外れのおんぼろのシェルターを目指して
夏の夜に凍えながら馬鹿みたいに歩いている、それはきっと幸せなこと


そう、濡れることも出来ない夏なんて、きっと。













灼熱の化石には肉体の名残は無い

2014-06-19 00:03:00 | 








時は捲れて机の上

日に焼けて、みすぼらしくて

風が吹くと啜り泣く

紐の解けるような音で



雨に濡れそぼつ街が、ほんの少し

友達のように思えたのは

そんな風に立ち尽くした夜が、自分にもあったこと

そんなことを

思い出したせいだろう



梅雨の晴れ間は

不思議なくらい静かだね

耳を片方

持っていかれたのかと思うくらい

時々

冥界なんじゃないかって、そう…


ぶるっと震える


甘い香りみたいな神様が

そんな夜の中には居て

ジョンレノンの歌みたいに

本気の偽善で話しかける

時々は信じてみるのもいいんじゃないか、なんて

そんな風に思えるのがキリストとジョンレノンだ



ジョーストラマーの歌声が二周半した

日付変更線はもうすぐだ

誰がどんなものを乗り越えて明日が来るのか

そんなこと誰にも判らないのに

夜は眠るためのものだ、そうだよ、だから

そんなことは

おざなりにされるのだ



太陽の下になんて、そんなに行きたいわけじゃない

迂闊な日焼けで身体中ムラになるし

目の玉は渇いて上手く開けてられなくなるしね

だけど

部屋の中に閉じこもってじっとしていると

夏の中に溶けていきそうで

夏の中に溶けて

始めからなかったものみたいになってしまいそうで、だから

炎天下!

僕たちは外へ飛び出すのだ

ここに居たって、ここに居たって

足跡を確かに残すために



新しい仕事はまだ全部覚えていなくて

この時間になるとまぶたがつぶれそうだ、だけど

だからこんなものを書き始めてしまうんだろうな

いつでもなんでもかんでもだらだらと

書き殴ってるばかりじゃないんだぜ、そう、確かに

そういうスタイルが一番しっくりくるんだけどさ



ロンドンコーリングって、あれだよ

リバーに似てるんじゃないかな、スプリングスティーンの

汗と油と

埃っぽい風の匂いがしてるんだよな

でも、だけど

そんなことよりも

チクショーッて気持が一緒なのかもしれないよな

そうさ、ひとりぼっちで雨に濡れながら

霞んだ街灯を見上げてチクショーッって呟くような感じのやつさ

それはきっと

アラクヴァグラミアンに幾晩も幾晩も

休むことなくアクセルを踏ませ続けたやつなんだ



フリーウェイなんかなくても

明日無き暴走はあるのさ

シチュエーションじゃなくてニュアンスなんだ

ぶっ飛ばしたことすらなくたっていい

そういう衝動を覚えたことがあればそれでいいのさ



あー、類稀なる静寂が深くなっていく

こんな夜に独り言を落としていく

子供の絵合わせゲームみたいに床に散らばっていくそれは

いつか整頓してくれる誰かを待っているみたいに見える

ごめんな、と僕は詫びる

それをしてあげられるのは僕じゃない

言葉を片づけたりするのは好きじゃない、言葉を整頓したりするのは

言葉に意味を持たせたがっている頭でっかちのすることさ

たったひとりで床に落とす

言葉のほうが確かなものに思えるんだ

女優のメイクはばっちりと決まっていてほしいけど

そこらへんの女はささやかに済ませてほしいっていうようなものって言えば判るかな

とにかく僕は詫びた

こぼれおちた言葉には名前を付けないんだ

乱雑な感情のままを映してくれなくちゃ



音楽が終わったら

誰のために語るの

静寂に塗りつぶされたら

どんなものが生まれるの

昏睡の中で見る夢のような

どんなふうにすればそれは語ることが出来るの

やがて僕の言葉は誰にも通じなくなる

頭の中で渦を巻いて

どこからも出てこなくなるだろう

もしかしたら

その時にはもう言えないだろうさよならを言うために

僕はこれを続けるのか

僕はこれを

ささやかなテーブルに残すのだろうか



静寂の中に

潜り込んで行け

傍観者なんかになってはならない














ホット・スタッフ

2014-06-13 22:44:00 | 









ルーティンワークのように
絶叫し続ける脳髄は
血肉のような調子を欲しがる
ほら、もっと
ほら、もっと
よだれを垂らしながら…


浮浪者の死体を齧っていた野良犬が射殺された
「あいつ笑いながら死んでたよ」って
引金を引いた男は言っていた
ふん、相当に美味いもんらしいな
良かったじゃないか、末期の水にはもったいないくらい
死ぬ前に齧ったのか
死んでから齧ったのか知らんけどさ


二十歳そこそこのバックパッカーが無残な姿で発見されたある日の朝
バイクに乗ってちょうどそのあたりを走っていたんだ
疑いをかけられてさ、えらい目にあったよ
いかにもな車に乗った余所者が街中のホテルで縄かけられて
お蔭で俺は解放されたんだけど
それで休日が一日潰れちまった、おまけに
「疑って悪かったな」なんて、一言もやつら聞かせちゃくれないんだぜ
正義なんて高圧的に守るべきものなのか?
俺は疑問に思わずにはいられなかった


マイケル・ジャクソンの命日が近くなってきたころ
このあたりじゃ有名なばかでかい農場の跡継ぎが
トラクターの下敷きになって死んだ
失血死だったが血なんてどこにも見えなかったってさ、そいつの身体はほとんど土に埋もれていたから
恐ろしい数の鴉が群がっていたから
発見が早くなったんだと
その農場は今でも生産を続けていて
質のいい野菜を出荷してるってさ
「俺が生きてる限りこの農場は続ける」って
農場主はそう言ってた
「あいつはここの肥やしになってくれたのさ」ってね


死体置場で裸になって、この世のよろこびを歌おう、冷たい生の名残を跨ぎ、青褪めたやつらに小便を浴びせよう、ほら、もっと、ほら、もっと、俺はここにいる、ここで
お前らの干上った性器を眺めている、運命を失った惨めな生殖器を、ぽっかりと開かれた唇を―


アヴリル・ラヴィーンのアルバムを流しながらストリーミング・スイサイドした十代の少年は伝説になった、なんでもタイミングがバッチリだったんだってさ、あとで音楽を乗せたみたいに綺麗にハマってたって…インターネットじゃ彼の話題でもちきりさ、彼の最期は何百万回と再生されて、一日に何度も世界中で彼はぶら下がって痙攣して糞小便垂れ流して死んでいくんだ、俺も何度か見たよ、アヴリルのことはよく知らないけどなるほど確かにイカしてた、確かにドラマみたいだった、だけど、なあ、これ、本当に死んでるんだろ?何度も何度も、痙攣して垂れ流して死んでいく彼は、嘘ではなかったんだろう?俺は中毒患者のように画面に顔を近づけて鬱血していく彼の顔を見ていた、なあ、彼の死はどこへ行った、彼の死はいったいどこへ行ったんだろう?動画サイトの軽快なプレイヤーで果てしなくリピートされる彼のスイサイド、そうしてしまったことで彼はこの先もずっと死ぬことを許されなくなったみたいに俺には思えるんだ


そう、この間、幽霊が出るっていう廃屋に行ってきたんだ、友達と二人でさ、あまりに退屈していて…やつの車に乗って、二時間近く走って、山の中にある巨大なお屋敷の廃墟へさ―それは怖ろしい光景だったよ、悪魔の棲む家っていう、古いホラー映画そのままさ―崩れた門を乗り越えたところで車を止めて、俺たちは屋敷へ潜り込んだ、小さなライトを二つ持ってさ、足元を照らすのがやっとだったよ、あんなに暗いなんて思わなかった、屋敷は三階建で、横に長い直方体だった、一部屋ずつ見て回ったけど、どこも変わり映えしなくてさ、床が落ちてる部屋なんかもあって、でかい割にあんまり見どころはなくって、飽きて帰ろうと思ったんだ、その時さ…俺たちは三階に居たんだけど、ある広い部屋で一人の女が首を吊ろうとしていたんだ、まさにその瞬間だった、俺たちはやめろと叫びながらその部屋に飛び込んだ、女はびくっとして、思わず輪っかから身を離して、バランスを崩して倒れちまった、俺たちは女を連れて車に戻った、女はシンニード・オコナーに似ていた―「馬鹿なことをしやがって」と俺は言った、「何があったか知らないけど、死ぬことなんかないよ」と友達も言った、「それもあんな寂しい場所でさ」女は何も答えなかった、ここまでどうやってきたんだ、と俺は尋ねた、「歩いてきたのか」と言うと少しだけ頷いた、「すげえな」と友達が言った、それからとにかくそこを離れようと思って、車を走らせたんだ、友達が運転して、女が助手席、俺は後ろに座ってね…俺たちは何度か話しかけたけれど、女は一言も言葉を発しなかった、まあ、もしかしたら今頃喋れなくなってたかもしれないしな、と俺は思った、もちろん口には出さなかったが


もうすぐで山道を抜けて、街へ帰る道に出るというころだった、女はいきなり身を乗り出して、友達が握ってるハンドルに体当たりした、カーブに差し掛かるところだった、車はコントロールを失くして、ガードレールを突っ切って谷底へ転がり落ちた


俺が気付いた時、そこは病院だった、「ああよかった」と看護師が言った、「三日間眠り続けていたのよ」何がどうなってるんだ、と俺は尋ねた、お友達と車で事故にあったのよ、と看護師が教えてくれ、ああ、と思い出した、二人は大丈夫なのかな、と俺は尋ねた
「二人?あなたとお友達ってこと…?」
「違うよ、女が居ただろ、彼女が急にハンドルに飛びついたんだ、それで…」
ねえ、と看護師が俺の言葉を遮った
「車に乗っていたのは、あなたと、あなたのお友達だけだったわ、あたりも捜索されたけど、他には、誰も見つからなかったわ…」
俺は、そんなはずは、と言おうとしたが、言葉が出なかった
「お友達は、残念ながら…」


死体置場で裸になって、この世のよろこびを歌おう、死はミシン針のように、俺たちを闇に縫いつけようと狙っている、眼をいっぱいに開いて、そいつにだけは捕まっちゃいけない、そいつにだけは捕まらないように、きちんと生を見つめていないと…


俺は薬臭いベッドで目を閉じた、あの、首を吊ろうとした女の冷たい目線が、俺を覗き込んだような気がした…












トランジット(窓辺で相変わらず夏が狂っている)

2014-06-06 14:12:00 | 









窓辺で夏が狂っている、顔に滲んだ汗を舐めながらその日最初の食事をした、インスタント・フードのイージーなフレーバー、そんなもので一日のひとかけらが塗り潰されキッチンが乱れる、エアコンの設定を変える、冷蔵庫のボトルのアイスコーヒーを飲む、ようやく冷えてきた身体をソファーに沈めて流れている音楽を口ずさむ、強いピッキングとともに午後のひとかけらが零れ落ちて行く…かけなければならない電話などのちょっとした用事などjは午前中にすべて済ませてしまった、予定ということに関してだけ言えば、明日が来るのを待つだけだ、睡魔が訪れるけれど夜が車ではなるべく眠りたくない、周辺のものを軽く片付ける、ずいぶん前に行方が判らなくなっていたものが出てくる、探していたことももう忘れていた、無意識なだけではいろいろなものを失くしてしまう―無意識を意識的に操作しなければならない、矛盾なんて当り前に存在するのだ、矛盾なんて当り前に存在する、それを認めないというのであれば、きちがい扱いされても文句を言うことは出来ないさ、そんな風にしてひとかけらが忘れられて行く、ブルース・ハープのベンディングのような―経過―表通りに面したこの部屋ではひっきりなしに救急車が行き来する音が聞こえる、けたたましいサイレンの中で誰かが苦しんでいる、何度も何度も、ギリギリの感情を彼らは運んで行く、清潔なストレッチャーに乗っけて…雨が降り続くという話だった、だけど黒雲は疲れてしまったのか、空に浮かんではいるけれども機能してはいない、窓辺で夏が狂っている、近くの商店で世間話をしている年寄りの声が聞こえる、そこにいない誰かや事柄について話せば、それが問題意識ということになる、あまりその店の前を通り過ぎることはしない、大きな河沿いの住処なので、下手をしたらひとつ西か東の橋まで派手な遠回りをしなければならなくなるけれど、ささやかな煩わしさに比べればそんなことたいした苦労じゃない、学校が早く終わったのか、大声で話しながら自転車の学生たちが通り過ぎる、彼らには加護された自由がある、学生ときちがいと老人、彼らのことをうらやましいと思うことはない、喉を潤すついでにキッチンを片付ける、同居人が飼っている猫が構われたがって興味を催促する、水を使い始めると諦めて寝転んでいる―一年前までこの家の隣には数十年も前に潰れたスナックの廃墟があった、崩れかけた壁をワイヤーで縛り付けていた小さな店、看板は残されていたがなんと書いてあるのかは読み取れなかった、それなりに凝っていた入口の木製のドアは、打ち付けられて二度と開けることが出来なくなっていた、すりガラスの窓の寸前まで、押し込められたままの物が押し寄せていた、屋根には野良猫が集まり、強烈な小便の臭いが耐えなかった―閉口していたが、ある日突然壊されることになり、ずいぶんと風通しが良くなった、気休めみたいな柵が設けられているが、更地の宿命とでも言うべき不道徳なゴミ箱になっている…窓辺で相変わらず夏が狂っている、往来で出会う知り合いたちは、気温と湿度と梅雨の話ばかりしている、携帯にメールが届く、仕事を辞めたと友達、またそのうちと約束して沈黙が帰ってくる、キャンディを舐める、エアコンの設定を変える、生半可な風じゃなんにもならない、ソファーに戻って雑誌を捲る、見に行けなかったライブ・パフォーマンスの記事だけを真剣に読む、そうしてひとかけらが何処かへ去って行く、インターネットの掲示板じゃ今日も、証拠のない実力を誇示したがるやつばかり、自己主張と実力は比例したりなんかしない、学生ときちがいと老人をうらやましいと思うことはない。