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誰かが遠くで笑ってる

2023-05-29 21:19:58 | 

 

 

路上に散らばった散弾銃の薬莢を拾いながら朝早くから昼過ぎまでずっと歩いていたんだ、それが本物かどうかなんてことはどうだってよかった、サバイバル・ゲームに使われるチープなものだって全然かまわなかった、ただそれが薬莢っていう概念のもとに存在しているものであるのなら紙細工とかでもかまいやしなかったさ、どうしてそんなことをしていたのかって?理由なんて説明出来るほどのものはなにもないんだけどね、そうだ、ただ、あの日は朝からとても退屈していて、それを道端に少しずつ散らばっているのを見つけたそいつを拾い集めて歩くことが、その日俺が手に入れることが出来る最高の娯楽のような気がしたからさ、事実、そんな予感に間違いはなかったよ、そんなことを一生懸命やっている間、俺はどんなことも考える必要はなかった、それだけがプログラムされたロボットみたいにずっと拾っては歩いていたんだ、そのうちに素手で持っているのが難しくなって、ちょうど近くに落ちてたレジ袋を拾って全部入れたんだ、それからは何も困ったことなんかなかったよ、袋は大きめで、これなら隣町まで歩いてもいっぱいになることはないだろう、もっとも、それより先に薬莢のほうがなくなるかもしれないけれどね、そんなことはどうでもよかった、だってそうだろう、暇潰しでしか手にしない読み物の続きなんてたいていの場合まったく気になったりしないものだ、路上に散らばった散弾銃の薬莢を拾う、これにそれ以上の意味はなかったし理由なんてなかった、それは非常に思考として限定された思いつきに過ぎなかった、少しくどいかな?でも俺、それくらいの文章の方が好きなんだよな、すんなりと読めるものなんてなんだか嘘をつかれている気がしてさ、「読みやすい文章を書きましょう」って、昔教えられたじゃん?あれ、俺凄く疑問だったんだよね、そんなこと文章を書くことになんの関係もないじゃないって、もちろん、教科として指導する側にしてみれば至極当然の指導なんだろうけどね、なにかこう、さっきの話に絡めるなら、大人がみんなして俺たちに嘘のつき方を教え込もうとしているような、そんな気がして仕方がなかった、人間なんて単純な動物じゃない、本当はメチャクチャややこしい生きもののはずだよ、でもそうじゃないんだ、この人生で数えきれないほどの人間と出会ってきた、何人かはとても付き合いがいのあるやつだったけれど、ほとんどの人間はそうして長いこと教え込まれた嘘を鵜呑みにして生きていた、それは俺が天邪鬼だってだけのことかもしれないけどね、俺にはそういう疑問を素通りして生きていくことは到底無理なんだよな、それにしてもこの薬莢、少し多過ぎないかな、それに、誰かがわざと並べているみたいに歩道の端っこに気付かれないくらいの幅で並べられている、籠を逆さにして、紐を結わえた棒で支えてそこまで餌を並べて鳥を捕まえる罠あるじゃない、あんな感じでずっと並べてあるんだ、車道とか歩道橋なんかはかわしてね、平坦な道だけをずっと歩けるように並べてある、本当に罠だったりして、と俺はレジ袋の三分の一ほどを占めた薬莢の重みを感じながらひとり言を言った、もう一枚袋を重ねないと破れてしまうかもしれないな、すぐに新しいものを手に入れて袋を二重にした、この街じゃそういうものを手に入れるのは全然難しくないんだ、ゴミ箱っていう概念を持っていない人間がたくさん居るからね、それにしても、ゴミの捨て方すら知らないようなやつほど一人前みたいな顔して歩いているのはいったいどういうわけなんだろうね、それ、昔っから疑問なんだよな、気付くと薬莢を拾いながら歩いて二時間くらい経っていた、でもそれは全然終わるようには見えなかったし、始めた以上途中で投げ出すつもりもなかった、なんならレジ袋を五重くらいにする意気込みで臨んでいた、太陽がてっぺんに昇ると随分暑くなった、オフィス街に突入して、偉そうな服を着て偉そうな歩き方をしてる男や女が増えた、ジムでしこたま鍛えてるやつか、稼ぎのほとんどを脂肪に変換してるやつの二種類しか居ないみたいに見えた、そんな中を半袖シャツとジーンズを身に着けただけの俺が時々かがんで薬莢を拾っているさまはさぞかし異様だろうなと想像がついた、裏通りへ回って摩天楼に隠された前時代的な小さなオフィスビルの裏口で金ばさみを見つけてそこからはそれを使った、まあ窃盗には違いないが、空っぽのビルの空っぽの用具室にあったものを盗んだって誰も煩いことを言いはしないはずさ、そうやって道具を使って拾っているときちんと働いている人間に見えた、不思議なもんだよね、やってることはなにも変わってないっていうのに、まあともかく、それから三十分ばかりそうして拾い続けた、ビルの影に入ったのか薄暗くなり、路面に集中しているうちにいつの間にか裏通りに潜り込んでいた、オフィス街からも外れているようだった、ふいに、後ろから誰かに押し倒され地面に倒れ込んだ、反射的に数度転がって跳ね起きたが、背後には作業服を着た男が一人転がっているだけだった、後頭部からどくどくと鮮血が溢れ出していた、銃か?何があった?辺りを見回すと程遠くないビルの屋上で何かが光った、慌ててでかいゴミ箱の後ろに隠れてしばらくの間じっとしていた、けれど、死体のそばに長く留まるのもいいことには思えなかった、あのビルはこの通り全体を見渡せる位置にある、俺はでかいゴミ箱を盾にして引き摺りながら通りを移動した、上手く死角になっているのか確信は無かったが、それ以上の追撃は無かった、路地を出る頃にはクタクタになっていた、結局のところ罠だったのか、あの作業服の男は俺を助けてくれたのか、誰がなんのためにこんなことを仕組んだのか、なにも分からないまま死体と死の恐怖だけが転がっていた、タクシーを拾って家に帰った、気付く必要のないものに気付いて追いかけたりしていると、こんな目に遭うこともあるらしい、明日からの俺がどんなことをして生きるのか全く分からなかった、少なくともしばらくは歩道に落ちているものには目もくれないだろう。

 


照準鏡の軋む声を

2023-05-16 22:11:24 | 

 

 

閉じかけた本の中に、切れ切れのラジオの電波に、街路にこだまする無数の生業の中に、隠れている、隠れている、引き攣った神経の残響に、レールを軋ませる列車の速度計に―伝令は駆け巡る、宛先も無いのに、沢山の警告と叱咤、一時保管所の中で煙を上げている、お前は真実という名の下着を探して街中の試着室を引っ掻き回す、俺はアブサンの酔いの中であの世の冗句を思い出そうとしている、いつかきっと、遥か昔に、誰かに直に教えてもらった筈だった、でも挨拶の言葉以外何も思い出せない、酔い過ぎたのかもしれない、あるいは、もっと酔わなければいけないのかもしれない、俺という個人の境界を踏み越える、どんな手段で?形振り構わぬ姿勢であるほど門番は笑ってくれる、きっとそういうものだ、ソファに座っていたのか、それとも冷たい床の上か―記憶が記憶でなくなる、でも俺は俺でしか居ようがない、甘いボーカルのジャズ、夢見がちな年増のような歌、煙が漂っている、もしかしたら麻薬かもしれない、正しいリズムにこだわり始めた瞬間に、あいつはカルト・ヒーローではなくなった、誰の話だ、指先が小皿に入ったピーナッツを探している、出来の悪い夢は醒めにくい、だから酒屋の主人は今日も、収入と支出の計算で忙しい、お前は試着室の中で天使に出会う、でもそいつは何も話しかけてくることはない、とっつきにくい純粋さを貼り付けてただ微笑んでいるだけなのだ、ああ、俺の天使、そんなものがもしも居るとしたら、そいつはいったい俺の為に何をしてくれるというのだろう?あいつらは目の前で幸せを演じてくれるだけだという気がする、俺はゴミ箱に嘔吐する、天使を殺してしまえば永遠の罪に問われるかもしれない、だけど、いま目の前にそいつが現れたなら、余程の自制をしなければ俺はそいつを捌いてしまうかもしれない…三丁目の試着室で死体がひとつ見つかったって、ラジオが…ああ、俺の幻に引き摺られてしまったのかもしれないね、アルコールが引き潮みたいに身体から居なくなり、ほんの少し寒さを感じた俺は正気に戻る、試着室のニュースだって少しは関係しているかもしれない、だけど何故だろう、醒めてしまったあとのノーマルな自分は、何故だか少し嘘をついているように感じられる、ぼんやりと虚空を見つめている俺には、天使どころか虫けら一匹殺せることはないだろう…ぶらぶらとどこかを歩こうか?もうどんな店も開いていないだろう時間だ、薄暗い路地をぶらつこうか、殺人者の目つきでさ、でも身体は動いてはくれない、なんという忌々しく煩わしい肉体、他人のせいにするわけにもいかない、カーペットの上を砂漠の蛇みたいにうねりながら移動した、テーブルの上のグラスが落ちて欠けたけれど気にはならなかった、床と壁の接地面は冷たく、アルコールのダメージを癒すにはちょうどよかった、気をつけなければいけない、そのまま眠り込むと悪夢を見る―いつだってそうなのだ、迂闊に目を閉じてしまった日には…建造物の冷たさは日常が途切れる瞬間に似ている、ぼんやりとして―その感覚の中にすべてを委ねてしまうのだ、俺は殺人者になりたい、被害者は必要としていない、だからいつだってこんなものを書き続けている、セオリーに乗っかることで安心したくない、そう、そこにある熱を翻訳するときっと一番殺意に似ているのだ、俺がこんな言葉を使ってしまうのは…こんな概念にどっぷりと漬かってしまうのは、根本に埋もれている動機にそんな視線が隠れているからさ…美しさ、真っ当さなどなんの基準にもならない、そんなものを良しとするのならこぞって仏門でも潜ればいい、美しさや正しさこそを美徳とした結果どうなった?下らない言葉狩りが始まっただけさ、みんな本気でそれが正義だと信じているんだ、まるで邪教じゃないか?どんな感情でも構わないんだ、それが次の行に手を付ける理由になるならさ―だから俺は殺意だって、殺人だって言うんだ、俺が誰かから受け取って、美しいと思った衝撃もやっぱりそういうものだったからさ、人間で居続けようと思ったら、人間を飛び越え続けなければならない、俺は自分が詩人でなくたって構わない、俺がこだわり続けているのは詩情だけなんだから…本流に背を向けたのに、違う流れの中で列に並んでいったいどうなるというのだね、みんな本当にそういうのが好きだよね、自分にとって魅力的だと思える教義に並ぶだけなんだ、いつだって―壊れるだけ壊れてしまった一日に名前を付けてくれ、誰かがそんなことを叫び続けるから俺は衝動の為に踊るんだ、いつだってそうだぜ、行動が無ければ、その結果が無ければ本当は主義主張なんかどこからも生まれてきやしないのさ、今日という一日が俺の眉間に狙いをつける時、そいつの眉間を突き破るくらいの声で叫ぶことが出来たらそれでいい、それで俺の欲望はほんのひと時満たされるんだ、いつだって…


詩情よ、その街路を

2023-05-12 21:08:57 | 

 

粗悪な要素は瞬く間に蔓延する、そうなったらもうどうしようもない、知らない振りをして、絶対に巻き込まれないように細心の注意を払わなければならない、流されるものはつるんで騒ぎたがる、デシベルの値と真実が比例するとでも考えているみたいに、不治の病みたいなものだ、それで死ぬことは無いけれど、二度と正常な状態に戻ることは出来ない、どうしてそのようなものばかりが感染するのか?答えは簡単だ、単純明快、思考を必要としない、一番簡単な印象に飛びついて結論づける、考えるタイムラグが無い分あっという間に決定する、ひたすらに脳味噌を求めて徘徊するゾンビのようにね、ああ、ジムジャームッシュ、あんたはとても正しいことを言ってるよ、俺は絶対にあの映画を否定したりしない、明け方間近、薄暗い部屋の中で胡坐をかいて、ボヤのように白々とし始める空、接続不良、失われた眠りはただただ欠伸の製造機になる、温度のわからない汗が滲む、今日の出来事のすべては目に見えている、禁忌を侵したから人間は生まれた、そうだよね?なのに救済されたがっている、笑わせんなよ、道端で野良猫のように滅びるがいい、純粋で照準の定まらない憎悪、自己嫌悪の二軒隣、空っぽのビルのテナントの床に転がったゴキブリの死骸とのシンクロニシティ―、どんなんだっていいんだよ、リズムがそのまま声になれば、魂が求めているのは論理的展開じゃない、声帯が思うように踊ればそれだけでいい、下手な鞭のしなりのようにうねりながらベッドから降りる、眠ることは諦めた、別に二度と眠れないわけじゃないし、そのまま踊れ、どうしても必要になったら目を閉じればいいだけだ、インスタントコーヒーを入れる、ジョン・ゾーンを聴きながら飲む、イカレてる、でもそれが正常なルーティン、やりつくせないまま死にたくはない、急いでいるのか足掻いているのか、たまに噛み合うギアの快感があるからなにも投げ出すことが出来ない、どんなクジだって当たりなんかそんなには出ないものだ、食道が蒸気に侵される、火傷したかもしれない、でもそれで困ることはあまりない、欠伸が出る、ふざけるな、朝のシャワーを浴びる、日付を忘れる、洗濯機を回す、回しながらラジオを聞く、デビッド・ボウイの追悼特集をやっている、ティン・マシーンが聴きたくなったけれど一曲も流れなかった、レッツ・ダンスなんて別に聞かなくてもいいのに、天気予報のチャンネルを探す、雨が降らないのなら少し散歩に出てもいい、雨が降るのならなにか読み耽るものを探せばいい、インプットとアウトプット、食欲みたいに求められたら一番幸せ、どうしたって実感し続けられるわけはない、それには必ずタイムラグがある、すべて終わってから初めて気づく時だってある、だから手にしたものと失くしたものを気にし過ぎる必要はない、すべては去っていき、すべてはやって来る、花粉や糸くずのように僅かなものたちが付着して、新しい作用を起こす、理知ある人間という生きものにとって思考、感情の揺らぎは自然現象でなければならない、そしてそれは、理路整然としたものであってはならない、本能で読む理性だ、獣の猛りを正しく扱えば理性で表現される、俺はそれこそを詩情と呼んでいる、天気予報が始まる、雨は降らない、外に出ることにする、太陽の光は強いけれど風は少し冷たい、どこに行く?あてなど無い、目的が無くても人は出かけることが出来る、そんな日にはとんでもない気付きに出会えることもある、でもいつもじゃない、待ってはいけない、どちらに向かうかすら決まってはいない、風上に向かうことにする、まっすぐ歩けば海まで行ける、でもそこまで歩く気はない、海沿いの寂れた住宅地に向かおう、錆びたトタンの並んだ家屋の間を抜けるのもいい、海の側に住むのはどんな気分だろうか、台風の日には少し落ち着かないかもしれない、波の音をいつでも聞いていられるのは素敵なことかもしれない、でもそれにしたって結局、どんな人生を歩くかに付随する事柄に過ぎない、俺は走り出す、レオス・カラックスのあの映画みたいにさ、少し前に耳にしたデビッド・ボウイのせいかもしれない、モダン・ラブは流れていたはずだ、アレックスはなんて言ってた?誰にでもなく俺は問いかける、なあ、あのとき、アレックスはなんて言っていたんだ?「腹にコンクリが詰まってる」そうさ、確かそんなことを言っていた、腹にコンクリが詰まってる、生活をやり直すんだ、誰だってそうさ、本当は誰だってそんなことを感じているに違いないんだ、問題は対処さ、抗うのか、受け入れるのか、その選択はそれからの人生をはっきりと分けてしまうぜ、俺はスピードを上げる、冷たい風は向かい風になって俺の速度を落とそうと試みる、レールに乗って並走するカメラクルー、そのレンズからこちらを眺めているのもやはり俺自身の眼なのだ。

 


しらふで死にな(毎日は降り注ぐ)

2023-05-08 21:23:32 | 

 

 

まとわりつく蛆のような概念を振り払って重湯のような朝食を啜ると世界は絨毯爆撃みたいに騒々しく煌めいていてウンザリした俺は洗面台を殴り殺す、拳に滲んだ血はホールトマトの缶詰を連想させたので昼飯はパスタにすることに決めた、けれどグリアジンのアレルギーだから決めてみただけだけど、要するに大して意味の無い話ってことさ、起き抜けにポイントなんか取りに行ったってしょうがねえだろ、10年近い眠りを受け止め続けてマットレスの寝心地はまるでグラスファイバーだ、ろくな夢を見ない原因はたぶんそんな物質的な原因のせいなのさ、唾でも吐こうかと思ったがまだ部屋の中だった、もしもこの世界に聖地なんてものがあるとするならばそれはここだ、もちろん、俺が契約している間はということだけど…近頃10年なんて気が付いたら終わっちまってる、喉に留めるうがいを繰り返しながらそんなことを考えた、水を吐いて一瞬真顔になった自分の顔は数年は老け込んで見えたんだ、当然それはひび割れた鏡のせいなんだけど―馬鹿なことをしたなと思ったけれど別に鏡なんて絶対的に必要なものでもない、まともなことを考えてまともなものを選んで暮らしていれば顔なんてそんなに汚れやしない、ニコチンやアルコール、夜遊び、そういう類のことさ、そういうものは脳味噌にこびりついて思考能力を退化させていくんだ、見たことあるだろ、依存症で死んでいくやつらの様、手に付けた瞬間からそれは始まっているんだ、だから俺はそんなものに興味を示したことがない、持ち物は汚れるし、判断力だって鈍るしね…そうなると半径数メートル程度の領域の中で好きに生きることしか考えなくなる、いや、でも―それだけが原因じゃないな、思うに俺は俗物的な感覚というものがまるでないんだよ、思春期、その響きだけでもウンザリするような思春期に、皆が当然興味を持つようなことにまるで興味がなかった、流行の歌とか、太いズボンとか、美容室で切った髪とかね…その頃に誘われて煙草なんかも何度かは吸ったけれど、何が面白いんだっていう感想しかなかったよ、痰が絡むし、視界は霞むしね、まったくつまらない代物だった、まあ、そのころには、自分の資質みたいなものはわかり始めていたしね、なにかしら自分が、周囲と違うチャンネルの中で動いているんだっていう自覚は10代に入ってすぐには理解出来たから…すべてがそうなんだ、自己表現とか、そういうものにばかり気が向いていた、勉強なんかろくにしなかった、特に数学なんか酷いもんだったよ、算数の頃から目を覆うような成績だったさ、だってまったく興味を持てなかったからね、国語の成績だけは少し良かったんだ、覚えなくても覚えられるようなものだった、その頃には自分でなにかしら、詩みたいなものを書き始めていたからね―タオルで顔を拭って、出かける支度をする、用事を思いつかなくても、休日には一度外に出てぶらぶら歩くのさ、そうしないとなにかが詰まるような感じがあって…身体的なことかもしれないし精神的なことかもしれない、たぶんどちらも正解なんだろうな、歩かないと骨密度って落ちていくらしいよ…俺はリズムで書くタイプだから、どこかでリズムを求め続けているのかもしれない、それはキープされたリズムということではない、外を歩いていると、誰かを避けたり信号を急いで渡ったりしてリズムが変化するだろ、きっとそういうのが必要なのさ、そうして身体の中になにかが堆積していくんだ―言葉っていうのはそのまま、それを放つもののすべてを語るものだという気がするんだ、思考の傾向、あるいは潜在意識の―一人の人間そのものの断片のようなもの、それが言葉だ、わかるだろ、凡庸な連中は判で押したような決め打ちのフレーズしか使わないよ、俺は始めあれにはなにかしら理由があるのだろうと思っていた、面倒臭いからそうしてる、とかね…そんな、取るに足らない理由がね…でも違うんだな、彼らは本当に信じているんだよ、そんなことを言ってる自分自身ってやつをね―本当に心から信じているんだ、そこに理由なんてたぶん無いんだよ、みんないつだって、なんでもかんでも口にすりゃいいと思ってる、でもそれじゃ駄目なんだ、それをどんな風に言うのが正解なのかってことをもっと考えなくちゃいけないのさ、言葉は絡み合って違う意味を持つことが出来る、意味そのものではないというのは、漠然としたものを漠然としたまま語ることが出来るということさ、まとまらないものをまとまらないまま表現するからこそ、人はそこに命の蠢きを見るんじゃないのか…俺は靴を履いて猛烈な光の中へ歩き出していく、蛆のような概念は遠巻きに俺を見つめながら、襲い掛かるチャンスを狙ってでもいるみたいだ。

 


だからもう一度、初演の舞台の中に

2023-05-02 21:14:20 | 

 

 

凝固した毛細血管のような形状の幻が網膜の中で踊る午後、飛散した詩篇の一番重要な欠片で人差指の腹を切る、往生際の悪い具合で滲む血の赤は、どういうわけだか若い頃に会うことが無くなった誰かのことを思い出させた、手のひらで傷を拭うのはやめて、それはいつだって傷をより広げてしまう、冷たい水に浸して、そこだけが緩やかに死んでいくのを待っているのが本当なのに、裂傷は一番古い記憶とリンクする、奥底にしまいこんだまま、中に何が入っているのかも忘れてしまった小箱、そんなものの中に入っているガラクタのようないくつかのコード…噎せ返るような初夏の午後、飛びつかれた羽虫みたいにじっとして、ただただ時間が汗に変換されるのを待っている、どうでもいいことに違いない、指先の傷だの、しまいこんだ記憶だの…だけど人生のほとんどはどうでもいいことで出来ている、そんな一見無意味な出来事をあれこれと紐解いているうちに、猛烈な電流が全身を駆け抜けるみたいな真理を見つけることだってある―だけどあまりそんな解答に固執してはならない、生命活動において固定された解答というものは在り得ない、そうでなければ見つけてしまった瞬間にすべてが幕を閉じてしまうだろう、唐突に閉じられた緞帳の前で、茫然としてアンコールを待つだろう…でもそんな機会は二度と訪れない、そこには観客が存在しないからだ、誰も居ない劇場でたった一人で舞台に立って即興芝居を続けているのさ、そしてそれは決して、寂しい話などでは在り得ない、共有出来る真実など無い、それが規則や共通概念によって甘やかされたような人生でなければ、たった一人で見つけなければならないものはごまんとある、覚えがある筈だ、どこかへ行きたかった、なにかを見つけたかった、誰にも会いたくなかった…そんな時人はいつも、自分自身の真実を力ずくで呼び込もうとしているのだ、衝動の向かう先は、詩文や絵画や音楽だ、なぜ書くのか、なぜ歌うのか、それは、己が存在の認知であり、確認だ、まだこれがある、まだこれを求めている、もうこれは失くしてしまった、これは必要がなくなった、これはそのうちに変化するだろう…生きてる理由など生きている間にはたぶんわからない、だから魂が求めるものには正直であるべきだ、周りの目を気にして恰好をつけていたって時間は過ぎていく、真実がいつか自分の脇をかすめたときに、それをどんな風にも受け止められない上っ面だけの自分では遅いのだ、知るためのことは、知ろうとし続けていない限り姿を現してくれはしない、本当は誰もがそのことに気付いているはずさ、だからみんな始めは、躍起になってそこに近付こうとする、最初の熱が冷めて駄目になって、都合のいい言い訳をしながら熱の無い世界に身を横たえてしまう―情熱は若さだけの特権だろうか?いや違う、ごく一般的な情熱のイメージは実は、相対的に熱量の割に手に入れるものは少ない、そのさなかに、疑問に感じたことはなかったか―本当に?力と勢いのみで突き進んでいるせいだ、それは一見美しいものに見えるだろう、けれどそれに騙され続けていてはいけないのだ、人がその時代に己が道を確信するのは、闇雲な思い入れの強さがあるからなのだ、けれどみんな、そんな熱量ばかりを信じてしまう、そうして、熱を忘れ―大人になる、絵に描いたような、テンプレ通りの大人になってしまう、昔懸命だった自分に舌鼓を打ちながら、弛んだ身体に嗜みとばかりに酒やニコチンを叩きこむ、卒業って言うんだろう…残念ながらそれはドロップアウトさ、人生そのものからのね―固執しなくてはならない、自分を人生に縛り付けているいくつかの物事については…絶対に―そんなの辛いだけじゃないか、なんて思うかもしれない、だけど言わせてもらえれば、空っぽの両手を肯定しながら周囲に迎合して生きるだけの人生は―この世で最も残酷な拷問のようなものだ、そんな世界に飛び込むくらいなら多少の苦難など問題にもならない、捨てることが出来ないものを持っている人間は絶対にそういう風に考えるものさ、運でもない、意地でもない、見栄でも、或いは自虐でもない、身体に張り付けるラベルが欲しくてそれを選んだわけじゃない、ただどうしようもなく、それが自分にもたらしてくれる世界が美しくてたまらないというだけのことなんだ…無数の記憶と共に世界を塗り替える、誰にも覚えることが出来ない名前をつけてあげよう、一生をかけて繰り返す自己紹介、自分自身の為の…余計な鏡はすべて叩き割ってしまえばいい、鈍い光をあちこちに反射する煩わしい瓦礫の中で、ようやく見つけたものに映る鏡像は、こちらを真っすぐに見据えたままにやりと笑うだろう。