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泡(あぶく)

2024-04-29 22:03:11 | 

慟哭は泡上の海に沈殿して行く、死後硬直のあとの眼球のような濁りと共に、ソプラノで鳴く海鳥たちの忙しない鎮魂歌、灰色の空に灰色を足していく、自傷癖の鮫が血を求めている、雷が遠くの空で擦過傷のように瞬いている、いつだって網膜の中に宿命は焼き付けられる、狂った四分音符の羅列、規則性は良く出来た嘘だ、信じさせるためには真実よりも喋る必要がある、お前の証明はいつだって口だけの出任せさ、鋳型に生身を捻じ込んで行くだけのオーディナリー・ライフ、他の誰かが保証したまともさの中で一抹の疑問も無いままに食い潰すんだろう、魂の無い言葉など気に留める暇はない、それは遠い国の硬貨みたいなものだ、拾っても使う当てもない、砂浜に長く居座ってはいけない、遺跡の中に飲み込まれたような気分になってしまうから、それが分かっているのに動き出せない、だから少しの間存在を諦める、それは悪くない気分だ、存在を自覚しているというのはすべてを背負う覚悟をするということだから…風はサーカスの、鉄球の中を走るバイクのように好きに吹く、あるがままに動くものたちは命を朦朧とさせる、それは、確か過ぎる、それは、大き過ぎる、それはあまりにも連綿と続き過ぎているのだ、一人の人間には絶対に知り得ないスケール、最大公倍数の三次元世界―何故こんなところに放り込まれたのだ、打ち消しても打ち消してもそんな言葉が脳髄をノックする、居直ることは出来るだろう、なにもかも分かっているふりをすることも出来るだろう、でもそれは真実に一ミリも近付くことはない、空っぽの箱に豪華な飾りをつけるようなものだ、俺は現在の瞬間瞬間を結晶化したい、ただそれだけの為に血眼になっているのだ、おお、大型のプレス機のような波が大地を叩く、そして舌のように舐めて行く、そこにどんな言葉を付け足すこともない、初めからそいつらは詩なのだ、そして詩のままで生き続けて行く、俺は手の甲を噛む、薄っすらと血が滲む、俺にそれが出来ない理由は?短命過ぎる、小さ過ぎる、弱過ぎる、おそらく…でもそうでなければ、俺は詩であろうなんて考えもしなかっただろう、酷いパラドックスだ、星に自分の名前をつけるようなものだ、最初の一音すらその星に届くことはないというのに、そうさ、結局のところ、それは過剰な欲望の表れだ、食っても食っても食い足りない餓鬼どもの饗宴だ、脳味噌はそいつらの食いカスで出来ている、声を上げろ、押さえられない声は一番心に近い、飢えろ、飢えろ、飢えろ―食らいついたら破裂するほど噛み砕いて飲み込むんだ、俺は欲望の結晶になりたい、そしてそれをあちらこちらに突き付けてやりたいのさ、俺にはそんなもの以外すべて嘘に見えてしまうんだ、何故こんなところに放り込まれたのだ、答えを求めようとするな、そんな問いは忘れたころにおそらくは勝手に見つけることが出来るだろう、沈んで―沈んでしまいたくはないか、緩やかに動き続ける波はそう囁いているように見える、いつかね、と俺は答えて、あとは知らない振りをする、鴉が一羽、4メートルほど離れた、積み上げられたテトラポッドの頂点に止まってこちらを眺めている、そいつは確かに俺の心情を正しく理解しているように思えた、だから俺はそいつに話しかけないようにつとめた、意気投合でもしてしまったらそのまま二人で波の中に沈んでいきそうな気がしたからだ、相手の目を見るだけでそんな絵が見えることがある、それは感情の歴史に裏打ちされた直感的理解だ、世に言われる直感と言われるもののほとんどは、一番手ごろな考えに飛びついただけの稚拙なものに過ぎない、直感的理解とは悟りのようなものだ、波長や感性が瞬間的に増幅されてキャッチするのだ、立ち上がり、海岸に背を向ける、その途端背後から巨大な生きものに飲み込まれそうになっているような錯覚に陥る、人間の感覚の限界、本当の意味で海を知るものなど居ない、どれだけの情報を拾い上げようとそれは真実の欠片以上のものでは決して在り得ないのだ、低い堤防の横にまっすぐ伸びる海岸道路は潮を浴び続けて燻っている、風は地球の形のまま吹き付けて来る、十一tダンプが砂利を撒き散らしながら猛スピードで走り抜けていく、バラック小屋のような排気ガスの臭い、かつてはコンビニだった建物、かつては中華料理屋だった建物、そして古い墓地、苔生した墓石たちはまだ傷つかなければならないのかと憤っているように見える、巨大なアンテナの足元に放置された事故車、凄惨な死亡事故だったという噂が付き纏っている、もう何十年も営業していたラブホテルの入口にはいついつ閉業致しましたという馬鹿丁寧な挨拶が掛けられていた、そして灰色がすべてを塗り潰していく、人生とはからっぽの世界に立ち込める霧だ、靴底に絡みついた砂利が胡桃のような音で啼いたとき、それまで持っていたなにかを失くしてしまったような気がした。

蜥蜴の行方の先の素描

2024-04-20 17:03:54 | 

瞬きの中に一生を見つけることがある、奇妙に開かれた朝、俺は薄暗い歴史を抱いて合成レザーのソファーの上で小説を読んでいる、壁掛け時計はずっと動いていないように思えるがその存在を忘れている間に数分針を進めている、カーテンの僅かな隙間から忍び込んでくる光が今日の天気はまずまずだということを告げている、本当に何かにのめり込んでいる時、空気は張り詰めたりしない、擬態する虫のように存在は風景の中で境界線を残すのみとなっている、そんな時脳髄から零れ落ちて来るものたちのことを俺は上手く説明することが出来ない、こうしてありのままに書き記すことは出来てもそれが何なのかは理解していない、それを理解することを良しとしていないからだ、ありのままに、現象として放り出すことが一番いいことだと気付いたからだ、つまりそこにはどんな意図も存在していないということになる、ベッドの上で見る夢に辻褄を期待する者は居ないだろう、そんなものに出来た話を期待してはいけない、どんなに良く出来た夢だってきっと途中で目覚めてしまうからだ、ああそうか、と俺は思う、一夜の夢のような詩が良い、深い忘我、だらしなく垂れ流されるイメージ、雑多な事柄のみでこしらえた連続性…それが俺の考える世界の誠実さだ、そうだろう、どうせ途中で目覚めてしまうものなのだ、思い返してごらん、それはいつだってそうだったはずだ、真実は完結しない、命が失われてもそれは完結しない、それはいつだってだらしなく垂れ流されていくものだ、澱みながらも少しずつ流れていく沢だ、俺たちはその流れの中で少しずつ欲しいものを掬い上げては検分しているに過ぎない、俺が何を言っているかわかるかい、すべてのことを確実に理解出来るなんて思わないことだ、真実には際限がない、掴んだと思ったものは次の瞬間には形を変えている、確信は変化を見落としてしまう、すべてを知ることなど不可能なのだ、それを自覚することだ、そうして、本当にそれを追い続けるというのなら覚悟を決めることさ、知るべきことはただひとつ、真実は出鱈目なんだということ、永久不変の形でなど在り得ないということだけなのさ、窓の外、狭い裏庭を隠す低い壁を蜥蜴が這っている、俺は本を閉じて蜥蜴を眺める、あくまでも俺には、ということだが、蜥蜴はなにも目指していないみたいに見える、ただ辺りを窺い、においを嗅ぎながら、今日を生き抜ける場所だけを探しているみたいに見える、俺はそんな手前勝手な解釈に強いシンパシーを感じる、今日を生き抜ける場所だけを探す、それはとてつもない理由のように思えたからだ、俺が言葉を綴るのだってきっと、そんな欲求の為だけに違いない、便宜的な、あるいはスローガン的な真実ではない、その瞬間自分を急き立てている衝動の本質だけが俺の欲望なのだ、蜥蜴はある瞬間に突然に向きを変え、僅かな土の上に生えた雑草の中へと姿をくらましてしまう、蜥蜴か、と俺は思う、もしも俺に着脱出来る尻尾があるとしたら、間抜けなほどにそれを捕まれてしまうに違いない、でもそれは一度しか使えない死という手段を、なるべく自分の望む形で全うしたいと思うには有効なのかもしれない、シューティングゲームにおける残機のような…ともあれ、そんな奇妙な余裕のある人生はつまらないに違いない―そんな気もする、俺は本を置いてキーボードを叩く、そんな気分は記しておいたほうがいいような気がした、思うようにはいかないかもしれないが気の利いた日記程度のものにはなるだろう、逸らないように気をつけながら一行一行を連ねて行く、時々、自分の内臓がずるずると引き摺り出されているような気分になる、ははは、渇いた笑いが漏れる、そうさ、表現するということはそういうことだ、スプラッタ・ムービーと同じで、どれだけ瞬時に沢山のものをぶちまけられるかという企みなんだ、少しの間思うままに文字を打ち込んで、集中が途切れる前に止める、それから目を閉じて少し眠る、夢の中で俺は、さっき草むらに消えた蜥蜴を探してずっと裏庭に這いつくばっていた、草や猫の小便の臭いが激しく鼻を突いた、蜥蜴はその痕跡すら残さずにどこかへ消え失せていた、俺の胸中には悲しみとも怒りともつかない曖昧な乱れが生まれ、温帯低気圧のように居座っていた、俺は目を覚まし、コーヒーを入れて二杯立て続けに胃袋に送り、それから続きを書き始めた、あの蜥蜴の残像が消えてしまわないうちに書きあげてしまわなければ手遅れになる気がした、そこに理由なんかない、人生のすべては賭けだ、自分が立っている場所すらわからないまま、どこに届くのかもわからない言葉を投げ続ける、それは死ぬまで続くような気がする、そうさ、俺はとっくに覚悟を決めているんだ、ああ、と俺は気付く、テーブルの上でわらわらと蠢いているイメージ、これこそが俺にとっての蜥蜴の尻尾なのだ。


痩せた猿が誘蛾灯の下で

2024-04-11 22:06:24 | 

痩せた猿が誘蛾灯の下の小さな檻の中で陳腐な引用と比喩だらけの言葉を吐いていた、のべつ幕なしに並べ立てていたがそれは一言も俺の興味を引くようなものではなかった、生まれてこのかた名前も聞いたことが無いようなコンビニエンスストアの入口のそばだった、俺はちょっとした食いものとシェービングクリームを買うついでに長い長い夜の散歩に出てこのコンビニを見つけ、そして誘蛾灯の下でハリウッド臭い青色に染まっている痩せた猿を見つけたのだった、あんた、ねえ、あんた、と痩せた猿は俺を見つけるとしきりに俺の興味を引こうとした、あとで、と俺は答えて買物をするために店内に入り少し時間をかけて食いものを選び、いつも使っているシェービングクリームを探したが見つからなかったので適当に同じくらいの値段のものを選んでレジへ行った、他に客も見当たらなかったので入口の猿はなんなのかと尋ねてみた、ああ、店員も退屈していたのか無駄話が出来ることを喜んでいるようだった、なんてことはないですよ、ろくな言葉もないくせに自分を人に誰かに認めてもらおうとしてるんです、そこの山から下りてきてここまで、道中出会う人間を下らない話につきあわせるんです、駐車場をうろついている間はまだよかったんですがね、店の中まで入り込んできてお客さんとか、接客中の店員にまで話しかけてくるようになって、目に余るようになったんでバイトの交代のタイミング、店内に店員がたくさん居るタイミングで、入口の自動ドアの電源を切って―もちろん入口に「煩い猿捕獲中、少しお待ちください」という張り紙を出してね―五人で追いかけ回して捕まえて檻に入れて置いてあるんです、まあ、もう店に迷惑をかけないと約束出来るならそのうち離してやろうと思ってるんですけどね、いまのところまだ信用出来ないんでああしてさらしもんにしてるってわけなんですよ、いつもあんなことばっかり喋ってるのかと尋ねると、そうですね、と店員は答える、なんていうか、すげえつまんないんですよね、とうんざりしたような顔で店員は肩をすくめた、まるで面白くはないね、と俺も同意した、なんにも知らないのにわかってるふりをしてるような感じがする、と俺が続けると、ほんとそうなんですよね、と顔をしかめる、駐車場の端っこにでも置いとけばいいじゃない、と言うと、そうすると、汚い声で鳴き喚くんですよ、大変だね、と俺は返す、ええまったく、と店員、いっそあのまま川にでも放り込んでやろうかと思うんですけどね、と苦笑い、俺も笑って彼を労い、店を出た、あんた、ねえ、あんた、と猿がまた話しかけてきた、俺は少し立ち止まって少し話を聞いてやることにしたが少しも面白くないので五分もせずに飽きた、悪いけどもう帰るよ、と猿に告げ、まだなにごとか喋ってるのを無視してその場を立ち去った、それから二日間の休日を過ごし、数日の仕事をこなし、休日前の夜、あのコンビニの猿はどうなったかなと思い、小雨の降る中ビニール傘を差して長い散歩に出た、確かこのあたりにあったと思いながら歩いたが、不思議なことにまるで見つけることが出来なかった、適当に歩いていたから記憶違いかもしれない、そう思いながら違うコンビニで雑誌を何冊か買って家に帰った、それからしばらくは仕事とプライベートの雑事に翻弄され、散歩をする気にもならない日々が続いた、それらがようやく一段落ついたとき、俺は久しぶりにあのコンビニと猿のことを思い出した、けれど、おおよその方角以外まったく思い出すことが出来ず、夜明け近くまで彷徨った挙句、ある街の外れの山道のそば、だだっ広い更地の中に錆びて変形した檻がぽつんと置かれているのを見つけた、眠気と疲れのせいで何が起こっているのか理解出来なかった―数ヶ月は空いた―その間に、ひとつのコンビニが閉店し、建物は取り壊され、更地になる…充分に起こり得ることだった、でもこの檻は、この錆び具合は、数十年近くここに捨て置かれたものに見えた、あのとき買った食いものもシェービングクリームも、至極まともなものだった、そんなことあるだろうか?ネットに蔓延るよくある話で終わらせるには、納得のいかないことが多過ぎた、なにより、俺は一度も疑問に思うことは無かったのだ、コンビニの入口の誘蛾灯の下で、べらべらと日本語を喋り倒していたあの猿のことを…夢を見た、そんな話で終わらせたかった、でもこの檻は―あの猿はどこへ行ったのか、退屈そうにしていた店員は―東の空が白み始めていた、俺は不意にそんな夜明けに飲み込まれそうな気がして、慌ててその場を離れた、小さな街の寂れたラブホテルにひとりで入って少しの間寝かせてくれと頼み料金を払い、昼過ぎまで眠った、世界は平気で嘘をつく、目覚める前に見た夢の中で誰かがそんなことを呟いていた、起こったことをそのまま受け入れるしかない、諦めてホテルを出て、バスに乗って自分の街に帰った、現実には隙間があるのだ、いつかもしかしたら、あの檻の中に自分自身が潜り込んで近くを通りがかる連中を片端から呼び止めているかもしれない、それはやはり夜だろうか、それはやはり誘蛾灯の下だろうか、見慣れた帰路がまるで違う道に思えた、道の向こうから吹いてくる風が、もうすぐ雨が降るだろう生温さをまとわりつかせていた。

手遅れの手前

2024-04-07 15:14:58 | 

落ちぶれた世界の歯軋りが俺を眠れなくさせる、飲み干した水の入った、コップの底に張り付いていた潰れた小虫、排水溝の向こうで今頃、呪詛を吐き続けているだろう、小さいから、弱いから、儚いからで納得ずくで死ねるわけでもないさ、熱い湯を出して頭からかぶり続けた、ナルコレプシーみたいな脳髄、クリアーにならない理由が欲しい、水を飲んだグラスは少しのミスで欠けた、だから流しの中で叩き壊した、手のひらで集めて生ごみに混ぜ込んだ、案の定切れた左手の人差指、血が止まるまで水をかけ続けた、深い傷ではなかったけれどなかなか血は止まらなかった、まるで生命が俺の身体から根こそぎ逃げ出そうとしているみたいだった、彼らを閉じ込めておくために絆創膏を買いに行くことにした、一番近いコンビニまで歩いて5分程度、延命措置にはおあつらえ向きの時間だった、理由になど何の意味もないが状況をスマートにするくらいの役には立つ、レジには人妻みたいな色っぽい女が居た、長い髪を後ろで纏めていた、ゲンズブールの女だったころのジェーン・バ―キンみたいだった、隣のレジでは目の落ち窪んだ背の高い男が退屈そうに立っていた、俺は絆創膏の棚から近かった女の方のレジに立った、いらっしゃいませ、と女が小さくお辞儀をした、前職はホテルのフロントかな、なんとなくそう思わせる仕草だった、隣の男が続いて、らっしゃっせ、とガス漏れみたいな声で言った、俺は女が読み上げた金額を払った、金を手渡すとき女があら、という顔をした、帰ろうとする俺を呼び止め、ティッシュをどこかから取り出して俺の指を拭いてくれた、「すみません、血が出ていたものですから」俺は自分の指を見た、ああ、ごめん、と俺も詫びた、「たいした怪我じゃないんだけど」良ければ張ってあげましょうか?と女は続けた、「ご自分で張るの大変じゃないですか?」ちょっと、と隣の男が割って入った、「仕事じゃないことまでしないでくれますか?叱られるの僕なんですから」男は心底ウンザリしているように見えた、あら、ごめんなさい、と女は笑顔で答えて、それから俺の方を見て、それで、どうします?と尋ねた、男は舌打ちをしてバックヤードへと消えて行った、それならご厚意に甘えて、と、俺は絆創膏を女に渡し、人差し指を立てた、女は手早く準備をしてあっという間に張ってくれた、「はい、毎日張り替えてくださいね」前職は看護師だろう、と俺は冗談を言ったが、本当だった、苦笑しながら俺は女に礼を言った、女はありがとうございました、と丁寧に言った、そんなときの調子はやっぱりホテルのフロントみたいな感じがした、コンビニを出た俺はすぐに帰る気にもならず散歩をすることにした、空家に関する新しい法律が出来て、古い街の空物件は次々と更地になり始めていた、地区によっては小規模な爆撃でもあったのかというほどの真っ新な土地ばかりだった、世界はすでに滅んでいるのかもしれない、真夜中に散歩をすると時々そういう気分になる、でも、もしかしたらもう少し早く滅ぶ予定だったのかもしれない、今夜はそんな風に思った、傷口を絆創膏で張るみたいな往生際の悪いささやかな延命措置が滅びを遅らせたのだ、新しく何かを始めなければならないときに、それまでと同じやり方を繰り返すことしか出来ない連中、自己満足をひけらかしているうちに足元はどんどん不味い状況になっていく、高みの見物を気取るつもりはないけれど集団の思想なんて俺にとっては取るに足らないものだ、規則に反してまで客の指に絆創膏を張りたがる女みたいなやつがもっと居ていい、実際女の絆創膏の張り方は見事だった、水に強い分厚いタイプを買ったのだが、少しの締め付けも感じないくらい絶妙なラインでそれは俺の指に巻かれていた、爪の周辺や関節のあたりにもまるで隙間は見つからなかった、もしかしたら親切心とか前職が染み付いたとかそういうことではなく、あの女は単純に他人の指に絆創膏を張るのが好きなだけなのかもしれない、いっそそう断言された方が深く頷けるような絆創膏の張り方だった、本当はすべて、そんなささやかなことなのだ、こましゃっくれた思想や大義名分など必要無い、絆創膏を最高に上手く張るとか、掃除を欠かさないとか、朝食をきちんと取るとか、そんな小さなことにこだわれるやつらがきっと世界を少しマシなところに留めている、夜明けが来るまで俺は歩き続けた、休みの日を寝るだけで潰してしまうかもしれなかったけれど、もうそんなことはどうでもよかった、明け方、小さな山の上で死んだ猫を見た、特別外傷のようなものは見当たらなかったけれど、車に跳ねられたのだろうことは想像がついた、猫は、自分がまだ生きていると信じているみたいにビー玉のような目を見開いていた。