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とある店で隣の席に居たふたりの会話

2023-09-28 22:47:34 | 詩?

 

 

 

「どうしてた?」

「最近は、そうね…虫にたかられてる、ってカンジ。」

「それは比喩?それともリアル?」

「んー…どっちもかな。」

「どういうことよ。」

「なんかどうでもいい連中が俺のSNSとかブログとかこまめにチェックして遠巻きであーだこーだ言ってんだよ。ウザくてしょうがない。」

「…なんか前にもそんなことなかったっけ、君。」

「前の職場でもあったね、何回も。まぁねぇ…詩のスタイルがスタイルだから、そういう誤解を生むのは仕方ないってのはある程度理解してるんだけど。」

「大変だねぇ。」

「Xの雑談垢は鍵かけたよ。とにかくあいつら俺が自分の話してると思い込んでるんだ。なんの関係もないポストまで上げ連ねてウジウジ、ウダウダ。まったく鬱陶しい。」

「かける言葉もない。」

「だいたいブログなんて2007年からやってんだからさ、ちょっと記事遡ればわかるだろっつうのよ。お前らに会う前から同じこと書いてんだよっていう。そういう基本的なチェックすらしないで変な妄想してんだよ、あのアホども。」

「なんでそんなことになるんだろうね、いつも?」

「それがわかれば苦労しないよ。」

「確かに。」

「どうでもいい人たちなんだよね。常にどうでもいい人たちなの、そういうことしてくる人。」

「あー。」

「なんか凄い詩書くとかさ、凄い歌うたうとかさ、素晴らしい筋肉を持ってるとかさ、そういう人にしか興味ないからさ、俺。人生の消化試合に入ってるような連中に視界に入ってきて欲しくないんだよね。家に帰ったら忘れてるようなヤツにネットストーカーされるってほんとウザいんだから。」

「うんうん。」

「そんで改めて考えてみたんだよね、これいったいなんなんだろうって。」

「うん。」

「そしたら、どうもコレなんじゃないかっていうのが一個見えてきたの。」

「…面白くなってきたね。」

「俺の詩ってモノローグ多いじゃない。」

「ほぼそうだね。」

「そうすると一人称は、俺、になるじゃない?」

「うん。」

「だからあいつら、俺が自分の話してるとそう思っちゃってるんじゃないかって。」

「(爆笑)嘘だ、嘘だよ。」

「もうそうとしか考えられない。リアルとフィクションの区別がつけられないんだよ。」

「マジでそんなレベルなの!?」

「マジでマジで。」

「嘘だろ…言葉失うよ。」

「俺は君みたいにハイソな環境で生きてないからさ。そんなレベルと付き合わざるを得ないんだよ…まあそれは自分が悪いんだけど。社会不適合者だからさ、俺。」

「しかし…いやしかし。」

「そう思った瞬間なんか腑に落ちた。なんでこいつらこんなに妄想に没頭出来るんだろうって。ああそうかって。創作物だっていうことが理解出来てないんだって。」

「俺は、って書いてるから(含笑)」

「俺は、って書いてるからね。」

「いやはや…。」

「そんでアホみたいに読みに来るくせに書いてる内容はまったく理解してない。自分が望む結果に繋がるようなフレーズばっかり拾って自己完結してるわけ。」

「他人の創作物を完結させてるんだ(笑)」

「俺の詩なんて詩書いてるやつにだってわからないんだから。」

「(笑)」

「もう本当にね、ただただ迷惑なんだよね。自意識過剰のアホ。俺ホントなんの興味もないのに、あいつらに。いい加減気持ち悪いよ…楳図かずおがしばらくホラー漫画描かなくなったきっかけの話ってあるじゃない?」

「あーなんか、知らない女が家に訪ねてきて…。」

「なんでわたしのこと漫画に描くんですかって言ったっていう…もうあのレベルのアレだよね。言葉悪いけど、キ〇ガイ。」

「おい(笑)」

「統失。」

「やめなさい(笑)」

「いやほんとに。」

「ほんとにじゃない。もう出ましょう。」

「あ、ハイ。」

「ごちそーさまー。」

「ありがとうございましたー。」

カランカラン。

 


がらんどうの部屋の抜殻

2023-09-27 21:35:57 | 

 

 

結局のところ、残されたのはがらんどうの部屋のみだった。北に空いた窓から、曇りがちな今日の午後の光が遠慮がちに忍び込んでいるだけだった。気づかなかったけれど、午前中には少しの間雨が降ったらしい。窓から見える景色には、そんな痕跡は少しも残ってはいなかったけれど。しばらくの間、予定をすべて忘れてしまったみたいにその部屋の中で呆けていた、時折車や自転車が、ここがまだ現実の世界であることを教えるためだけに通り過ぎていた。窓の外では忙し気に巣を修繕する女郎蜘蛛が居るだけだった。何も考えずにそんなものを眺めていると、自分の身体が奇妙な浮遊感に包まれている気がした。突っ立っていただけだったけれど、もしかしたらいつの間にか頭を下にして浮かんでいるのかもしれなかった。いや、そんな筈はない。二、三度足踏みをして、その不思議な呪縛を解いた。動いてしまえばこんなものはすべていつの日か無かったことになるだろう、それはわかっていたけれどまだ動くことが出来なかった。ここでこうして、一見止まっているかのような時間を眺めて居たかった。もちろん、そんなことをしてもなにひとつ元通りになることはないのだが。だけど、そう、わかっているからといって素直に動くだけではいろいろなものを見落としてしまうだろう。そんな欲望がほんの少し働き過ぎているだけなのだ、あえて納得するならばそんな理由が必要だった。でも、納得なんてどうでもよかったのだ。真実は常にここにあって、圧倒的に展開され続けているのだから。結論を持つことは一般的には賢いことだという認識がある。だから誰も彼も、一番飛びつきやすい、わかりやすいものに飛びついて安心したがる。でもそれは、一番簡単な部分だけを飲み込んでわかったような気になっているだけなのだ。そういう風に生きれば楽なのだろうけれどとてもそんな風に生きる気にはなれなかった。そういう、いわば安直さにすがって生きている人間たちがどうにも見苦しく見えたからだった。終いには人の話も聞かず、俺の方が正しいという態度のやり合いになる。それはとても馬鹿げている。真実ごっこをやりたいわけではないのだ。むしろ真実なんてどうだっていい。あってもなくてもいい。要はどうしてそれを求めたのか、どんなふうに求めたのかという動機と経緯があればいい。成長とはすぐにわかる事を排除して、その先に何があるのかを考えてみないことには成り立たない。初見で得た感触だけでわかった気になって片付けて、そんな自己満足をいくら積み上げても高くなりはしない。すぐにぺしゃんこになってどこに行ったかわからなくなってしまうだけだ。そう、結局のところ残されたのはがらんどうの部屋のみだった。だからどうした。そんなことはどうでもいいのだ。部屋の為に生きてきたわけでもない。がらんどうになったので集中しやすくなった。部屋の真ん中に腰を下ろして、静かに呼吸を繰り返した。以前ここに何があったのかを思い出そうとしてみたけれど、ほとんどのことをすでに忘れていた。だからそれについてはもう考えないことにした。人間は必ず忘れたころにがらんどうの部屋に帰って来る。その時にそこに居る意味について、慎重過ぎるくらい慎重に考えるべきなのだ。決して、すぐに答えを出してはならない。それは時間をかけて、熟考されたものでなければならない。早く答えを出して逃げ出そうとすれば、そのうちに一生その部屋から出られなくなるだろう。そして様々な言い訳を並べながら、そんな自分を肯定して生きることになるだろう。安直さにだけは頼ることが無かった。反面教師には恵まれていたから。じっとしていると回転を感じる。先に感じた浮遊感とは少し違う。それは自分の人生の展開のようなものだ。先に行こうとする人間は、立ち止まる時に多くのものを得る。その、アップデートに蝕まれる肉体の蠢きを感じているのだ。窓の外が奇妙なくらい明るい。どうやら朝になってしまった。じっとしていた間の時間はどこに行ってしまったのだろう?盗まれてしまったかのような喪失感を感じる。それは振り幅の問題なのだ、大きく振れば両極へと行き来する。それは生半可な精神ではやり過ごせない。けれど自分自身の生を確かなものにするためには、その振り幅の中で生きなければ何を生み出すことも出来ないだろう。がらんどうの部屋の床を下からノックするものがあった。苦労して床板を剥いでみると、そこには誰よりも知っている人間の抜殻があった。がらんどうの部屋の抜殻。それはまるで風を待っているようだった。風を待って、それに乗って、居ないことになってしまいたがってるみたいだった。朝日は世界を焼き尽くそうとしていた。そして、床板を元通りにするのは剥がす時よりもずっと困難だった。窓を開けると風が吹き込んできた。なにもかものタイミングがずれているのだ。


ブラッシュアップ症候群

2023-09-20 21:57:50 | 

 

 

充血した眼球は茶褐色の世界を眺めていた、時計は高速で逆回転を続けそのくせ何ひとつ巻き戻されてはいなかった、四肢の長過ぎるアビシニアンが毛玉対策を施した餌を欲しがってはガラスのように鳴き続けていた、毛細血管の悲鳴が一斉に聞こえ過ぎて交響楽団のようで、洗い桶に伏せられたマグカップからは新鮮な血液が滴っていた、カーテンは太陽光に焼かれてティッシュペーパーのように燃え落ちる、電気ポットの熱湯をぶちまけて消火すると消炭と歪な布だけが残った、太陽を眺めたくなかったので窓はベニヤ板で隠した、三十度越えの九月が脳味噌を綿菓子にしてしまう、なにひとつ面白くないジャック・ルーシェのピアノ、気が付けば一日中聴き続けてしまった、夢を見るためにどうのこうの御託を並べるやつは嫌いだ、その逆も然りだ、鉞で一角獣の頭蓋骨を叩き割れば俺もお前も穏やかな壁の中で生きられるのか、だけどそれは他のどんなことよりも悲惨な話に違いないさ、ミネラルウォーターの2リットルボトルに半生が反映されている、おそらくは見世物になるようなものではないからチケットは要求されない、故障のせいで映りきらなかった電光掲示板は禍々しい死を予感させた、電車を待っていたホームには一台もやって来なかった、人身事故だってアナウンスがあったらしいけど聞きそびれていた、もしも蒸発するなら誰にも追いかけられない飛行機が良い、狂ったタクシーが公園のオブジェを飛び越えながら目的地を目指している、排気ガスが描く軌道はまるでブルーインパルスのお家芸のようさ、公園に佇む人々には何の意味もないみたいに見えた、植え込まれた木々よりも物言わぬものに見えたのさ、だけど俺はそいつらを片っ端から殺したりなんかしなかった、叩いても叩いても増え続けるものにムキになったところで報われはしないのさ、街灯の柱にしがみついていた最後の夏がアスファルトに落ちてしまった、六本の脚を上に向けたままカサカサに乾いてしまったそれを、もしも誰かの運命のように語れたら詩人だって大金持ちになれるだろう、市民会館の窓に最速で激突した雀がしかめっ面で死んでしまった、何も恥じることなんかないさ、なにも恥じることなんかないよ、お前はあの分厚いガラスにヒビを入れたんだもの…、すべてのものに対して結局は祈るしかない、祈りなど何処にもいかない、誰だってそんなことは分かっているのさ、喧騒の中でほんの一瞬の間まったくの静寂が訪れる時俺は果たしてそれを現実だと認識出来るだろうか?きっといつまでも覚えているんじゃないのか、連続するネガから切り取られた一枚のコマのように、ばらばらと散らばる、俺たちはいつだってばらばらとあちこちに散らばって蠢き続けている、頭上の駅には特急電車が滑り込んでくる、ああ、もしもあんな瞬間に自分がそこに居たならすべてを捨てて乗り込んでしまうかもしれない、でもそれは旅や移動機関の誘惑ではない、それはちょっとしたタイミングのマジックみたいなものさ、誰だって知らず知らずそんなものに操られて踊っているんだ、自覚していないどころか記憶にすら残っていないかもしれないぜ、だってそれが衝動というものの正体じゃないか、昔映画で見た古い西部劇の一幕、四肢に縄を括りつけてそれを馬に引かせていたんだ、いや、別に俺は死を望んでいるわけではないんだが、もしも殺され方を選べるのであればあんなふうに死んでみたいとは思わないか…つまりさ、それが衝動というものの正体なんだ、どいつもこいつもいろいろな辻褄を合わせることに夢中になって衝動というものをないがしろにしすぎる、本当は衝動を抜きにしてはどんなことを語っても無意味なことなのに、そうさ、公園に佇む連中みたいに無意味な代物なのさ、俺たちは塵だ、そうだろ、俺たちは塵だ、ささやかな風だって舞い上がってしまうのさ、どれだけ堅実さを装ったってあやふやさを露呈させてしまうんだ、公園の隅っこで申し訳程度の噴水が水を吹き上げている、噴水なんてものを最初に考え出したやつはいったい誰なんだ、吸い殻の残った灰皿を火炎放射器で燃やす、灰皿は折れ曲がった役立たずの金属に変わる、だけど飾り棚に置くならそうしたものの方が映えるかもしれないぜ、お前の愛しているもの、誰かの愛しているもの、その中に意味あるもの価値あるものがどれだけ在る?本当はぶっ壊れた何の役にも立たないものの方が好きなんじゃないのかい、俺は塵だ、価値や用途なんてどうだっていい、どうしようもなく見つめてしまうもの、そんなものを求めて風から風へと移動し続けていくだけなのさ、ねえ、これは極論かもしれないけどさ、俺はこんな風に思うんだ―意味あるもの、価値あるものを求めるやつらが躍起になって構成する社会は、結局無意味なものになっちまうんじゃないかって…だったらどうだ?俺はそこに存在する無意味を愛せるだろうか?愛せっこないね、だってそいつは、ただのなれの果てに過ぎないんだからさ。

 

 


Growth

2023-09-13 21:45:36 | 

 

室外機のうねりのようなノイズが脳髄をずっと拡販している、まるで呼吸しているみたいなそのリズムで俺は灰色の影法師が踊り続ける幻を見る、真夏の太陽の下に居ても曇天が続いているような…動乱、人生はそいつと向き合ったものだけが先に進むことが出来る、かすれた喉が時々泣いているような音を立てて、靴底が踏み荒らした砂場にはなんの手応えも無い、無駄を排除することが美徳なんだって?冗談じゃない、一生などほとんど無駄なもので出来ているのだ、ものを持たない暮らしなど見晴らしがいいだけで何も生み出すことは出来ない、無駄を恐れるな、無駄の中に飛び込まなければ、何が無駄じゃないのかってこともわかりはしないのさ、もう使われていない公衆便所のトイレットペーパーを引っ張り出して、同じリズムをずっと書きつける、これは最後まで書き切ったら「大」のレバーで流されてしまうものなのさ、だけどもしも誰かがこの紙を見ることがあるとすれば、そいつはずっとその紙を見たことを覚えているだろう…空間と方法、それとイズム、これは大事な話なのさ―俺はすべての個室のペーパーに詩を書き、元通りに巻いて、三角に折ってセットし直した、それでなにか、とても重要な任務を遂行した気分になった、だけどそれは実質、なんの意味も持ってはいないのだ、しいて語るべきことがあるとするならば、それを休むことなく続けた集中力は褒められてもいいだろう―それぐらいのことだ、だけど何をしようが、意味のあることなどそんなにありはしない、連続する無駄だって、俺はずっと言ってる、それが伝わるかどうかなんて話はどうでもいい、それはまた別の問題だ、だって、それは俺以外の誰かのことになるのだもの…俺は公衆便所を出て、ポケットからチョークを取り出し、地面にジグザグを描いていく、連続する模様、連続する模様はあらゆる日常を連想させる、あるいはあらゆる日常を表現している、思考を持たない者の日常は限定されたパターンのもとに実行される、限定されたパターン、至極単純なパターン、いつまでも描き足される、単一な連続する模様は一見美しいものに見える、だから成功しているように見える、わかるか?でもそこに自我や思考は少しも存在してはいないのだ―敷地の半分を使ってジグザグを描き終えると、靴底で踏み荒らす、単一なパターンに初めて靴底が触れる瞬間、そいつは思考になる、踏み荒らす人間の自我が刻まれる、あらゆる表現の根源とはそういうものなのだ、カウンターにならないカルチャーなど存在しない、それは本当でなければならないはずなんだ、だけど―決まった形式の中で描くことだけを重視するやつは大勢居る、違うぜ、それは、過去をなぞり続けているのと同じことだ、よくある線をどうしてわざわざもう一度引かなければならないのか?誰かが歩いた道をもう一度歩いて、自分自身の身体はいったい何を得るというのだ…?パターンに染まらなければ安心出来ない連中が居る、そこにだってもちろん意義はあるだろう、継続という意味でなら、確かになにかしらの意味はあるのかもしれない、だがしかし、だがしかし、継続というのはいったいなんだ?それは形式をなぞり続けるというだけのことなのか…?そんな筈はない、本当の意味での継続とは、そこに込められているものが古くならないように、錆びないように、あれこれと手を尽くすということだろう、その答えについてはすでに述べている―カウンターだ―詩人が詩を書くとき、無数のモチーフについて書いているわけではない、そこにあるのは漠然としたひとつの同じビジョンだ、それが語り続けている、それをいかに書き続けるのか、あらゆる面を見て、あらゆる面を書いて、角度を変えて、イメージを添えて、見直して…そうしてずっとそのことについて書き続けるわけだ、俺の言ってることわかるかい?そんなに難しい話じゃないはずだ、表現をするということは、表現するべきなにかが内にあるということなんだ、インプットではない、いつだってアウトプットなんだ、表現するという点においては―ではインプットは?それ以外のすべてということになる…わかりやすい、理路整然としたものに価値を求めるのはそろそろ止めた方がいい、それは非常に良質の自己満足でしかないのだ、常に全力で臨んで、次の段階へと駒を進めるのだ、それは自分自身の根幹により近づこうとする試みだ、およそ日常では辿り着けない領域での思考のプロセスを、狂気に惑わされることなく受け止めるためのツールだ、室外機はまだうねり続けている、汗に溶けるような暑い夏はもう少し続くだろう、二四時間営業のハンバーガーショップ、さすがに人影まばらな客席で、優し過ぎるエアコンの設定に震えながら焼け焦げた心を見ている、ストローからダイブしたアイスコーヒーが喉を塗り潰していく、叫び出したい衝動に駆られるけれどそれはきっとロクな詩になりはしないだろう、ミルクポーションとシロップをひとつずつ全部入れる、化合物の夢たち、LEDの無機質な灯りとヒットソングの中で、公衆便所に書きつけたものたちは遺物と成り果てて行く…。

 


寝不足

2023-09-05 21:11:06 | 

 

 

あなたの指先に出来た小さな傷は

血が流れるまであなたにそれを気付かせはしないだろう

あなたの内奥に苔のようにこびりついた疲労は

夜更けのベッドの上で初めて口を開くだろう

 

聖なるものは狂ったように正しさを説き

裁判官は定められた基準によって罪人を矯正する

見るからに怪しい薬をメディアが誉めそやし

注射に並んだ連中が赤黒く腫れて死ぬ

 

ぼくは今夜の夢を深層意識で操作して

いっさいの罪の在り方を書き換えてしまう

オリジナルの軍隊は既存の価値観を駆逐してしまう

それには結構な時間がきっとかかるけれど

 

勉強してます、求道してます

だれかの素敵な文脈のコピーに夢中になって

澄ました顔して無難なものを静かに並べるなんて

御免ね、ぼくにはちょっと性に合わないんだ

 

零時になると聞こえてくるヒス、ヒス、ヒス・ノイズ

耳栓なんかじゃ到底塞ぎきれないぜ

柱時計が意気揚々とあらゆる針を逆に回し

窓明かりに寄り付いた羽虫は女郎蜘蛛に食われる

 

キッチンでシチューが煮詰まって真っ黒い煙が上がっている

警報機が断続的に赤色を吐き出して

水を撒けと警告している、うるさい、もう少し眠らせろ

だけどこれ以上は喉が痛くてどうしようもない

 

火が広がる、火が広がる、火が広がる、消防車のサイレン

近所の誰かが通報したに違いない

ぼくは毛布をかぶって、なんとかもう一度眠れないか

抵抗を試みる、抵抗を試みてみるんだ

 

窓が破られ、二人の消防士が雪崩れ込んでくる

大丈夫ですか、わかりますか、耳元で怒鳴りやがる

煩いし、熱い、ぼくは枕の下に隠していた拳銃で

二人の消防士を撃つ、ぼくの様子を確かめていた二人は避けられようもなかった

 

ぼくが寝直している間に、二人は丸焦げになり

その火はベッドの手前で鎮火した、中に人が居ても放水ってするんだね

ぼくは意識がなかったので一度病院に担ぎ込まれた、ナントカ中毒だって言われた

嘘だね、ぼくは寝ていただけだったのに

 

目が覚めてから二人の消防士のことを聞かれたけれど

ぼくはその二人のことを知らないと答えた

余程タイミングが良かったらしい、だれ一人それを疑わなかった

ぼくはそれからすぐにぐっすり眠った、病院の空調は完璧過ぎる

 

炎はすべて消えてしまった、二人の命もそのどさくさで処理された

どこかの専門家がもっともらしいことを言ってみんなが納得したらしい

だからぼくはじゃあいいやと思った

どうせ死と隣り合わせの職業なのだもの

 

零時になると聞こえてくるヒスノイズ、なにを聞こうとしたのか

あるいはなにも聞こうとしなかったせいなのか

ぼくは家を失って、なんやかんやと役所の人が世話を焼いてくれて

おんぼろのプレハブのようなものに住めるようになった

 

ぼくは二度と火事を起こすべきではない

ぼくは二度と人を殺すべきではない

ぼくは二度と試みるべきではない

ぼくは二度と枕の下に銃をおくべきではない

 

どのみち銃はどぶ川に捨ててしまった

そのほかの荷物はほとんど燃えてしまった

すすで汚れたベッドは無事だったけれど引き取る気にはなれなかった

洋服が何着か戻ってきただけだった

 

プレハブの家賃を自分で払えるようになりたいと

ストアーで働くことになった、いけ好かないやつらばかりだった

でもそんなことはもうどうでもよかった

もともとどうでもいいことの為に生きていたのにあの夜は眠ることにこだわり過ぎた

 

ぼくは夜になると神様に祈るようになった、既存の神ではない

ぼくの中だけに存在している神だ、それはなんと言うか

後悔とか贖罪とかそんなものじゃなくて

なにかひとつ決めるべきだと思ったんだ、なにかひとつ、あの夜の先のことを

 

夜はいつもとても冷たく、とても長かった、それは生まれた時からずっとそうだった

いつもぼくはなにかに拘束されてる感じがした、時折それは強固な鎖のように感じられた

ぼくは夜の中にその鍵を握る誰かが居るのだと考えていろいろなものを疎かにして

短い眠りの中でおかしな夢ばかりを見た、毎日毎日三本立てくらいで

 

夢と現実の境目について考えたことある?ぼくはいつでもそういうことを考え続けている

そしてその境目にはっきりとした線を引くことはいつだって出来ない

いつだって曖昧さの中で立ち止まってきょろきょろとするだけだ

朝は夜になる、夜は朝になる、時間の流れは真っ当であればあるほど奇妙なものに思える

 

ヒスノイズ、火が広がる、サイレン、銃声、プレハブ

日記を書いてもそんな言葉がただただ並ぶだけ

大丈夫ですか、わかりますか、大丈夫なこともわかったことも一度だってなかった

ただ安普請なアパートが一部屋燃えただけ

 

寝不足の為だけに生きているみたいだ

ぼくを映す鏡はいつだって曇っている