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無波動の寝床

2020-12-28 21:38:00 | 
















本当のことはとても静かにやって来る
俺がそうだと声高に叫んだりなどしない
気づいたらいつの間にかそこにいる
迷うヒマなど与えてもくれない

ハーフムーンに見下げられながら
凍えて帰った遅い夜
くだらない動きと記憶の連続で
シャワーの湯気の中で少しの間目を閉じていた
ずぶ濡れの身体を拭きながら
ふと零れたのは古い日本語のブルース
ベイビー、ベイビーって
使ったこともない言葉だけど
自然に歌えるならそれでいいじゃないか

詩集や小説のページをめくり
目についた音楽を流していると
あっという間に日付変更線が来る
悪足掻きなどさせてもくれない
下手すりゃ机で眠ってしまいそうだ
暖かいベッドで
暖かい夢を見せてよ
悪夢になるなら
せめて目覚めさせて

明け方に目覚めて
薄暗い部屋を見ている
まだ眠れるはずなのに
気の早い光が
波のように天井を流れるのを見ている

夢は暖かくも冷たくもなく
日頃の虚無から辻褄を抜いただけの
落丁本のような仕上がり
色がないのに不吉な
幾つかの場面を思い出す
それが見たかったものかもしれない
ほんの一瞬だけ
そんなことを考える

幸福や不幸なんて
思えばそんな尺度を持ったことがなかった
生きられるか生きられないか
動けるか動けないか
得られるか得られないか
そればかりで
そのどちらかばかりで
いらだちや反動で
いつも次へと懸命に飛んでいた
俺になれるか
お前は俺に
無波動の寝床は
指を突き付けてくる
俺は目を剝いて
そいつに齧りつくのさ
おはようございます
朝のラジオが言う

うるせえ
もう少し



寝かせろ










揺るぎ無いイズム

2020-12-25 22:21:00 | 










俺の脳味噌を取り出して、バラバラに解して、床に真直ぐに並べていく、ベルトコンベアーの上で、次の処理を待っている食肉みたいに…どうしてそんなことを思いついたのか分からない、ただただ退屈で仕方がなかったけれど、そんなことのせいだとは思えない、行為に及んだ以上、そこにはなにか動機が必要なものだとは思うけれど…だけど、だけど、そんなことって、言葉でこうだって説明出来ることばかりでもないじゃないか、無理矢理近いニュアンスのフレーズを捻り出してみたところで、なんだか嘘をついているみたいな気分になるのがオチさ、もう俺はそんなことしたくないんだ、言葉の限界を知っているからこそ、こんなことを続けているわけだからね…誤解して欲しくない、俺は、絶望も、失望も、諦めもしていない、限界は、だからこそだ、それがあるからこそ、その先へ行こうとするものだろう、言葉そのものにもうなにを語る力もないのなら、言葉を利用して別の新しいなにかを築き上げればいいだけのことなんだ、言葉は記号さ、組み合わせれば手の込んだ暗号だって作ることが出来る…俺はこうしてその先へと飛び込んでいるんだ、だけど、これは一見至極真っ当な理屈であり理由だけれど、てめえの脳味噌で遊ぶ理由にはならないね…俺は並べた脳味噌の前で胡坐をかいて腕を組む、それがなんのためなのか?ここではそれを考えなければならない、考えなくていい場合だってたくさんある、流れに任せて、好きなように動かしていくだけでおのずと見えてくるような…けれど今回は違った、俺はそれを理解することが出来たー並べるー整理する、というのはそういった作業を欲しているのではないか?まあ、それが正しい認識だろうと間違ったものだろうと構いはしない、俺は解かれ、延ばされて並べられた脳味噌を前に、なにかしらの答えを求めなければならない、もうそんな時代じゃない、そんな風に言われることもある、そんな風に突き詰める時代はもうとっくに終わってしまったんだって…なんにも考えずに、SNSでテレビ番組やタレントの悪口を呟いてればいいんだって、そんな現実を引き合いに出されて笑われることだってある、取るに足らないことだ、総意めいた意見など全部でたらめだ、そんなものをイズムとして成り立たせることが可能なのは、新興宗教か資本主義国家ぐらいでしかありえないだろう、安全な価値、確固たる、揺るぎ無いイズム、それさえ押さえておけば、他のどんなことも考える必要はないー、なぁ、総意ってなんだ?時代ってなんだ?そんなもの俺には関係がない、俺は生まれた時から俺でしかない、固有名詞のような真実を持たなければならない、つまりそれがイズムと呼ばれて差支えないものだろう…人生において、誰かの意見などまったくなんの役にも立たない、それを見落としている連中は、必ず俺みたいな人間を目の敵にするのさ、笑わせんなよ、小僧…本当の意味で乳離れをしてから俺の正面に立ってみせるんだな、急いでくれよ、俺にはたぶん昔ほど時間は残されてはいない…下らないことを考えていると脳味噌はすっかり萎えてしまった、俺は慌てて彼らを搔き集め、頭蓋骨へと放り込んだ、少しの間、骨の中で脳味噌が再生されるぼんやりとした時間だけがあって、それから突然思考がクリアになった、ああ、なるほど、必要なのは動機じゃなくて行動そのものだったのか…ふむ、と俺はメモを探し出してペンでこう書きつけた、「身体の欲求に心は気付けない」ーこれになにか問題のようなものはあるだろうか?特別ないような気がした、むしろそれで普通なのだ、そうだろ?動作のたびに確認作業が必要なら、人間はきっとどこにも行けなくなるに違いない…面倒臭いのはさ、すべてが同じ結論にはならないということだ、経験、コンディション、状況、睡眠の有無、そんなもののせいでひとつの同じ動作にいくつもの理由が生まれてしまう、そしてそのどれもが、こぞって真実のような顔をしてやがるのさーたとえば、考えてみたことがあるか?「死」という一文字で、どれだけのことが想像出来るかー?それは、文字通りの死かもしれない、それは、感覚や、感情の死かもしれない、自分の死かもしれないし、友人や恋人や親の死かもしれない、縁もゆかりもない赤の他人の死かもしれない、ひとつの社会の死かもしれない、幽霊の死かもしれない、あるいは過去に死んだ偉人の、誰かの死かもしれない…俺がなにを言いたいか分かるか?これはとても気の長い話だ、追いかけても追いかけても捕らえることが出来ない陽炎みたいなものだ、けれど、どちらかと言えばそんなものばかりを俺たちは追いかけてしまうものだとは思わないか…それが、誰のためのまぼろしなのかっていう、それだけの話に過ぎないさー俺は一杯の水を一気に飲み干した、それは体内へと滑り降り、あらゆる役目を果たしたあとで、いつか小便となって下水管を流れ落ちていくだろう。










仄かなノスタルジーの監獄

2020-12-20 21:49:00 | 









古いジャムの香り
おれたちの
もう二度と出せない声
無知ゆえの
喜びに
満ちた…

鎮魂歌は鳴りっぱなし
奏者には
もうどんな思いもない
ただ
指揮者がタクトを下すまで
手を止めてはならない

いうことだけ

型紙みたいなパンを齧りながら
午後の日差しを浴びていた
あたりは静かで
不自然なくらい静かで
まるで
世界と
切り離された気がした

木々が揺れるように
きみがそばに居れば
暖かい冬のように
もしきみがそばに居れば

こう思わないか
小鳥たちは
目的を持たないから
囀っていられるのだ

不意におれは
身体を失くした気がした
薄く
軽い布のような心だけになって
誰も居ない地面で
風に
弄ばれているような…

いつかこんな時間に
もう一度おれは何かを書こうとするだろう
けれど、モチーフは
指先に伝わる頃には
もう
ほんの少しニュアンスを変えているだろう
おれは首を横に振る、いや、そんなことは

産声を上げた頃から
全部わかっているんだ

おれも
おれが書きつけるものも
おそらくは
きっと
一枚の薄っぺらい布に過ぎなくて
風に煽られて片隅を浮かせたり
苛立たしげに
裏返ったりを繰り返しているのだ

身体についた
パンのかけらを払い落とし
量が多いだけが取り柄の
コーヒーを飲み干す
ひとつ小さなゲップをする
口もとを指で拭う

長い夜が始まる
きみがそばに居れば












Want it.

2020-12-18 22:33:00 | 










暗くじめついた廊下に遊び半分に並べられた死体、順番に四肢を欠損させて、水槽の魚の餌にする、悲鳴はひとつも聞こえない、もうその段階はすべて終了している、罪名は伏されたまま、誰もそのことを知らない、執行している連中にしたって、詳しいことはなにも聞いてない、ただ命を受けて、淡々と進行しているに過ぎない、その血の意味を知らない、果てしなく流された血の意味も、年齢がばらばらな理由だって、なにも…俺もそのひとりだった、俺もそのひとりだった、剣を構え、銃を構え、刺し殺し、撃ち殺した、時にはハンマーで頭を砕いたりした、方法に指定はなかった、手元にあるものを使えばそれでよかった、希望すれば大抵のものは手に入った、それはすべてここに至るまでの場所に用意されていた、ずっしりと重く、手入れされていて、美しく、効率よく、残酷だった、ひとつひとつの悲鳴と命が、その真新しい道具に飲み込まれていった、血のにおい、よくわからない体液のにおい、吐瀉物のにおい、小便のにおい、死んだ肉のにおい、様々なにおいが雲のようにひとかたまりになって漂っていた、それはおそらくはランダムに割り振られたもので、俺はただ死ぬ側でなくてよかったとそればかりを考えていた、自分を動かしているものがなんなのかよくわからなかった、忠誠でも、恐怖でも、衝動でも怒りでもなかった、まるで、そうすることしか知らずに生まれてきたもののように、ただひたすらに役目を果たし続けた、不愉快な気持ちはなくはなかったが、動きを止める理由を不愉快のせいにするには少々歳を取り過ぎていた、簡単に言えば、自分が死ぬのでないのならなんだってよかった、そこにいた誰のことも俺は知らなかったし、難しく考えることなんかなかった、落ち着いて仕事を進めないと逆に殺される可能性だってあった、俺が手掛けた何人かはそういう思いを秘めた目のままで光を失っていった、蛍光灯は眩いほど煌々と輝いていたのに、時々ちかちかと目の中で何かが点滅した、俺はそれを断絶だと考えた、俺の中でなにかしらの断絶が行われているのだ、殺しに抵抗などなかった、まして、どこの誰かも知らない相手を殺すことなど…都合がいい、そう言ってしまってもよかった、どうしてそんなことになったのか、誰が自分たちを思いのままに動かしているのか、そういったことはまったくわからなかったけれど、手持ちのコマで役目を果たさなければならないことだけはわかっていた、もしかしたらこのあと殺されてしまうのかもしれないけれど、生きるために殺してしまった以上、そのことを責めても仕方のないことだった、俺は新しい廊下に進んだ、とにかく先へ進むしかない、まだ中学へ上がったばかりくらいの、泣き叫ぶ娘の眉間にナイフを突き刺しながら、俺は運命というものについて考えていた、運命である以上どんなことでも起こり得る、想像出来たか?自分の知り得たものだけが、考えたものだけが運命だったか?答えはノーだ、それはいかにもこちらに関りがあるかのような顔をしながら近づいてきて、突拍子もない世界を差し出してくる、さもそれが必要なものであるというような調子で…泣きながら罵声を浴びせる太った中年の男の頭を叩き砕きながら、いつかこんな夢を見たことがあるような気がした、確かにそんな夢を見たことがあった、そしてそれは一度だけではなかった、あれは正夢だったのか、それともあの夢がこの現実を呼び寄せたのか、支給された服はとても良く出来ていて、返り血はあまり残らなかった、薄く頑丈なゴムのような素材で出来ているみたいだった、欲望、脳裏にはそんな言葉が浮かんだ、それが誰のどんなものかもわからなかった、でもそれは確かに欲望で間違いなかった、俺は銃に持ち替えた、考え事をしながら動くにはそいつのほうが都合がよかった、標的はまだ山ほど残っていた、手当たり次第に引き金を引いた、つまんねえな、そんな言葉が不意に口を突いて出た、一瞬、ほんの一瞬だが、自分のこめかみに銃口を当てたくなった、死にぞこないが蠢いていた、俺は武器を持つことを止めて、そいつらの頭を片っ端から踏みつぶしていった、ブーツは血の海でも滑ることがなかった、俺はその場に胡坐をかき、この後はなにがしたい?とでかい声で誰かに話しかけた、返答を期待したわけじゃなかった、廊下はまだ果てしなく続いていて、死ぬのを待つだけの連中がもがきながらこちらを見ているだけだった。








まるでうまくいかない

2020-12-14 23:29:00 | 











凍てついた亡骸を引き摺りながら、悲鳴のこだまする方へと
不安定な足元を均しつけるように歩いた
空はシュールレアリスムのような曇りで
雨の代わりに百足でも降り注ぎそうな趣だった
亡骸はもうすっかり擦り減ってしまっていて、誰だかわからなくなっていて
あまり綺麗ではない足跡が背後にずっと刻まれていた
「すべてを忘れながら死んだ」と
そいつについて確かそう聞かされたという記憶があった
外気温についてはあまりよくわからなかった、けれど
おそらくは身を切るような寒さというやつで世界は覆われているだろう
目に映るものに温度をつけるとしたらそれしかなかった
アマポーラ、のメロディがなぜか思い出されて
歌詞をごまかしながら少し口ずさんだ、それきりもうどうでもよくなった
朽ち果てた豪邸の温室に潜り込んで亡骸をガーデンテーブルに寝かせ
チェアーに身体をあずけて少し仮眠を取った
居心地のよくない夢を見てすぐに目覚めた
たぶん二十分も経っていないだろう
時計のようなものはこれまでに一度も目にしていなかった
時間という概念が存在しない、あるいは
馴染みのあるそれとはまるで違う
ぼんやりとした流れだけが存在しているようなそんな感じがした
テーブルの上で亡骸はドライフラワーのように枯れた
もうこれ以上引き摺っても仕方がない
ここに置いていくことにした
そもそもどうしてそんなものを引き摺っていたのか
どんなに考えても思い出すことが出来なかった
大事なことだと教えられた気がするが
どちらにせよもう意味をなさなくなっているだろうと感じた
温室を出た、するとすべてが一瞬のうちに燃えた
振り返るとだだっ広い更地が広がっているだけだった

少し歩いたところで見つけた小川で美しい女が水浴びをしていた
おれを見ると親しい知り合いを見つけたような顔をして
川から上がり濡れたまま近寄ってきた
「ずいぶん遅かったのね」
おれは愛想笑いをして無遠慮に彼女を眺めた
「どうやら間に合わなかったのかな」
まあ、と、女はどちらにも取れる調子で答えた
「意味なんてハナからどちらでもかまわないように出来ているのよ」と言った
わからない、とおれは首を横に振った
わかるとかわからないとかではない、と女は諭すように言い
「面倒臭ければなしでいいし、そこに何かを求めたいなら付け足せばいい」
「どちらにせよそれはただの現象に過ぎないのだから、自分で選択すればいい」
そう言いながら女はおれの腕を掴んで川へと誘った
川の流れは見た目以上に速く、おれはあっという間に流されてしまった
水の間から女がこちらに手を振っているのが見えた

川から上がった瞬間、おれはそこを墓地だと思った
十字架が無数に突き立てられているのが見えたからだ
けれど表に回ってみるとそのひとつひとつに死体が打ち付けられてあった
あらゆる体毛が剃られていた
そのせいで塗装を失敗したマネキンが並んでいるみたいに見えた
十字架にはひとつだけ空きがあった、おれのせいだ、とおれは考えた
ここへ連れてこなければならなかったのだ
細く、背の高い男がどこからか現れて近寄ってきた
ごめんよ、とおれは詫びた
かまわない、と男は小さなかすれた声で答えた
「どちらにせよそれは現象に過ぎない」
おれはやれやれというように首を振って見せた
男はそんなおれを注意深く見つめていた、それから、難しいのか、と聞いた
「ーなにがだ?」「そんなふうに生きるのは」
生きることに簡単なことなどないよ、とおれは苦笑して言った
なるほどね、というように男は笑った
そしてあっという間もなくおれを棺に詰め込んで土に埋めた

暗闇の中でおれは目を見開いて現象を理解しようとしていた
ここにはもうおれの知っている命や酸素や恐怖の概念は存在していなかった
ただの圧倒的な暗闇だけがあった
どうだ、と土の上から声がした
「難しいか?」
「難し過ぎて簡単になった」とおれは答えた
わはは、と男が笑うと地が揺らぎ、割れ、おれはもと居た地表へと放り出された
男の姿はなく、十字架はすべて倒れ、棺はくしゃくしゃに潰れた
ちくしょう、とおれはつぶやいてその場に座り込んだ
「まるでうまくいかないな」