冷えたコンクリの壁に手を当てると君が走り去って行く気がした
冬の青空は高く遠く、どんなことをしてもきっと掴むことは出来ない
どうにもならないことに異議を唱えるみたいにアトリが鳴いている、飛行機雲が彼らに道筋を教える
背伸びをする振りをしてその軌跡をすっとなぞった
間に合わない夢を瞳を輝かせて喋るみたいに
心まで響かせる事が出来ない携帯電話、デジタルが心を駄目にしていく
そんな言いがかりなんか別にどうだっていいんだけど
あのころ少しの間だけやっていたチャイニーズフードショップの
店先の公衆電話で何度も君を呼んだ
都市中に張り巡らされた乱雑な配線を辿ってやってくる君の息遣いは
確かにほっとするくらいどこか温かかった
懸命にいろいろな話をしたのは
手持ちのコインがあまりなかったせいだった
あのころのことがどうしても思い出せない、もう駄目だと言ったのは確かに僕だったような気がするけど
振り返らずに走り去って行ったのは確かに君だったような気がする
タバコ屋の角を君が曲がった瞬間に
冷たい鈍器が僕の心臓を貫いた
今でも君は僕のほんの少し先を
追いつけない速度で走っているような気がする
こんな風に冷たいコンクリの壁に手を当てると
子供の手を引いた化粧だらけの若い母親が買物袋と一緒にぶら下げたイミテーションの夢
軋む自転車の舵を取る不潔な老人の呟き
空ろな目つきをしたサラリーマンの手の中の野菜ジュース
赤い皮のタイトに鎖をぶら下げた女の子の下手なファック
100万の狂気を制御してるマクドナルドの店員のスマイル
記憶に染み込んで神経を混ぜ返す宗教的な陽射し
インターネットカフェで混線する趣味思考の残滓
いままでどんな風にそんな渦の中を潜り抜けてきたんだろう?文字を入力して変換して送信してみたけれど
焦点を欠いたクエスチョンに返される答えはやっぱり焦点を欠いていた
愛を求めすぎて疲れた捨てられた犬のように
二月の終わりだけに降るみぞれ交じりの雨の夜には
約束が無くても君から電話して来た
あのころ僕達はきっと世界にふたりだけだったんだ
チャイニーズの店が潰れてから間もなく
店先の公衆電話もいつの間にか撤去された(もっともその少し前からもう線は切られていたんだけど)
回収に来た業者に受話器だけ貰えないかと言ったら
もう廃棄されるからかまわないよと言いながらブツリとコードを切った
きっとおかしな奴だと思って
すぐに渡してくれたのだろう
長く相手をするのが嫌だったに違いない
どうせ捨てるものだからかまわないよって
ブツリとコードを切ってから僕に手渡した
軽く耳にあててみたけど
聞こえてくるのは出口に迷った空気の嘆きだけだった
確かなものから逃げることに慣れてしまったせいで
どんな冷たい心にも傷つかなくなった
僕という個体がどんな理由を求めて存在しているのだろうかとぼんやりと考えるとき
街角に出て冷たいコンクリの壁に触れるのだ
適度な甘えを君のまぼろしに求めて
そのくせ誤魔化すのに必死で街を彷徨うのだ
君が冬の空から僕を見下ろしている
正しいとか間違いとかそんなありきたりな結論じゃなくて
終ってしまったことは一番確かなことだ
追いかけるつもりなんて初めから無かった、だからいまでもこうして思い出している
クレープを買うために並んでいる女子高生の列をぶった切ってタワーレコードの店頭に向かった
音楽はどんどんリーズナブルな値段になっていく
一番高いセットを買おう、パッケージの名前なんてどうだっていい
僕はきっとそんな事ばかり繰り返して死んで行くのだ
火葬場に潜り込むときに君の名前を呼ぶよ、君に思いなんか残していないけれど
受話器を抱いて眠る
名前も知らないやつの歌を聴きながら
二月が終るまで馬鹿みたいに空の端っこばかり見てる
もうしばらくだけ生きてる振りを続けていてもかまわないかな?