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街のもの言わぬ羽

2018-06-29 00:02:00 | 








ある時刻を境に街路は静まり返った、酔っていた連中たちは酔い潰れ、眠るかあるいは死んだ、お盛んな恋人たちは建物の陰でお粗末な絶頂を迎え、指を絡め合ってどこかへ消えた、忘れられた競馬場のナイター設備みたいに点いたり点かなかったりしている頼りない街灯の灯りは、金持ちに群がる乞食のようなもやに取り巻かれて広く照らすことは出来なかった、いま路上をうろついているのは、呑んでいるでもなく、盛っているわけでもなく、いまどうして自分がそこに居るのかも判らない連中ばかりだった、そして俺もその中のひとりだというわけだ、金もなく、着る服もそんなには持っていなかったが今夜はどうしても家に居たくなかった、情けない週末の夜には時々そんな衝動が無駄に俺を歩かせる、行きつく場所は決まって街のどんづまりの港だった、いまではずいぶん規制が厳しくなって、無関係な人間が船のそばまで行くことは出来ないけれど、それでも海の上を吹き荒れる激しい風と、そこが何なのかも判らない遠い対岸の、水性クレパスみたいな滲み方をしている様々な灯りを見ることは出来る、港の敷地の隅には打ち捨てられたパイプ椅子がいくつかあって、座れそうなやつを選んで眺めのいい場所に腰かける、昔はそこも不良や恋人たちで賑わったもんだが、街の反対側に新しい港が出来てからは古い港を訪れるものはあまり居なくなった、向こうの港の方が大きいし、そこに行くまでの道も大きくて走り易いし、おまけに人知れずにいろいろなことが出来る場所がたくさんある、だから街の連中のほとんどは古い港を忘れている、だから俺は少し無駄に歩きたいときはいつもここに来るようになった、もちろん、俺以外にもそんな人間は何人かは居て、同じような時間にぶらぶらしていることもある、だけどそんな時間にそんなところに居る人間は決まって変わり者だから、特別コンタクトを取ることもなく思い思いに時間を過ごしていつの間にか帰る、今夜もそんな夜だった、猛烈な炎のような潮風に炙られ続けて朦朧としながら、俺はのんびりと家までの道を歩いていた、数週間前にとんでもない数の人間を巻き込んで歩道に乗り上げたタクシーはまだ邪魔にならないところに置きざられたままになっている、鮮やかなイエローのボディカラーがどうしようもないほどに悲劇性を強調させている、昼間に近付いて眺めれば赤黒く固まった血を車体のあちこちに見つけることが出来る、興味があるならやってみればいい、でもその興味はすぐに薄れる、だってそんなものただの痕跡でしかないのだから、当事者にしてみればもっと様々な意味を持ったものであるに違いないけれど、そんなこと俺には関係のない話だ、俺の友達も親戚も親兄弟も、そのタクシーには殺されていない、どこの誰かも判らない人間の死に胸を痛めるなんて御伽噺だ、そうは思わないか?タクシーに気を取られて縁石に軽く躓いてよろける、でも周りを気にしたりなんかしない、ちょっと酒でも呑んでるのかななんて思われて終わりだ、そもそもこんな時間に歩いてる連中は他人のアラなんか探ったりしない、人知れず歩くやつらは皆、自分の為だけに生きるのが好きなのさ、なにか飲みたかったが自販機の灯りはどれも遠過ぎた、家に帰るまで我慢して水でも飲んで寝ちまえばいい、もうそんなに距離もない…巨大な河の堤防沿いをずっと歩いている時に、ふっと地面が無くなった気がした、それまで歩いてきた道、生きてきた場所がすべて曖昧な記憶に変わった気がした、俺はしばらく立ち止まってそいつをやり過ごさなけりゃならなかった、若い時のようにそれは重さを持ちはしなかった、なにかを強いるようなものでも、激しく胸を揺さぶるような悔恨みたいなものでもなかった、ただただ色褪せたフィルムのように乾いて薄っぺらな色合いが千切られてばら撒かれた鳥の羽のようにふわふわと現れては消えて行った、人生なんて存在しない、過去なんていい加減に書かれたメモのようなものだ、未来はもっとあやふやな約束のようなものだし、現在はこんなふうに足場を失くしている、間もなく夜は明けるだろうし、俺は少しの間眠るだろう、そうしていくつかの時間が流れに乗って消え去ったあとで、俺はまたこんな夜があったことをぼんやりと思い出すだろう。











be here now

2018-06-28 00:56:00 | 












その昔、ロックンロールがまだ不良の―不良の、なんて括りもどうだろかいとおれぁ思っちゃうんだけど、まあ要するに、そのあれだ、誰が言ったか知らないがセックス・ドラッグ・ロックンロール、なんて、つまるところそういうものだったわけよ、60年代、70年代とかね…ライダージャケットとか着てね?髪の毛を妙な色にしてみたり―まあいわゆるあれだ、常識を打ち破る的な?こうして口にするのはなんだかこっ恥かしいような、そういう風潮があったわけね、60年代、70年代…で、まあ、びっくりするのは、いまだにロックってそういう態度で臨まなければならないなんて、そういうスピリットで生きている方たくさんいらっしゃるっていう、酒呑むとすぐイェーイとかいう日本人ね、「型にハマった生きかたなんてまっぴらだぜ」みたいなことを平気で言う…じゃあもういますぐ首でもくくりなさいよアンタ、もうズッポシ型にハマっちまってるよって、まあそんなこと言ってもしかたないんだけどね、カレの言う型ってのはあくまで、社会とかそういう、一般的な枠組みのことであって、そこにさえ入っていなければそれでいいっていう、その程度の認識であってね?枠から外れて別の枠にハマるだけならもう普通に生きてればっていう話でね(笑)まあほら、根本的に勘違いしてるのはアンチズムを過激だと勘違いしてるところなのよ、早い話…アンチズムじゃないんだよね、カウンターカルチャーなのよ、ロックとか、小説とか―その他のあらゆる表現ってもんはね?(ゲイジュツなんて言わないの、ワタシ)つまりね、どうして「セックス」「ドラッグ」だったのかっていうと、その時代はそんなこと大っぴらに語るの如何なものか、っていう時代だったわけね、歌なんかもね、色恋沙汰だけ歌って若い子がきゃあきゃあ言ってりゃそれで良いっていう、そういう文化だったわけよ、なんて言うの、「行儀良く真面目な」社会ってもんがキッチリとあった時代なのよね、だからこそそういうスタンスに意味があったわけ―で、この現代社会はどうなのよっていうと、もうなんてぇの、弛み切ってしまってるわけ、あらゆるお題目が形骸化して潰れた映画館のポスターみたいに色褪せて剥がれかけてボロボロになってる、それでもみんなそれがいつか上映されるんじゃないかってどっかで考えてる―そんな有様でしょ、社会的に「あーなんかチョーダリィー」みたいなこと言ってる時代に、「この街から抜け出すんだぜ」みたいなこと言ったってしゃあねえだろみたいなね(笑)そういや泉谷しげるが昔言ってたわ、「これからのロックは徒労を歌わなきゃいけないんじゃないか」ってね、それもまた一理あるっちゃああるんだよねぇ、でも、それだけが正解じゃないんだけどね…そういう時代の空気みたいなもんはね、あの内田裕也ですら理解してるよね、「ちゃんと並んで入りましたよ、それがロックンロールだもん」って言ってたの、何年か前に―これ、字面だけ見るとアホみたいだけど、ああ、この人もやっぱりそういうの感じ取ってるんだなぁって、おれちょっと感心しちゃったよね、なんか立ち位置的には初代ダイゴみたいな人だけどね…内田裕也とあと、ダイヤモンドユカイね、あの人どうしてあんなになっちまったんだろう…まあそんなことはいいとしてね…「なにがいまロックなのか」みたいなとこもあるよね、あのTOKIOだって鉄腕ダッシュじゃロック・バンドだって言ってるからね、まあスキャンダルだけはイッチョマエにあったけど…ロックって単純に音楽ジャンルのひとつになっちゃってるでしょ、その言葉にはもうなんにもないんだよね、じゃあどうなのか、これね、非常に重要な部分なんだけど、カウンターカルチャーっていうのは日本国内にもちゃんとあるんだよ、あちこちに存在しているの、だけどね、そういうものは流通しないんだよね―無味乾燥な、ただスタイルがバンドだっていうだけの、そういうもんじゃないとテレビで流れないの、ざっくり言えば…だからね、もしかしたらいまテレビで流れてる音楽でカウンター的な色合いがあるとすれば、もしかしたらサザンオールスターズとか星野源とか、あと野生爆弾くっきーとか、そういう枠くらいなんじゃないのかなぁ、佐野元春はずいぶん後ろに下がってしまったしね…コミックとか、小説とか、そういう部分でもそうだよね、住み分けがキッチリし過ぎている、広がりも縮まりもしない、そして、その枠の中でならすっげえ上手に出来るけど、一歩外に出ると何も出来ない、みたいな、そんなのがほとんどだよね―おれは本来、あらゆるカルチャーはカウンターであるべきだと思うんだけど―カウンターにならざるを得ない、って言った方が良いのかな、でもそういう言い方って、あんまりみんなピンと来ないみたい、まあ来ても来なくても、どうでもいいんだけど、実際のトコロ…自分になにかしらの影響力があるわけでもないしね?誤解して欲しくないのは、「過激であれ」ってことじゃないのよ、要はさ、作品主体じゃなくて、オマエ主体であれっていうことなんだよね、オマエ自身の鼓動を織り交ぜて差し出して、それが誰かがオッって思うようなものになれば最高だよね、っていう―そういう話なのよ、嫌いだ駄目だ嫌だ認めない、って、ガキみたいに連呼するのは誰にでも出来ることだからね?ひとつの枠を外れるんなら、その理由になるようなものを差し出してみせればいいんじゃねえのっていう、それだけのことなのよ…














生温い風邪の週末

2018-06-24 22:24:00 | 











狂った世界の鼓動からは
もう受け取るものはなにもない
梅雨の晴間のウザったい午後に
少し前に死んだ詩人の詩を読んでいる
俺の世界は幸か不幸か
たいして変化してはいないが
本棚に並んでいる本やコンパクト・ディスクには
もうこの世には居ない人間の名前の方が多くなった
時間というものが確かに存在しているのならば
きっとそんなふうに現在を植え付けていくのだろう
記憶が未来を構築する
まだ熱いコーヒーを急いで飲み干してしまって
せっかく冷えた汗がまた吹き出してくる
もうそんなことを気にしてもしかたがない
気にしなければならないことは他にたくさんある
珍しく風邪を引いて
この三日間考え事もままならなかった
ただ咳をしては鼻を啜りあげ
ヴィデオ・ゲームに精を出していたのさ
たくさんの人間を殺した
ディスプレイのなかで
爆薬で吹っ飛ばしたり
火炎瓶で燃やしたり
戦車で引き潰したりした
ゲームにはあらゆる罪状が記録される
殺した警官の数
殺した民間人の数
破壊した車の数
撃墜したヘリコプターの数…
その他もろもろ
あらゆる罪状が記録される
もしも戦争ならそれは成績と呼ばれる
判る?言ってる意味

巷はとことん青臭い
まるで誰かのあけた穴を突っついてりゃ
人間として一人前だと言わんばかりだ
やつらの口はきっと
虫歯だらけに違いないぜ
自分を見て欲しくてしかたないんだろう
中身のないやつは喧しく吠えるものだ

昔俺は
読みかけの本をそのまま閉じるのが好きだった
栞など挟まなくてもいいと思っていた
どこまで読んだかなんてすぐに判るから―
そう、そんなことはずっと忘れていたんだけど
これを書いてる途中で急に思い出したんだ
だけどいまはきちんと挟んでるってことは
きっとそんなに重要なことじゃなかったんだろうな
本を読むときに必要なことは
そこになにが書いてあるのかきちんと読み取ること
字面を流し見て判ったような気になってるやつらが増えたぜ
きっとSNSの仕業なんだろうな
優れた文章には二つ以上の意味が必ずある
テキストの読み方しか知らないやつが口を挟んでいいものじゃないのさ
昔はみんなそういうことをちゃんと知っていた
今じゃ詩人にだって知らないやつがごまんと居る
俺はそいつらを捕まえて
なあ、間違ってるぜ、なんて忠告したりしない
だってそんなやつら
俺の詩には関係がないからだ
別に道を急いでいるわけじゃないが
回り道をするような気分じゃないって感じかな
他人を巻き込むことを前提に書いてるようなやつらは
ひとりになるとなんにも出来やしないのさ

「はじめぼくはひとりだった」なんて、古い歌があるけれど
ひとりでなくっちゃ書く意味なんかないだろう
それはコミュニケーション・ツールか否かとか
メッセージとか否かとかそういうことではなくて
まずは自分がどんなものを書こうとしているのか
本能的に知っているのかどうかってことさ
言葉に出来るかどうかなんてどうでもいい
知るべきことを知っているかってそういうこと
はじめは勘違いでいい、俺だって最初はそうだった
なんだっていいんだ
続けていれば自ずと判ってくるものだからさ

ちょっと待って、エアコンをもう一度つけてこなけりゃ
まったく今頃の夜は調節がし辛いね
そして、そう
同じフレーズを何度使ったって構わない
ひとりで書けるやつは
馬鹿のひとつ覚えとは無縁なものさ
同じ歌を繰り返し歌っても同じ歌にならないように
同じ詩だって違う詩になったりするものさ
同じ詩が同じ詩にしかならないものは
技術に囚われてるかそもそも才能がないってだけの話さ
そう、囚われるのはよくない、テーマにも、技術にもね
そして、自分自身にも
禁句を作っちゃいけない
禁則を作っちゃいけない
踏み込んじゃいけない場所を作っちゃいけない
紙と鉛筆さえあれば誰にだって始められるものに
御大層な名目なんて必要ないのさ
パンク・ロックと同じようなものさ
ジョニー・サンダースのチューニングは人任せ
だけど彼は自分が弾くべきことを知っていたから…

狂った世界、ひどく湿気ている
シャツが汗で滲むことに悪態をつきながら
なにも出来なかった休日をいくつかのフレーズで縛り付ける
鼻水はもう垂れてこないし、咳もずいぶんマシになった
明日は仕事でひどく汗をかくだろうし
気が付けば風邪なんて治っているかもしれない
たまには具合でも崩してみなけりゃ、そうさ
本も読めない時間にイラついてみなくちゃ
人生には落とし穴が必要だ
自分で掘ったっていい
たまには落ちてみればいい
あらゆる物事には
違う視点ってものが存在するんだぜ













詩は記録される雨音

2018-06-14 23:12:00 | 













喀血する連中の
猥雑な足さばきを見なよ
割れた石畳で
ブレイクビーツみたいさ

いつまで経っても周波数が合わないから
指先がバカになるまでチューナーを弄んでる
枯渇の上に怠惰を築いた
傍目だけ小奇麗な街はいつも通りで
俺は必要以上に
ソールの汚れを街路に押し付けていく
車道ではホーンの音が
統率者の居ないオーケストラみたいに好き勝手に鳴っている

晴れた朝のあとに翳る昼があって
少しだけ雨の匂いがする夕方があった
慎ましい女の泣声のような雨音が
速い夜に少しだけ聞こえて
窓ガラスはそれっきり情報を寄こさなかった
俺も別に欲しいわけではなかったし
いくら突き詰めてもなんの役にも立たないものだった

時々ふとした瞬間に失ってきた日々が
最終関門のようなクエスチョンを投げかけることがあって
そのたびに俺は呆然と日常を見送っていく
過去が欠片になって身体中を貫いているのに
晩飯のことで頭がいっぱいみたいな顔をして

電波時計はあらゆる時計の中で一番
時刻を告げることに無頓着な気がする
近頃じゃ秒針の音すらしない時計が売れるらしい
そんなささやかな表示をどんな奴らが購入の理由にするのだろう
一時間おきに鳩が窓から飛び出してきた時代はもう
ファンタジーと同じくらい別次元の出来事だ
音楽を絶えず流してしまうのはきっと
ブレイクの瞬間の静けさを尊いと感じてしまうせいだ

昔よりも少し
浴室で身体を綺麗に洗うことが上手くなって
人生はまんざらじゃないと感じる
ほんの少しの手応えの蓄積が糧となって
時間制限のない懐かしいゲームみたいな毎日が循環する
時は儚くない
それに纏わりついてるひとりひとりの過去が儚いだけなのだ
数年前の雑誌のページをめくっていると
表紙を含めて死んだ人間ばかりだったと気づいた瞬間にそんなことを思った

ストレイト・トゥ・ヘル、少し見学してきても構わないかい
絶対数が聖書の時代とはもう違うのに
善悪で人間を分ける必要なんてあるのかい
「すべての地獄は現世にある」って
もっともらしいこと言ってたのはどこの誰だったっけ?
印象的な台詞は作者を忘れさせてしまう
その意味を喜ぶのが楽し過ぎるせいさ

俺の家がある大通りから一本外れた小狭い路地の片隅に設えられた側溝には
もう何年も流れていないような水が溜まっている
時折近所の人間が竹箒を突っ込んで流そうと試みるけれど
先で致命的に詰まっているらしくてすぐに戻ってくる
半時間もするとなにも起こらなかったみたいにそこで澱んでいるのさ
俺はああまだここは詰まっているんだなと思うだけだけれど
どうしても流したがってる連中は自分の人生を見るようで気に入らないのかもしれないね
だけど仮にそこの水が流れて居なくなったところで
誰かの人生の水捌けがよくなるわけではないのだけれどね

昼間には気も狂わんばかりの湿気が辺りに立ちこめていたけど
日が暮れると季節が逆戻りしたのかと思うほどに涼しい
風邪なんか引かないようにねといろいろな人に注意されるけれど
風邪を引いたのなんてもう五年は前のことだ
子供のころは熱を出すたびに見ていた奇妙な夢も
今じゃほとんどの場合は記憶の抽斗のなかに眠ったままだよ

おそらく人は
過去があるからこそ生きるのだ
そこに残してきたもののことをもっときちんと知りたくなって
これから始まることのなかにそいつを探してしまうのだ
俺は時々廃墟の中に隠れて
それが生きていた時代のことを思う
もう誰もが忘れてしまって
緩んだ床や崩れた壁なんかには思い出すことなんか出来ない
そんな凍てついた時間のなかに座り込んで
自分がもしも廃墟であったとしたら、と俺は考える
どんなものを使って過去を語るだろうかと
床に散らばった衣類や
残された雑誌みたいなもので語るだろうか
それとも破れて垂れ下がった天井クロスや
歪んで動かなくなった引戸などでそれを語るだろうか
そこに誰が訪れるだろうか
そこにどんな噂が生まれるだろうか…
窓の外から少し覗くだけで
美しい調度品がずらりと並んでいるような
そんな廃墟でなくて良かった
語らぬまま判り合える友達を見つけようとしているような
そんながらんどうの廃墟で良かった、なんて
くだらないことを考えながら崩れるのを待つだろうか?

すべてがひとつのものになって
目を開けるだけで様々なものを見ることが出来る
そんな時がもしもやってきたら
俺は明日を待ち遠しいと思うだろう
幼いころにそんなふうに思えたこともあるにはあったけれど
それはちょっとした錯覚のようなものだったんだよ
俺はいまそれを理解していて
そして寝床に横になろうとしている
あまり夢は見ないだろう
もし見たとしても
目覚めたときには誰かに話せるほど覚えていたりすることは多分ないだろう















カスケードのなかで不用意な感情は息を潜めている

2018-06-09 23:53:00 | 












散乱した無数の接続部品は古い血液のような錆に抱かれて暴動の後の死体のように
コンフューズはすべて同調してしまっているからラジオペンチじゃどうにもならない
アーカイブの欠落を塗り潰して初めからそんな項目はなかったみたいに装ったとしても
幾つかのいびつな銃創のように狼狽えた網膜がすべてを克明に吐露してしまっている
プラスティックのいまひとつ信用のおけない光沢が乱反射する感情の元凶に違いない
消灯した部屋のなかで流れている音楽は完ぺきな調光と水温のなかで泳ぐ深海魚だ
バーレスク・ショーのさなかに巧妙に自死する道化師の瞳の色はたとえようがない
いついかなるあらゆるものの死因なんて解剖したところで解明されはしないのだ
侮蔑的な表現を含んだセンテンスが非難されている光景はパラノイアックの極みだ
打撲痕のような雨雲が陰鬱な独り言のように点在する真夜中の空はそんな現象の絵画だ
アルコーブに陳列された土塊にまみれたふたつの生首の口腔はぼんやりと開いていて
その無意味な穴から零れてくる無数の奇妙な音符を五線紙に貼り付けて辻褄を合わせる
ブカレストの広場で張り詰めた舞を続けているバレリーナのどうしようもない絶望
蓄音機はいつだってお前の望むように滑らかに針を滑らせてはくれなかった筈じゃないか
喀血のような睡魔が突然に脳髄を沈黙させようと執拗に画策するのを忌々しく思うし
サイドテーブルに置き去られた古い名前が記された封書は多分開かれることはないだろう
ユトリロの肖像画がおそらく明確な意思をもって神経症的にこちらを監視している
ハルシオンが幸福な夢を見せてくれるってまだ十五歳のあの子は本気で信じていたんだ
ガンコントロールが覚束ない辺鄙な場所の方がきっと風通しは申し分なく良いはずさ
百日紅の花言葉にもたれて暗い細胞の死滅する音に耳を傾けているからまだ眠れない
ドレンチューブのなかに残された幾つかの詩篇が惨劇の原因を事細かに教えてくれるから
キャンパスノートは呪文のような記録項目の数々で黒く塗り潰されて机の隅でこと切れる
聴力検査の微細音のようなノイズが聞こえ続けているのはきっと肉体的な要因じゃなくて
洗面台はいつでもなにかを強引に拭い去ったような痕が薄っすらと残されているだけで
カードを奪い合う遊びのなかに針のように差し込まれたカオテックな欲望の粘度の高い涎
そして雨はモノトーンの映画に映る血だまりのような景色を夜のなかに残して消え失せ
泳ぎ続ける音楽だけがただ察しのいい友人のように尾びれを翻しながら時を繕うのだ