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モダン・ラヴ

2007-09-30 22:51:49 | 














空家になった邸宅の庭の木の枝が飛び出して陰を作る路地裏
君が駆け出す前に言った言葉は聞こえなかったけれど
それはたぶんひとつの名詞だった僕達が
明日からはもうふたつになって、そして
二度とひとつにはならないってことを告げたのだろう
九月の終わりの風を初めて冷たいと感じた今日
君は木漏れ日の向こうで他人の街に溶けた
僕は後ろから伸ばされた静止の腕のような枝の影に
こころを逃がしたままで立ち尽くしていた
まるで幾重もの檻だった、幾重もの檻になって
おまえはそこから先へ進むことは決してないのだと
僕を、それとも僕自身が
そこを永遠の断絶に塗り替えた
君が溶けてしまった他人の街、僕は腕ひとつ伸ばす事もせず
きびすを返して
さっきまでふたりだった
週末の繁華街をひとりで歩いた
何気なく覗いたショーウィンドウが
あれほど眩しかったのは気のせいではないのだ
僕は薬を入れるカプセルで外界と遮断されたようで
喧騒はキャンセルされて
奇妙なまでに静かな世界
この場所に溢れるとりとめもない音楽を
鮮やかに鼓膜に届けていたのはいったいなんだったのか
明日になるまでそんな疑問に答えは出したくなかった、たぶん、明日になってもまた
それは突然に訪れる
それは突然に訪れる
カプセルの中に放り込まれて、スニーカーの底だって心なしか心許無い
さっき動けなかった影の上、すらりと伸びていた枝の先に
僕のこころがはやにえのようにディスプレイされているのかもしれない、こころはたぶんそこにある、こころはたぶん…だけど僕はそれを取りには行かない、それはもう少し時間が経ってからにしたい
それで腐敗してしまうならそれはそれで構わない、いまはどうせ要らないものなのだから
オブラートを突き抜けてきたクラクション、僕は赤信号に飛び出していた―太った中年が車から降りてきて文句を言う、「殺すぞ」とふざけて言ったら
何事かぼそぼそと口にして走り去った、笑う気もしない
何かをする気なんてひとつも見つけられない自分に気づいた、昨日までの長い距離は
きっとコールドスリープの中で見てた夢だ
壊れたかに思えた信号が青に変わったとき、僕は猛然とスタートダッシュした
誰かの肩を弾き、捨てられた空缶を蹴り、先を急ぐ自転車の通路を塞ぎながら、僕はどこへ行くのかも判らないで走った、そんな風に走るのは高校生のころ以来で
すぐに息が苦しくなる、すぐに筋肉が上手く伸縮出来なくて―太すぎる刃物を刺しこまれたみたいに横腹は痛んだ、足がもつれ―それでも僕は止めようとはしなかった、止められなかった、やがては津波のように押し寄せてくるだろう感情に気づく前にどこかへ逃げなければならなかった、小さな信号はすべて無視し、電動車椅子の老婆を飛び越え…我が物顔で歩道ではしゃぐ子供を巻き込んで転んだりしながら走った、空は紅く変わり始めたかと思ったらすぐに落ちて―人工的な明るさだけが僕の馬鹿を変わらず移し続けた、どうして走っているのだろう、顔をしかめなければ呼吸ひとつすることが出来なかった、僕はもう風に弄ばれるコンビニのレジ袋みたいにうろうろと乱れながら―駅前通りで胸が握り締められる感覚を覚えて倒れた
吐気がして―吐きたかったけれど気が遠くなって―幾人か親切な人たちが声をかけてくれたけれど、答える事も出来ず、僕は目を裏返した
君が駆け出す前に言った言葉をそのとき初めて聞いていたことに気づいたのだ、君は確かに僕の思った通りの言葉を口にしていた、そして僕は確かにそれを間違いなく受け止めていたのだ、記憶のフォルダに放り込むタイミングが速すぎた
優しい人たちの中に君がいればと思ったけれど
君はこんな僕を指差して笑うだろう
僕はそんなピエロを演じたくはなかったから
これで、よかったのだ
これでよかった
君は他人の街に溶け、僕は駅前通で
馬鹿になった自分を笑いながら溶け…
















一番古いビート

2007-09-29 22:20:48 | 













頭上で弾けた蛍光灯の不自然な寿命、疑問の意を表明しようと首を傾げたら偏頭痛の幕が開いた、浮かばれない蝶のように閉ざされた窓の側で外界を探す小さな蛾…例え今俺がこの窓を開けてやっても
やつはそんなに長くは生きられないような気がした





眼は開いているか?言葉を書き綴るための眼はちゃんと開いているか?おまえは確かに内にあるものを外界に向かって差し出すことが出来るか?指を伸ばして光にかざしてみる―そこから新しいものはなにも出てこないような気がする…





「新しい言葉」は必要なのか?人々をはっと言わせるような、それまで誰も見たことがないような新しい言葉―それを追いかけるがあまり別の世界に行ってしまうやつらがあまりにも多いんじゃないのか?言葉の途中に改行を施し
て、それを斬新と呼んだりするのが正しい事なのか―俺たちはピエロを手厚く迎えすぎる―見つけやすい虫のようなものだけがいつも…





キィ・ボードに手を置くと、責任が物陰からこちらを伺っているのを感じたような気がした―それは文学的なものではなく、それは文法的なものではなく、詩学とももちろん関係のない―連綿と続く放出される魂の軌跡に続く責任というようなもの…俺は指先がそれらの空気を感じ取って、いつもとは違うものを吐き出そうとしているのを感じる、それは新しい言葉とはなんら関係がなく―だから今日はもう少し考えないで書けるかどうか試してみる事にした





思えばここ数日の篇は、シチュエーションという文脈のみによって構成されていた、それも決して悪い事じゃないが―誤解して欲しくないのだが、俺はどれかひとつだけの局面を持って理想とする気持ちなどない、人間が存在する数だけ―言葉に対して敏感な人間の数だけ―受け取る形は違うものということは理解しているつもりだ、だからこれはしいて言うなら…あえて言うなら、俺の、自己満足のレベルでの話のようなものと考えてもらえればいい―そう、なにか自動初期的な、んー…スピードに欠ける気がしたんだ、そのことについちゃ前にも書いたよな?スピードってやつの中にあるものについては?このプロセスが始まったころに、まだまだ有り余ってたころにつらつらと書き連ねたインプロビゼイションのことさ―あそこに書いてあっただろう、スピードってやつは俺を一風変わった景色の中へ連れて行ってくれる―今になって考えるに、それは指先からなにか、老廃物のような感情が吐き出されている…そんな感じなんだ…思えば、こうして言葉を並べ始めてから、俺は胸の内に余計なものを溜め込むことが少なくなった、いつかにはずしりと脳味噌を重くさせたものを―吐き出すすべを知ることが出来て本当に良かったと思う…綴る、という行為は俺をいつでも少し楽にさせてくれるんだ(毎日書く、なんて約束をしたときには面倒になることもあるけれど…それでもさ)何の話をしているんだっけ?そう、綴るっていうのは欲求だよ、違うっていうやつも居るかもしれない、もっとそれはたしなみ的な、生花みたいなものだと…だけど俺は間違いなく、詩はそこにカテゴライズされるべきものじゃないと信じているよ、欲求―いや、いや、いや!もっと他の―衝動、そう
衝動ってやつだ…初期衝動であり続けられる表現形態―ロックン・ロールよりも自然にね、初期衝動であり続けられる表現形態、そいつが詩だ
俺はそういう言葉の流れに向かっているんだということを初めから知っていたような気がする、そういう感覚を知ったのはいつだった?そう、たぶん、十九の頃だ…それは確か十九のころのことで間違いがないよ…あふれる、という感覚を始めて感じたんだ、それは止まることが無かった、その気になればいつまでだって書くことが出来たよ、いつまでだって…俺が言葉を並べることが好きなのは、そのときの感覚が今でも変わることなくずっと心の中にあることが判るからなんだ、判るかい、衝動であるべきだとは言わない、だけど俺にとっちゃこれは衝動以上の何物でもないんだよ―ここまで書くのに半時間もかけてないぜ、衝動っていうものの参考になれば…





初めて書いた言葉なんか思い出すことが出来ないけれど、初めて読んだ詩なんか思い出すことは出来ないけれど、最初の感覚をずっとキープし続けて…キープし続けたままページを重ねる事が出来るんだ、それは義務感のようなものでそうしているわけじゃなくって…変わりたくなったやつは変わればいい、そうだろ?嘘をついたってボロが出るだけさ―それは同じようにそこにあるんだ、何故そうなのかは判らないけれども…時々不思議に思うことがあるよ、これはどうして俺をこんなにも楽にさせてくれるのだろうかって…思うに酒みたいなものなのかもな、俺はアルコールの変わりに言葉に酔っ払っているのさ、ヘヴィメタ・マニアが血行がおかしくなるくらいヘッド・バンキングをやり続けるみたいにね―だから俺はアルコールで気持ちよく酔ったことがない…俺にしてみりゃ酔うってのはアルコールを摂取する事じゃないのさ―ヘッド・バンキングをし続けるみたいに言葉を吐き出すこと、それが俺にとっちゃ酔うってことなんだ―それについちゃ他に選択肢なんか残されちゃいない





もちろん、それだけがいいとは思わないぜ、こうして書かれた言葉達にはたいした意味なんかないんだ、ただ、このスピードがどれだけリアルに感じ取ってもらえるのか―俺には決して判断は出来ないけれども―スピードを装って書いたものよりもきちんとスピードが届いていればいいななんてたまに考えるんだけど…つまりさ、重要な一部分ではあるけれどそこだけを持ち上げるわけにはいかない…これだけがスタイルだって言われたら俺はちっと困ってしまう―指先だって毎日くたくたになっちまうぜ、つまりさ―間欠泉のように時々噴出してくれればいい、時々狂ったように噴出して―俺をすっきりとさせてくれればいい、こんな連なりに俺が求めるものはたぶんそれだけなんだ、昨日のものとは同じじゃない…一昨日のものとも…だけど、それより前に書いたいくつかのものとこれは同じかもしれない、読みやつにとっちゃ違いなんか見つけられないかもしれない、だけどさ―






ボ・ディドリーの器用なギターソロなんて誰も聴きたくはないはずさ、こいつはそういうものだと思ってくれればいい―なんならステップを踏んでくれ、古いビートだ、こいつは俺の心の中に生まれた一番古いビートなんだよ…
















運命は週末に観念的なガスをたて続けに放つ

2007-09-28 22:01:14 | 











俺というかたまりに対する不信感、人差し指をなぞる感触が腐乱している…洗面台に欲望の数だけ頭を打ちつけて流れ出た血液の温度を計測した(人ならず、人ならず…そこには人ならず、と表示されていた、古いデジタル液晶の微生物的なグリーン)、いらだった俺は冷たい牛乳を飲み干す―まるでプライヴェートをたわいないものに演出しようとしてるみたいですこぶる気分が悪くなる(あとで腹も痛くなるかもしれない)
わざわざ探して買ったアンティーク・モデルの金魚蜂、その中に超えた金魚が一匹…いつのことだったろう?気まぐれにこいつを神社の夏祭りですくったのは…日付が思い出せないほど昔の事には間違いない(エアー・ポンプと浄水システムの完備されたその中はここよりもずっと快適に見える)生物にとって敵がいないことの最大のデメリットは―頭がイカレたみたいにぶくぶくと太り始めることだ(なにかから逃げるための心配が要らない、安心は本能を極限まで麻痺させる)
げっぷをしながらコップを洗い、やることはもうない、俺はテレビをつける、五分後には消すことが判っていながら―求める事と日常的な動作は必ずしも一致しない、いや―日常的な動作の中に求めている事はたぶん数えるほどもありはしない―生殖とかね(それは日常の中なのか、あるいは外なのか?)とあるCMで懐かしいロック・ミュージックが流れているが―そのタイトルをどうしても思い出すことが出来ない(完全に記憶されたメロディなのに、名前がないだけでそれは不確かに思える)、三度同じコーラスを繰り返してからテレビを消した(リモコンは集中力をそぐ抜群の小道具だ―スイッチなんてそんな簡単にオンオフできないほうがずっといいはずだ…)、リモコンを投げ出してソファーに横になる、ハエトリグモが鼻先につうとぶら下がる―「向こうにしてくれ」と俺は言う
ハエトリグモはそれを無視して(虫だけに)俺の側に着地したが(尻の中に糸を切る装置があるのだろうか?)、やれやれという感じで俺の示した方へひょいひょいと跳ねてゆく―デザインという部分においては我等が創造主はたいした天才に違いないな…俺は雲の行先を確かめて寝返りを打つ…天井が見える(白地に薄いブルーの糞面白くない模様)、この天井にそこにある以上の様々なものを見て取った時代があった―それはあちらこちらで思春期なんて名前で呼ばれたりするものなのかもしれない(けれど本当はそれは若さではなく、けれど本当はそれは通過儀礼などでは決してなく)
週末に脳髄に征服の旗を立てるのは一週間溜め込んだあてのない眠気、あらゆる神経と血管のキモにラバー製のシールドを差し込まれたような…断絶(通電しない、という感覚にたしかにシンパシーを感じる)ハンダゴテと、それからハンダを生体用に開発されたやつを―後頭部のかたまりは遺憾ともし難い(ストレッチなんて本当に痛いときにはたいてい役に立たない、トレーナーを呼んでくる余力なんかないし―第一きちゃくれない)、横になるとひび割れた幾箇所からぽろぽろと角質のように部品がこぼれ落ちる…人差し指をなぞる感触が腐乱している
そういうときの特効薬をひとつも思いつけないのは別に不義理ばかり働いてきたせいじゃない(何でも報いに結び付けたがるのは半端な仏教徒の専売特許だ)…どんなにシステムを組み替えようが、ダウンするときはダウンするのだ(そしてそれはまた、ダウンするべきときと言えるのかもしれない?)俺はいらだちを殺す事に勤める、受け入れてしまえば傷みは少なくとも質を変える―要は傷みと関係ない世界の中へ入ってしまえばいいのだ、つまるところそれは睡眠だ(金魚蜂の金魚がリムジン・ベンツのように旋回する)
俺は眼を閉じた、エアーポンプの音が聞こえた…ぽぽぽぽぽぽぽぽぽと―忘却のように浮かび上がっては消える小さな泡、存在の本質、とやぶ学者ぶって名付けてしまいたくなるような運命の放屁(俺は臭いもしない屁の前で観念的に鼻をつまんで空気を攪拌した)、泡がつぶれたとき、その中に詰まっていたものはどこへ消えるのだろう?それは空気なんて名前で呼べるようなものじゃないような気がする、それは―もう少しロマンティックなテイストでそのあり方を示唆されるべき代物なのだ―ロマンティックな、あまりにロマンティックな運命の放屁だ、鼻をつまめよ、とんでもないものを吸い込んでしまうぜ―








真理なんてきっとそんな迂闊に取り込んでしまっていいものじゃないはずさ―たぶん…


















得体の知れないコーヒーハウスの汚れた壁の時計はいつでも八時半

2007-09-27 20:58:29 | 















得体の知れないコーヒーハウスの汚れた壁の時計はいつでも八時半、さっき仕込んだのだろうストロベリージャムの香りがほのかに漂ってる、まるでそいつでなにか、出来の悪いものの匂いを隠そうとしてるみたいに(平安時代の香水みたいなもんか)
流しているのはいつでも「地下室」、でもその店は二階建て―地下室があるなんて話は聞いた事もない、ま、そんなこと別にどうだっていいことだけど(ストーンズじゃなくたってジャンピン・ジャック・フラッシュは歌える)
トースト・セットが出来るのを待つ間俺は新聞を広げる、ここで汚れていない新聞にお目にかかったことがない(マスターが最初に仕事の合間に目を通すのではないかと俺は睨んでいる)―ついでに言えばこのマスターのきちんとした接客を俺は見たことがない、ドアを潜ったときに少し頭を下げる程度で(来るときも帰るときも)
こだわりのサイフォンでずいぶんと待たせる、だから忙しい人間はここには来ない…こんな調子でやっていけるのかというほどに客が居ない(もっともマスターは忙しいのを喜びそうにない)
新聞を読み終えるとラックに返して、「ヤズー・ストリート・スキャンダル」に耳を傾けながらマイケル・J・リューインを読む、この店に似合いの―「内なる敵」(静かな敵の存在を極太の黒い梁が連想させる)
この梁の上、客から完全に死角になる辺りに鎌を下げたすばやい小男が居て、マスターの合図でおイタが過ぎる客の首を一閃で落とすのだ(例えばブルーマウンテンにシュガーをたらふく入れたとかそんな理由で)―天井裏には特別使うあてもないままに、今まで落とした悪い子チャンたちの生首が冷凍保存されている(夏になったらカキ氷でも始めるつもりなんじゃないだろうか?)
得体の知れないコーヒーハウスの汚れた壁の時計はいつでも八時半…およそ八時半にはありえないような窓の外の日差しと喧騒の中でも(ヘイ、きっとあれは時計の形をした違う何かだぜ)たとえば時計の針を十二時丁度に合わせると…俺は妄想に行き詰って水を飲む、サイフォンのかすかな泡の音は金魚の歌声を連想させる(変か?)
マスターは頭と鼻以外はでかいところがない男で、時々威嚇する犬みたいに花を持ち上げる…きっと鼻の中を上手く息が抜けないのだ(俺も鼻が小さいほうじゃないからそのいらだちはようく判る)そうだ、十二時に合わせると先が二股に分かれた鼻用の加湿器がかれの(まさに)目と鼻の先に現れる仕掛けになっているのだ、そういうことにしとこう―ポアロよろしく謎を解いた俺は首をひとつ回して小説に戻る(マスターはトーストの準備をして焼くべきタイミングを計るためにサイフォンを睨んでいる―彼にとっては命よりも大事なこだわりがそこにはあるらしい)
サムスンが何度目かに依頼人のアンティーク・ショップを訪ねるころサイフォンの音が派手になる、マスターは滑稽なほど機敏な動作でオーブンに分厚い食パンを放り込む(幼いころ一度だけ行った小さな動物園にまったく動かないワニがいた、そいつが、飼育係がニワトリの頭を投げ込んだ瞬間信じられない速度で喰らいついたのだ―パンを焼くマスターを見るたびにそのときのことを思い出す)
そうしてマスターはカップを温め始める―そういうことは本を読んでいてもなんとなく判るのだ(リューインだって初めて読むわけじゃないしね)豆の香りがゆっくりと、戦を待つ戦士のように店の中を凌駕する、俺はこめかみに突きつけられる鋭い剣を感じる(優れたコーヒーの香りとは得てしてそういうものだ、まあもちろん異議もたぶんにあるだろうけど)、オーブンがアコースティック・ギターの五弦開放のような音で鳴り―信じられないほどの蒸気が高い天井に立ち上る―そら、もうすぐだ―俺は本を伏せて水をもう一度飲む(珈琲の味をきちんと感じるためにさ)ジッ、ジッ…と、カズーのような音を立てながら焼けたパンにジャムが塗られる
カウンター越しに短い手を伸ばしてマスターがトースト・セットを差し出す、「どうぞ」と言うように右の眉をヒクつかせながら
俺は黙ってそれを受け取る、パンを一口齧ろうとしたそのとき、マスターがまだ正面にいるのに気づいた―どうやら俺がカウンターに置いた文庫の題字を読んでいるようだ「…リューインは」牧師の祈りのような調子で唐突に口を開く「季節の終わり、の方が面白い…」
俺の返事を待つこともなくカウンターの奥の自分の指定席に戻る(お役御免になった預言者のような顔をしている)
俺はちょっと面食らいながらパンを齧り、珈琲を啜る(後頭部を吹き飛ばす、ショット・ガンのような風味)
食事が終るとカウンターに代金を置き―丁度持ってるならそのほうがいいらしい―ごちそうさまと言って店を出る、マスターは9ミリ頭を下げる―季節の終わり、の方が面白い







その意見には、全面的に賛成だ

















俺は街角の第三の眼(サタディ・ナイト)

2007-09-26 22:17:23 | 













瓦礫の山を越えてくる乾いた風
口腔に溜まる血の渋みと、まとわりついた砂の匂い
新しくなるビルの予定地の側
僅かに残った壁に下着を隠そうともせず
だらしなくうずくまるセーラー服の腕に注射針の痕―彼女の股間の匂いを嗅ぐ瘠せた野良犬
音の定まらない
ハモニカの音色
ベンド出来ないままスコアだけが先に流れ…やめちまいなよ、おまえ
バーガーショップの裏口で万引き少年が店員と揉めている
足取りのおぼつかない男が電柱に抱きついてゲロを吐く…洒落たコンバースの爪先を汚しながら
蛍光ピンクのソフトスーツの女がその側を
「別にどうってことないわ」という顔で通り過ぎる、それが彼女にとっちゃ最高にヒップなことらしいが
蛍光ピンクの尻は少し肉が余りすぎている
タクシーが学生の自転車を引きそうになる―クラクションが深夜二時をまだ動けるみたいな空気に変える
安い飲み屋から出てきた連中が聞くに堪えないメロディを合唱しながらカラオケに雪崩れ込んでいく
公衆トイレの物陰で
せわしなく動く唇が二つと腕が四つ―見えてないつもりなのか見えていても構わないのか
そんなものじっくり眺めようとも思わない
そこへ入るときの二人の顔を見てしまっていたから
乱れたスーツのサラリーマン二人組みがサプリドリンクを何本も買ってホテルにたどり着く(ペットボトルで自堕落が帳消しに出来るなんてほんとに信じているんだろうか?)
ホテルの前では中国辺りの訛りを持った
セクシーなマッサージの客引きの女
引きずり込みそうなほど強引に
アソンデイカナイと繰り返す
あのホテルで俺は昔働いていた事がある―客引きの娘達はホテルのロビーのトイレを使い
使用済みの生理用品をそのまま床へ捨てていく、まさにブラッディ・ヴァレンタイン
ほんの数年くらい前のことなのにやけに懐かしく思い出す―夜通し働いた後は
いつも流れない汗が顔に張り付いていた
飲み屋帰りのやつらを待つタクシーが大通りにずらりと並んで
テールライトの帯がありもしない幸せへの道に見える
誰かあそこを渡っていったやつは居るのかい…メーターいくらの楽園は
おまえのふところを暖かくしてくれたかい?一台のタクシーに客が乗り込む、数年前
あのタクシー会社の運転手が強盗に殺された
後部座席から押さえつけられて首を切られたとか―盗まれた金は一万と少しだった
もう誰もそんなことなんか思い出しはしない、覚えているのは
さっき客を乗せた運転手だけかもしれない
べろべろに酔ったおやじが上から下までノレンを身につけたようなファッションの若造に絡んでる、ものすごい剣幕だが―
若造はなんでもないみたいににやにやとしている、なんでもないやつらほどそんな表情を浮かべたがるものなのだろう
逆さにして振っても
コンビニのレシートぐらいしか落ちてこないような連中に摂理を説くのは愚考というものだ
ああいう風に歳は取りたくないなと思う
ああいう風な若さも欲しいとは思わないけれども
若いときを思い返しても浮かぶのはこっぱずかしいことばかりだ
修正していける人間でよかったと思う、修正作業は穴ぼこだらけだけれども―
少なくとも、そこに欠陥を見つけられる自分でよかったと思うよ
携帯のフラップを弾いて時間を見た
今頃の季節じゃもう少し歩いても
明るくなる空を見ることは出来ない、うちに帰ろうか
いろいろなことが先送りにされた部屋に
いろいろな約束が西日で色褪せ始めたあの部屋に
確かさっきなにか飲んだばかりだったのにひどく喉が渇いて
俺はジョークのつもりでサプリドリンクを買った
飲み干すとひどく憂鬱な気分になって、公園のゴミ箱に叩きつけるように捨てた
洒落っ気で飲みたいものなんか選んじゃいけない
そんなもの喉の渇きとはまったく何の関係もない―帰路に着く前にコンビニに潜ろう
不自然な照度の蛍光灯の下で
暇つぶしにはもってこいかもしれない雑誌を二冊買った
明日自分がそのことを覚えているかどうかなんて
いまの俺には保証なんてひとつもありはしないのさ…レモンのタブレットを口に放り込む
それだけで片隅で震えていた純粋がひとつ死んだような気がした
シャワーを浴びるんだ、眠る前に




垢を洗い落とせばもう少し自分を騙せるかもしれない