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傷を編む

2015-06-15 22:35:00 | 







生ぬるい夜の穿孔だ、レーザーメスのような鋭さと正確さで、おれの魂は一本の絹糸のような血液を吹き上げる、それは紙の上に散らばり、ひとつの未熟なフレーズとなり、そのままで終わる…それは宿命であり、決定的な終わりだ、おれが、正直であろうとするかぎり…


すこし雲は多すぎたけれど、晴れた日だった、国道の電光掲示板が示す気温は、25度か26度をうろうろしていた、このところの、きちがいじみた気温からすればそれはすこし涼しいとかんじるくらいで、おれはずっとすこし震えたり汗ばんだりしていた―50ccのエンジンはきっと、人間がシンクロしうるギリギリのスケールだ―だからおれはこの乗物から離れることは出来ない、194号線、荒ぶる神のような静けさと激しさを湛えた河のそばを流しながら、断絶の意義を確かに感じた正午、農作業をしている連中に昼飯を食わせるための暢気な音楽が小さな集落に流れていた…もちろんおれはそこで飯をくったりはしなかった、人間にはそれぞれにふさわしい場所というものがあるのだ


午後、生命の在り方は自室でのぼせていた、遅くまで眠ることが出来なくなったせいで、時間がやたらとゆっくり過ぎる、それはいいことに違いなかった、だが、そんな流れにはどこか、焦れたような気分を覚えることがあった、なにひとつ、先を急いでいることなどないのに、だ…台所の皿を片付け、茶を沸かし、米を磨いで、その日やらなければならない用事は済んだ、長くプッシュアップをして身体を痛めつけてからシャワーを浴びる、半日日光を浴び続けて赤く焼けた肌が痛むかと思ったが、まったくそんなことはなかった、ときおり、山の深いところでずっと、木陰の中を走っていたせいかもしれない…汚れをきれいに落とすには泡をすぐに洗い流さないことだ、最近そんなことを覚えた、だから、身体を洗うたび、顔を洗うたび、髪を洗うたび、浴室で呆けて泡が汚れを浮き上がらせるのを待っている、そんなときおれは、きっと死体になった自分のことを考えている


昔ほどじゃないが、いまでも時々、インターネットで無残に死んだ人間の写真を見る―べつだん、奇をてらいたいわけじゃない―そこには自分の知りたいことが確かにある、おれは自分でそのことを理解している、それだけのことだ…そんな写真を見ながらおれが考えるのは、たとえば巨大なトレーラーのタイヤに巻き込まれてゴムのように湾曲した肉体がもしもおれのものだったら、というようなことだ、どんな写真でも、そうだ…人生においてほんの数回、事故にあったことがある、一度は雨の日、三輪バイクで配達の仕事をしていて、路面電車の軌道に入り、スリップして線路脇の家屋に突っ込んだ―割れたガラス戸の破片は切れた右脚のふくらはぎに潜り込み、小さな破片や粉は結局取り切ることが出来ず、傷が塞がったいまもこの身体の中に潜んでいる…二度目は過酷な仕事をしていたころのことで、原付で自宅近くの裏道を走りながら転寝をしてしまい、一時停止の小道で止まることなく飛び出し、横から跳ね飛ばされた、あのときのことはいま思い返してもよく判らない、疲れていたからきっと居眠りをしていたのだろうと思う―左脚の膝の上側がウェハースのようにグズグズになり、三ヶ月間膝をつくことが出来なかった、あんなことは二度とごめんだと思った…三度目は、通勤ラッシュでもたつく車の流れの端っこをお構いなしに走っていたところを、車の列を裂いて出てきた年寄りの運転する車に横から突っ込んだ…ああいう瞬間のことを思い出す、あそこからなにも思い出せない、そんなことになっていてもおかしくなかったのかもしれない、と―べつに事故に限った話ではない、心臓が止まる瞬間はきっとすべてが突然なのだ―たとえばそれが長く患った後に来る緩慢な死であったとしても…なにを見ようとしているのか?おれ自身にももしかしたらそのことははっきりとは判っていないのかもしれない、だけど「なぜ」なのかなんて馬鹿げた疑問符でしかない、そこにどんな理由をつけることが出来たとしても、起こる現実にはきっと関係がないとしたものだ


眠るとき、目覚めるとき、あるいは生活の中でほんの少し、いびつな感情のポケットに落ち込む瞬間、おれは自分の死のことを思う、興味のようにそれはいつもそこに在る、いまの隅かはすこし変わったつくりで、やろうと思えばいくつかの手段を簡単に選ぶことが出来る―だけどそれは冗談のようなもので、貪欲なおれには自分自身がどんな状況であろうともそんなことに手を出す瞬間が永遠に来ないであろうことが判っている…人生を歩くとき、そこには見つめる眼である自分自身が居なければならない、そしてそれは出来るだけ、思考と切り離された球体でなければならない…「知る」順番について、生きるものは決して間違えてはならない。








片付けたっておもちゃ箱の中はグチャグチャ ― ホロウ・シカエルボク × 烏合路上 ある日の対談 ―

2015-06-12 23:47:00 | 








六月某日、高知市内某所…

ホロウ・シカエルボクはすでに席についていた。約束の時間を少し過ぎてやってくる烏合路上。








烏合「やあ。」ホロウ「久しぶり」

烏合「まともに会うのは初めてかもね。」ホロウ「そうだね。」烏合「もともと僕は散文担当だったから。」

ホロウ「まずは、某賞三次落選、おめでとう。」烏合「うるせーよ(笑)」

ホロウ「そもそも、なんでラノベの賞なんかに応募したの?」

烏合「なんでもいい、って書いてあったからだよ。」ホロウ「(笑)」

烏合「まあね、評価自体はよかったから、結果には満足してる。」

ホロウ「なんて書いてあったの?」

烏合「筆力もあるし、ストーリーもいい。でもラノベじゃない。みたいな。やっぱり読者的にはなんでもありが限られるみたい。」

ホロウ「なんでもありが限られるんだ。」烏合「そう。」

烏合「面白かったのは、地の文が長く続く作品は敬遠される傾向にありますって書いてたこと。ああ、本当に出すとこ間違えたんだなって。」

ホロウ「ラノベ賞にハードボイルドみたいの送って通るわけないよなww」

烏合「今年はきみの名前を使ったみたいだよ。」ホロウ「マジで?」烏合「マジでマジで。」

烏合「一応客層とか意識して送ったみたい。」ホロウ「そうなのか…。」

烏合「なんか急にやる気だよね、カレ。」ホロウ「やっぱりねえ、現状が気に入ってないんだろうねえ。」

烏合「だって、なんでも言えるじゃん、っていう例のヤツ。」ホロウ「そうそう(笑)」

烏合「逃げのピュアネスを異常なほど嫌ってるからね。」ホロウ「毅然と言い訳してるようなもん、ってね。」







烏合「そういえば、映画どうなったの?」ホロウ「全体に機材がボロくてね…。整えてから再開って感じ。」

烏合「そうなんだ。結構撮ったんでしょ?」ホロウ「うん、でも音声の関係で撮りなおすことになりそうだね。」

烏合「撮ってみてどうだった。」

ホロウ「そうね、出来てないのに話すのもなんだけど…(笑)小説よりは映画のほうが詩に近い、と思ったね。」

烏合「てぇと?」

ホロウ「イメージの羅列で出来たいくつかの小さな流れを繋げて、大きなひとつの流れを作るわけよ。」

烏合「ああ。」

ホロウ「まあ、そこへいたるまでの面倒臭さは、詩の比ではないけどね(笑)でもね、手がかかる分ポエジーとしては詩よりもダイレクトな部分がある。」

烏合「でも、映像で表現するのは危険だよね?下手したら限定されちゃう。」

ホロウ「どうだろうね、いまのところそれは感じてない。ただその、手段が多過ぎて参っちゃうみたいなのはある。まだよく判らないから。」

烏合「なるほど。」

ホロウ「だから、機材が揃うまで絵コンテ描いてある程度決めとかないとダメだなぁとぼんやり思ってるところ。」

烏合「そういう、意外な共通項が見つかるみたいなのって、面白いね。」

ホロウ「そうだね。自分もそこ気づいたときはああ、と思った。前から言ってるけどさ、俺が重要視してるのは詩っていうスタイルじゃなくて…」

烏合「ポエジーなんだよね。」ホロウ「そう。これまでに書いたものの中でも散々言ってるけどね。改めてそれを実感したね。」








烏合「詩人なんだから詩だけ書いてなさい、っていうアレに関しては?」

ホロウ「馬鹿げてるな、と思う。」烏合「(笑)」

ホロウ「マジな詩人に言われるならまだ聞く耳もあるけどさ…おまえ誰だよみたいなのに言われてもねえ。」

ホロウ「そもそも、ゲーテとかもそうだけど、みんななにかしら別のチャンネルを持って、いろいろな側面からおのれのなんたるかっていうところを追求してきたわけじゃん。」

烏合「うん。」ホロウ「すごい人たちがみんなそうやってやってるんだから、おれはそのひとたちに習うよ、って感じだね。すごくない人の助言なんかいらねって(笑)」

烏合「誰だよって(笑)」

ホロウ「人んちの庭にいきなり首突っ込んできて、木の位置がよくないだのここに鉢を置けだの喋りまくって、靴底についてた犬の糞置いてくような真似して、それで正しいと思ってるんだから凄いよ。」

烏合「しかも誰だよって(笑)」ホロウ「そう。」

ホロウ「そんで言うこと聞いてくれなかったって拗ねてんだよ。聞くわけねえだろうって(笑)」

烏合「だからその、さっきの逃げの話じゃないけど、純粋っていうのを免罪符にしてる…」

ホロウ「気持ちが大事だってんなら、おもちゃ売り場で駄々こねてるガキだって詩人だよ(笑)気持ちと作品って意外と連動しないものなのよ。ダウンタウンDX見ながらチョコチョコ書いた詩だっていいものはいいの。思惑とは違うところで真意って届くことあるから。意志で書くことはたいして重要じゃない、ていうか…意味無い。」

烏合「言い切るね。」ホロウ「うん。何年か前にさ、一ヶ月の間1500文字以上の詩を毎日書き続けますっていうの、ブログでやったじゃない?」「あったねー。」

ホロウ「そんときに、後半になるともうモチベーションなんかないんだよ。でも書くって決めたからって無理矢理ワード立ち上げてね…でもね、周囲が反応してくれたり、自分で読み返して面白いなと思ったのは後半に書いたものが多かったんだよね。」

烏合「ああー。」ホロウ「だからこう、伝えるべきテーマとか、そういうのを持つのももちろん悪くはないんだけど、意図しないっていうかね、いかに自分を無視するかみたいな、そういうところなのかなっていうのはあったよね。」

烏合「うんうん。」ホロウ「だからその、詩とは何ぞや、みたいなのをすごく押し付けてくるような人っていうのは、そういう感覚って判らないだろうなと思うんだよ。言葉は悪いけど、嗜みでやってるみたいなところなんじゃないかな、って思うことあるね。」

烏合「お茶やお花のお稽古的な。」ホロウ「そそ。で、フラワーアレンジメント習ってるのに気持ちは生花の大家みたいになっちゃってたりね(笑)」

ホロウ「俺が無責任ならお前らは怠慢だっつうの。」烏合「(笑)」








ホロウ「ああ、もう行かなくちゃ。」烏合「仕事?」ホロウ「うん。」烏合「詩人なのに仕事しちゃ駄目って言われるよ(笑)」

ホロウ「詩人は仕事じゃないんだから仕事しなきゃ駄目だよ(笑)詩人気取って胡坐かいてられる身分じゃない。」

烏合「この対談、次はあんのかな?」ホロウ「なにもかも彼次第、だな。」













ホロウはコーヒーを飲み干して出て行った。烏合路上は肩をすくめてゆっくりとコーヒーを飲み、それからどこかへと去っていった。








《おしまい》








巨大な羽ばたきのビート

2015-06-08 23:15:00 | 










鳥の羽ばたく音が聞こえる。部屋の中で。その鳥はとても大きく、翼を広げた影には戦闘機の機影のような威圧感さえ感じさせる。空気を鉄の塊にして叩きつけるような、猛烈な羽ばたき。それがなぜここで行われているのかおれにはさっぱり理解出来ない。ただ気付いたらそいつはここに居て、壁を振動させるほどの羽ばたきを繰り返している。「よう」とおれは話しかける。どこに向けて話しかけていいのか判らない。というのも、だらだらと先に書いた像はおれの頭の中でそいつがそういう風に具現化されているというだけの話で、実際のところ、そいつがどういうものなのかはおれにもまるで判ってはいないのだ。つまり、それに関しておれに理解出来ることはひとつもない。まるでない。そういうことだ。おれは時計に目をやる。そいつの存在を認識してからというもの、それまで何をしていたのかという記憶がすっかりなくなってしまった。現在の時刻を確認することは出来る。日付変更線まであと二時間はある。何の変哲もない、ごく普通の夜だ。だけど、その中で展開されてきたはずのおれの暮らしの痕跡はまるで見当たらない。おれは困惑しているが明らかに現象はまだ途中経過であり、判断をするのはすべてが終わってからでも遅くはないだろうと考えている。そう―たぶん、それで大丈夫だろう、いまここにあるものの力は確かに巨大なものだけれど、それがたとえばおれの命などをどうこうするつもりなんてないだろう。精神のなすものなのか、それともなにかしら外的要因があるものなのかは判らないけれど、確かにこれはおれの存在を潰すようなものではないはずだ。そういう類のものならおれはきっとそう気付くだろう。おれにはいまのところ何をするつもりもなかった。なにせ、事態はまるで動いてはいないのだ。巨大な鳥の羽ばたきのような強烈なイメージをもった何か。こいつがなにかしらのアクションを起こすまでは考えを先に進めることなど出来そうもない。おれは時計から目を離して、そいつがいるらしい中空をぼんやりと眺めた。そして電灯の傘が汚れているな、と思った。鳥はそのあいだも羽ばたいていて、部屋はそいつの強力な筋肉によって衝突事故のように振動していた。おれは窓の外を見たが、誰も慌てては居ないようだった。振動してはいるが、地震ではないのだ。そのことがはっきりと理解出来た。この鳥の羽ばたきのせいなのだ。現実には存在しない羽ばたきを感じながらじっと眺めていると、やがて身体が舞い上げられた落ち葉のように平衡感覚をなくすのが判った。おれはぼんやりと見慣れた空間を漂った。時々ピンボールがフラッパーに弾かれて唐突に向きを変えるみたいにひっくり返ったり横向きになったりした。それはよくある例えの、大海の中の小船のような状態だった。そんなことになってもおれは何もアクションを起こそうなんてことは考えなかった。現象はやはり途中経過であり、こうしていることにもきっと理由があるのだろう、と考えてなすがままで居た。不思議なものだな、とおれは考える。いままでに何度もこんなような出来事は訪れた。だけどそのたびにおれは生還して、おそらくは人生の折り返し地点であろうポイントも通り過ぎ―生きている。運命を理解することは難しい。とにかくそこには意味など存在していないのだから。おまえなど阿呆だ。人生はおれに指を突きつけて笑い声を立てる。忌々しい笑い声だ。思わず鼓膜に鉛筆か何かを突き刺そうかと考えるくらいだ。鳥の羽ばたきと笑い声が相まって、小さなおれの住処の現象は破裂しそうになる。そこには激しいうねりが在り、激しい圧迫があり、激しい虚無がある。人生そのものには意味などない。だから、目印を結びつけるようにそこに何らかの意味をもたせなければならないのだ。いや―理由や意味をもたせるだけの何かしらをそこに設定しなければならない、そういうことだ。意味をもたずに生きることは容易い。すべての判断を一番簡単な選択肢に委ねればいい。おれはそういう生き方を拒否した。そして、一見激しいが身体を揺らすことすらない巨大なトルネードの中心から距離をとり、これまで塗り潰してきた地点を見下ろすことの出来る高みを目指した。睡魔が襲ってくる。でも眠る理由が見当たらない。いつだってそういうものは見当たらない。そして夜はおれに満足な眠りを与えてはくれない。おれは時々目を閉じることすら忘れて、ぼんやりと羽ばたきを聞いている。業務用トマトソースの巨大な缶の中では、進化を諦めたネズミたちが腐敗を始めている。それはイメージに過ぎない。だけど、混じりっけのない純度100%のイメージは、本来そこに収まるべきピースだけでは足りないくらいのフィールドを求める。人生には意味などない。だけど、だから意味を、なんてことではなくて、だからこそ出来るトッピングが在るということに気付かなければならない。やり直しの効くカンバスのようなものだ。色は無限にある。悩む前にすべての色のキャップを外して、片っ端からパレットに押し出してみることだ。鳥は羽ばたきを続けている。おれはもう少しそいつがどうするつもりなのか静観してみるつもりだ。




















そしてすべてはあるべき色に

2015-06-04 00:07:00 | 






青い血と、黒い血―白い血
すべてが、交ざりあって


赤い血


深い沼のよどみは
美しい湖よりも信じられる
汚れた水面のしたに
隠れたものの数が
正直の度合だ


細い針が
セメントの壁を掻くようなノイズ、耳の奥で…
明るい夜と暗い夜が
混ざり合いながら
めくら
浮浪者たちが人気のない公園で
薄呆けた星空を見上げながら
どうしようもない酒を酌み交わしている
どうしようもない
酒を


咳をするように時々、不調法な血管が膨れ上がっては
焦れた血液を一気に心臓へと送り込む
疲弊した頬は上気し
思春期の不具とでもいえるような熱が
瞬間体躯で生えふさぼり
明方の短い眠りの間の
夢のように消える
そんな閃くようなものたちの死体が
ポンコツの心臓の底辺で堆積している


産まれなかった赤子たちの夢と
鳴り響く賛美歌の残響
アヴェマリアの唇は血塗れで
サタンはやさしく彼らを取り上げる
贄の為ではなく
もう一度
産まれなおさせるために


もっとも混沌として
静寂とノイズ
アンバランスが連続すればそれは調和だ
真っ白な月が輝いている
死ぬのを忘れた猫の目のように
捨てられたクロワッサン
蟻たちが色をつける
街路の
街路の
おそらくは誰の目に留まることもない転生
ああ
ジャンクヤードには過去の愛が投棄される


おびただしい掻き傷と膿んだ目のバラッド
午前零時のボーダーラインでこんがらがって
灯されたろうそくの明かりは不安定だ
太陽が在りし日の記憶
目を焼くほどに炎に近づける
光度はどんな救済にもなりはしない
光の在り方は他のどんなものよりも冷徹で残酷だ


行方不明者たちの死体が集まるモルグでサンドイッチ
カラスはどこかでこちらの姿を見かけたらしく
咎めるように鳴き続けている
分けて欲しいのか!
窓も開かずに叫んではみたものの
コミュニケーションに手を出すほど彼らは堕落してはいない


路地裏!
脚を切り取られた雌猫がおかしな走り方で逃げる
彼女が見たものは彼女よりはるかに大きないきものの―それよりもさらに大きな
弱気
なぜあれほどにも大きないきものが
この私などの脚を切り取らなければならないのだ
よろめきながら
彼女は考える
だが待て
そいつはあんたの後ろでいま大きな石を振りかぶっている


どうしようもなく血の海
轍を歩いていてそこにたどり着いた
絶対的に赤い水面からは
ところどころにノートのようなものが見えた
拾い上げてみるとそれは日記のようだった
赤く塗り潰されていてどんな日の記述も読み取ることは出来なかったけれど
裏表紙に書かれた名前には見覚えがあった
気付かなかったふりをしてまたもとのところに戻した
いちど持ち上げられたそれはいっそうの血を吸って
見えないところまで沈んでいった
まるでそれがそいつの役目であったとでも言うように


それはたったひとつの出来事じゃない
それはたったひとつの意志じゃない
それは正しいとか間違いとかいうようなものじゃない
それは都合のいい部分だけを抜き取っていいものでもない
あるものはあるがまま
当り前にうたわれることを宿命としている
本当に産まれてくるものは存在を感じさせない
いつのまにか伸びている影のように気付いたらそこにいる


悲鳴だからと恐れてはいけない
暗闇だから見えないということはない
夜が明けたから救われるなんて信じてはいけない
もしもなにかしら確信していることがあるならいますぐに恥じた方がいい


貫通してまだ
その先の道が出来上がっていない辺鄙な山の短いトンネルを
歩いて潜ってみたことがある
そこにあるのは犯されかけた女のような山肌であり
妙に大人しい声で鳴く姿の見えない鳥たちだった
その不完全はまもなく失われて
ただのトンネルと二車線の舗装道路になった
あのとき、トンネルを出てすぐの地面に
血を垂らして埋めた
それはすぐに土の中に隠れて行った


渇いて、錆びていく安っぽいデカダンス
退廃なんて最早笑い話ほどにお決まりだ
誰かが首を吊ってぶら下っている観光地の展望レストラン跡で
そこには居ないはずの影をいくつか見た
そいつらはなにも語りはしなかったが
蝉の幼虫のように愚かしく美しかった
どんな決まりごともなかったので
首吊り死体が腐り落ちるまでそのあたりで見ていようと思った


そいつが処刑台で崩れ落ちたのは二週間後のことで
顔は
確かにいちばん見覚えのある人間のものだった
この夢は覚めるのか
俺は




ハムノイズのように鳴り続ける空を見上げていた














朦朧たる旋律、そして簡略化された天井の構図

2015-06-02 23:27:00 | 










眠りでもない、目覚めでもない、そんな状態がもう幾時間か続いていて、その間何をするでもなかった、ただ座椅子に背をもたせて脚を投げ出し、わずかに上を向いて壁と天井の継目のところを眺めていた、それは徹底的に簡略化された世界の構成だった、点と線によって展開される広がりの末端だった―テレビもラジカセも沈黙していた、部屋にある限りの発音するものは、すべて…携帯電話のアラームもオフに設定されていた、すべてがオフに設定されていた、それなのに頭の中では音楽とも呼べぬような音楽がずっと流れていた、強引にそのニュアンスを伝えてみるとするならば、「メタル・マシーン・ミュージック」にピンク・フロイドがバッキングをつけたようなものだった、ゲスト・ミュージシャンはジョン・ゾーンで、「ヤンキース」で使っていたような手法で演奏していた―これは、あくまで強引に伝えてみようとしたというだけのものだ、試みとしては面白いと思うがこれが正しいのかどうかというと正直なところ首を捻るばかりだ、だが、考えうるかぎりならおそらくこの例えが一番近い…考えうるかぎりでは、一番―それにもしこんなものを完璧に具現化出来るのなら、いつかの時代のどこかの新進気鋭のアーティストがとっくにやっているに違いない、これは賭けてもいいけれど、無意識にこんなサウンドを耳にしにしているのは決して俺だけじゃない、これを知ってる誰かが必ずどこかに居るはずさ―時刻は21時を少し回ったところで、いつもは賑やかな表通りも今夜はなぜか死んだように静まり返っている、気付かぬうちに流れる血のような大人しい雨が降り続いている、壁と天井の継目のところをずっと眺めていたのは、そうしているのが一番気楽だったからだ


脳味噌の片隅にながいこと放ったらかしにされていたそこでは最古の通信機器が唐突に通電し、どこかの研究所からその道の権威を連れてこないといけないような言語を羅列し始める、それはきっと簡単に言うなら混沌というものに違いないだろうが、そこには同時に奇妙な興奮がある、それは確かなことだ…それは最古のものでありながら最新の息吹であり、それが何であるかなんてことは実際のところあまり問題ではない、羅列される言葉に意味を求めてはいけない、ある意味ですべての羅列は、本来言語が持つそれぞれの意味をいったん解体するための手の込んだ作業なのだから―そこからひとつの単語だけをピック・アップするような真似は愚かしい、それは様々な草花が植えられた花壇からひとつの花だけを抜き取ってその価値を値踏みするようなものだ…そこにあるのは草花ではなく、「花壇」という構成によって表現されたひとつの意志だからだ―もっとも、種を啄むカラスのようにそこから欲しいものだけを取っていく連中は呆れるくらいたくさん居るけれど…きっと彼らにとって真実とは、部屋の中にあるテレビだけとか、窓に吊るされたカーテンの左側だけとか、そういうものに過ぎないのだろう、語ろうと思えば無限に語れそうなほどそこには様々なものが鎮座しているのに、たったひとつのものしか目に入らないのだ


羅列、だからこそ羅列を繰り返す、もちろん自分だって脳味噌にあるもののすべてを語りつくすことなど出来はしない、ただ出来るかぎりの物事をそこにぶち込むことで、より克明なぼんやりとした真実を描き出そうとしているのだ(それは具現化出来る階層の話ではない、という意味だ)、たったひとつの真実を綺麗なガラスケースに入れて意味ありげに陳列するのは確かに見栄えがいいし、それはフォーカスが限定されているため確かに迷いがない、でもそれは象に例えるなら、鼻の長さについて話しているだけで、丸い巨大な頭骨や、羽を思わせる耳や、硬い皮膚に覆われた巨大な体躯や、丸太を地面に押し付けているような脚や、ろくに存在感のない尻尾のことについては語ることはないのだ―ただひとつの真実を話そうと躍起になってしまうときは、鼻の長さだけを話して完結してしまうのが関の山だ、もちろんそう、俺は象について語るために羅列しているのではない、俺が象について語る気があるかどうかはまた別の話だ―釈然としないエンディングを迎える物語が昔から好きだった。ハッピーエンドはハナから嘘くさくて嫌いだった、そこに信じるものはなにもない気がした、それはあまりにも無責任だった、無責任な子供に無責任な夢を見せるための代物だった、とはいえ、バッドエンドが好きだったかというとそうでもなかった、いってみれば、物語的にきちんと完結させるようなやり方が好きではなかったのだ―もちろん、そういったものに食いつく連中がたくさん居ることもよく判ってはいるけれど―物語のリアリティというのはある側面ではハッピーだし、ある側面ではバッドだ、というところなのだ、解体出来て、それを構成する部品をひとつひとつ調べてみたくなるような、そんなものがリアリティと呼べるのだと思う、写真に例えてみるならこうだ、そこに在るものを写そうとした写真と、そこにないものを写そうとした写真には明らかな違いがあるだろう?


ただ座椅子に背をもたせて脚を投げ出し、わずかに上を向いて壁と天井の継目を眺めている、時として世界は愕然とするくらい単調に出来ているし、そんなものの恩恵を受けることもある―そんな時俺は、満面の笑みを浮かべて舌打ちをし、唾を吐くのだ、シンプルはカオスの結果としてある、そのことを俺は知っているからだ。