放菴日記抄(ブログ)

これまでの放菴特集・日記抄から「日記」を独立。
流動的な日常のあれこれを書き綴ります。

東日本大震災 ~The Life Eater19

2011年05月11日 10時59分13秒 | 東日本大震災
 震災からちょうど一ヵ月後の4月11日、我が家もやっとガスが復旧した。
 
 すこし「ほっ」とした。
 やはり三つ口のガスコンロがいちばん調理効率がいいからね。
 震災直後にはカセットコンロ一つだった。
 (このときは物資がなかったから不安の極みでしたねー)
 横浜からの支援物資「IHヒーター」の登場でずいぶん楽にはなった。
 「沸かす」「煮る」「焼く」が出来るようになったからね。
 それでもいっぺんに出来るわけではない。 
 
 いまさらながら、やり慣れた方法で調理できる日を懐かしく思ってしまう。
 こんなことグチると、「家があるだけマシだろが!」と怒られてしまうかしら・・・。


 宮城県におけるガス設備の破壊状況はホント深刻で、実はガス精製設備の復旧なんて目途すら立っていない。

 窮余の策として、新潟から天然ガスを分けてもらい、それをライフラインに直結することになったようだ。
 しかしガスを開線するったって、各家庭を訪問してガス管に問題がないか確認しながら行うしかない。また、地域のガス管が破損していないか、すべての管を点検してまわる必要がある。しかも全県で・・・。
 すんげー気の遠くなる作業・・・。

 そこで、全国のガス局が立ち上がった。

 ガタガタの高速道路を走って続々と終結する災害復旧車輌。
 庁舎前で団結式を行って、早速それぞれの持ち場に分かれていった。

 それからというもの、道路ではあちこちでイロイロな自治体の車輌を見かけるようになった。
 「大阪ガス」「東邦ガス」etcetc。

 余談だが、水道設備が復旧していない地域にもイロイロな自治体の給水車が走り回っていた。

 いやぁ、自衛隊も警察も大活躍だけど、ライフライン復旧に駆けつけてくれた全国の皆さんもスゴイ! みんなみんな英雄です。

 実は4月7日の大きな余震でもまたガス管の損壊があった。
 一瞬、ガス開線作業は一からやり直しかよっ、という空気になったが、なんとかリカバリーできたみたい。

 そんなこんなで4月11日・・・。

 まだまだ復旧できていない地域には申し訳ないが、ウチにやっとガスの炎が戻ってきた。

 放菴にガス局さんが訪問したとき、思わずBELAちゃんはウチにあったお菓子をいっぱいあげたという。
 僕でもそうしたかもしれない。
 やっぱりありがたいもんね。
 これで毎日お風呂に入れるようになった家庭も多いんじゃないかな。

 被災地に入って活動してくれているみなさん、ありがとう。
 支援してくださっているみなさん、ありがとう。

 僕たちも力をためて、少しずつ出来るところからお手伝いをしていきます。
 

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