ボードレール『悪の花』
小林稔
ときどき、ボードレールの『悪の花』を気がむいたときに訳して載せていきます。気がついたときに改訳していきます。
1 照応 CORRESPONDANCES
自然は一つの神殿、いのち息づく御柱たちは
ときおり聞き取れぬ言葉を洩らすにまかせ
なつかしげな眼差しを投げかけているなか
人は、象徴の森を横切りて通り過ぎる
遠くで溶け合いとぎれぬ木霊(こだま)のように
暗く深い統一のなかで
夜のように光のようにはてしなく
香りと色と響きは応え合っている
子供の肌のような新鮮な香りは、
オーボエのように優しく、牧場のように青く、
――また他の香りは腐敗してしかも豊かに誇らしげに、
無限なるものはひろがりゆく
竜(りゅう)涎(ぜん)、麝香(じゃこう)、安息香、薫香のように、
精神とさまざまな感覚の熱情を歌っている
2 高翔 ÉLÉVATION
沼を越え、谷また谷を越え、
山また山、森また森を越え、海をいくつも越え、
太陽の彼方、エーテルの彼方、
星を散りばめた天球の果てに
私の精神よ、おまえは敏捷に動く
水の波紋に魅入る達者な泳ぎ手のように
おまえは快活に、深く巨大な空間に線を引いていく
えもいわれぬ勇ましい逸楽とともに
飛翔せよ、この病的な瘴気から遥か遠くに
至高の空気に包まれ己を清めよ
そして飲め、純粋にして神聖なる酒のような
澄んだ空間を満たす明るい火を。
諸々の不安ととてつもない大きな悲しみ
霧立ちこめる生活に重くのしかかるそれらの背後に
剛健な翼を駆使して煌めく穏やかな平原に
己の身を投げえる者に幸いあれ。
その想いは、雲雀のように、朝、天空に向かって
自由な飛翔をとげる者たちに幸いあれ、
――人生の上を飛び、苦もなく解き明かす者たち
花々と黙り込んだ物たちの言語を!
3 敵 L´ENNEMI
私の青春は暗黒の嵐であった
眩い陽射しはときに通り過ぎたが。
雷鳴と雨がひどい荒廃をもたらした後、
私の庭には、わずかな赤い果実が残るだけ。
私は思想の秋に触れた
今となってはシャベルと熊手を手に取って
水びたしの地を新しく開墾しなければならぬとは
雨水が墓のように深く大きな穴を抉ったところに。
誰が知ろう、私の夢想する新しい花々が
それらに力を与える神秘な糧を見つけ出せるかどうか
砂浜のように洗い出されたこの土壌のなかに。
――おお、苦痛よ! おお、苦痛よ!
「時」が命を喰らうのだ。見えない「敵」が心臓に齧りつき
われらから奪った血で身を肥やし、強靭になるのだ!
4 不運 LE GUIGNON
こんなにも重い荷を持ち上げるために
シーシュフォスよ、並々ならぬ勇気がいるだろう!
仕事に打ち込む根気はあるとはいえ
「芸術」は長く「時」は短い。
名高い墓所から遠ざかり
人里離れた共同墓地へと
音のこもった太鼓のように、私の心臓は
葬送行進曲を打ち鳴らしながら進みゆく。
――あまたの宝石は埋もれて眠る
暗闇と忘却のなかで
鶴嘴と測鉛からずっとはなれて。
あまたの花は心ならずも滲み出す
秘密のようなその甘い香りを
かぎりなく深い孤独の内奥のなかで。
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