ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

ボードレール『悪の花』から「照応」と「高翔」の訳詩・小林稔

2013年03月16日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』

小林稔

 ときどき、ボードレールの『悪の花』を気がむいたときに訳して載せていきます。気がついたときに改訳していきます。

 

1 照応 CORRESPONDANCES 

 自然は一つの神殿、いのち息づく御柱たちは

ときおり聞き取れぬ言葉を洩らすにまかせ

なつかしげな眼差しを投げかけているなか

人は、象徴の森を横切りて通り過ぎる

 

遠くで溶け合いとぎれぬ木霊(こだま)のように

暗く深い統一のなかで

夜のように光のようにはてしなく

香りと色と響きは応え合っている

 

子供の肌のような新鮮な香りは、

オーボエのように優しく、牧場のように青く、

――また他の香りは腐敗してしかも豊かに誇らしげに、

 

無限なるものはひろがりゆく

竜(りゅう)涎(ぜん)、麝香(じゃこう)、安息香、薫香のように、

精神とさまざまな感覚の熱情を歌っている

 

2 高翔 ÉLÉVATION

 沼を越え、谷また谷を越え、

山また山、森また森を越え、海をいくつも越え、

太陽の彼方、エーテルの彼方、

星を散りばめた天球の果てに

 

私の精神よ、おまえは敏捷に動く

水の波紋に魅入る達者な泳ぎ手のように

おまえは快活に、深く巨大な空間に線を引いていく

えもいわれぬ勇ましい逸楽とともに

 

飛翔せよ、この病的な瘴気から遥か遠くに

至高の空気に包まれ己を清めよ

そして飲め、純粋にして神聖なる酒のような

澄んだ空間を満たす明るい火を。

 

諸々の不安ととてつもない大きな悲しみ

霧立ちこめる生活に重くのしかかるそれらの背後に

剛健な翼を駆使して煌めく穏やかな平原に

己の身を投げえる者に幸いあれ。

 

その想いは、雲雀のように、朝、天空に向かって

自由な飛翔をとげる者たちに幸いあれ、

――人生の上を飛び、苦もなく解き明かす者たち

花々と黙り込んだ物たちの言語を!

 

3 敵 L´ENNEMI

 私の青春は暗黒の嵐であった

眩い陽射しはときに通り過ぎたが。

雷鳴と雨がひどい荒廃をもたらした後、

私の庭には、わずかな赤い果実が残るだけ。

 

私は思想の秋に触れた

今となってはシャベルと熊手を手に取って

水びたしの地を新しく開墾しなければならぬとは

雨水が墓のように深く大きな穴を抉ったところに。

 

誰が知ろう、私の夢想する新しい花々が

それらに力を与える神秘な糧を見つけ出せるかどうか

砂浜のように洗い出されたこの土壌のなかに。

 

――おお、苦痛よ! おお、苦痛よ!

「時」が命を喰らうのだ。見えない「敵」が心臓に齧りつき

われらから奪った血で身を肥やし、強靭になるのだ!

 

 

4 不運 LE GUIGNON

 こんなにも重い荷を持ち上げるために

シーシュフォスよ、並々ならぬ勇気がいるだろう!

仕事に打ち込む根気はあるとはいえ

「芸術」は長く「時」は短い。

 

名高い墓所から遠ざかり

人里離れた共同墓地へと

音のこもった太鼓のように、私の心臓は

葬送行進曲を打ち鳴らしながら進みゆく。

 

――あまたの宝石は埋もれて眠る

暗闇と忘却のなかで

鶴嘴と測鉛からずっとはなれて。

 

あまたの花は心ならずも滲み出す

秘密のようなその甘い香りを

かぎりなく深い孤独の内奥のなかで。

 



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