ヒーメロス通信


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「芸術家の告白」ボードレール『パリの憂欝』小林稔訳より

2016年01月12日 | ボードレール研究

3 芸術家の告白

 

 秋の夕暮れはなんと心に沁み入ることだろう! ああ! 苦悩にまで沁み入る! というのは、曖昧さが熱烈さを追い払うことはないという、そんな甘美な感覚が確かにあるからだ。「無限」の鋭い切っ先ほど鋭い切っ先はない。

 大いなる恍惚とさせる喜びよ、空と海の広大さの中に視線を溺らせる歓喜こそは! 

孤独よ、沈黙よ、空の青の比類ない純潔よ! 水平線に打ち震え、そのちっぽけさとひとりぼっちさによって、取り返しのつかない私の実存を模倣する一艘の帆船、波のうねりの単調な旋律、このすべての物たちは私によって思考する、あるいは、それらによって私は思考する。(なぜなら、夢想の広大さの中で「自己」は素早く消滅するからだ!)物たちは思考する、とは言え、音楽的に、絵画的に、理屈なく、三段論法もなく、演繹法もなく思考するのだ。

 しかしながらこれらの思考が、私から発するにせよ、物たちから飛び出すにせよ、まもなくあまりにも強烈なものになる。不快さや積極的な苦悩によって作り出された逸楽のなかのエネルギー。あまりにも張りつめた神経は、耳障りな痛々しい顫動だけを与える。

 今、空の深淵が私を唖然とさせる。その透明さが私を苛立たせる。

 海の冷淡さや光景の変わりばえのなさが私を激怒させる…ああ! 永久に苦しまねばならないのか、さもなくば永久に美から逃走しなければならないのか? 自然よ、無慈悲で魅惑的な自然よ、いつも勝ち誇る競争相手よ、私をそっとしておいてくれ! 私の欲望と自尊心を挑発するのをやめよ! 美の研究とは、芸術家が敗北する前に恐怖の叫び声を上げる決闘なのだ。

 

    confiteor =「告白」と訳したが、告解の前にする祈りのことである。

 

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