ヒーメロス通信


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ボードレール『悪の花』から「時計」の訳詩・小林稔

2013年05月03日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「時計」の訳詩・小林稔

 

17 時計 L´HORLOGE

 

時計! 不吉な神、ぞっとさせ、何ものにも動じない、

その指でわれらを脅し、われらに言う、「思い出せ!」

ふるえる「苦痛」たちは、恐怖に満ちた、おまえの心臓に

突き刺さるだろう、まもなく、標的を狙うように

 

靄のかかった「快楽」は逃げるだろう、地平線の方へ、

舞台の奈落に消え失せる、空気の小妖精のように

一刻ごとに、おまえから、一塊を食いつくす、

今を盛りの人間たちに割り振りされた歓喜を。

 

一時間に三千六百回ずつ、「秒」が

ひそひそ囁く、「思い出せ!」――昆虫の声ですばやく

「今」が言う、私は「昔」だ、

下劣な吻管で、おまえの命を吸い上げたぞ、と。

 

Remember! 思い出せ! 浪費家よ! Esto memor!

(金属の私の咽喉は、あらゆる言葉を話すのだ。)

ふざけた死すべき人間よ、一分一分は鉱石、

金を取り出すことなく手放してはならない!

 

思い出せ、時は貪欲な賭博者、

いかさませずにかっさらう、それが定め。

日は短くなり、夜は長くなる、思い出せ!

深淵は絶えず渇望する、水時計は空になる。

 

やがて時が音を鳴らすだろう、神聖なる「偶然」、

高貴な「美徳」、いまだ処女なる、おまえの妻、

「後悔」さえも(ああ! それが最後の旅籠屋だった!)

皆がおまえに言うだろう、死ね、間抜けな老人よ! もう遅すぎた!

 

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