ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

ボードレール『悪の花』から「七人の老人たち」の訳詩・小林稔

2013年05月06日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「七人の老人たち」の訳詩・小林稔

 

18 七人の老人たち

 

蟻のように人のひしめく都市、夢あふれる都市

そこでは幽霊が真昼、通行人を呼び止める!

この力強い巨人の体内に廻らされた細い水路のなかを

数々の神秘が、いたるところ樹液のように流れる。

 

ある朝、侘しい通りで、

靄に被われいつもより高く伸びた家家が

水かさを増した河の両岸に似せて立ち並び、

そして役者の魂を表す舞台装置でもあるかのように、

 

黄ばんで汚れた霧がいたるところにあふれている、

そんなときに、私は主役になったように神経を緊張させ、

重い荷馬車が走り去ったあとの揺さぶられた場末の町を

すっかり嫌気のさした自分の魂と議論しながら私は辿って行った。

 

すると突然、一人の老人が、

今にも雨を降らせるようなこの空の色そっくりの、

黄ばんだ襤褸に身を包み、

眼のなかで光る敵意さえなければ

施しの雨を降らせたであろう様子で、

 

私のまえに現れた。瞳は胆汁に漬かったという体で。

その眼差しは寒気をいや増し、

剣のようにこわばった長く伸びる顎鬚は

ユダの髭さながらに突き出ていた。

 

腰は曲がっていなかったが二つに折れ曲がり、

背骨と脚は完全に直角をなしているので

彼の持つ杖が与える外見は

ぎごちない足取りの、なれのはては

 

四足獣か、三本足のユダヤ人のようで

雪と泥のなかで身動きできずに行く姿は

この世に無関心であるというよりむしろ

敵意を抱き、古靴で死人たちを踏みつぶしているかようだ。

 

同じ姿がその後につづいた、口髭、眼、背、杖、襤褸服、

いかなる特徴も分かつものはなく同じ地獄から表れ出でた

この百歳の双生児、この奇妙な幽霊は

知られざる目的地の方へ、同じ足取りで歩いていた

 

一体、どんな卑劣な陰謀に私は巻き込まれたのか、

どんな悪意の偶然がこんなに私を辱めたのか?

なぜなら、七回も私は数えたのだ、刻一刻と

数を増やしてゆく、この不吉な老人たちを!

 

私の不安を嘲笑する人も、

兄弟なら同じく戦慄する感情を共有しない人も、

考えてみ給え、これほどの老いぼれにもかかわらず

この七人の忌まわしい怪物たちは、永遠の相を具えていた!

 

さらに八人目を数えたら、私は死なずにいられたろうか、

容赦なく、皮肉な、宿命の相似の人物、

息子にして父でもある、嫌らしい不死鳥を?

だが、私は地獄のような行列に背を向けた。

 

物が二重に見える飲んだくれのように苛立ち、

私は家に帰り戸を閉めた、恐れおののき、

病にとりつかれ身は凍え、精神は火照りぼやけ、

不可思議に、不条理に傷つけられ!

 

空しくも、私の理性は舵を取ろうとしていた、

嵐は戯れにその努力を困惑させた、

私の魂はマストのない古びた帆船となって、

岸もないおぞましい海のうえで、踊った、踊った。

 



コメントを投稿