平成太平記

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日本に倣う日本嫌いの国

2012年11月12日 18時48分19秒 | Weblog

日本に倣う日本嫌いの国
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
▲朴正薫(パク・チョンフン)副局長兼社会部長

 ソウル市永登浦区文来洞に住む78歳の男性が認知症の妻を殺害した事件を見て「来るべきものが来た」という思いで胸が詰まった。既に日本が経験している高齢化の絶望的局面が、ついに韓国にも訪れたというわけだ。

高齢者が高齢者を介護する「老老ケア」は、日本で深刻な社会問題になっている。介護に疲れて配偶者や親を殺害するという「介護殺人」も後を絶たない。文来洞事件は、あれほど避けようとした日本型「高齢化の呪い」が韓国に襲来したことを告げている。


 過去数十年にわたり、韓国は「日本に学ぼう」と叫んできた。日本がすることをまねて手本にし、日本を追い越そうという「克日論」だ。2000年代に入り、日本が長期不況に陥ってシステムの欠陥があらわになると、スローガンは「反面教師論」に変わった。韓国は現在、低成長と不況、ポピュリズム政治と財政破綻という「日本型失敗の道」をどうしたら避けられるかという問題に取り組んでいる。

 かつて日本に追い付くという点で、韓国は成功を収めた。日本との経済・所得格差を短期間で縮め、一部分野では日本を上回っている。しかし「克日」に続いて韓国が直面した「日本病の回避」という国家的課題では、苦戦を免れない。今、韓国社会のあちこちで繰り広げられている状況を見ると、日本の失敗を同じように繰り返すのでは、と心配になるほどだ。

 日本病とは、社会の各分野の構造的矛盾が歯車のようにかみ合い、衰退していく症状のことだ。例えば少子化は、経済の冷え込みに伴う青年の失業が連鎖的に波及したために発生した構造的問題だ。日本はかなり前から、低成長が就職難を引き起こし、経済的困窮が結婚の忌避や晩婚へとつながり、結局は出生率低下をもたらすという症状に苦しんできた。今の韓国が陥っている悪循環のわなが、まさにこれだ

 かつて韓国は外向的・拡張志向で、躍動的なハングリー精神に満ちていると評価されてきた。そうした強みは、徐々に失われてきている。今年の第2四半期の成長率は、経済が事実上足踏み状態になる日本型「ゼロ成長」に近付こうとしていることを示している。

企業は革新の本能を失い、新たな起業家は出現せず、青年たちは進取的なチャレンジ精神を奪われている。活力が消え成長が滞った瞬間、それまで押さえつけられていた社会問題は押しとどめようもなく噴出することになる。

 経済だけが日本化しているのではない。今韓国が苦しんでいる社会病理のほとんどは、日本の経験をそのまま後追いしている。いじめは単に学校だけの問題にとどまらず、援助交際は「スポンサーサイト」という形で韓国化した。孤独死や無縁死、引きこもりといった病理現象の元祖は日本だ。若い男性が弱くなる現象は、日本でいうところの「草食男子」症候群とそっくりだ。

 何よりも問題なのは、あらゆる問題を主導的に突破すべき政治のリーダシップが、ポピュリズムに陥っていることだ。
「失われた20年」と呼ばれる長期不況の中で、日本の政治は大衆に迎合し、患部を隠してきた。構造改革ではなく、カネをばらまき、公約を乱発するポピュリズムで国家財政をめちゃくちゃにしたのは、政治家自身だった。今の韓国政治は、費用という概念もないままポピュリズムのうたげを競っているが、その終着点も「財政破綻」になる可能性が高い。


 今や日本は「国家の自殺」まで論じられる段階になった。古代ローマは、内部の矛盾と衆愚政治が原因で自ら滅んだ。ローマのように国家システムが機能しなくなる「自殺のメカニズム」が、日本にも作用するかもしれない。成長の活力を失った国は問題解決能力を喪失するというのが、日本型の国家自殺シナリオだ。韓国は、これすら日本に倣っているのかもしれない。