駅前不動産屋今日も回りは敵だらけ

株式会社 ハウスショップ 東京都町田市

飾る言葉は相手によっては逆効果

2019年04月08日 | お客色々

内田裕也が亡くなったと言う事で

テレビで大きく報じられていましたが

私は内田裕也の音楽は聴いた事がありませんし

大体ロックンロール自体が何だが良く知りません。

なんかうるさくて不良の好む音楽って位の認識です。

ロックンロールが

Rock and roll だってのも今回初めて知りました。

私の中ではその程度です。

ですから

内田裕也のロックンロール葬が行われました

なんてニュースも聞き流してた訳ですが

テレビで一瞬流れたある映像

これに目が止まり

興味が湧いてあれこれネットで調べました。

それは

娘さんである也哉子さんの謝辞です。

一部だけですがテレビで見て

久々に瞬時に心に響きましたね

改めて言葉の持つ意味と役割

そして大きな力

そんな事を強く感じました

娘さんの言葉はたくさんの参列者に対する謝辞ですから

どうしてもある程度失礼の無い程度に納めてましたが

もし好き勝手に語らせたら

本当に面白い話をしてくれる

そんな方だと思います

何が面白いかと言えば

この方は

人間の本質を見て生きて来てるのが分かるのです

あの破天荒に見える父親と

それを受け入れる母親

世間一般の人は樹木希林を

本音で生きてる器の大きな天才

そんなイメージでとらえがちですが

娘は

“綺麗毎ばかり言う母親が大嫌いでした”

ってバッサリ

これではマスコミから絶賛された母親の立場はありませんよね。

ただ

これで終れば

単なる反抗的な娘

って訳ですが

彼女は

両親を冷めた目で見て

恐らく一時期は大嫌いだったんでしょう。

今は

その嫌いを通り越して

偉大な面に目が行くようになった

これが言葉から伝わって来ました。

その域まで来てるから

話が大変心に響くのです。

私がこの方の話しに共感するのは

有名人ではありませんが

私の家庭も似たような構造があったからです

ハチャメチャな父親と

それに耐える母親

こんな家庭でした

ですから

特に父親は大嫌いでした

今になって思うのですが

私は本当に愚か者でした

父親は

本当は尊敬すべき人間だったのです。

理由は

也哉子さんの父親に対する話と同じです

“破天荒なやつだったけどズルいやつでは無かった”

これが私の父親にもそのまま当てはまるのです

自分の本音で生きる道を歩んでるから

その代償として

一生あのキツい砂糖キビ畑の中で

重労働に耐えて人生を終ったのです

これ

嫌ったり軽蔑するどころか

本当は心より尊敬するべきだった

今になってそう思うのです

ただ

もうこの世にはいませんから

本人に思いを伝える事はできませんが

私自身は残された人生

これをしっかり次の世代に引き継ぐつもりです。

 

人間生きてれば

嫌いな人間はたくさん出合いますが

ただ嫌うだけではもったいない話です

人を嫌う時には

大体考えが浅いのです

嫌われてる人は

厳しい人間関係に耐え

自分の生き方を通してる訳ですから

実は

純粋な人間が多いのです

こんな人達は

人間のずるさ弱さがよく見えてますから

金儲け目的で不動産屋が寄って行っても

全くとりつく島もない訳です。

そんな人達には

こちらも欲や邪念を捨てて

初めて相手にしてもらう可能性が出てくる訳です。

言葉で飾れば飾れば飾るほど

人間の軽さを露呈します

本音を見つめて生きてる人達には

何の意味もありません。

私自身も言葉に過剰に依存してその歯止めが効かなくなってる人は

話していても不快になります。

コメント
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