罠・・・・33

2020年02月23日 | 不動産業界

この1995年は阪神淡路大震災以外にも
一連のオウム真理教の事件とそれに続く強制捜査があり
大変騒がしい年でした。
オウム真理教の事件は悲惨でしたが
山本はその信者の気持が分かるような気がしていました。
と言うより学生運動をしてた頃
回りには似たような人間がたくさんいたのです。
学校の成績が少し優秀で
それゆえに少しプライドが高く
そのプライドが
マルクスやレーニンのように
自分が学校の勉強以外で得た知識
ここに傾倒する事によって
他の人との差別化欲求を満足させたり
あるいは
建前はベトナム戦争に反対だったり
あるいは資本主義の労働者搾取の構造的欠陥への反発だったり
そんな事になっていますが
実際には頑張って希望の大学に入ったのに
彼女も出来ずに悶々としてた
そんな若者が異性として出合う機会を与えてくれる
そんな若者特有の欲求が混ざり合って
大きなエネルギーとなり社会を揺れ動かす
これが今山本が感じる当時の学生運動の隠れた本質でした。
ですから山本も含めて
その運動の中でたくさんのカップルが出来たのです。
ただ学生運動の中でも
一部の人間は本当に革命が必要だと強く思っていて
それがしっかり自分の脳に居座り
最後はテロ行為まで走る
そんな人達がいました。
それがたくさんのテロ事件を引き起こしたのです。
この構造が間違い無くオウムの中にもある
これを感じて
ある意味オウムの若者達が
自分の学生時代とかぶって見えたのです。
勉強は出来るけど内気な若者達は
時にはその異性を求める本能が
理性を封じ込めて
悲惨な事件を起こす
そう思うとオウムの事件は
またいつか繰返す
それが分かって暗い気持になりました。

不動産の世界では住専の経営危機が大きく影響していきます。
銀行も不動産向け融資は
住宅ローンだけ
って所も出て来ました。
こうなると仮需はほとんどが消え去り
売買の世界冬の時代となったのです。
山本も新しい会社で3年目に入りましたが
建築の営業の現場も色んな変化が起こって来ます。
特に耐震問題
これは阪神淡路大震災以降
お客様の意識も高まりましたし
行政も耐震基準のハードルを上げて来ます。
品確法では10年保証が義務づけられるようになり
ハウスメーカーも地盤に神経を使うようになってきました。
そんな中
山本の中には今の仕事に迷いが出て来ました。
それは建物をお客様に売る訳ですが
建物は何十年と住む訳で
果たしてそれに見合うだけの商品を提供してるのか?
建築会社にいながらこの確信が持てなかったのです。
そして
仕事の迷いはすぐに会社の迷いに替わります。
その年の秋にその迷いが大きなトラブル発展しました。
山本の会社の営業は
主に自社で所有する土地をお客様に購入してもらい
その上に建物を建てて貰う
所謂建築条件付土地の販売
これが主流でした
その日もお客様を自社で所有する土地を案内しましたが
どうもお客様の反応はいまいち良くありません。
そして山本は今回は一旦お帰り頂く事にしました。
では他に良い物件が出たらご連絡します
と言ってお客様と別れようとすると
その様子を見ていた店長が山本を呼びました
そして
新しい図面を出して
この物件を勧めるように言って来ました。
言われるままその物件を見せると
お客様は現地を見て見たい
そう言いましたので
すぐに車で案内しました。
すると
お客様は気に入り
それを決めたい
そう言って来ました。
山本は社内に戻り
購入申込書を書いてもらい
そして土地の契約と
建築の日程を決めてお客様にお帰り頂きました。
店長の助け船で決まりましたので
すぐに報告と御礼に店長の席に行くと
店長も上機嫌で
な!俺もお客様の話を後ろで聞いていてピッタリだと思ったんだ
と答えました。
ところが
これがその後
山本と店長の間で大きなトラブルになります。

店長が出して来た土地
価格は4480万円 仲介料不要
そう書かれていました。
まぁ全て社有物件を売ってる訳ですからね
仲介料が無いのは当然です。
山本は仲介時代から癖になってる事があります。
買い付けを貰うと
それから
それより良い条件の物件が出てないか?
契約まで毎日レインズで検索するのです
お客様は他社と競合してますから
買い付けを貰っても
他社から良い物件を紹介されれば
こちらの契約はキャンセルになります。
ですから
もし良い物件が出たら
買い付けを貰っていても
他社より先に紹介する
これを心がけている訳です。
今回も
翌日に早速レインズを叩きました
すると
一つだけヒットしたのがあります。
良く見ると
地積も建ぺい率も容積率も駅からの距離も
山本が契約しようとしてる物件と全く一緒です。
ただ一つだけ違ってたのが価格です
3880万円でした。
山本は図面を取り寄せようとすぐに業者に電話を入れると
相手は契約予定が入ってるので図面は送れない
との返事でした。
山本は理解できないまま店長に報告に行きました。
今回自分が紹介した社有物件
レインズで出ていてまだ契約は終ってないと言ってます
すると店長は
呆れたように
まだレインズから落としてなかったの?
落とすように言ってあったのに
って答えました。
不動産業界の長い山本は
この店長のひと言で全てを悟りました。
この物件を店長は客付け買取で売ろうとしてるのです。
レインズに出てる物件を
お客様に高く紹介して
契約の意思を示せば
売却と同時に購入の契約をする訳です。
お客様の立場からすれば
本来600万も安く買える物件を
高く買わされる事になりますから
バレればモメます。
だから店長は元付け業者に
自社の買い付け入れてレインズから落とすように言った訳です。
それを知った山本は食って掛かりました?
まだ自社物件では無いのに
私に社有として紹介させたんですか?

すると店長は
購入予定の物件を社有として販売する事は法的に全く問題無いだろう?
と声を荒げて来ました。
店長の言う通りです 法的には
ただ山本が言ってるのは法ではなくモラルの事です
それでは顧客を合法的に騙す事になる
そこが納得できないのです。
ですから話しは噛み合いません
業を煮やした店長は
それでは山本はどうしたいんだ?
って聞いて来たので
お客様にいきさつをしっかり説明して
それでも購入すると言うのであれば話しを進めたいと思います
と答えました。
すると
店長は
そんな事言われて契約するバカはいないだろう
と吐くように言って来ました。
山本は
そうであれば今回の契約はするべきではありません。
と答えました
すると店長は呆れ果てて
山本お前はどれだけこの業界で仕事をしてきたんだ? 
客付け買取りなんて普通にどこでもやってるだろう?
と言ってきました。
すると山本は
どこでもやってる訳ではありません
それをやる業者は自分の力が無いのに人のふんどしで相撲を取る
そんな情けない業者ばかりです。
当社がそれをやれば
そんな業者と同類になり下がってしまいます。
絶対にやるべきではありません
と強く反論しました。
すると
店長は
なぁ山本
ウチの会社はお前が思ってるほど立派な会社では無いんだよ
体裁にこだわらず何でもやってるから
今の時代に急成長してるんだよ
黙ってる山本に店長は言いました
もしお前にそれだけの気高い気持があれば
うちの会社は辞めるべきだ
お前が辞めると俺もダメージが大きいが
納得できなくてもある程度目をつむる
これができなければ
これから先はどんどん会社との軋轢は深まると思う。
店長突き放すような言い方に
逆に山本は
この店長も
あえて自分の思いを封印してこの仕事をしてる
これが伝わってきました。
そして
そんな事をしても守る物があるからそうしてる
これも
店長が3人の小さい子どもを抱えてる事情から察する事ができました。
そこで山本は冷静になりました
店長ありがとうございます。
明日まで色々考えますので
また明日少しお時間を下さい
と言いました。
店長もその言葉に緊張が解けたようで
良く考えて下さいね。
と初めて丁寧な言葉を山本に投げかけました。

コメント

罠・・・・32

2020年02月22日 | 不動産業界

明美が戻って来て
また家族三人の生活が始まりましたが
明美は薬を飲んでる時には
幻覚を見る事無く元の性格に戻りましたが
油断して薬を飲まないと
また明らかに幻覚症状が現れました。
最初に明美に異常が出て4年
極端に悪化してる訳ではありませんが
しかし山本の中では少しずつ悪くなってる
そう感じていました。
今の状態であれば何とか普通の暮らしができるが
もし更に悪化したら?
この不安が山本にずっとつきまとう事になります。
そして
その不安は営業成績にも表れるようになって来ました。
今の会社に入社して1年
ここまで順調に売上を上げていましたが
明美が戻ってからは
山本の売上も落ちていました。
10歳年下の店長は
山本の名前を呼び捨てで
言葉もタメ口でしたが
成績を上げてる内は
山本に厳しい言葉を投げかける事はありませんでした。
しかし最近は
“経験が長いんだからもう少し何とかしてよ”
みたいな話しをするようになっていました。
この厳しい状況に陥って
山本は初めて気付いた事があります。
それは
前の会社でもずっと成績は良かったので
どこか自分の能力を過信してた
その事に気付いたのです。
当時は
明美は健康で
専業主婦で家の事は全てやってくれるし
祐太も順調に成長してましたから
家庭の心配事は全く無かったのです。
そして一番大きいのは
明美は秋田の寒村育ちですから
自制心があって
山本がどんなに遅く帰ろうが
休みに仕事に行こうが
一切文句を言わなかったのです。
今にして思えば
この家庭環境に恵まれていたから
自分は思いきり仕事にエネルギーを注ぐ事が出来た訳で
能力と言うより環境
これに恵まれただけ
今家庭に大きな問題を抱えるようになって
初めてこの事に気付いたのです。
その事に気付くと
以前は同僚を
単に営業成績だけで見ていましたが
それは大きな間違いだった
そう思うようになったのです。
以前の会社で山川店長から集中的に責められた中山と言う若い社員
今思い出すと
彼はお母さんと二人暮らしで
母親がパニック傷害を患ってると言っていました。
その時にはその病気が何だか良く分からないし
聞き流す程度で済ませてたのです。
今にして思うと
もっと理解して
母親の状態も聞いてあげて
もし悪い状態であれば
早く帰らせる事もできた
そんな事が頭をよぎり
罪悪感も沸いて来るようになりました。
今山本は明美の状態を店長には打ち明けていますが
しかし店長はその話を聞いても
全く気にかける様子も無く
分かった
としか言いませんでした。
山本は少しむっとしましたが
しかしその時の店長の態度は
自分が中山から母親のパニック障害を打ち明けられた時の態度その物
それに気付くと
店長を責める気にはなりませんでした。
営業マンは
会社に来れば同じ土俵で仕事をする訳ですが
しかしそれを支える家庭には
大きな差がある
明美が病気になり
自分の成績が低迷して
初めてその事に気付いたのです。
しかし山本は経済的に余裕はありません。
いくら明美を守りたいと思っても
まずはお金を稼がなければなりません。
前の会社では
明美が具合が悪くなった時に
会社を辞めるつもりで無期限の休職を申し出ましたが
しかしそれが出来たのは
明美が5500万の残価がある証券会社の取引明細を見せてくれたからです。
そのお金は吹っ飛びましたので
さし当たり毎日の生活
これを守る事が第一であり
明美の具合が悪くなったからと言って
寄り沿いたいので会社を辞めます
なんてとても言えない訳です。
ですから
家庭に大きな重荷を背負うようになっても
仕事を頑張る
これしか無い訳です。
年が明けて1995年

1995年1月17日
山本が朝起きてテレビを点けて見ていると
番組の途中で
関西で地震があった模様
と言う報道が流れて来ました。
まだ早朝と言う事で
映像は全く流れてきません。
山本は大阪に両親と
8歳年下の妹が住んでいます。
心配になりましたが
テレビの報道からは
まだ深刻さは伝わってきませんでした。
一応すぐに電話を入れると
実家には繋がりませんでした。
もしかしたら被害があったのか?
と思ってテレビを見ていると
相変わらず報道からは緊迫した様子は伝わってきません。
多分大丈夫
そう思ってそのまま会社に出社しました。
会社に着くと
もう大騒ぎになっていました。
ただ
相変わらず詳しい状況は分かりません。
ただ
ヘリコプターからの映像では
ところどころで煙が上がってる模様
その程度でした。
しかしその日は
時間を追うごとに
この地震が尋常ではない様子が伝わってきました。
翌日は水曜日で会社は定休日でしたので
山本はずっとテレビの画面に見入っていました。
映像がたくさん流れてきましたが
ビルが崩壊したり
高速道路が崩れたり
これまで想像すら出来なかった
そんな光景が次々に映し出されました
山本の両親はそんな映像が流れても
連絡が付きませんでしたので
最悪の事態も頭に入れてテレビ画面に両親の家が映らないか
それをずっと気にしながら見ていました。
家の映像は映りませんでしたが
夕方になってやっと連絡が付きました
幸い両親も妹家族も
棚から物が落ちたくらいで
大きな被害は無かった
これが分かって安心しました。
と同時に
自分は随分長いこと
両親や妹と連絡を取って無かった事
これに気付きました。
大学を卒業したら
追い出されるように家を出て来ましたから
両親はもう頼れない
この気持が強く
自分の事で精一杯だったからです。
妹は8歳も年下ですから
小さい頃の思い出しか無く
今は小学校の教員をしていて
子供も3人いる
なんて言われても実感は湧きませんでした。
ですから
ケンカした訳ではありませんが
自分の身内とは疎遠になっていたのです。
それでも祐太が就学前と小学校低学年の時
2回実家に連れて行きましたが
日ごろは特に電話する事もありませんでした。
しかしこの地震で
両親と妹に対する愛情
これは自分の中にしっかり残ってる
これに気付かされ
何か複雑な気持になりました。
それ以上に驚いたのは祐太の行動です。
地震の報道を見て
かなり気が高ぶっていました
大阪に連絡が付くまでは
何度も山本に電話をするように迫り
とにかく心配してたのです。
やっと両親に連絡がついて無事だと伝えると
祐太は安堵した様子でしたが
思いがけない事を口にしました。
来週おじいちゃんの家に行ってくると
これまで小さい頃にしか会ってないのに
なんでそこまで祖父母に思いが行くのか?
山本にはいまいち理解できませんでした。
ですから
山本は両親の無事を知ってからは
普通に会社に行き
実家の話題も家では出しませんでした。
その態度に
祐太が少し怒りました
お父さん冷たいよ

しかし山本は逆に何で祐太がそれほど祖父母が気になるのか?
分かりませんでした。
ですから山本も尋ねました
逆にお前はなんでそこまで気にするのか?

その時の祐太の答え
これが山本には衝撃的でした
だって
大阪のおじいちゃんおばあちゃんと
叔母さんしか自分の身内はいなんだよ
と祐太はすぐに答えたのです。
言われて見れば
明美は一人っ子ですでに両親は他界してますし
祐太も一人っ子なので
大阪にいる三人しか身内と呼べる人はいないのです
それを知らされて
山本は
実家と疎遠になってた事
これに後悔の念が沸いてきました。
結果的に祐太には淋しい思いをさせてしまったと
それが理解出来ると
山本は祐太に
是非行ってこい
と言って
大阪に行かせました。
金曜日に行って
日曜日に帰って来ましたが
祐太の口からも
大阪の惨状は伝わってきました。
町がぺしゃんこになってた
そう表現していました。
ただ
おじいちゃんと色んな話しをしてきた
そう言ってましたが
その中身については
あまり語ろうとはしませんでした。
ただ
山本は
もう祐太はもうすぐ自分の手の届かない所に行ってしまう
そう感じていました。

コメント

罠・・・・31

2020年02月21日 | 不動産業界

祐太の入学式には
明美は戻ってきました
両親の介護で
秋田に行ってから1年以上が経過していました。
母親は施設に短期間預かって貰った
そう言っていました。
山本も新しい職場で1年が経過して
すっかり慣れて
一時的にせよ
昔の平穏な生活が戻ってきました。

明美は10日後に秋田に戻る
その予定で来ていました。
介護施設でもそう伝えて預けてきました。
久しぶりに一緒に暮らす明美は元の元気さを取り戻した
そう見えたのですが
毎日暮らすと
明美の心の中に忍び込んだ得体のしれない物が
少し大きくなった事が分かりました。
最初の異変はお風呂でした。
山本が仕事から戻り
お風呂に入ろうとすると
まだ沸いていませんでした。
以前は山本が帰宅するまでには
祐太も明美もお風呂を済ませてる
これがいつもの事でしたので
山本は不思議に思い
明美に
今日はお風呂が遅いね
って言うと
明美は
一度沸かしたんだけど
お隣のお爺さんがお風呂に生ゴミを入れてしまったの
って言いました。
山本は
明美は入れる所を見たの?
って聞くと
見てはないけどこんな事をするのはあのお爺さんしかいないから
と答えました。
そして山本は
そのお風呂にあった生ゴミはどうしたの
って聞くと
お風呂の栓を開けて流した
そう言いました。
山本は
生ゴミが入ってるのにお風呂は詰まらなかったの?
って聞くと
詰まらないわよ
生ゴミは魚が食べてくれたから
と言いました。
山本はもうそれ以上聞くのは止めました
そして
翌日になって秋田のお母さんが入所してる介護施設に電話しました。
すると
担当の方が言うには
もう明美さんにはお母さんの介護は難しいので
別の方法を考えましょう
と驚きの言葉が出て来ました。
詳しく話しを聞くと
明美は明らかに精神を病んでいて
石油ストーブの上に
そのまま洗濯物を積んだり
時には
半日もお風呂の掃除をしてる
そんな話しをお母さんが介護施設の担当に語っていて
もう明美とは暮らせない
そう言ってるって事でした。
山本は
何となく感じてましたので
意外と言う感じではありませんでした。
そして
明美を秋田には行かせない
そう決めて
今後の母親の事は
金銭的には全て山本が負担して
施設にこのまま預ける事にしました。
多少の世話は
近くに住む明美の従妹がやってくれる事になり
何とか道筋は立てられました
問題は
明美にその事をどう伝えるかです。
あれこれ考えましたが
妙案は浮びませんでした。
祐太とも相談しましたが
祐太は高校生活で忙しくて
お父さんに任せる
それしか口にしませんでした。
そうこうしてる内に
その話しができないまま時間が過ぎて
明美が秋田に戻る予定日の2日前になりました。
仕事を終え
山本が10時過ぎに帰宅すると
明美の方から山本に
もう秋田には戻らない
と言ってきました。
驚いて
どうしたの?
って聞くと
昨日お母さんが死んじゃったから
と言いました。
その言葉を聞いて
明美の病状は
もうかなり進んでる
そう感じた山本は
その理由を聞かずに
明美を病院に連れて行く事にしました
幸い翌日は休みなので
早めに床に着いて
朝が来るのを待っていました。
少しゆっくり起きよう
と思っていたら
7時に自宅の電話が鳴りました。
こんなに早くどこからだろう
と思って山本は起き上がり
電話を取ると
秋田の介護施設の担当者からでした。
そしてその口からは
驚きの言葉が出て来たのです。
夕べお母さんが急死した
って話しでした。
山本はすぐに
その話しは昨日明美に話しましたか?
と聞くと
話してない
と言われました
この世には
科学では割り切れない何かがある
学生の頃唯物論を疑わなかった山本の脳裏に
初めてそんな物では世の中の出来事は説明しきれない
そんな思いが湧いてきました。
すぐに秋田行かなければならない所ですが
山本はまず精神科に明美を連れて行きました。
すると
先生は予想通りの診断を下しました
精神分裂病
これから長い付き合いになりすよ
と言って薬を処方しました。

結局山本と明美は母親の葬儀には行きませんでした。
お寺に明美の事情を話すと
住職さんがすべて段取りを取って下さると言ってくれましたので
山本は言われた費用を祐太に持たせて
全てお願いする事にしました。

コメント

罠・・・・30

2020年02月20日 | 不動産業界

義父の葬儀を終えて秋田から戻ると
すぐに新しい会社での仕事が始まりました。
建築会社ですから
まず建物の基礎的な知識を身に付けるための研修が始まりました。
そこで初めて山本は
自分の建築の知識がいかに乏しいが
思い知らされる事になります。
建築用語もほとんど知らなかった事に自分でも驚きました
15年も不動産の営業をしていて
たくさんの家を仲介したのに
実際には建築の基本知識を欠如したまま売ってたのです。
まぁ良く考えれば
不動産屋はそれで務まるって事の証明でもあります。
建築の一通りの知識が付いたら
数軒の店舗を回り実習が行われました。
先輩営業マンが接客してるのを側で聞いていたり
また会議の場にも参加しました。
そうやって3ヶ月の研修期間が終えたのですが
上司から打診がありました。
面接の時に言った通り
山本さんには店長として仕事をしてもう
そんな予定になってる事
そしてすぐに店長は無理だから
他の店舗でしばらく副店長として修行して貰う
そんな指示でした。
しかし山本は営業会議も参加して
自分には店長は無理
そう判断していました。
性格的に
この会社の店長達のように
体育会系のスタイルで部下を指導する
これが出来ないのです。
ですから言いました
自分は一番下からスタートさせて欲しいと
そう言われれば会社としても受け入れる以外にありません。
小田急線沿いの店舗に配属され
新入社員としての生活が始まりました。

仕事は決まりましたが
明美は父親が亡くなって半年が過ぎようとしてるのに
帰って来ませんでした。
理由は
一緒に同居しようと勧めても
ここで死なせてくれ
そう頑なに拒否してるのです。
一人で置いてく訳にもいかずに
ずるずる時間が過ぎていったのです
明美からは相変わらず毎晩電話がありますが
山本と祐太に申し訳無い
そんな気持が伝わってきましたので
山本も
お母さんが納得するまで焦らずにゆっくり秋田にいるように
そう伝えました。
そして自分の仕事も決まったので
その間仕送りも出来る
だから金銭的にも心配要らない
そう言って安心させていました。
それと
秋田にいると
明美は精神的にも安定していて
その意味でも
むしろしばらくそこに居て貰いたい
そんな気持も山本の中にはありました。
祐太も
友達と過ごすのが一番楽しい時期で
母親が居ないから淋しい
なんて気持は全く無い
これも山本は毎日一緒に過ごして分かっていました。
ただ
少し心配もありました
まだ山本は歩合給を稼いでないので
秋田に仕送りをすると
生活に余裕が無く
祐太は私立には行かせられない状況でした。
それは祐太にも伝えてあって
祐太は大丈夫だから
と心強い言葉をくれました。
実際に祐太は学年でもトップクラスの成績で
地域の進学高にも偏差値で見ると
十分合格するだけの力がありました。
ただ
祐太自身は
滑り止めが受けられないので
ワンランク落とした高校を志望高と決めていました。

山本が配属された店舗の店長は
10歳も年下の若い店長でしたが
多分なめられないようにと思ってるのか
山本の名前は呼び捨てにして
言葉もタメ口でした。
以前の会社の宮本店長は
年上にも関わらず
山本にはさんづけでしたし
普段の会話も敬語でしたから
それと比べると
違和感がありましたが
しかしこの程度の事を受け入れられない訳ではありません。
それと
言葉はタメ口でも
営業会議で山本が責められる事はありませんでした
まぁしかしどこの会社でも
慣れるまではお客様扱いをしてくれますからね
その間に成績を上げて認めて貰う
山本の頭にあるのはそれだけでした。
山本の会社は建築会社とは言っても
実際には自社で所有する土地を売却して
その上に建物を建ててもらう
これが主な仕事でした。
ですから
営業の仕事は
お客様に土地を案内して
気に入れれば
建築プランを提案して
そして土地の契約と建物請負契約を同時に行う
これが一つの流れでした。
それと建物プランになれば
実際には設計士が打ち合わせをしますので
せっかく身に付けた建築の知識も
それほど披露する機会もありませんでした。
そうこうしてる内に
2ヶ月目で初契約
それからはコンスタントに月に1棟は契約して行きましたので
歩合も入るようになり
生活も少し安定してきました。

やがて年が明け1994年になりました
年が明けると
すぐに祐太の高校受験の願書提出です。
祐太は志望高については
ワンランク落とすと決めていましたが
それは明美には伝えてませんでした
明美は祐太の偏差値からすれば
当然トップの高校に行く
そう決め付けていました。
それが分かってますから
祐太は願書を提出する前に
明美に電話をしました
志望高をワンランク落とすと
明美はそれを聞いて
何でそうするのか?
尋ねたら
滑り止めが受けられないので
確実に受かる所にしたい
そう言ってきました。
そしてその理由を
うちには経済的な余裕が無いから
これもはっきり伝えました。
すると明美はお父さんに電話を替わるように言いました。
山本が替わると明美は
実は祐太が産まれたときから始めた郵便貯金の積み立て
それには手を付けてないから
最悪公立が受からなくても
それを滑り止めの入学金に使って欲しい
そう言いました
山本がいくらあるのか?
と聞くと
300万と少し
そう言いました。
明美は
自分の身体がおかしくなっても
祐太の事は考えてた
これが分かると
山本の中から熱い思いがこみ上げてきました。

そして祐太は
第一志望に切り替え
見事に合格しました。
積み立てた貯金も崩す事無く
ただこの浮いた300万
精神的には本当に有難い物でした。
いざと言う時にそれだけのお金がある
これだけで
それまでお金に追い詰められて苦しんでた自分の心が
軽くなる
これを感じていました。

コメント

罠・・・・29

2020年02月19日 | 不動産業界

秋田に戻った明美は
毎日夜になると電話をかけて来ました。
離れてるとどうしても心配になるようで
山本に何度も大丈夫かと確認したり
祐太に電話を代わったりして
大体終って見れば1時間近くも話してる
その繰り返しでした。
ただ山本は
明美が居なくなる前は
それまで家事は全部明美がやってくれてましたので
大変だろうな?
と思って覚悟していましたが
実際に居なくなって見ると
祐太が掃除はしてくれますし
洗濯は自分の分は下着だけですから
数日に1回だけ洗濯機を回すだけなので
思ったほど大変では無い
そう感じていました。
ただ明美には
大変だけど頑張るから心配しないで
とだけ言いました。
毎晩かかって来る電話からは
明美からもたくさんの情報が伝わって来ました。
まずお母さんですが
病状は軽く
後遺症は
言葉が少し聞き取りにくくなった事と
手足のマヒが僅かに残ってる
って話しでした。
ですから元とあまり変わらない生活にすぐ戻れる
そんな希望を持っていました。
ただお父さんは深刻でした。
心臓もかなり悪くなってますが
手術には耐えられないので
そのまま経過観察になってるそうです。
ですから
もう長くは生きられない
そんな話しもして来ました。
最後に
何でうちだけこんな目に遭うんだろう?
ってひと言漏らしました
ただ
その言葉に山本は
自分の中に封印してる思い
これが湧いて来ました。
明美には理由は分からなくても
山本は何となく原因が分かっていました。
それは明美が作る食事です。
すべて塩辛かったのです
関西の薄味で育った山本は全く口に合いませんでした
ただ
それは自分の心の中にしまい込んで口には出しませんでした。
明美には
自分はパンが好きだからと言って
朝はトーストとコーヒーにしていましたし
夜は帰りが遅いので
少しだけ外で食べて
家にもどったら
つまみとお酒
これが基本になっていました。
明美は毎日三食味噌汁と漬け物
これを食べていましたので
秋田の家族もこの食事をしてるのであれば
血管はもろくなってる
そう思ってたのです
ですから
山本は両親の脳梗塞自体は
むしろ予期してた事
そうも言えたのです。
そして
その話しをした翌日
朝まだ寝てる山本に明美から電話がかかって来ました。
覚悟はできてましたので
落ち着いた声で
お父さんがさっき亡くなった
そう報告してきました。
長くはないと思ってましたが
まさかその話しをした翌日に亡くなる
なんて思ってませんから
全く準備は出来ていません。
とりあえず山本も祐太を連れて
翌日に秋田に向かいました。
祐太は学校を休む事になりましたが
山本もまだ新しい会社に入社する前なので
5日ほど秋田に居て
お父さんの葬儀を済ませて帰る事にしました。
佐藤家の墓は自宅の裏山にあって
5~6基の墓石が並んで据えてありました。
すでに新しい墓石も作ってあって
お坊さんがお経を唱える中
次々に村の人達が焼香して
納骨まで無事に終了しました。
他の皆さんが去った後
お母さんと明美
そして山本と祐太
この4人だけでしばらく墓の前にいました。
すると
山本が気付きました
お父さんの墓の横に小さな墓石がありました。
刻まれた名前を見ると
祐一と書かれていました。
山本がお母さんに
これはどなたですか?
と尋ねると
お母さんに代わって
明美が答えました
その下に眠ってるのは私の兄ですと・・
山本は明美にお兄さんがいたなんて話しは初耳でしたので
少し驚いた表情をしました
それを見て
お母さんが不自由な言葉で話し始めました。
この子は明美より5歳年上で
終戦の前の年の冬に生まれたのですが
1歳になった時に
いろりの前で寝かしてたのですが
しばらくして様子を見に行ったら息をして無かったそうです。
当時は終戦前で
村の若者も何人か戦死して戻って来てましたので
大げさに葬儀をする事もできずに
近い身内でそっと葬った
そんな話しをしていました。
お父さんは
祐一が生まれた時には
跡取りが出来たと喜んでいましたので
その突然の死は
かなりショックで
しばらく農作業も出来なかった
そんな事を話してくれました。
ここまで話しを聞いて
明美が自分の子供に祐太と言う名前を付けた理由も察しが付きました。
多分両親は
いずれ明美が婿を貰って跡を継ぐ
これを期待してたのだと思います。
ただ明美は
一度は東京に出たくて村を離れた
そして山本と出会い結婚した
それが両親の希望をくじく結果になり
明美はその罪悪感から
子供に祐太とつけて
両親に
家の事は忘れてないよ
ってメッセージを送ってた
そんな風に感じたのです。
実際明美は
両親の苦境に接して
今自分が支えになろうとしてる訳です。

翌日帰る時に山本は明美に言いました
俺たちは大丈夫だから好きなだけ居て良いよ

すると明美はその言葉に救われたかのように言いました
お母さんを家に引き取っても良いかな?
って
山本は予想してませんでしたので
一瞬戸惑いましたが
すぐに言いました
明美とお母さんがそうしたいのであれば
俺は全く構わないよ

そして祐太と一緒に自宅に戻りました

コメント

罠・・・・28

2020年02月18日 | 不動産業界

しばらく明美の側にいてやりたい
そう思って辞めた会社ですが
しかしお金が無いとなれば
のんびりして居られません
失業保険が切れる前に新しい就職先を見つけなければなりません。
ですから
それから毎日職安に通い続けました
もう自由の利く仕事
なんて言ってられませんから
そうなると
どうしても経験のある不動産に目が行きますが
残念ながら
固定給が安かったり
評判の悪い会社だったりで
中々見つかりませんでした。
明美は
財テクの失敗を山本に告げてすっきりしたのか
すっかり元の元気を取り戻していました。
山本は
これなら勤務時間を気にせずに仕事を選ぶ事が出来る
そう思ってた矢先に
また問題が起きました
秋田にいる明美の両親
5年前にお父さんが脳梗塞で倒れて
車椅子生活になっていましたが
そのお父さんをお母さんが一人で面倒を見ていました。
そして
あろう事かそのお母さんも脳梗塞で倒れたのです
その知らせを聞いて
明美は
一人っ子なので自分が面倒見るしか無い
そう覚悟して
山本にしばらく秋田に行きたい
と告げました。
祐太が4月から中3になり
高校受験の大切な時期になりますが
そんな事は言って居られません
祐太にも相談すると
自分は全く問題無いから
と言ってくれたので
明美はすぐに秋田に向かいました。
そして
いつまで続くか分からない
祐太と山本
二人だけの生活が始まりました。
しかし山本に悩んでる時間はありません
早く仕事を見つけて
収入を安定させなければ
考える事はそれだけです。
祐太の入学金やら
秋田への仕送りやら
とにかくお金がかかるのです。
さし当たり
肉体労働でもトラックの運転手でも
金になるならなんでもやろう
そう決めて
職安だけでなく
求人情報誌や
スポーツ新聞まで全て目を通して
面接に行きたいと思う会社に赤ペンで丸をつけてた時です。
自宅の電話が鳴りました
取ると
相手は信じられない人間でした。
山本が辞めるきっかけになった
服部さんです。
この女性
山本との事はすっかり忘れたかのように
悪びれる訳でも無く
謝る訳でも無く
普通に話し始めました
たくさんの人間に出合ってきましたが
そんな人種は初めてです。
今成績をガンガン伸ばし続けてる話は耳に入っていましたが
もしかしたらその原動力は
人間離れした図々しさ
これだと思いました
山本にはそんな図太い神経はありませんので
絶対に勝てない
そう思い知らされた瞬間でもありした。
そして用件を聞くと
この服部さんが土地をいくつも買って貰ってる建築業者があって
そこの社長に
誰か良い社員は居ないかと聞かれたので
すぐに山本さんの事を思いだして電話した
そんな話しでした。
もし採用になれば
いきなり店長として迎えてくれる
そうも話しもしてくれました
そして店長としての収入
これも破格でした。
山本はこの会社の事は良く知っていました
と言うより
業界では有名だったのです。
まだ出来て数年
しかもバブルがはじけた後の開業なのに
もの凄い勢いで急成長してるのです。
ただ
急成長の会社に多い悪い噂も耳に入っていました。
体育会系の根性主義だとか
社員が定着しないとか
そんな話しです。
しかしどんな会社であれ
急成長すれば悪い評判は立ちます
それは
嫉妬とか
あるいはその会社について行けずに辞めた社員が
自分のプライドを保つために
悪く言う
良くある話しです。
実際に山本のいた会社も
その意味では同業者の間での
の評判は良くありませんでした。
関西系の会社でしたので
どうしても成績至上主義に走ってしまって
関東の会社とは明らかに毛色が違っていました。
社会の評判がどうであれ
その会社の事は自分が一番良く知ってますから
そんな話しの良い加減さも分かってたのです。
山本は服部さんの申し出に乗る事にしました
どんな会社であっても
そこまで急成長するのであれば
中から見てみたい
そんな思いが湧いて来たのです
そしてそれ以上に
山本には金銭的に差し迫った事情があったのです。
そして
面接に行くと
そこにいたのは社長でした。
還暦を過ぎていますが
想像してたイメージとは違い
温厚な人でした
この人が会社を急成長させてる?
意外でした。
そして社長はその場で山本の採用を伝え
3か月の試用期間と研修
それが終えたら店長として正式に採用する
そう伝えたのです。

コメント

罠・・・・27

2020年02月17日 | 不動産業界

自分たち家族を苦境に陥れた証券会社の営業マン
抗議に行くと謝るどころか開き直り
結果山本は暴力を振るってしまった
しかし冷静になって思い出すと
明らかにその営業マンの表情には
罪悪感では無く
山本に対する怒りが浮んでいました。
自分が悪いのになぜ怒ってるのか?
それを知るために
そして
翌日
菓子折を持って自分の暴力を詫びるために
またその証券会社に行きました
強ばった顔でやってきたその担当は
幸い目立った怪我はありませんでした。
山本は立ち上がり
深々と頭を下げ
昨日は済みませんでしたと
心から謝罪しました。
その態度に
その営業の表情も一気に緩んだのが分かりました。
持参した菓子折を渡すと
お気遣いありがとうございますと言って受け取ってくれました。
それから
山本は
もうお宅を責める気はないが
どうしてそんな事になったのか?
いきさつを話して貰えないか
と尋ねました。
最初は少しためらった様子でしたが
意を決したように
話し始めました。
奥さんは
最初は100万円だけ投資して株を始めた事
そしてそれが順調に増えて行き
時には一つの銘柄に500万も買いを入れるようになった事
そんな話しから始まりました
山本は履歴を見ていましたので
金額が増えていったのは分かって居ました。
そして営業マンは続けました
1時所有してる株の総額は6000万近くにまで増えましたが
株価が下落し始めると
あっと言う間に4000万円を切りました
私はそこで奥さんに
少し休みましょう
と言ったのですが
奥さんは
ご主人に残高を見せたために
この数字を見せるとショックを受けるから
なんとしてでも元に戻したい
そう言って来たのです。
私は気が進みませんでしたから
電話での注文ははぐらかしてましたが
その内に会社にやって来るようになって
ボードを見ながら注文を入れるようになったのです。
こうなると
社内の人間が見てますから
もう私には断わる選択肢は無かったのです。
その結果全て裏目に出て
あの残高になった訳です。
そこまで聞いて山本は
この男は本当は怒る相手ではなく感謝する相手
その事に気付きました。
そしてその社員は更に続けました
奥さんは最後は信用取引をしようとしましたが
それだけは私はぜったいに止めるように説得しましたので
なんとか最後は納得してくれました
そこまで聞くと
山本は
目にうっすらと涙か浮んでいました。
はるか年下のこの男に
自分の浅はかさ
これを強く見せつけられたのです。
最後は土下座したい気持でしたが
それでは周りが誤解しますので
手を取って
有り難うございます
とだけ言って
その証券会社を後にしました。
その晩も中々寝付けませんでした。
あの男の言葉
ひとつひとつが胸に刺さったのは
自分の事を振り返ったからです。
不動産が値上がりし始めた頃に
2億4千5百万で鎌田に買わせた物件
これが何度か転売され
最後は6億近くで売買されました。
にも関わらず売主は
山本にひと言の苦情も言いませんでした。
また
8000万で売却した宇佐美さんの家
これも最後は2億を超えましたが
宇佐美さんのご遺族からは何の苦情もありません。
更に
不動産が停滞すると
自分が買わせた物件は
ほとんどが損切りになりました。
にも関わらず自分を責めた人は一人もいません。
それは
皆私が業務として仕事をしてるだけであり
値上がりも値下がりも
結果論であり
自分に責任を問うのは筋違い
これが分かってるからです。
ところが自分は今
妻がやった株取引きの損失に我を失い
暴力まで振るってしまった
何と情けない話しか?
それとその営業マンは
必死に妻を止めたのに
妻が暴走しただけ
一方自分は
心の中では値上がりするのが分かって居ても
全て相手の責任として自分を納得させて
決して不利になる行動をしなかった
また値下がりすると分かっていても
それを買いたいと言えば
何も言わず契約してきた
ここに思いが至ると
罪悪感と共に
自分がなんと情けない人間か
それに気付いたのです。
そして誓いました
もうこれからは
良心に恥じる契約は止めようと・・
これから客に自己責任と言うのであれば
自分の考えも正直に伝えてから相手が決断するのであれば尊重しますが
本心を隠して相手に損害が及ぶのであれば
それは自分の責任
これからがこの姿勢を貫く
固く決心しました。

コメント

罠・・・・26

2020年02月16日 | 不動産業界

証券会社に出向いたのは
年が明けてすぐの事でした。
受付で名前を告げて担当の営業を呼出しました。
そしてやってきたのは
まだ30前の若い社員です。
その社員に山本は
明美から預かった封筒の山を見せて
この取引は自分の名前になってるが
了解した覚えは無い
そう告げました。
するとその営業マンは
取引については全て奥さんの了解を取ってる
そう反論してきました。
山本は妻の了解を取ってるとしても
自分は全く承知してないので
これは認められない
そう言いました
しかし
その担当は
ご主人は奥さんに財産の管理を一任してたんでは無いですか?
と冷たく言って来ました。
山本は
自分は妻に一任した覚えは無い
そう反論すると
その社員は
また冷たい声で
であれば
ご主人の財産を勝手に動かした奥さんの責任ですね
と漏らしました。
山本はその言葉に怒りが湧いてきましたが
黙ってると
更にその社員は続けました
一時お預かりしたお金が倍以上になりましたが
その時には何も言わずに
損をしたら苦情を言う
間違ってますよ

痛いところを突かれた山本は
大声で
お前では話しにならん
支店長を呼べ
と怒鳴りました。
するとその担当は
支店長はいちいちそんな事では出て来ません
とまるでバカにしたように言いました。
これまで仕事では冷静さを失った事がない山本ですが
その時には初めて自分を失ってしまいました。
この生意気な男のせいで
妻は病んでしまい
自分は会社を辞めた
この怒りはもう制御ができない程膨らみ
気が付いたら
目の前で
その担当の営業が
顔を押さえてしゃがみ込んでいました。
山本は
逆上して目の前の灰皿を投げてぶつけてしまったのです。
すぐに警備員が駆けつけ
山本は取り押さえられました
そしてしばらくして警察官がやって来て
警察署につれて行かれる事になります。
そこで事情を聞かれた訳ですが
もう山本は話しをする気力を失っていました
ですからひと言
黙秘します
と言って黙ってフテ腐れてしまいました。
警察官はそれでは家に帰れませんよ
と脅してきましたが
学生運動の時には留置場で過ごした事もありますから
その程度はどうでも良い話しです。
翌日仕事がある訳でもありません
何なら好きなだけ拘留してもらって結構
そう腹を括りました。
しばらく沈黙が続きましたが
やがて取り調べの警察官が部屋を出て行きました。
山本は一人取り部屋で待たされてましたが
扉の外には一人別の警官が立ってるのが分かりました。
小一時間ほどしてその担当の警官が戻ってきました。
そして言った事は
被害者は被害届を出さないと言う事ですから
もうお帰り頂いて結構です。
と言って
扉を開けて出るように促しました。
最低でも一晩は泊まる
そう覚悟していましたので
拍子抜けでした。
そう言われて警察にいる事もできませんので
黙って立ち上がり
警察署の玄関から外に出ました。
警察署を出たのは良いのですが
この警察署は駅から歩いて30分もかかる場所にあって
来る時にはパトカーに乗せられて来ましたが
帰りは自分で駅まで行かなければなりません。
バスで行くかタクシーで行くか?
少し迷いましたが
頭を冷やす意味でも
歩いて帰ろう
そう決めて駅に向かって歩き始めました
すると
しばらくして
雨がぱらつき
やがてそれがみぞれに変わりました。
これでは駅に着くまでにはびしょ濡れになってしまいます。
慌てて目の前にある本屋の軒先に入り
タクシーを待つ事にしました。
やがてみぞれが雪に変わりましたが
タクシーは来ません
と言うより
数台通りましたが
手を上げても停まらないのです。
山本は
思いました
プロの運転手は
この天気では早く駅前に行き
長距離の客を拾った方が金になる
そう考えてるかも知れない
と・・
しかし困りました
いつまでもここで待ってる訳にもいかないし
雪は止む気配が無いどころか
本降りになってうっすらと路面が白くなり始めました。
どうしたら良いだろう
と悩んでる時に
ふと
明美と最初に出会った時の事を思いだしました。
三里塚
その時も今日と同じで雨がみぞれに変わりました
そして
気付いたのです
あの時には
雨に濡れるのもみぞれに濡れるのも
全く気にならなかった
そしてお金も無く
就職も決まって無かったのに
なぜか明美がいるだけで
胸が高鳴り
幸福感に満たされた事を
そして

明美は毎日そばにいて
帰る家はある
にも関わらず
自分は暴力を振るうほど狼狽してる
なんと愚かな事か?
ここに思いが至ると
すべて吹っ切れました
明美は信用取引をしてないので
財産は失いましたが
借金がある訳ではありません。
またゼロから頑張れば良いだけじゃ無いか
元々山本はお金の管理はしていませんでしたから
最初から無かったと思えば良い

そして
は気づけば
雪に降られながら
駅に向かって歩いていました。
雪に降られながらも
頭の中は色んな事が駆け巡りました。
そして
あの証券会社の営業は
何で被害届を出さなかったのか
気になりました。
まぁしかし想像はできます。
曲がりなりにも自分は顧客ですから
体面を考えた上司から指示されのかも知れません。
ただ
山本はなぜかそこで思考は止まる事はありませんでした。
あの営業マンは冷たい視線の中に
明らかに怒りの表情が見て取れました。
なぜ罪悪感では無く怒りが?
それに気付くと
理由を知りたくなりました。

コメント

罠・・・・25

2020年02月15日 | 不動産業界

1992年の12月の事です
服部さんが外出中に
あるお客様から電話がかかって来て
それを若い営業マンの田中君が受けて
そのメモを服部さんの机のメモ差しに穴を空けて止めてたのですが
田中君はその後すぐに来店客があり
そのまま接客に入りました
そしてそのお客様を現地案内する事になり
車で出かけて2~3軒案内して
戻って来たのは夕方でした。
そしてお客様に挨拶をして送り出すと
服部さんが
すぐに田中君に寄って来て
いきなり一方的に怒鳴り始めました
言ってる事は
田中君が受けた電話の相手は
数日前に服部さんが案内したお客様で
内容はその物件を買いたいって話だったそうです
ところが
服部さんが会社に戻って来るのが遅くて
そのメモを確認してお客様に電話をして
買いの意思表示を受けた訳ですが
そのまま元付けに電話したら
今他社から申し込みがありました
と言われた訳です。
田中君がポケベルで連絡してくれたら
自分が契約できたのに
そう思って責めてる訳です。
田中君もさすがにキレて
自分も接客に入って余裕が無かった事
そしてそんなに大切な連絡なら
事前に皆に知らせておくべき
そんな反論をしました。
すると服部さんは
以前と同じで
ヒステリーに火が付いて
あんたよくそんな惨めな成績で口答え出来るわね
一人前の口を利くのは私に勝ってからにしなさいよ
と機関銃のように怒鳴り続けました
それを見ていた山本は
店長を見ましたが
店長は相変わらず下を向いています。
仕方なく山本は服部さんに近づいて
もうこの位にしましょうよ
ってひと言いいました
すると
今度は
その攻撃の矛先が山本に向かってきました。
すっかり興奮して
もう言いたい放題です
役職がありながら
いつも定時に帰る
この山本の姿勢が
この店舗を腐らせてる
そこまで言われました
そして
山本は
また宮本店長を見ました
すると
今度は下を向いて爪を切っています。
この時に決心しました。
もう仕事より
明美を大事にしようと・・
そして
静かに服部さんに言いました
腐らせてるのでは申し訳無いですね
そこまで言われたらもうここには居られませんので
辞めます

その言葉を聞いて
驚いて飛んで来たのは店長です
山本さん脅かさないで下さいよ
これが出て来た言葉です。
ただ
山本は実際には随分前から
この仕事に迷いがありました。
勤務時間は実質的には9時終業
週一回の休みも完全に休めない事も多い
ただ
家族を守るためにお金を稼がなければならないので頑張って来たが
今祐太は中学生になり
自分とはほとんど口を利かない
明美は病んでる
であれば
このままこの仕事を続ける事が
自分にとって良い事なのか?
悩んでいたのです。
ですから
実際には今回の事が引き金にはなりましたが
今更店長に説得されても
もう気持が揺らぐ事は無い
そんな状態だったのです。
もうすぐ平成4年が終ろうとしていました。
年が明けるまでは家族とゆったり過ごし
来年になったら
給料は低くてももっと時間が自由になる仕事を見つけよう
そう思っていました。

しかし
山本は
会社を辞めて
初めて
明美が病んでる理由
そして家庭が置かれてる状況
これに気付く事になります。

山本は自分の家にいくらお金があるか?
それはあえて明美に尋ねないようにしていました。
明美は質素で金銭的にはしっかりしていましたので
完全に任せていました。
ただいくらあるかは分かりませんが
数年前に5500万円の資産があると聞かされていましたので
それが7000万になってるのか?
それとも1億になってるのか?
最悪は増えてないかも知れない
その程度の意識はありました。
逆に言えば
その意識が会社を辞める事になった理由
そうも言える訳です。
少なくとも金銭的に困る事は無い
そう思っていました。
しかし
その思いは幻
それにすぐに気付く事になります。
会社で引継を終えて
後輩達がささやかな送別会を開いてくれて
その日は少し帰りが遅くなりました。
もう12時近くになっていました。
帰ると明美は起きていました。
山本が帰ると
明美は
ご苦労様
と言ってくれました。
山本は
ありがとう少しゆっくりしてからまた今度は時間の余裕のある仕事を探すから
と言いました。
すると
明美は
いきなり大きな声で泣き始めました
山本は理由が分からずに呆然としてると
明美が目の前にある封筒の山を指さしました。
これを見て欲しい
と言ったのです。
それは証券会社の取引明細書の山でした。
最初に一番上にある封筒から中身を取り出すと
大きな字で残高が書いてありました。
70万円と少しの金額が書いてあります。
山本は驚いて
これが今残ってるお金か?
と尋ねると
明美はうつむいたままうなずきました。
山本は
どうしたんだ?
と聞きたかったのですが
じっとこらえました
以前ハワイから帰って流産した時の事を思い出したのです
あの日以来
明らかに明美の心は病んでしまいました。
しかし
それからすぐに元に戻ったのに
ここ1年くらいは
また精神的に不安定になっていました
だから山本も会社を辞めたのです。
ですから
今回は
明美を責める事無く
黙って明細書の山に目を通しました。
すると
そこには
証券会社の営業マンに言われるまま
株の売買を繰り返し
損失が膨らんだのが一目で分かりました。
山本が15年も働いて貯めたお金が
一人の証券会社の営業マンによって
すべて消え去った
そして
その事が山本に言えずに
明美の心は病んで行った
これに初めて山本は気付いた訳です。
ショックではありますが
今明美を責めても
状況は悪化するだけで
意味が無い
そう分かってますから
山本は
そんな事は良いからもう寝よう
と言って
自分も風呂に入りました
そしてすぐに寝室に入った訳ですが
お酒が入ってますから
普段であれば5分で爆睡する所ですが
その夜はどうしても寝付けませんでした。
頭の中は
明美の身体の不安と
金銭的な不安が駆け巡ったのです
そして
その不安は
証券会社への怒りに変わって行きました。

コメント

罠・・・・24

2020年02月14日 | 不動産業界

1991年の後半からは
明らかに地価は暴落し始めました
それでも山本は何とか会社にいられるだけの売上を上げていましたが
バブルのぬるま湯に浸って成績を上げてたた若い社員達は
次々に会社を辞めて行きました。
新しく補充して人は入っては来ますが
戦力になるには時間がかかります
ですから
その店舗は店長の宮本と山本
この二人で実質的には支えてたのです
宮本は借金は残りましたが
紀州開発との縁は完全に切れて
仕事の意欲は以前にも増して戻ってきました。
ただ
この宮本は気が弱い所があって
店長の肩書きはありますが
実際には山本を頼りにしていて
事ある度に山本に相談して店舗の舵取りをしていました。
そんなある日
宮本が山本に相談してきました
内容は
チラシ配布を頼んでる女性が
営業として働かせてくれないかと言われてる
って話しでした。
普通断わる所ですが
この女性は年齢は48歳で
かつて保険の営業をやっていて
トップセールスだった事
そして今は子育てが終って
時間の制約が無い事
そんな情報を告げたあと
山本さんはどう思いますか?
と聞いて来た訳です。
どうもこうもありません
チラシの配布はお願いしていますが
顔を見た程度で
良く知らないのです。
ですから
店長が良ければ・・
と答えるしかありませんでした。
店長はため息をついた後
今うちの店は若い子ばかりで戦力が弱ってるので
その方を入れれば刺激になるように思うのですが
と漏らしました
そして
2~3日考えて結論を出します
と言って話しを切り上げました。
その女性が入って来たのはその10日後です。
48歳には見えない若作りで
名前は服部だと自己紹介しました。
言葉にもキレがあって
確かに営業は出来る
そんな空気が漂っていました。
宅建主任は子育て中に取ったと言う事で
これが不動産の世界に入りたいと言う一番の動機でした。
服部さんが入ると
確かに社内の空気は一変しました。
電話が鳴れば真っ先に取りますし
来客があれば真っ先に立ち上がります
またチラシ配布をやってた事もあって
時間があればすぐに自分でチラシ撒きに行きました。
不動産の仕事は初めてですが
2ヶ月もすると一通り覚えて
近くの公団のマンションを
自分で撒いたチラシで来た売主の物件を
これまた自分で撒いたチラシの反響客に売って
両手での初契約を行いました。
それからは
業者が抱えてる不良在庫を
その会社まで訪問して社長を説得して
大幅に値引させて
それを個人投資家に買わせたり
また建て売り用地を仕入れたのに
資金が続かずに塩漬けになってる業者の物件を
地元の工務店に買わせたりと
とにかくガンガン動いて
バブル崩壊の暗さを吹き飛ばすように
成績を上げて行きました。
店舗の中ではいつもトップだった山本も
1年ほど経つともう勝てなくなりました。
ただ
山本が勝てなくなったのは他にも理由があります。
それは勤務の時間です
祐太が中学に入った辺りから
明美の状態が明らかに状態が悪化したのです。
山本が放ってはおけないと思った最初の出来事は
水曜日の休みの日に起きました
ゆっくり起きた山本が新聞を読んでると
玄関のドアがノックされたのです
山本が開けようと立ち上がると
明美が
私が行くから
と言って玄関を開けました
そこに立ってるのは
作業着姿の男性二人でした。
山本が訳が分からず黙って見てると
その二人を明美が自宅に招きいれました
そして
台所の流しに案内して
見て下さい
と指示しました。
しばらく流しの水を出して様子を見たり
また試験管に水を入れて調べていましたが
その男性が
異常ありませんね
と言うと
明美はそんな事はありませんよく調べて下さい
と詰め寄りました。
困った作業員の男性が
ご主人はどうですか?
と言って来たので
その作業服を見ると
市の名前が書いてありました。
この二人の男性は
市の水道局の職員だったのです。
山本はその人に
何があったんですか?
って聞くと
奥さんが貯水槽に誰かがガソリンを入れたために
水道の水からガソリンの臭いがする
そう言って水道局に電話してきた
そう答えました。
山本は
全てを悟りました
そして
明美に向かって
今は大丈夫みたいだから
また今度何かあった時に来て貰おう
そう言って水道局の人に頭を下げて
帰ってもらいました。
その翌日から
山本はどうも明美の事が心配で
本来夜9時まで会社にいるのが暗黙の了解になっていますが
しばらくの間定時に帰らせてもらいたい
そう店長に頼んで先に上がるようになりました。
それと
祐太の行事もなるべく参加するために
有休も良くとるようになってたのです。
その結果が
営業成績にも反映されて
以前ようにダントツで一位
って状況では無くなってたのです
服部さんは
朝一番に出社して
夜は遅くまで働き
休みもほとんど取らずに頑張ってるために
成績はうなぎ昇りになったのです。
山本に成績で勝つようになって
明らかに服部さんは態度が変わりました
そして
その態度の変化が
やがて社内に波を立てて
山本の人生も大きく変化する事になります。

まず最初に起こった問題は
事務員の伊藤さんでした
服部さんが接客してる時に
お茶を運んで来た訳ですが
そのお茶を口にしたお客様が
熱い
と言って湯飲みを置いたのです
服部さんは
すぐに伊藤さんを呼びつけ
入れ直すように指示しました
伊藤さんは謝ってその指示に従ったのですが
お客様が帰った後
服部さんの説教が始まったのです
お茶だけでなく
口の利き方
化粧の仕方
そして通勤の時の服装まで
すべてダメ出しをしました。
その説教が延々と続いてる時に
伊藤さんは帰宅時間になりました
その日は友達と待ち合わせてましたので
もう良いですか帰りたいんで
とひと事漏らしたら
それで服部さんに火が付きました
あんたたちはこんな時間に帰れるけど
それは私が11時まで頑張って稼いでるからなんだけど
そんな事考えた事あるの?
って大声で怒鳴りました
それに怯えた伊藤さんは
泣き崩れてしまいました。
そして更に服部さんは
若いから泣けば何でも許されるなんて思ってるんだね
ってひと言
伊藤さんはそのまま走り去って会社を出て行き
もう2度と出社する事はありませんでした。
本来店長の宮本が注意するべきですが
宮本は何も言いませんでした
宮本の中にも少し恐怖心が湧いて来たからです。
宮本が何も言わなければ
山本が口を挟む話しでもない
そう思って
山本も伊藤さんの後を追うように帰りました。
服部さんは
翌日からまた普通通りに仕事をしていましたが
少しは反省してるようで
それからしばらくは他の社員に当たる事も無く時間が過ぎていました。
ただ
少し口調にトゲがある
そんな癖はすっかり身に付いていました。
若い社員が新しいスーツを買うと
収入は少ないのによく頑張って買ったわね
って感じの言葉が自然に出るのです
成績の悪い社員にはそれが堪える
その事には全く思いが至らなかったようです。
そして
ついにその時が来ました。

コメント

罠・・・・23

2020年02月13日 | 不動産業界

翌日
山田と徳本は前回と同じ六本木のシャブシャブ屋で会いました。。
着くとすぐにビールだけ頼んで
本題に入りました。
山田はいきなり徳本に
あの物件65億で手を打てないか?
と聞きました。
徳本は
それが出来るのならお前に面倒をかけたりしないよ
俺がお前に頼んだのは
融資金を回収するためにお願いしたんであって
25億も泣く位なら頼まないよ
て少し不機嫌そうに言いました。
山田にとっては想定通りの返事でした。
さらに山田は続けました。
お前あの再開発の現状を知ってのか?
と尋ねると
2人の地権者と価格が折り合わずに時間がかかってるが
設計事務所は合意した他の地権者との契約が全て終れば
今反対してる人達に金額の色がつけられるので
大きな問題では無い
そう言って来ました。
山田は
少し笑って
お前甘いよ
って吐き捨てるように言いました。
徳本はどう言う意味だ?
って聞くと
あの反対してる地権者は
その土地を既に他に売却しようとしてるのを知ってるか?
と聞くと
そんな話しは聞いてないと答えました。
すると山田は更に
あの地権者は二人とも朝鮮人で
売却先は同じ在日の人間が経営してる不動産屋だ
黙って聞いてる徳本にさらに山田は続けました
問題はその不動産屋の資金の出所だ
関東の広域暴力団系が資金の出所になってる
もしあの土地が暴力団に渡れば
全体の価値も90億円どころか2束3文の土地になる
だから今65億円で資金が回収できるのであれば
絶対にそうするべきだ
そう徳本を説得しました。
その話しを聞いて徳本は
その話しは確かなのか?
と聞いて来たので
山田は間違い無い筋からの話しだ。
と答えました
徳本は
一応話しを聞いておく
とだけ言って明確な返事をしませんでした。
山田がこれだけの内情を知ってるのは
全て高橋からの情報でした。
地上げ仲間から得た話しで
信憑性は高い
そう言っていました。

山田から話しを聞いた徳本は
翌日からすぐに話しのウラを取りました
すると
現場事務所の人間からは
確かに最近地権者はコンタクトを拒否してる事と
頻繁に黒塗りの外車が停まってる
そんな話しをしました。
徳本の中に不安がよぎりました
90億円が焦げ付いたら・・
自分の出世はここで終る

そして
それから
必死で考えました
この苦境をどう逃れるか

やがて自分なりに絵が描けました。
具体的には
25億の損失は
融資金の保証をしてる親会社であるゼネコンに持って貰う
これが一番です
前期で1000億の利益を叩き出してますから
25億程度は数字合わせてではどうにでもなる
それが銀行の常識でした
そして
そのために
ゼネコンの社長に会ったり
社内の役員に根回しをしたり
そうして
最後は山田の申し出通り
65億円で売却する
この道筋を立てる事ができました。
そして
山田に電話してその事を伝えると
山田はすぐに契約の段取りに入る
そう言って電話を切りました。
契約の道筋は見えましたが
山田にはもう一つ大仕事が残っていました。
その仕上げをするために
高橋に電話を入れました
会いたいと・・
高橋はすぐに飛んで来ました。
高橋が会社に来ると
山田は
近くの喫茶店に誘い
そこで話しをしました。
65億で契約になる事を伝え
そして
一番言いにくい話しをしました。
ズバリ
今回仲介料以外に
5000万自分個人にウラで用立てて欲しい

この5000万が
ここ数年山田がいつも頭から離れなかった苦しみから解放させてくれる
そうなるはずでした。
山田を苦しめてるのは
明洞で指名してたチェミヒでした。
彼女は2年前に韓国に戻っていました。
戻った理由は
出産のためでです。
山田の子供を妊娠してしまったのです。
山田には成人した息子が二人いますが
その息子達より年下のチェミヒに妊娠させてしまったのです。
堕ろせ
そう言いたかったのですが
最後までそれが口に出せないまま
お腹が目立ってきたチェミヒは韓国で出産したのです。
そして
韓国に帰る時に
山田に言った事は
認知はしなくて良いけど
生活は守って欲しい
そのために30万円毎月生活費を送る
そんな約束を交わしていました。
山田は
自分の小遣いと
会社の経費を操作して
そのお金を捻出しましたが
それだけでは足りません
そしてその足りない分は
亡くなった山川店長
彼に頼んで調達していました。
山川の裏金は目をつむる
その事の見返り
暗黙の了解でした
ところが
その山川が急死したために
そのスキームが壊れ
山田が苦しんでた訳です。
送金が遅れがちになり
その都度チェミヒから連絡があり「
山田は心理に的に追い詰められていました。
そして
2ヶ月前
送金の遅れにキレたチェミヒが
言い放ったのです
もうアンタにお金を請求するのに疲れた
お金は送らなくていいから
会社と奥さんにバラす
そう言ってまくしたてたのです。
これでは地位も家庭も失いますので
山田はなんとかそれは勘弁して欲しいと懇願しましたが
チェミヒが最後に言った言葉は
じゃ3ヶ月だけ待つから
その間に5000万用意して
この5000万でもうアナタとは縁を切るから
今後は一切何も言わない

その日から
山田の頭は5000万で一杯になりました。
そんな時に徳本から舞い込んで来た話し
これが神風に思えて
何が何でもまとめよう
そう決心したのです。

山田から5000万の裏金を要求された高橋
少し意外な顔をしましたが
実はこんな話しは慣れています。
これまで
銀行の支店長やら政治家やら
そんな人達に裏金を渡して
彼は仕事の成果を上げて来たのです。
ですから
しばらく黙ったあと
杉山に伝えましょう
大丈夫です
と即答しました。
山田の気持が一気に軽くなった瞬間です。
それから契約日は10日後と決まりました
決済は40日後で
資金はノンバンクから出る事になりました。
全ては順調
あとは契約を待つだけ
ただ10日後は長いな
と思ってた山田店長でしたが
その日を待つしかありませんでした。

不動産屋は
契約の予定が決まっても
契約日まで心は落ち着きません
この仕事はキャンセルをたくさん経験する仕事でもあります
その都度失望と怒り
これに悩まされるのが不動産の営業です。
10日後の契約が決まった山田も
その間は電話に怯えながら過ごす事になります。
そして
その電話が来たのが
契約の3日前でした。
高橋からです
契約をあと2週間延ばして欲しい
そう言ってきました。
その言葉に動揺した山田は
理由を聞きました
すると
高橋は
融資の条件がノンバンクより良い銀行が見つかったので
そこ切り替えるため
そう言ってきました。
その銀行名を聞くと
聞いた事の無い信用金庫でした。
信用金庫で65億円?
不安がよぎりましたが
ここま来れば
その話しを信じる以外にありません。
そして
徳本に電話して
契約が少し延びる
この事を伝えると
徳本も理由を聞いてきましたので
高橋から聞いた話しをそのまま伝えました。
徳本も仕方が無いと言って
待つしか無い
そう答えて電話を切りました

徳本から山田に電話がかかって来たのは
それから1週間後です。
新聞を見たか?

まだ新聞に目を通して無かった山田は
どうした?
と聞くと
今回の融資をする事になってる信用金庫の記事が出てる
って話しでした
慌ててカバンから新聞を取り出すと
1面に大きく記事が出ていました
その信用金庫に乱脈融資疑惑で
強制捜査が入ったと

山田常務は慌て山中都市開発の高橋に電話をかけましたが
もう事務所の電話は鳴りますが誰も取りませんでした。
次に杉山に電話をかけましたが
こっちも同じで連絡は付きません
山田の希望が潰えた瞬間でした。
後の報道で知ったのですが
この乱脈融資事件は杉山も深く関わってたのです。

その後この駅前の再開発事業は完全に頓挫して不良債権となり
バブルの終焉の先触れとなりました。
徳本の銀行はその後公的資金の注入で生き残りますが
徳本自身は何度も不正融資の疑惑で警察から事情を聞かれ
そして最後は銀行を離れる事になります。
その後はしばらく経営コンサルタントの仕事しましたが
銀行時代の仲間や部下がどんどん銀行を去り
最後は人脈が枯れ果て融資の仲介のパイプが細くなり
融資の口利きが目的で徳本に仕事を依頼してた顧客が全て去り
その後は貯めた預金で
なんとか生活をつなぐ事になります。

山田常務はその後会社の業績が大きく落ちたために
役員を解任されます
その後チェミヒの事が社内で知れ渡り
こちらも会社を辞める事になります。
そして
雑居ビルの一室で不動産業を始めましたが
これまた徳本と同じで
それまで築いて来た人脈を当てにしての開業でしたが
今まで自分の力で地位を築いて来た
そう思っていましたが
看板を失って初めて
自分の無力さを知る事になります。
5年も持たずに
静かに不動産業界を去りました。
お互い東大を出て
夢を持って入った銀行
しかし終って見れば
その夢は幻と化し
最後は孫には過去を語りたくない
そんな人生で終る訳です。

コメント

罠・・・・22

2020年02月12日 | 社内事情

1990年の夏
山田常務に1本の電話が入りました。
相手は東大時代の同級生です。
徳本と言って今は某メガバンクの役員をしています。
その彼が会いたいと言って来たのです。
久しぶりの連絡です
もう4~5年になるでしょうか?
実は彼は山田常務と一緒にメガバンクに入社した仲間です。
徳本は順調に出社しましたが
山田は担当したミシンメーカーが倒産したために
大きな焦げ付きの責任を取らされて
出世コースから外され
そしてやがて今の会社に出向になり
その後完全に転籍になっています。
ですから
徳本とはなるべく会いたくない
これが山田の心に中にはある訳ですが
しかしこんな電話がかかって来ると言うことは
間違い無く仕事がらみですから
出かけて行くことにしました。
会った場所は六本木
個室のあるシャブシャブ屋でした。
しばらく雑談をした後
徳本が本題を話し始めした。
用件は
徳本が主導して融資してる
郊外の駅前の再開発事業があり
これにすでに90億円融資してるが
総量規制でこれ以上の追加融資ができずに
事業が頓挫する可能性が高い事
そうなればその融資金が不良債権化するので
その事業を継続して引き受ける
そんな会社を見つけて欲しいと言う事でした。
この話しを聞いた山田は
チャンス
そう直感しました。
手数料が大きいからだけではありません。
自分の個人的な問題が
これによって解決できる
そう思って気持が軽くなったのです。

翌日山田は
早速担当の3人の部下を決めて調査に入りました。
分かった事は
その再開発事業は
大手ゼネコンが裏で主導して進めてる事
表だって買収してるのは
そのゼネコンの仕事を受けてる設計会社になってる事
そして
最後に
この再開発が時間がかかってるのは
一部の地権者の同意が得られないため
そんな事が分かって来ました。
同意が得られない人がいるにも関わらず
設計会社は話しの付いた場所から
積極的に虫食い状態で先行して土地を買ってますから
融資は90億円にも膨らんでる訳です。
そして更に調べると
この同意が得られない人は2名で
今回の事業地の入り口部分を押さえてるために
そこを含めないと
建物の容積は半分以下になり
事業としては成り立たない事が分かってきました。
そんな案件を引き受ける所があるのか?
山田は一瞬考え込んでしまいましたが
まずその前に
直接その反対してる地権者に会って
見通しを立てて
それから引受先を見つけよう
と思い
現地に一人で行きました。
するとその場所には
一軒の木造2階建ての建物があり
そこの1階部分は焼き肉店になってました。
かなり古びた店ですが
営業はやってるようでした。
そしてその隣は空き地になっていて
そこには古い流し台やらお風呂やら
住宅を解体したときに出るような廃棄物が山積みになっていました。
この二つの土地の地権者が反対してる訳です。
直接話しを聞こうと思いましたが
奥の買収した土地は更地になっていて
そこには設計事務所の現地事務所のプレハブが建っていました。
中を覗くと
一人だけ詰めてる若い社員がいましたので
山田は引き戸を開けて入り
名刺を渡して
銀行からの依頼で調査に来た
と伝えました。
するとその社員は
すぐに自分でお茶を入れ
カベに掛かってる大きなパースを指さし
これが達つ予定です
と誇らしそうに言いました。
建つかどうかはこれからの話しの展開次第
山田はそう思いましたが
口から出たのは
すごいですね。
こんな立派な建物が出来るんですね
って言葉でした。
それからあれこれ一通り説明を受けた後
入り口の二件の地権者の事を聞きました。
そうすると
この担当者は初対面の山田を
疑う事もなく詳しく話してくれました。
この二人の所有者は兄弟で
お互い年齢は70代
在日朝鮮人で
元々はその土地はお寺が持っていて
戦後その朝鮮人の兄弟に借地権で土地を貸しましたが
お寺の住職が亡くなった時に
親族から底地の買取を持ちかけられ
20年前に購入したとの事でした。
焼き肉店をやってたのはお兄さんで
隣には弟が小さな家を建ててましたが
商売の産廃で儲かり
新しく近くに新居を建てましたので
その家を壊して
今は廃棄物の一時置き場にしてるって話しでした。
そして
再開発に反対してるのは
表向きは自分たちは一番良い場所に土地を持ってるので
再開発の意味は無い事
ただ本音は
最後までゴネて自分に最大限有利な契約をしたい
そうだろうとその若い社員は語っていました。
ですから
お金次第ですから
最後はなんとかなると思いますよ
って断言しました。
もう買収は90%以上終ってるので
着工出来るのもそんなに先では無い
その社員は本気でそう思ってるようでした。
山田はその現場事務所で聞いた話し
少し楽観的過ぎるように感じましたが
あえて
そのまま信じる事にしました
ですから
その地権者の朝鮮人には確認する事無く
会社に戻り
早速事業の引き受け先を当たる事にしました。

大手のゼネコンやら
知合いの銀行
そしてデベロッパー
いくつも当たりましたが
しかしこの情報は既に入って居て
この再開発は地権者の同意が得られず頓挫する
そんな判断をしていました。
ですからどこも手を上げなかったのです。
山田はダメか・・
とつぶやきましたが
しかし彼にはどうしてもこの話しをまとめたい個人的な理由がありました。
そうは言っても
どこも食いついて来ない
その時です
突然数年前に会ったある一人の男を思いだしました。
それは
山川に連れられて明洞に行き始めた頃の事です。
一人で明洞に行き
チェミヒと飲んでると
山川が入って来ました。
一人連れがいます。
山川がわざわざ山田常務の席まで連れてきて
名刺交換をした男
白髪ポマードの山中都市開発の高橋でした。
その後何度か明洞であって
あれこれ雑談をしたのですが
この高橋と言う男
地上げ屋で
最近は有名な再開発にはほとんど関わっている
そんな自慢話をしていました。
当時山田は
高橋は自分が付き合う人間では無い
そう思って
適当にあしらっていました。
明洞の経営権を鎌田が手放した辺りから
高橋は明洞に来なくなりましたので
もうかれこれ3年近く会ってませんが
彼ならなんとかしてくれるかも知れない
ふとそう思って
藁にもすがる思いで電話をかけまました。
すると高橋は
すぐに食いついて来て
詳しく話しを聞きたい
そう言って
翌日山田を訪ねて会社にやって来ました。
すぐに応接間に通しました。
高橋はもう一人男性を連れていました。
年齢は40代半ば
身長は175cm位でスポーツをやってたのな
身体はがっしりしていました。
ブランドのスーツでカルチェのセカンドバッグを持ち
腕には500万は下らないダイヤモンドをちりばめたロレックス
そして指には大きな金の指輪をはめていました。
山田はその男と名刺を交わすと
名前は杉山
シティーインベストメントグループの代表
そんな肩書きが書かれていました。
早速ソファーに腰を下ろして貰い
少し雑談をしましたが
杉山が言うには
彼の会社は1000億を目標に
都心の不動産に投資してる
そんな話しでした。
しかしまとまった案件が少ないために
今回は郊外ですが
駅前の滅多出ないまとまった土地と言う事で
是非その再開発を引き継ぎたい
そんな話しをしてきました。
そして高橋が続けました
このシティーインベストメントの地上げを最近専属で行ってる事
そして
今回の案件は地権者の一部が反対して暗唱に乗り上げてるが
自分が地上げをすれば
まず100%上手く行く
そんな話しを得意げにしました。
そして更に
この話しは実は数ヶ月前から情報が入っていて
すでに買い付けを入れてるが
話しがまとまらなかった
この事も語りました。
山田は
どうして話しがまとまらなかったのか?
それを聞くと
価格だとの事でした。
いくらで買い付けを入れたかと言うと
60億円で購入を申し込んだが
結局債権者の銀行が首を縦に振らなかった
と言う事でした。
山田はこの話しを聞いて少し不快になりました。
徳本はわざわざ自分を呼びつけて
この事業の継承先を捜すように言っておきながら
実際には随分前から動いていて
思うような話しが来なかったために
最後に自分に話しを持って来た事
どうも見下されてるように感じて
少し腹が立ったのです。
ただ
同時に思いました
もう徳本に遠慮する事は無い

そして目の前にいる杉山に言いました
60億円では無くあと少しだけ色をつけらえませんか?

杉山がいくらかと聞くと
5億円でどうでしょう
つまり65億円でなんとか頑張って貰えませんか?
と聞くと
杉山はあっさり
構いませんよ
と返事をしました。
そして更に
65億円だとまとまるんですか?
と聞いてきましたので
何とかします
とだけ答えました。
そしてその場で65億の買い付けを書いてもらい
1週間だけ時間をもらいたい
そう伝えて帰ってもらいました。
それからすぐに山田は徳本に電話を入れました。
なるべく早く会いたいと

コメント

罠・・・・21

2020年02月11日 | 不動産業界

山川の葬儀は終りましたが
会社はその余韻にいつまでも浸る訳ではありません。
欠けた人員の補充に動き出します。
すぐに本社から山田常務がやってきて
山本が呼ばれました
そして会議室に入り
用件を口にしました
それは
店長になれ
って言葉でした。
まだ肩書きは主任ですから
役職を飛び越える事になります
しかし
山本は店では古く
しかも過去の成績は一番安定していましたので
適任と判断された訳です。
それと
山田常務には他から店長を連れて来たくない理由がありました
その事を山本は後になって知る事になります。

店長への昇進
本当は有難く受けとこですが
山本には迷いがありました
それは
最近まだ明美の様子が少しおかしいのです。
夜家に帰っても
流しには食器が汚れたまま積んである
そんな事が多くなりました
また祐太が言っていましたが
外で遊んで少し暗くなってから返ってくると
家の中で電気も点けずに
お母さんがボーットしてる
そんな事が何度かあったそうです。
それでも普段は普通に過ごす事の方が多いのですが
山本は明美の異変を感じて
それがいつも心の中に影を落としていました。
ですから
ここで中途半端に店長になれば
会社に迷惑をかける
そう思った山本は
山田常務に
その事を話して
今回の昇進は見送って欲しい
そう懇願しました。
山田は想像してなかった言葉が山本の口から出たために
少し驚きましたが
すぐに分かった
また連絡する
と言って戻って行きました。
その山田常務から山本に電話があったのは翌日の事です
新しい店長が決まったから明日早速連れて
って話しでした。
そしてその通り翌朝
山田常務が新しい店長を連れて来ました。
驚いた事に
新宿店の宮本です。
山田常務が言うには
この宮本が山川の仕事を理解してるので
山本が店長を引き受けられないのであれば
この宮本に店長になってもらう
そう言っていました。
まぁ山本は断わった訳ですから
誰が店長になろうと
文句を言う筋合いはありません。
ただ宜しくお願いします
とだけ伝えました。

宮本が店長として異動して来たのは1週間後です。
まず山川の仕事を確認して
それを引き継ぐ
その作業に数日費やしていました。
ただ
その様子を見ていて
山本は少し違和感を感じていました
それは
山川と同じで
何か表情が暗いのです
それが何かは分かりませんが
明らかに怯えてる
そう感じました。
まぁしかし
それは山本には関係ありません
不動産の仕事は元来自己完結の仕事です
店長が誰であろうが
営業は自分で顧客を見つけ
見込み客を作り
契約にこぎつける
この繰り返しです。
ですから
山本も日々自分の仕事をこなす
これだけで時間は過ぎて行き
宮本店長の事もそれほど気にする事も無くなりました。
ところがそれから1ヶ月後
山本は思いもかけずに
亡くなった山川店長と
新しく着任した宮本店長
この二人が怯えていた理由を知る事になります。

それは
宮本店長が他の社員が全員返った後
山本に話しかけて来た事から始まりました
いきなり山本に聞いてきたのです
山川店長からお金を預かってませんか?

宮本からすれば山本は部下になりますが
なぜかいつも敬語でした。
それを言われて山本はすっかり忘れてた事を思い出しました
数年前に鎌田と付き合ってた頃の裏金
これがまだ300万円
机の奥に紙袋で眠ってるのです
ですから
はっきり答えました
数年前から預かってる300万円があります。
と答えると
宮本は
それ私に下さい
とストレートに言って来ました。
私に下さいと言われても
この金は確かに裏金ですが
宮本には何の関係も無いお金です。
ですから
そうですか
と簡単に渡す訳にも行きません。
ですから
山本は
私が納得出来る様に説明して下さい
と言いました。
すると宮本は
この店舗に来る事になった時から
山本にはすべて打ち明けて協力してもらう
そう決めてたようで
分かりましたと言って
誰も居ない会議室に移るように言って
そこで語り始めました。
なぜ山川が怯えてたのか
また宮本もなぜ暗い顔をしてるのか
更に
山田常務が宮本をこの店舗の店長にした理由も分かりました。
最初に宮本が
紀州開発は分かりますよね
と聞いて来ましたので
それが神奈川県の業者で
山本が親しく付き合ってる事
そして山川店長とからんで物件を抱かせてる事
この程度の事は分かってると言いました。
すると
宮本は
明洞のお金もそこから作ってるのは知ってますよね
とためらう事無く聞いてきました。
裏金作りは
山本の方が先輩
自分はそれを真似ただけ
そう言わんばかりでした。
山本は
はっきりは分からなかったけど多分そうだと思ってた
って答えました。
すると山本は
その紀州開発と大きなトラブルになってる
って事を語り出しました。
それは
紀州開発が不良在庫を抱えて苦しくなってる事
そして
その結果
それまで円満な関係だった
宮本と山川に噛みついて来た事
そんな話しをしました。
具体的には
宮本と山川に言われるがまま物件を買っていたら
こんな結果になってしまったので
その責任をとって欲しいと言って来たのです。
そして
その責任とは
これまで支払った仲介料7000万円全額の返還と
山川と山本に貸したお金全額
合計1億を返せ
って言って来たのです。
いくら宮本が勧めたからと言っても
プロである不動産屋が
自分の判断で購入した訳であり
今更仲介料を返せ
って話しは通らないし
突っぱねるべきです。
実際に山本もそれは断わったそうです
ただ
問題は貸したと言う3000万円です。
これは実際には裏金として貰った訳ですが
山川と宮本は借りたと言う認識はありません。
貰ったのです。
しかし紀州開発の経営が苦しくなると
貸したって話しになって来た訳です。
これも突っぱねる事もできますが
それが出来ない理由があります。
そのお金の一部は
山田常務に渡っていて
紀州開発の社長は
それを知ってるのです
ですから
最近になって言ってる事は
返さないと言う事であれば
山田常務も含めて話しがしたい
そう主張して来たのです。
そして
山川と相談した結果
仲介料は諦めてもらい
その代わり3000万については
山川と山本で負担して返す
そう話しをつけたのです。
山本は自宅を担保に1500万を借り入れてそれに充てる予定でしたが
山川店長は急死したために
残りの1500万も宮本が負担せねばならず
その足しにするために
山本が預かってる300万も使わせて欲しい
と言う話しでした。
山本は
その話しを聞いて納得しました。
すぐに
机から300万円を持って来て
宮本に渡すと
宮本は深々と頭を下げて礼を言いました。
ただ
山本は思いました。
山田常務も負担するべきでは?
なんせ山川店長には
さんざん明洞ではお世話になったはずです。
しかし
それは山本が関知する事ではありませんし
山川店長からお金が流れたと言うのは
確証は無く単なる想像ですから
これ以上それに触れるだけの材料も無い訳です。

コメント

罠・・・・20

2020年02月10日 | 不動産業界

全てが悪い方向に転がり出した1990年
社内でも大きな事が起こりました
それは山川店長の事です。。
山川は1年ほど前から
明らかに何かに怯えてるような
そんな目をしていました
それが何かは分かりませんが
多分紀州開発と
新宿店の宮本
これが関係してる事は想像できました。
最近は夜になれば
必ずと言って良いほど6時頃から夜の街に繰り出す
このパターンが定着していました。
どこで誰と会ってるかは分かりませんが
出かける時には
まるで中学生が不良に呼出される
そんな暗い顔をして出て行ったのです。
衝撃的な事が起きたのは
3月の半ばの事でした
決算を控えて
目標を達成できないために
山川は焦っていました。
そして
月曜日の朝の会議
各営業マンから売上予定を提出させた山川は
それを見て顔色が変わりました
何としてでも今月中にブチ込むように言ってた売上予定は
ひとつも計上されて無かったのです。
顔が青ざめ
身体が震え
怒りに任せて怒鳴り始めました
感情を抑制する装置が壊れ
社員の仕事に対する意欲の欠如と
その無能ぶりを
あらん限りの言葉で責め続けました。
そして最後は怒りの矛先が
一番若い中山と言う社員に対して集中的に向かって行きました。
言ってはいけない言葉を口にしました。
“お前みたいな人間は要らないから今すぐ出て行け”

それを聞いた中山も
もう限界でした。
そしてひと言
分かりました辞めます
と言いました。
その言葉で場の空気は一変しました。
店長は静かになり
会議室にはしばらく沈黙が走りました。
そして
我に返った店長が
“少し言い過ぎた”
これで会議は終る
と言い残して
自分の席に戻って行きました。
残った社員は
すぐに中山に駈け寄り
気にすんなと声をかけましたが
中山の表情は
何かがふっきれた
そんな顔をしてましたので
誰もが
もう中山は辞める
心でそう思っていました。
自分の席に戻った店長は
すぐに戻ってきて
社員に言いました
疲れたから応接室のソファーでしばらく横になるから
もしお客様が来たら言って
とだけ言い残して
応接室に入って行きました
会社のトイレは
応接室の奥にあるのですが
最初にトイレから出て来た女子社員が
笑いをこらえながら言いました。
山川店長はよほどお疲れなんですね?
大いびきをかいて寝てますよ

それを聞いた他の社員もクスクス笑いましたが
山本はなぜか悪い予感がしました。
すぐに自分もトイレに行くふりをして応接室の前を通りましたが
確かにいびきをかいています。
ただ
その様子は特に悪い事が起きてる風では無く
あえて中を開けて様子を見るまでも無い
そう判断して机に戻りました。
それから1時間ほどして
本社の山田常務から店長宛に電話が入りましたので
一旦折り返すと伝えて
山本は応接室に向かいました
もう疲れが取れたのか
山川のいびきは聞こえてきません
そして山本は
ゆっくりと軽くドアをノックしましたが
返事はありません
そして次にノックをしながら声をかけました
店長開けて宜しいですか?

それでも返事がありませんので意を決してドアを開けました
そして
目の前に飛び込んで来たのは
白目を天井に向けたまま息をしなくなってる
山川店長の悲惨な姿でした。
すぐに救急車を呼びましたが
すでに亡くなってるために
遺体はそのままにして
救急隊員が警察に連絡しました。
しばらくすると警官が数人やってきて
あれこれ調べた後
警察署に遺体を運んで行きました。
後で死因を聞かされましたが
脳溢血でした。
享年48歳
まだこれからと言う時の死でした。
大変衝撃的な出来事ですが
しかし時間は止まりません
すぐにお通夜と葬式の準備に入り
あっと言う間に葬儀も終えました。
山本はお通夜と葬儀は受付をしましたが
お寺で行われた参列者は500人を超え
自分が生理的に好きでは無い
と感じた男が
実際にはこれだけの人望があった事に少し戸惑いました。
しかし印象的だったのは
棺桶にすがって泣いてる奥さんと二人の娘さんでしたね。
娘さんは高校生と大学生って感じでしたが
二人とも周りの目を気にすること無く
パパ起きてよ
と大声で言葉を投げかけていました。
それを見て
山川は家庭でも良いお父さんだった
これが確認できました。
明洞に足繁く通ってる姿に
勝手に悪い父親だと思っていましたが
実際には山川も心の中では家族は裏切らなかったのです。

 

コメント (1)

罠・・・・19

2020年02月09日 | 不動産業界

年明け早々長期休暇を会社に申し出た山本
その日は引継を終らせたら
そのまま家に戻り
家事を済ませ
裕太を寝かし
明美を寝室に連れて行って
それから自分も床に就きました
翌日からは裕太の学校が始まります。
そして次の日
祐太を学校に送り出すと
明美を車に乗せて
行きつけの産婦人科で診察してもらいました。
幸い流産のあとの異常はないとの事でしたので
更に別の病院に向かいました
そこは初めて行く心療内科でした。
妻の異変を細かく説明すると
流産のあとの一時的な鬱状態
そう診断が下りました。
そして医者は薬を持たせ
多分時間の経過と共に良くなります。
そう言って次の患者を呼びました。
実際にその日の午後から
食事を食べるようになり
翌朝は山本と一緒に起きてきました。
家事はできませんが
裕太と三人で朝食を食べる事ができました。
それから毎日のように少しずつ回復し
1週間もすると
元のように家事も裕太の世話もできるようになりましたので
山本も会社に戻る事にしました。
無期限の休暇がたった10日で復帰
店長は喜びましたが
他の社員はいまいち喜んでるようには見えません
その理由は山本は分かっています。
こんなに早く復帰されては
山本から棚ぼたで回ってきた売り上げ
これが幻で終わってしまうからです。
ですから山本は
はっきり言いました
一度放棄した売り上げは戻せとは言いませんと
これで社内の空気は一変し
山本は仕事に完全に戻る事ができました。
しかし山本には気になる事がありました。
店長の表情が冴えないのです。
何かに怯えてる
そんな空気が伝わって来ました。
ただ
それが何かと聞く訳にもいかず
あまり店長とからまないように毎日過ごしていました。
仕事に復帰した山本ですが
社内では針のむしろに座らされる日々が続いていました。
繁忙期の1月から3月まで
売り上げがゼロだったのです。
もちろん店内ではそんな人は他にいません
成績が悪い理由は
明美のために上がる予定の成績を
すべて他の社員に譲ったからです
譲ったのは成績だけではありません
その時期は業販がすべてでしたから
付き合いのある業者の物件を
他の業者に抱いてもらう
これが成績につながる訳ですが
今回その業者も含めて他の社員に行ってしまいましたので
山本はゼロからのスタートだった訳です。
店舗全体の成績も落ちていましたので
店長はそれで機嫌になってる
そう感じていました。。
それでも
山本は4月から少しずつ売り上げが回復しましたが
以前の成績と比べると5分の1程度です。
ただ実際にはそれまでの成績が異常に良かった訳で
5分の1に落ちても
4年前と比べると
成績はむしろ高くなっていました。
それだけここ数年の売上はずば抜けてた訳です。


そしてそんな状態のまま
1989年が終り1990年になりました。
この頃になると不動産はもう完全にババ抜き状態になっていました。
在庫を抱えてる業者は
どこも売り急ぎましたが
しかし不思議な事に地価の暴落は起こりませんでした。
多少値引すれば
買手の業者が現れたのです
どうしてそうなったかと言うと
このバブル期は
プレーヤーがどんどん入れ替わったのです
当初は銀行から融資が受けられる会社が
ガンガン買取を行った訳ですが
それだけの力がない会社は
口をくわえてそれを見てるしかありませんでした。
その内銀行が融資に慎重になりだしましたが
銀行は直接の融資をためらった訳で
実際にはノンバンクを通じて資金は不動産市場に投入し続けました
その結果
末期には
住専の様なノンバンクが競っシェアを争い
信用力の乏しい会社にも融資するようになったのです。
ですから
後半には
やっとチャンスを与えられた会社が
積極的に買いに入り
それが買い支えになり結果暴落は起きなかったのです
ただ
そんな会社の大半は
その後ほとんどが経営に行き詰まり
倒産して行く事になります。
きっかけは1990年の大蔵省から銀行への行政指導である総量規制です。
この指導自体は
ノンバンクの融資を制限するものではありませんが
それをきっかけに
不動産の市場は
崩壊の道を歩みます。
そしてその崩壊過程で
山本は
たくさんの地獄を見る事になります。
たとえばこんな事がありました。
山本の担当物件を客付けして来た業者がいます。
少し前までは
山本の店舗では片手の契約は禁止
これが暗黙のルールになっていましたが
今はそんな事は言って居られません
片手どころか
手数料が3分の1になってもなんとか案件はまとめる
これが今の社内の暗黙のルールです。
それだけ市場の環境は悪化してたのです。
ですから
山本は積極敵に自分の仲介物件を業者に回してましたので
客付け業者も当然付き合ってた訳です。
ただその業者は初めての取引です。
客付け担当は横浜の不動産屋に勤める
苫米地と言う男でした
打ち合わせに会社に来ましたが
山本と同じ年代の男で
小柄ですが
見た目に欧米系の血が入ってるように見えましたので
ずばり聞きました
ハーフですか?

すると苫米地は笑いながら
北海道の出身でロシアとのハーフです。
大鵬と一緒です
と慣れたように口から出て来ました。
まぁ人の良さそうな男で安心しました。
そして苫米地は買い付けを見せて
買主は横浜で長く賃貸中心の不動産屋を経営してる事
今回は初めての不動産買取りである事
そう伝えました。
山本は
融資は大丈夫ですか?
と聞くと
大丈夫ですもう内定は降りています。
そう苫米地は軽く答えました。
普通であればこの言葉に安心しますが
不動産屋はこれで警戒を解く事はありません
軽い仲介業者の言葉は事実では無い事が多い
経験的に知ってるのです。
ですから山本はもう少し突っ込んで尋ねました
銀行はどこですか?

すると苫米地は
銀行ではありません
スポンサーから金が出ます。
このひと言で山本の警戒心は大きく膨れ上がりました。
ですから
頭の中にあるのは
この話しは高い確率で融資が出ない
そしてそれに備えて万全の準備をする
これだけでした。
それを頭に入れながら
話しを詰めて行きます。
苫米地さん手付けは2割で宜しいですか?
と聞きました
すると苫米地は
2割は多すぎます
と言って来ました。
そして山本は
では1割?
と尋ねると
300万でお願いします
と言って来ました。
7000万の物件ですから
300万では5%にもなりません
これでは売主に話しを持って行けない
そう伝えると
苫米地は
その代わり1か月で決済しますので
その方向で話しをなんとかまとめて下さい
と言って来ました。
山本は
自分の一存では言えないので
売主と相談して返事をします
と答えて
その場は帰ってもらいました。
その物件の売主は神奈川県内の不動産業者で
1年前に8000万で仕入れて
1億1千万で売りに出しましたが
売れずにズルズルと時間が経過して
焦り出したので
山本は
7000万で損切りするべき
そう説得して了解を得た物件でした。
この売主も買取に参加したのはその物件が初めてで
小田急線の駅で小さな店舗を構えてる
夫婦経営の不動産屋でした。
ここの社長さんは
自社で委任を受けた物件を仲介したのがきっかけで
ノンバンクと知合いになり
そこの勧めで買い取ったのですが
結局売れずに
損をして手放す事になったのです。
山本から来た話しは
手付けが少なく不安でしたが
それでも何度も
最悪でも手付けは貰えるんだね
と山本に確認して
そして最後は契約を了承しました。

契約は翌日
苫米地を交えて行われましたが
売主にとっても買主にとっても
初めての買取物件の契約
そして
山本の中に同情心が湧いてきました。
長年細々と賃貸の商売をしてきた
同じ60代の不動産屋
これが二人だけのババ抜きをしてる
たくさんの業者取引をして来た山本からすれば
ただ気の毒になるだけでした。
しかしそうは言っても
お二人とも自分よりこの世界は長い先輩です。
本人達が決断した事に口を挟む事も失礼な話しです。
ですから
契約は私情を挟まず
淡々と行いました
ただいつもの業者の契約とは違い
重説も契約書も
丁寧に読み合わせました。
とくに手付け解除と違約の条文は
何度か理解してるか
確認しながら読み合わせました
1ヶ月を過ぎて決済ができなければ
手付け解除では無く
違約になり2割のペナルティーになる
それもしっかり説明しました。
そうして
契約を締結して
300万の手付け金の受け渡しを終えました。
あとはハラハラドキドキしながら
1か月後の決済を待つだけになりました。
この契約は最初から警戒していて
そのリスクについては売主にもしっかり説明して了解をとって締結した訳ですが
しかしその後の展開は
想定していた以上に最悪の事態が待っていました。
決済が1週間前に迫った時に
山本が苫米地の会社に連絡を入れると
電話をとった女性が
今苫米地は外出しています
と答えました。
山本はでは折り返し電話を下さいと伝えましたが
その日は電話がかかって来ませんでした。
悪い予感がしたために
翌朝一番で電話を入れると
また同じ女子社員が出て
苫米地は今日直行してます
との返事
昨日電話が来なかった事を伝えると
昨日は直帰したとの事でした。
こうなると不動産屋の心理状態としては
もうトラブルの域に入ります
ですから
それからは頻繁に電話しましたが
苫米地からは折り返しの電話がありません
仕方なく
本来は苫米地を通して連絡するべき買主
ここに直接電話しましたが
全く電話に出ません
そうして
何の連絡も無いまま決済日が過ぎました。
売主にはその前から
この契約は流れる可能性が高い
それを伝えてありましたので
決済日が過ぎた翌日
売主の事務所に行き
今後の事を打ち合わせました。
売主は予想通りだったね
と言って
手付けでしばらく金利が払えるからまた新しい買主を見つけるように山本に言いました
ただ山本は
再度売り出す前に
正式に解約の通知を買主に内容証明で送って
それから次に進みましょう
と提案しました。
しかし売主は
そんな事をしてたら時間だけが過ぎてしまうので
早く売り出した方が良い
そう強く言ってきました。
山本は悪い予感がしてましたので
ここはしばらく自分の言う通りにして欲しい
そう強く伝えて
売主の会社を出て行きました。
それから1週間後
売主に内容証明の送付を確認すると
まだ出してない
との返事でした
山本は再度
早く出した方が良いですよ
と催促すると
その売主は
もう後は自分でやるから山本さんは気にしないで
と冷たく言ってきました。
最初から手付け解約であれば仲介料は放棄する
と言ってありましたので
この話しが無くなっても自分にとっては問題がありませんが
今回は手付け解約では無く違約による解約になりますので
原則的には2割の違約金を取って
山本も仲介料はいただく
これが正解ですが
実際には買主は連絡が付かないので
違約金は諦めて
手付けの没収で収めてもらう
これが落としどころになります。
ですから
山本も売主の態度に少し不快になりましたので
では当社はこれで終わりにしますので
その覚え書きを郵送で送りますから
捺印して送り返して下さい
とだけ伝えて
今後この契約に関しては全て自己の責任と負担で処理し
一切山本の会社には異議を申し立てない
そんな書面を送付したら
すぐにハンコが押されて戻って来ました。
これで山本はこの件に区切りをつけて
他の仕事に戻る事ができました。
ところが
この話しを忘れかけた1月半後
苫米地から突然電話がかかってきました。
山本がどうして連絡をくれなかったのか
それを責めると
自分のソ連にいるおばあちゃんが亡くなっために
その葬儀に行ってた
って言いました。
素人にも分かる明らかな嘘でした。
ソ連は翌年崩壊する事になりますので
当時混乱していて
とても簡単に行ける場所では無かったのです。
まあ真偽は確かめようがありませんので
それには触れずに
今更何の用件ですか?
と尋ねました
すると苫米地は
資金が用意できたので決済したい
と言って来ました。
契約書に書いた決済日には逃げ回って
何の連絡もよこさないのに
1か月半も経ってからしゃあしゃと決済を求めてくる訳です。
人の良さそうな男ですが
これはヤバイ世界の人間
そう直感した瞬間でした。
しかし少し考えれば
もし本当に決済できるとすれば
売主にとっても良い事ですし
山本も仲介料が入りますので
これは飲むべき話しです。
ですから
冷静になって
売主に連絡とって
また折り返し連絡する
そう言って電話を切りました。
そしてすぐに売主に電話をすると
驚いたように
今更そんな事言われててもねー
と漏らしました。
その瞬間山本は
悪い予感がして
すぐに聞きました
まさか他に転売してないですよね
って言うと
悪びれる風も無く売主は
もう転売の契約を済ませてある
そう言って来ました。
それを聞いて山本は
私が言った解約通知の内容証明は出しましたか?
と伝えると
再売りしたのでトラブルになると嫌だから出さなかった
と簡単に言って来ました。
長年不動産屋をやってると言っても
零細企業の社長はこの程度の法律知識しか無い
呆れてしまいましたが
もう山本の心は決まりした
これ以上トラブルに関わる理由も義理もありません
そしてその備えはすでにしてあります。
売主にはそのために一筆書いて貰ってあったのです。
山本は
分かりました
あとはこちらは手を引きますので
そっちで処理して下さい
とだけ伝えて電話を切り
すぐに苫米地に電話をかけて
売主が言った事をそのまま伝え
そして最後に
もう自分はこの件については一切関わらないので
今後は直接売主に連絡するように伝えました。
苫米地もその言葉を待ってかのように
分かったとだけ伝えて
嬉しそうに電話を切りました。
残念な結果ですが
後のトラブルは
自分のアドバイスを無視した売主に解決して貰う
そう割り切ってこの事は忘れる
そのつもりでした。
しかし
翌朝一番で
売主が慌てて山本に電話をかけて来ました。
今回の件で知らない男が二人突然事務所に来たから
その件は山本さんに任せてあるから
と言ってそっちに行って貰った
そう言いました。
山本はすぐに
それは話しが違いますよね
今後はそちらで処理するお約束でしたよね
って冷たく言うと
今来たのはヤクザだよ
山本さん買主がヤクザと関係があるって言って無かったよね
ってさも自分が被害者のような口ぶりです。
同情が怒りに変わった瞬間です。
このオヤジどうしうようも無いなと・・
まぁしかしヤクザが向かってるようですから
仕方がありません
話しだけは聞くことにしました。
そして
一時間ほどして
いかにもと言う外見の男が二人やって来ました。
縦縞のダブルのスーツにエナメルの靴
金のデカイ指輪と金のロレックス
お決まりのファッションです。
応接間に通すと
名刺を交換しました
いずれも毛筆で
代紋と一緒に○代目△△一家と書かれており
普通の人ならこれだけでビビる
そんな名刺でした。
一人は50代の太った男
堂々と組の名の下に
顧問の肩書きが書いてありました
そしてもう一人は
痩せた60代の男でこちらの肩書きは相談役と書いてありました
それを見て
以前宇佐美さんの取引でやって来た地上げ屋の事を思い出しました
外見も肩書きもそっくりだったのです。
地上げ屋はウラ社会の人は外見と肩書きを真似てる
これに気付いて少しおかしくなりました。
二人とも名刺は怖いのですが
口調は穏やかで
頭は切れる
これもすぐに伝わってきました。
これでは零細不動産屋の社長ではかなわない
すぐにそう感じましたが
山本には助ける義務もありませんから
あえてその場は
自分たちはもう関わらない事
そしてその書面も持ってる
これを伝えました。
すると相手は
お話は良く分かりましたと言ったあと
貴重なお時間をありがとうございました
と言って立ち上がりました。
最後に山本は
皆さんは買主とはどんなご関係ですか?
と聞くと
笑って
スポンサーですと答えました。
そしてもうひと言
苫米地さんとはどんなご関係ですか?
と聞くと
あいつは舎弟です
と答えました。
そこまででお帰り頂きましたが
苫米地を人の良い人間
そう思ってた自分
まだまだだと強く反省しました。
その後売主からは
困って何度か電話がありましたが
もう山本は一切取り合いませんでした。
ただ
半年くらいして
その売主の店舗の前を通ると
もうシャッターが降りていて
テナント募集の張り紙がしてありました
そしてその張り紙に書かれた名前は
別の会社名になっていました。
その後その売主がどうなった分かりませんが
山本は気にすることもなくやがて記憶からも消えました
それだけその当時は似たような話が多く
特にいつまでも覚えてる話しでも無かったのです。

コメント (3)