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追悼 飯田深雪先生

2007年07月06日 | memory
追悼 飯田深雪先生




今朝、新聞で、飯田深雪先生が
お亡くなりになったことを知る。

昨年夏くらいから
殆どお食事も摂られず、点滴で
お過ごしだったことんどを伺ってはいたけれど

この世から旅立たれたというと
寂しさでココロがいっぱいになり、

涙があふれる


きっと沢山の光に包まれて
多くの天使がお出迎えして

先生が手がけられたような美しい花が咲きそろう

天国への道を歩かれていらっしゃることだろう。












飯田深雪先生は、

私の最も尊敬する方。


103才でお亡くなりになられた。


私の母も飯田深雪先生のお料理教室で学んだ。

親子2代で、先生にお世話になった。



私が先生の教えを受けるようになったのは
大学3年の頃から。

大学でのサークル活動とやらが
どうも向いていなくて、

その頃の私は

飯田深雪先生のお料理教室や国際教養セミナー、

裏千家の櫻井宗養先生(元家元 千 玄室先生のお姉様)、

・・・と一流の方々のお稽古に励んでいた。


今、高い立場の方々にお会いしたりする機会があっても
どんな立場の方々とお食事する機会があっても
おそらく堂々としていられる自信があるのは、

この頃にしっかりと、飯田深雪先生の教えを受けたからに他ならない。

飯田深雪先生のお教室に通うことを
後押ししてくれた、母と
高いお月謝を出してくれた、父に、感謝している。



飯田深雪先生のお料理やマナー教室では
当時、おそらく最年少だったように、記憶する。

親子2代で先生に教えを受ける・・ということや
イギリスの私の母校を先生が訪れたことがあったということや
先生のご子息と父が同窓で友人であることなどから

先生はとても私を可愛がってくださった。



”可愛がる”といっても

飯田深雪先生はとても厳しい方でもあったので
やみくもに笑顔をふりまいたり
特別扱いをする、ということではない。
















今、103歳でいらっしゃったので
私が生徒だった頃でもすでに、85歳前後くらいでいらした。

90歳になられても
お教室で、メレンゲを泡立てたり
生クリームを泡立てたり

(この作業がいかに大変なことであるかは
 お菓子作りがお好きな方ならお分かりになるだろう)


Teaの授業では、自らが
全員にお紅茶をついだりしていらした。



先生のお心が一番伝わるのが、”お手紙”だった。


先生は暑中お見舞いのお手紙を書いても
必ず、直筆で、即日、お返事を下さる。


そして、
私が離婚して一人で子育てをしていく報告のお手紙をお出した時、


なんと、速達で

10枚くらいにもなる
長い長い、お心のこもったお手紙を送ってくださったのだ。



おそらく、家族以外の誰かにこの話が伝わって、

誰より早く、一番のりで

励ましてくださったのが、飯田深雪先生だった。








飯田深雪先生。


沢山の教えと愛を、ありがとうございました。


先生の高い高い魂と出会たこと・・・

それは、


私の、一生の財産。