馬ひでの助

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地名夜話【駒帰町】

2022-08-13 23:32:01 | 歴史地理
地名ちょこっと紹介
【駒帰町】金沢市
こまがえりまち。
金沢市は大きな都市で市域も広い。
駒帰町は南の方にあり市の中心部から車で30分弱の山間部にある。
県名の由来となった石川郡に属し、犀川村の一部でした。
犀川は現在の金沢市街地へ流れてます。金沢城の有名な「石川門」は石川郡の方向を向いてるのが由来とされる。
なるほど、犀川=石川なのですね。
と、納得したが、
よく調べると
犀川の由来は、
佐奇川(さきがわ)」と呼ばれ、いつしか「さき」が「さい」となって、「犀川」に。
現在は犀川の河口付近の小さな川として佐奇川が残ってます。
となると、石川は?
実は合戦で有名な「手取川」の別名が石川でした。
昔から氾濫を繰り返す川で大きな石も流すという理由で「石川」と呼ばれた。
なお、手取川は金沢市の中心部のはるか南のほうを流れていて石川郡には無い
手取川の名前の由来は、源平合戦で、木曾義仲軍が平家を追って激流を渡る際に手を取り合って渡ったから、
と言われてるが、ホントかな?
話が氾濫してしまった。
元に戻します。
「駒帰」の由来ですが、
漢字から察するに道が急なために駒(馬?)が坂道を登れなくて引き返すから、と思われますな。
他の地域でも駒帰地名の由来はだいだいこんなもんです。
無理して急な坂を登ると足がこまがえり、
いや、こぶら帰りします。
なお、こむら・こぶらは、ふくらはぎの古語です。
余談ですが、
昔、我が隣町の多賀町の山のなかに毒蛇のコブラがたくさん捨てられる事件がありました。
地元の方の懸命な探索の結果、すべてのコブラを捕獲し、無事に一件落着した。
まずは一安心だが、
今も多賀町の山の中を歩く時はコブラが出てこないか?不安になることがある。
出てきたら、それこそ
駒のようにころげながらもコブラ帰りしなければなるまい
明後日に続く~
□■□■□■□■□■□■□■□■
Φ(*^ひ^*)Φ
NHKラジオ体操、スタジオをとびだして
毎日夏期巡回されてます。
本日は岐阜市の市橋小学校からの中継でした。
市橋といえば、戦国武将市橋長利を思い浮かべる。
市橋家は揖斐郡池田町が出身地。
長利は織田信長の家臣として戦場を駆け巡る。
浅井家の家臣磯野員昌が守備する佐和山城攻めでは、信長は城の四方に付け城を築いて包囲し持久戦をおこなった。
この時、北の城を受け持ったのが市橋長利でした。
佐和山と同じ稜線続きで一番北の端っこの尾根に築かれたのが物生山城で、北の城はこの物生山城(彦根市宮田町)だと推定されてます。
この「物生山」、難読地名です。
読めるかな?
難しいです。
ぶっしょう?
ものなま?
いえいえ違います。
あ、時間となりました。
では、本日はこの辺で。
て、おい!
答え教えてくれないの?
「……」
解答は、無視かい!
むしや、まさかやー~
馬《●▲●》助ヒヒーン♪

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