老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

くたびれて、 お茶にごす。

2015-10-25 17:26:50 | 俳句



昨日、隣町の祭りに行って。草臥れた。お日さまに当たって、草臥れた。
しりとり俳句でも書かな、、、、

森の香をまるごと食べる茸汁   猫髭

     ちょぼちょぼの髭を戦がせ紅葉鮒   アネモネ

     木の実落つぴくりと動く犬の耳   素人

     月山の風を頼りに鳥おどし   菊子

     もういいかい隠れ場所なき秋の空   眼兎
     
     登山道の赤きリボンや霧襖   とき

     踏み入るは芒の原や阿蘇五岳   てまり

     地球儀の中は空っぽ秋深し   ぴのこ

     露けさの堂宇に古き忘れ傘   ミーコ

     人間の仮面を捨てる水の秋   魁仙

     涼秋をのせて寺鐘や雲低し   善照
     
     芋堀の泥の豊かに恙なし   ミミ

     たいがいにしときなはれや温め酒   灌木

          
     


おのずから、力の差がある。
読んでいて、自然に分かるけれど、しかたがないと思う。
季語が動く句もある。四季に関係ない風景を詠むと季語が動く。月並みになる。
寺の屋根が大きく、境内に古い池がある。
神官が住んでいる住宅の前を川が流れている。
卒業した学校に、どなたかの銅像が有る。城跡に碑が有る。
その景を説明して、花が咲いていました。適当な季語を見繕くろって付けて満足をしては駄目。
華やかなタオルを干した。秋の空に。雨の日に誰が干しますか?洗濯なんて毎日干している。
旅の予定をたてながら林檎を食べた?旅を諦めて、葡萄を食べた?
今だに、私もその辺りでお茶を濁している。反省をしなくては。
真剣勝負の人の句はぐんと胸に響く。たいがい、一物仕立てになっている。強い句である。

上手い人が、なぜしりとり俳句をするかって?
上手い人がスランプになっているのが、良く分かる。スランプだな、季語を拾っているなと感じる。
そして、推敲に推敲を重ね、発表する時は、しりとり俳句からヒントを得たとは微塵も見せない。それも実力のうちだから、どんどん、私達を導きつつ、ご自分の力も蓄えて下さい。
勝手のことを言うなって、、、御免遊ばせ。
 


      団栗で遊んで恙なき猫ぞ 

      秋旱久しく使はぬ広辞苑   

     

     

      
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