老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

日常の延長みたい

2017-03-01 23:54:10 | 俳句

     

看護師に導かれたたのは、一番最初に入院したと同じ部屋。
今、病院は大リホームの最中である。
病室の窓から見える景色は遠景は、六ヶ月前と同じだけれど、並んでいる病棟の外観が少し違って見える。
屋上に大きな円筒の建築物があったり、筒が何本もしつらえられていたりする。


気になるのは猫のこと。
前日から下痢をしていた。
薬は飲ましたのだけれど、芳しくなかった。
もし、夫ひとりで手におえなければ、猫も動物病院に入院させるように話し合って来た。

    


病室へ入ると、急に病人になる。
検査に行くにも、無理に車椅子に乗せられる。
ひとりで大丈夫、歩けますと言ってもそれは困ります、乗って下さいと言われる。
看護師もそれが仕事だろうし、マニュアルに沿った看護だと理解をして言われたとうりにする。

    

退屈だ。
持ってきた本を読む。
伊藤若冲の画集と、作者は今、失念をしているが、若冲の物語。
場面と画集に載っている、絵を見比べながら、読み進む。
最近、時代小説で、江戸時代の画家を題材にした本をよく見うける。。。なぞと思いつつ読む。

しりとり俳句は頭が空っぽになっていて、しりが取れない。
天井ばかり見ていた。
夜は眠れない。
一人部屋でよかった。手術の前夜は神経質になっているのかトイレに10回近く起きた。こんなこと初めてだ。
終わった夜はぐっすり眠れた。

手術中には二~三句作った。

    🍒     問診の医師の訛りの暖かし

    🍒     無機質な手術室なり亀が鳴く

    🍒     手術台朧なりけり医師の声

手術室は季語の無い場所。それでも手術台にあがると何かが浮かぶ。
そうこうしている間に終わった。
なぜだか、日常生活と変らない生活空間のような入院生活であった。


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