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1月17日の記憶

2021-01-17 | 日記

1月17日は、26年前・1995年(平成7年)に阪神淡路大震災が起きた日だ。その日の朝、7時過ぎに起きてテレビを付けると大地震発生のニュースが流れていた。5時46分という早朝の地震でまだ公共交通はあまり動いておらず、道路の交通量も少なかったので、高速道路の倒壊や電車駅ビルの崩壊の映像の割に8時頃の時点ではまだ死傷者数が大きな数に達していなかったことに、少し安堵感を抱いた覚えがある。いくつかの火災が発生していたもののその時点では、それが燃え広がって大火災になるとは想像できず、やがて消し止められるのだろうとしか思えなかった。しかし、昼休みのニュース映像を見て、そんな印象は一変する。いたる所に大きな黒い煙が立ち込め、既に焼失した焼け跡が大きく広がっていた。

 最初に抱いた「まだ消化されていない、何故か?」という疑問への答えは、現場中継の映像で直ぐに得られた。「消火栓からの水が出ない」「水が無い」と叫びながら水を探して火災現場を走る消防隊員の姿、「なんで消火せんのや?」と叫ぶ住民の声が、生々しく入って来たから。そして初めて、都市直下地震が持つ事態の深刻さを悟ることになった。電源も水道も破壊されて、普段なら難なく消し止められる火災を消すことができないのだと。道路は落下物や倒壊家屋などに邪魔され、緊急車両の機動性も奪われているなかで、火はさらに都市ガスやプロパンガスボンベからガス管破損による噴出ガスや、動けない自動車のガソリンタンク・倒壊家屋の灯油タンクなどにも引火して火災を拡げて行く。

 地震災害の多い日本で、しかも関東大震災という大規模な都市型地震災害の被害経験を持つ国に居ながら、そんな当たり前のような都市の弱点をも知らずにいたことに、何の想像力も持っていなかった自分自身、多くのマスコミ、政府・自治体などの "馬鹿さ加減" を知らされた思いがした。都市部の地震被害で火災が発生した時、消火栓以外にどのように消化の水を得るかという計画は、おそらくどこの町においても作られてはなかったのではないか。地震や台風・大雨の水害など災害の多いこの国で、都市の様相や生活スタイルの変化に合わせて常に災害対策を作り直していかなければならないことが、頭の中では何となく分かっていても実際的な対策の更新は行われて来なかったのだと。

 阪神淡路大震災の災害援助・復旧の過程で災害ボランティアやインターネット網の拡がりなど、それまでには無かった多くの新しい災害支援・情報共有の動きが発展して来た。震災後に、国として「災害救助の特別部隊」を持つべきではないかという議論があったという事も耳にし、東日本大震災の後にも同様の意見が持ち上がっていたと思う。2つの地震災害の経験の中で、災害医療においてもDMATやAMATなどの災害派遣医療の協力体制が発展して来た。しかし、彼ら普段はそれぞれの地域で医療活動をしている医療従事者であり、緊急時にそこを離れて災害地域に支援に派遣されるシステムである。したがって、広域の災害や全国規模の災害医療に対して対抗することができない。広域・全国的な非常時には、当然、自ら担当する地域自体が「非常事態」に直面している場合も多いからだ。今回のコロナ感染拡大で分かったように、広域または全国的な医療逼迫に対応するには、やはり固有の担当区域を持たない一定の余剰(というか非常用)医療スタッフ・医療資源の備えが必要だと考える。

 「災害救助隊」でも医療に専念する「災害医療部隊」でも良いが、災害医療・感染症の大規模発生などに備える一定規模の特別医療チームを国として持つことを本気で考えるべき時ではないか。新型コロナ感染症でなくても、毎年どこかで地震や水害で多くの災害避難者が出ている日本で、しかも通常時から「医師不足」が指摘されている中で、災害時に通常時医療から人員を割いて災害医療に当てるには元々限界がある。今後大型地震も異常気象の頻発が予想されている日本において、そのような特別医療チームを必要とする事態が毎年どこかで発生するだろうし、さらに海外への災害医療援助派遣を視野に入れ、災害医療に特化した能力向上研修などと考えると、「非常用の特別チーム」と言えどもおそらく暇に過ごす時間など無いだろう。

 通常時に病院勤務を持つスタッフを緊急にその病院勤務から外して派遣することは、公立・私立問わず病院にとって難しいと考えられるが、現時点ではそのような通常医療への「しわ寄せ」を強いる形の災害対応に頼っているわけだ。今回の新型コロナ感染の事態は、長い間医師不足と言いながらも有効な対応の手を打たず、非常時への対応を医師・医療従事者まかせにして来たつけを支払わされているように思える。