愚ダメ記、真誤付き、思い津記

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四国への旅

2023-06-30 | 日記
久しぶりの四国への旅、今回は母親の葬儀のための四国行きである。冬に会いに行った時、まだコロナ禍が明けてないということで施設の玄関でガラス越しの対面に終わっている。5月頃から面会できるようになり、自分以外の子供達は直接触れ合い声を掛けられたと喜んでいた。先々週辺りからその時が近づいたと相談を受けながらも結局最期の時に間に合わず、コロナ禍前に会った時の母親の姿が最後の記憶となった。
 長く施設に居た母との別れは、ある意味ではいつか来ると覚悟していた別れなのだが、それは遂に自分の世代が最年長になってしまったという、ある種の諦めも運んで来た。訃報を報せた時、次はいよいよ我々世代の番が来ると従弟と話したりした。時代はもう一世代代わってしまっているが、何故かまだ世の中の現役世代の一部だと思っていた。果たしてそれがいつまで続くのか?。
 帰り慣れた町に近づいても、どこか今までの気分と異なっている。「帰って来た」という気持ちにならないのだ。葬儀などの段取りが気になってることもあるだろうが、今回は「帰る」というより「母を送る」という気持ちである。また、母と共に「帰る処」も消えたのだろう。人生の半分以上を今住む町で過ごしたことを考えれは、ある意味それが当然のことかも知れない。
 偶にしか訪れない町にしては、車で走ると細かな裏道まで頭に入っている。車に乗るようになってから住む町では、人生の半分以上も過ごしたのに表通りの風景しか知らない。一方、子供の頃に歩き廻り自転車で遊び歩いた町の路地や裏道は、今になっても頭に残っている。そこに小さな混乱が生まれたのか、この町の象徴として見慣れたはずの城山も、今回は何故か新鮮に見えた。
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