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東西の哲学

2020-03-07 | 哲学日本語
日本哲学35  
農文協、アジア問題研究会の著作、長谷部 茂氏翻訳による、戦後日本哲学思想概論 1999年に、この 東西文化とその哲学 2000年を加えて、多分、著作タイトルにひかれて、手元に置いたものである。日本哲学を戦後、東西、そして概論と見て、西洋哲学から記述するものではない、東洋からの視点としてとらえるものには何があるか、アジア思想の原典は儒教、仏教にあるので、その俯瞰は東西の比較にあるものとなるが、中国哲学、日本哲学、アジア哲学とその視野にあるものが難しい。

西の哲学は神と人間にあり、東の哲学は天と王にある、そこに人民の思想が唱えられて、哲学には新たな軸がもたらされた。それはどう解釈するか。


東西文化とその哲学 (日本語) 単行本 – 2000/4/1
梁 漱溟 (著), アジア問題研究会 (編集), 長谷部 茂 (翻訳)
単行本: 448ページ
出版社: 農山漁村文化協会 (2000/4/1)
目次
東洋文化とは?西洋文化とは?
西洋・中国・インド三大哲学比較
世界の未来文化と今日持すべき態度

梁漱溟
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

Liang Shuming.jpg
出生: 1893年10月18日
(清光緒19年9月初9日)
死去: 1988年6月23日
Flag of the People's Republic of China.svg 中華人民共和国北京市
出身地: 清の旗 清北京
職業: 政治家
梁 漱溟(りょう そうめい)は近代中国の思想家。祖籍は広西省桂林県。1911年に順天中学を卒業した。
1917年、蔡元培学長に招かれ、北京大学の教授となり、インド哲学を講じた。
その後、1928年に「村治」として提唱した自らの思想的実践を果たすために、郷村建設運動に没頭し、儒教の精神に法った農村社会運動家、教育家として、山東省の郷村建設の指導を行った。また、日本の二宮尊徳を敬愛したことでも知られている。
第二次世界大戦中は、1941年に結成された中国民主政団同盟に参加し、国共両陣営の橋渡し役を演じ、民主同盟の結成に参画した。
1946年、政治協商会議後にいったん引退した後、人民政府の成立後、四川省の土地改革に参加した。1951年、中国人民政治協商会議委員に補選され、思想改造の手記を公表した。毛沢東ら共産党中央が、農民の生み出す余剰を搾取し、都市における工業化に投入する、という社会主義過渡期の総路線政策に転換したのに対して、農民こそが中心であるとし、政治協商会議の場で毛沢東に対して自己批判を求めた。このため、1955年以降、思想批判にさらされ、1956年の中国人民政治協商会議第2次全体会議で自己批判を行った。
著書
『東西文化とその哲学』
『郷村建設理論』


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