よねの備忘録

お勉強問題が中心。
政治を語るときは、ネトウヨです。

Enjoy !! 浪人ライフ。

2009-10-14 23:00:08 | 公立校の学習法・過去記事
世間一般でいうと、大学受験浪人というのは、灰色のイメージですよね。

勉強に明け暮れる毎日。
来年は絶対、不合格はできないというプレッシャー。
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よねにとっては、「予備校生活」は、「楽しい思い出」だったのです。

よねは、札幌の「予備校戦争」のおかげで、
乱発されていた授業免除制度を利用できました。
年間17万円で、授業、河合塾系の模試、自習室を使う権利を得ました。

よねの通った、札幌予備学院は、自習室の数が多く、
ほぼ無制限に利用できました。

よねが欲しかったのは「フリーハンド」。
学校に縛られることのない自由な学習時間です。

札幌予備学院の本科は、1限60分で、一日6~7限でしたが、
よねは、週に4限しか出席していません。
後は、自習室で、自分がこれと思った教材を自習しました。

6時半に家を出て、7時半から学習開始。
(電車の中で座れて学習するため朝を早くしました。)

昼食ですが、授業が終わって混む前の時間に
ゆうゆうと食べていました。
「日替わり定食」、限定〇食まで、というのも悠然と間に合います。

今日の定食は何かな、というのも楽しみでしたね。

よねの下校時間は、なんと3時30分。
夜は勉強せずに、親とナイターをみて、10時就寝。

ストレスのたまりようがありません。
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かといって、ダラダラ勉強したわけではありません。

今でも、あれだけ集中力をもって勉強したことはありません。
3時30分で帰ったのも、集中力の限界だったからです。
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授業だって、前から3列以内で受けていました。
英語の先生に、間抜けな予習の解答をみられて(マーク式)、
ポッカと頭を叩かれたことがあります。

その英語の先生に、よねはここに座ると覚えておいてもらっていたのですね。

よねの所属していたコースは、「東大京大・文理系コース」。
分けがわからないクラスです。
教室は、他コースが200人級にたいし、よねのコースは、たったの40名。
当時は一般的に、高いクラスに、よい教官がつくと思われていたので、
よねは、このコースを選んだのです。
(「医学部進学コース」が200名x2なのが皮肉な話です。)

いない生徒(代ゼミの特待とかけもち)がかなりいましたので、
よねは、「指定席」を確保しました。
高校の教室の席と同じような感じです。

よねの周りの3名と「予備校友達」になりました。
一緒に勉強するわけではないのですが、「友達」です。
教室のど真ん中、前2列が我々の居場所でした。

その1.N君。 よねの高校の同期生。札予備文系のTop3.
         4名の中で、N君とよねが「オピニオン・リーダー」でした。
         一橋文系に合格しました。
その2.A君。 よねの学区2番手校の出身。
         阪大・文系志望の彼は数学が苦手でした。
         4月にどの教材をやればいいか、聞かれた、よねは
         当時、集中していた教材を推薦しました。
         A君の「ど真ん中」を射たようですね。
         無事、阪大に合格した彼は、予備校からOBの公演を
         頼まれましたが、その参考書を力説していたようです。
その3.S君 岩見沢出身の努力家。
         現役時の一次は60%と悲惨でした。
         しかし、予備校の授業を信じた彼は、北大・文系に合格。

結局、4名全てが、受験に合格しました。

「正のエネルギー」をもつ集団は、「正の結果」をだします。

秋に、4名で「出題合戦」をしたのを思い出します。
地下の喫茶店で、ホットドッグを食べながら。
「ターゲット英単語1900」と「同英熟語1000」を教材としました。
1週当たり、単語200と熟語100を、お互いに出題して、答えられるか、
勝負したのです。
(金品などは賭けていません。答えられないと恥ずかしいというプライドです。)

いい仲間でした。
でも、なんで文系だけなのだろうか?よねの友達は。

コメント (2)
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