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枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

時間を翔ける・小潮・卯月

2023年06月10日 | Weblog

 この日に思うのが、ミヒャエル・エンデのモモ。長編であり、時間がかかるのは難点だが主人公の諦めぬ旅に拍手。普段には気にも留めない時であるのに、暇がないや退屈・持余すと云われては隠れたくなろう。一日が24時間と決まって?それは自覚にも因るわ。

 旧暦での暮らし・月や潮の満干潮を行うと、身体が自然体になれる。何時になればとか、曜日での決め事にはならないのも確かだ。晴耕雨読とは言い得て妙、有りの侭に為すがままの暮らしは不平等出てこない。不可思議には想えず、宇宙からの声が届く有難さ。

 自らの心を静めてならば、どんなことにも否はなく応じていける。自分から選ばなくとも、知らせて貰えるのは必ず意味を持つからだ。これでないとと決めつけるのではないから、素直に受けれる。昨日葉書が届き、閉店の通知であるのに連絡した処感謝された。

 応ずる・感知ともだが、未来の事象が視えるには佳いことばかりではない。況してや、どんなに用心しようと備えていても回避は不可能だ。起こることを、変えられぬのは歴史に反するからだ。あの時に、白蛇が現れたのも疑う余地はない。潮の満干潮で牽き合う。

 自らが臨まなくとも視える事象に、愕然とし戦慄する。力の制御が出来なくて、援けられなかった命の数々の何と多くだろう。身体が木端微塵に散ってゆく、余のことに声すら出ない。赦される日が訪れたなら、弥勒菩薩の軸に上がって逝くのだと修行中なのよ。

 庭の徘徊時に、枇杷の袋が膨らんで大きな破れになっている。中には5粒が熟れていたのを採り、仏前に供えた。先日のは長崎茂木、今日のは淡路田中だから一粒がでっかい。入梅前後とは良くしたものと、明日から収穫に入る心算と計画・予約の方々後少しね。

コメント (8)
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