北の旅人

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アメリカ大陸横断「青春日記」-1972・35日間・5000km⑦

2008-02-15 07:48:41 | Weblog
1972・8・23(水) 晴れ ワシントンD.C. 

午前9:00 、「パン・アメリカン・ワールド・ヘルス・ビルディング」へ。9:30~12:00まで、同講堂で国務省のステファン・ドーキンズ氏(札幌で副領事をしていたことがある)の「日米関係」アルバート・ヌーナン氏の「日米間の貿易事情」について講義を受ける。北海道新聞ワシントン特派員・I記者が取材。国務省のカフェテリアで昼食。1ドル25セント。

午後は、まずアーリントン墓地へ。ここには、ジョン・F・ケネディ元大統領やロバート・ケネディが眠り、70,000人の無名戦士の墓がある。24時間、これらの人たちの魂を守っている。80エーカー(4,000㎡)もある広大なところだ。

次いでワシントン郊外のアレキサンドリア市、マウント・バーノンにある初代大統領ジョージ・ワシントンの生家を見学。とにかくスケールが大きく、すぐ側には湖もあり、景観が抜群に良いのには驚かされる。酒を造るところ、馬屋、燻製をつくるところ、洗濯場など、一軒の家をつくってある。ダイニングルーム、ベッドルーム、リビングルームなど8部屋ある。庭園も見事だ。 

その後、リンカーン・メモリアルに立ち寄り、帰ってくる。ホテルのバーでビールを一杯。ミーティングあり。      

   
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ポトマック河畔の「桜並木」

私たちがアーリントン墓地に行った当時は、まだ靖国参拝問題は何ら表に出てきてはいなかった。この問題が取り上げられるようになったのは、1975年8月15日、三木総理が私人として参拝した時からだ。そして、1985年8月15日、中曽根総理が公式参拝に踏み切った時から、中国が猛反発をしたという経緯がある。(その年の11月以降、参拝を中止)

私が思うに、アーリントン墓地のように、知恵を出して靖国に代わる、誰でもが参拝できる施設をつくれないものか。日本人の問題について、中国や韓国の、靖国参拝即「戦争に走る軍事大国・日本」という決め付け方は誠に短絡的な対応としか思えない。

日本は戦後62年間、平和国家を守り通しているのだ。いつまでも、外交取引の材料にされてはたまらない。

ワシントンで、もう一つ思い出されるのは、ポトマック河畔の「桜並木」だ。ここの桜はそもそも1912年(明治45年)、アメリカのタフト大統領夫人の希望で、当時の東京市長・尾崎行雄が、友情を深める花として、ソメイヨシノを中心に3,020本をプレゼントしたのが始まりだという。

毎年、3月末から4月初めにかけて「桜まつり」が開かれる。パレードや、桜の女王が選ばれるというイベントが行われ、今や全米から観光客が訪れる一大名所となっている。

それにしても、桜はやっぱりいい。昨年の春は、京都・奈良・琵琶湖、東北の桜紀行に出かけたが、異常気象に惑わされ、琵琶湖と吉野山は早すぎた。

しかし、桜の名所100選の幾つかを堪能した。醍醐寺の枝垂桜(世界遺産)、奈良公園の枝垂桜(世界遺産)、会津鶴ヶ城(福島)、三春の滝桜(福島、天然記念物)、北上展勝地(岩手)、高松公園(盛岡)、弘前城(青森)など。桜は、とくに神社仏閣・お城によく映える。まさに、日本の美だ。