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「高知ファンクラブ」 の連載記事集1

「高知ファンクラブ」に投稿された、続きもの・連載記事を集めているブログです。

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・くちびるに歌を持て

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                        情報プラットフォーム、No.266、11月号、2009
{くちびるに歌を持て} 


 小学校3年生の時、子育ては母に任せきりで仕事一筋の父が「この本を読みなさい」と立派な装丁の短編集「心に太陽を持て--胸にひびく話」(山本有三編著、日本小国民文庫、新潮社、(1935))を渡してくれた。年齢の割りには難しかったが、それぞれの話が私に様々なインパクトを与えた。「くちびるに歌を持て」はその中の一つである。


 あらすじは「嵐の中で船が遭難し、漆黒の闇に投げ出され、絶望の思いで漂流物に掴まって波間に漂っている人々。その時、澄んだ美しい歌声が聞こえてくる。これに元気づけられ、歌の輪が拡がり、絶望が希望に変わっていく。

暗い海に染み通る歌声を頼りに救助船が近づいてくる」である。海難事故のニュースを聞く度に、船に乗る度に、それが自分の身に起こったらと悩むことになる。海難に対する恐怖心よりも、その時そこに置かれたとき、パニックに陥らないという確信が持てないことに不安を感じた。心配性の私には最近の2つの海難事故はそのような思いを強くさせた。


 2008年2月19日未明、訓練を終えて帰港する海上自衛隊の最新鋭のイージス艦「あたご」がマグロ漁船「清徳丸」に東京湾で衝突し、親子2人が行方不明となった。

2001年2月10日早朝、ハワイ州オアフ島沖で、宇和島水産高校の「えひめ丸」が不用意に浮上した米国の原子力潜水艦に衝突された。海に投げ出された乗組員35人の内、9人が行方不明となった。海に投げ出された人々のその時の様子はどうだったのだろうか。


 戦中の1945年、中1になって直ぐの5月末、父の転勤で福岡から札幌への大旅行は横浜で大空襲に遭遇した。灯火管制下の青森港を青函連絡船は静かに出港する。駆逐艦?が併走していた。撃沈されるかも知れない恐怖を感じながら、あの物語を思い出していた。


 戦後の1945年、中1の12月、父は東京へ転勤。アメリカ軍の管理の下、青函連絡船では、防疫のために髪の中から下着の中まで殺虫剤の粉が吹き込まれた。船は甲板まで詰め込まれた超過密の状態。

甲板から海上に張り出した板囲いの便所から遥か下に航跡が見えた。定員過剰による最悪の事態が起きても不思議がない状況である。当然、あの物語を思い出し、釣り下げられている救命ボートを横目で眺めていた。これらの体験から、連絡船やフェリーの海難事故を特に気にするようになっていた。


  1954年9月26日の深夜、洞爺丸は台風15号の荒れ狂う中で座礁・沈没した。死者1300名、生存者はわずか150名程であった。後で洞爺丸台風と名付けられたこの台風は、北海道岩内町の3300戸を焼き尽くす大火をも引き起こした。

水上勉の「飢餓海峡」は洞爺丸台風のもたらした2つの災害を関連させた推理小説である。翌年の1955年には、宇高連絡船紫雲丸の海難事故が起きている。死者は168名である。このとき高知の南海中学の生徒が犠牲になっている。

就航以来の9年間で5件の事故を起こし、「死運丸」と呼ばれもした。子供心に漠然と、事故に遭遇したとき、自分は「くちびるに歌を持てるだろうか?」と心配し、「そのような場で歌えたらいいな」、「その時に歌えるように冷静でありたい」と願うように変わっていった。蛇足ながら、青函トンネルと瀬戸大橋ルートが完成した1988年は「日本列島」が一本のレールで結ばれる「一本列島」になった年である。


 小3の子供にはかなり難解な本を買い与えた意図を、父には遂に聞かずじまいだったが。新潮文庫になっているこの短編集は、今読んでも胸にひびく逸話の集まりである。 

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・花伝説・宙へ!

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                     情報プラットフォーム、No.265、10月号、2009
{花伝説・宙へ!}

 仁淀川町吾川ひょうたん桜      

仁淀川町のひょうたん桜。さすが樹齢500年の風格。なるほど「つぼみはひょうたんにそっくり」

 

仁淀川町市川家しだれ桜  仁淀川町中越家しだれ桜   

 

市川家しだれ桜。満開でした。秋葉祭り中越家しだれ桜。岩屋川を挟んで対岸から眺めると滝(瀑布)のようにも、花火のようにも見えました。

 

出典:高知県仁淀・吾川の枝垂れ桜とひょうたん桜巡り

 


  高知新聞2009/9/8(火)の夕刊に掲載された(こうち・拳銃)さん作の「出放題」は秀逸である。「花伝説・宙(そら)へ!」の企画に相応しいユーモアに満ちている。


  --宇宙桜の種帰還--  早く花見がしたいもんだ! --(土佐)宇宙酒--   
この前日の7日に、宇宙を旅した桜の種の返還式が、午前中は佐川町尾川小学校で、午後には仁淀川町大崎小学校で行われた。素晴らしいタイミングでの「出放題」である。


  昨年5月28日に地域の小学校の児童たちが種拾いをした。高知からの2種類を含む北海道から沖縄までの13ヵ所、14種類の桜の種、そして子供たちの顔写真とサインを、スペースシャトルで国際宇宙ステーションに旅立たせたのは、昨年の11月15日である。連れ帰る役の若田光一さん搭乗のスペースシャトルの打ち上げが遅れ、帰還する日も7月31日になった。その分だけ種たちの宇宙滞在の期間は8ヶ月半と予定より長くなった。


  仁淀川町と佐川町に共通する第一のキーワードはもちろん「桜」。仁淀川町桜地区の「ひょうたん桜」は樹齢500年の高知で最大の巨木である。牧野富太郎が佐川町尾川で発見した「稚木の桜(ワカキノサクラ)」は、実生から発芽して翌年には花を付ける。宇宙桜14種の中で最初に咲く桜である。仁淀川町には市川家しだれ桜と中越家しだれ桜もある。秋葉祭りの行列が練り歩く道でもある。佐川町の桜の名所は青源寺近くの牧野公園である。


  第二のキーワードは「牧野富太郎」である。佐川の造り酒屋に生まれた博士は、桜に恋をしたらしく、日記の中で桜に関する記述が100を超えている。佐川町の「ワカキノサクラ」は博士が命名した1つである。そして、生涯に命名した植物は約2,500種。仁淀川町中津明神山の「ヤマトグサ」、同じく鳥形山の「トリガタハンショウズル」、そして両町の間に位置する越知町では横倉山の「ヨコクラノキ」を地域の代表として指名しておく。


 第三のキーワードは「仁淀川」である。石鎚山を源流とする本流は、V字谷を刻みながら仁淀川になる。仁淀川町、越知町、佐川町をまとめて「高吾北地域」と呼んでいる。牧野博士の植物研究のフィールドである。日本で最も古い地質の横倉山、石灰岩の鳥形山など地質学的な特異性が、特徴的な植生を生み、それが希有な植物学者を育んだのである。


  他に先駆けて咲く佐川の宇宙桜。その花見酒には仁淀川水系の伏流水仕込みの「司牡丹」の宇宙酒が相応しい。それ以降の花見は18種類の土佐宇宙酒から好きなのを選べばよい。


  このプロジェクトには「天女の羽衣も、かぐや姫も、誰かが書いて、今に伝わっています。本当のお話から楽しい空想が広がり、長い時の中で伝説になりました。・・・そんな未来を想像して、宇宙旅行した花の物語・伝説を作って下さい。そしてちょっぴり、宇宙の勉強もね。」とある。


 高吾北地域には伝説・伝承が多い。横倉山の安徳天皇潜幸伝説だけではなく、平家落人伝説はこの地域一帯にあり、武田勝頼落人伝説までもある。池川神楽、安居神楽など地域に残る伝統的な行事も多い。夢を育む楽しい伝説を宇宙桜を契機に作り出そう。地域の再生・活性化につながり、集落の「限界」の歯止めの一助になれば面白い。


 北は北海道旭川市の「チシマザクラ」から、南は沖縄県名護市の「緋寒桜」までの14種類の苗木を相互に交換し、日本各地に宇宙桜公園を作りたい。そして子供たちの情報交流の輪が広がり、日本中に羽ばたく壮大な伝説が作り出せたらと思う。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・あの阿修羅に会いたい

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.267, 9(2009)掲載予定
{あの阿修羅に会いたい}

asyurazou1.jpg                                          興福寺阿修羅像


 奈良の仏さま達に会うため、40数年前に単車での一人旅をした。阿修羅(あしゅら)を含む八部衆の漢字の字面と音の響きに不思議な雰囲気と魅力を感じたものである。三面六臂(三つの顔と六本の手)の阿修羅は勿論のこと、若々しく象の冠を被っている五部浄(ごぶじょう)、龍を食べる鳥の頭に甲冑を纏った迦楼羅(かるら)が印象的であった。


 阿修羅のことをあれやこれやと思い出させてくれたのは、東京国立博物館で「興福寺創建1300年『国宝 阿修羅展』」が開催され、2月間の入場者が80万人を超えたとのニュースである。7月からは九州国立博物館(太宰府)に移しての開催である。


  阿修羅の生い立ちは複雑で、様々な神話の中で異なった役割を持たされている。古くはメソポタミア文明のシュメールやアッシリアで太陽神アッシュルとして祀られ、ペルシアではゾロアスター教の最高神アフラ・マズダになり、インドのヒンズー教では正義の神のアスラが力の神のインドラ(帝釈天)との壮絶な戦いに敗れ、天界を追われ、魔神・邪神アスラの烙印を押されてしまう。

仏教には、阿修羅は釈迦に帰依した仏法の守護者として取り込まれた。蛇足であるが、壮絶な戦いの場面を「修羅場」と呼び、また、大きな石(大石、たいしゃく、帝釈)を動かす道具を修羅と名付けているのはこのためである。


  その「阿修羅像」の高さ12cmのミニチュアモデルが、公式フィギュアとして2,980円で(株)海洋堂から売り出されている。「九州国立博物館にご来場のお一人様・一個限り、14,000個の数量限定販売」との案内である。正面、右と左、三面の表情は少しづつ違っている。眉のひそめ方、唇の噛みしめ方、そして哀愁を含む目線の先などを手近で見比べたいと思った。手に入れたいが、ネット・オークションで幾らの値が付くのだろうか。


 「阿修羅のごとく」は向田邦子の作品である。1979のNHKのTVドラマで知った。トルコ軍楽隊風の行進曲が流れ、奇妙な装束の一団が畦道を行進して居るのを奇異に感じたことを記憶している。物語は、70歳を迎える父に愛人と子供がいることが分かり、急遽集まった四人の姉妹が母親に悟られないようにと対応に苦慮することから始まる。

それぞれが悩みを抱え、猜疑心や嫉妬を隠しながら、穏やかな表情の裏で、いがみ合う四姉妹を通して、人間の葛藤する様を描いたものと思われる。「女は阿修羅だよな」としみじみと呟く場面があったが、その視点は男のもの、本当の阿修羅は男の中にあると思えた。


 「阿修羅展」のヒットを受けて、書店では仏像に関する本が平積みになっている。眺めている内に、鶴岡真弓著の「阿修羅のジュエリー」(理論社、2009,3)を手に取っていた。「阿修羅は、きらきらの『ジュエリー』を胸に輝かせています。『いのち』と『いのり』の装飾を身にまとっています。(中略) 

それは、シルクロードを越えて、アジアとヨーロッパを行き交った『光のデザイン』。」と前書きし、「『東と西』は分かれているのではなく、昔から『大いなる交流』があったということを実感できます。」と終わりに述べている。著者は、極西の国アイルランドでケルト文化を吸収した極東の国の日本人、しかも女性である。だから、時空間を「ジュエリー」で辿る視点、切り口が可能だったと思える。


  阿修羅に会いたい。憤怒の形相の三十三間堂や法隆寺五重塔や敦煌・莫高窟の阿修羅ではない。興福寺のあの阿修羅に会いたい。あの可憐なお顔立ちの内面を探りたい。「国宝阿修羅展」が高知に来ないだろうか。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・枝垂れ桜、枝垂れ桃、枝垂れ柳

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.263, 8(2009)掲載予定
{枝垂れ桜、枝垂れ桃、枝垂れ柳}

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              出典:「高知ファンクラブ」 国分寺のしだれ桜

            sidarezakura1.jpg

            出典:まほろば姫 


 国分寺のしだれ桜は今年も見事だった。枝先が軽く地に触れるように竹の支柱で保護してあり、それが優雅さを増している。挿し木からの枝垂れ花桃が我が家の裏斜面に植わっているが、少し高く仕立てたいと添え木をしている。ところで、「ヤナギは枝垂れ」と思い込んでいたが、旧物部村の神池の大ヤナギはそうではなかった。「枝垂れ」についてさまざまな疑問が出てきた。本文は文献やパソコン検索での調査結果の中間報告である。


 疑問1)日当たりを求めて、上へ上へと伸びることが絶対の植物(*1)が
     枝垂れるのは何故だろう。


  調査結果:海から陸に上がった植物は「木」として進化する一方で、戦略を変えて別な環境に適応して「草」になった。幹(茎)の構造は、頑丈に作るか、迅速に作るかの折合いで決まる。茎は、根からの水の運搬と体の支持の役割を持つ道管(または仮道管)、そして光合成した糖類を配送する師管からなる維管束が主役である。細胞が連なった道管は細胞壁を木質化し強いパイプになる。木質化とはセルローズなどがリグニンで固められたもので、炭素繊維強化プラスチックの釣り竿に例えられる。「草」はリグニンの補強が少ない。


 枝(片持ち梁)は自重を支えるために、成長しながら枝の付け根で、下支え型(圧縮アテ材)または吊り下げ型(引張りアテ材)の部材補強と、リグニンまたはセルローズの成分補強が行われる。このため、斜面に立つ木も同じであるが、横枝の年輪は上または下に偏心する。それぞれが針葉樹または広葉樹に特有とされている。

しかし疑問が残る。材の利用からではなく、樹木の生存戦略からの検討が必要と思われる。なお、枝垂れ枝は、成長に対して補強が間に合わない結果であり、年輪は同心円と推定される(*2)。

枝垂れる形質は劣性の遺伝で、種子から同じものが出るとは限らない。枝垂れ性の強いものほど脆弱であり、自然界では殆ど成木になることは難しい。人間の趣味・趣向で保存され、挿し木・接ぎ木として増やす。美しい曲線を保つには上向きの芽を残してすぐ先を剪定すると良い。


 疑問2)樹種に関係なく、
     樹木はすべて枝垂れる可能性があるのだろうか。


  調査結果:落葉広葉樹では、桜、梅、桃、ヤナギを始めとして、栗、桂、桑、カラタチ、エンジュ、白樺、ブナ、ニレ、サンザシ、カエデ、サルスベリ、ハナズオウ、ムクゲ、エゴなどがあり、そして常緑広葉樹では、ツバキ、サザンカなどがある。裸子植物(針葉樹)では、松、トウヒ、ツガ、カラマツ、コウヤマキ、シーダーなどがあり、そして裸子植物(イチョウ目)に枝垂れイチョウがある。以上、すべての樹木は枝垂れの可能性を持つと言えそうである。しかし、園芸種が目立つことから、人の関与が大であると想像できる。


 ここで、特徴的な枝垂れを選ぶ。長野県辰野町の枝垂れ栗は、自生する天然林を作る極めて珍しい例である。静岡県浜松市引佐町の源平枝垂れ桃は、八重咲き(*3)でもある。また、それぞれの地域の子供達が拾ってくれた桜の種子が宇宙旅行をしている。高知県からのひょうたん桜と稚木の桜の2種を含む全国14種類の桜の中で、枝垂れ桜は、福島県三春町滝桜、秋田県仙北市角館枝垂れ桜、それに京都市祇園枝垂れ桜と3種を数える。


  *1){切り詰めて生きる}、本誌、No.201、6(2004);*2){年輪を刻む)、本誌、No.240、9(2007);*3){八重咲き}、本誌、No.251、8(2008)を参照のこと。


 疑問3)蔓性(よじ登り)や匍匐性(這い回り)と枝垂れ性とは関連があるのか。

 調査報告:「木」や「草」から同一の戦略で別々に進化したのが蔓植物たちである。その戦略とは短時間で長い蔓を作ることにある。必然的に輸送距離は長くなるので、道管は太くなっている。「木」の代表はフジ、「草」の代表はアサガオである。

なお、よじ登りと這い回りの区別は特にないようである。枝垂れ性と蔓性は重力感受性の点で異なっている。枝垂れアサガオがあるが、これは重力を感じることができない突然変異体である。


 ここで、特記すべき枝垂れの名木を選ぼう。長野県辰野町の枝垂れ栗は自生する天然林を作る極めて珍しい例である。静岡県浜松市引佐町の源平枝垂れ桃は八重咲きでもある。

福島県三春町滝桜、秋田県仙北市角館枝垂れ桜、京都市祇園枝垂れ桜の種子が宇宙桜として、若田宇宙飛行士とともに無重力空間で地球を周回し、帰還した。

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・歴史民俗博物館のような我が家

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.262, 7(2009)掲載
{歴史民俗博物館のような我が家}

唐箕01   唐箕02

 

出典: 唐箕(とうみ)

 

玄米と籾殻の重さの違いを利用して風で分離するのです」となる。ある会社の資材置き場にその唐箕は転がっていた。焼却炉に入る寸前で救い出した。防腐剤を塗ったその唐箕は道からよく見える場所に、庭の点景として置いてある。


 庭仕事をしていると、見知らぬ人が車を止める。「こんな使いみちがあるち。大豊の実家にあるき、ついでの時にもってきちゃお」と言って下さる。唐箕は自己増殖をするらしく、このようにして4台に増えた。手押し式回転除草機、こまざらえ(鉄製の熊手、またはレーキ)、背負子、竿秤が3本、挽き石臼が1個、搗き石臼と杵が2組、大鋸(オオガ)などが庭のあちこちにアクセントを付けている。

今、探しているのはは千刃こきである。魚を活かしておくための大きな「いけす籠」が斜面登り口に吊してあり、定置網の設置に使うガラス製の浮き球(びん玉)は大小合わせて10個以上にもなっている。


  家屋解体の前に「欲しい物があったらもっていきや」とのことで出向いた。池に沈めてある水苔で覆われた太い土管を頂いた。水苔を掻き落とせば、焼きむらが見事な土管が現れる。建材業の知合いは「土管が工事用資材やのうて、芸術品になっちゅうやいか」と言ってくれる。使い方は様々で、工夫次第である。


 以前から、家内は古いミシンの鋳鉄製の脚にガラス板を載せて、生け花の台として使っていた。国産ミシンのその脚はデザイン性に欠けるので気になっていた。私の記憶に鮮明に残っているのは、シンガーミシンであり、それは母の嫁入り道具であった。生け花台としての優雅な使い道には唐草模様の足、網目模様の踏み板でなければ風情がない。念のために、掘詰電停近くのミシン店に保存展示してあるシンガーミシンを二人で見に行った。


  吉良川町の家並みから外れた畑に、農機具の置き台となっているその脚を見付けた。近くに居たお年寄りに土地の所有者を尋ねる。地主さんから借りているおばあちゃんを捜し当てた。彼女は「あての嫁入り道具やったし、・・・。大事にしてくれるやったら」との答えである。網目ペダルもクランク回転のガードも欠落している。日本製ミシンの部品を流用し、ミズスマシのような商標のある網目模様のシンガーの脚が見事に復元した。 


 居間には大川村木星会製作の杉材の長尺のサイドボードがある。棚の下は2つの大きな土鍋や皿鉢の皿の飾棚でもあり、収納場所でもある。上面には東急ハンズ大賞受賞者作の様々な樹種で作った小鳥たちが群がっている。

重量感のあるケヤキの食卓テーブルは真ん中にショウケースを持っている。そのガラス天板の下の飾付けは季節毎に変わる。例えば秋には、須崎市安和の竹虎製の虫たちが並んでいる。

香北町のyujin工房製作の重みのある鍛鉄製の燭台はサイドボードの趣をクリスマスに換えてくれる。ガラスの笠が3つの天井吊り照明、振り子のチクタク時計、受話器フックがある壁掛け電話機などが目に付く。ランタン型をした日本船橙製の石油ストーブは、明るく照らして暖かさを増している。


  チャンスがあれば、「何か懐かしいものはありませんか」と尋ねている。今一番欲しいのは、「となりのトトロ」でサツキが、呼び水で水汲みしているあの手押しポンプである。

 

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 山田の我が家へお出で下さった方の最初のコメントは「珍しいものがありますね」「これは懐かしい」「これは何ですか」などである。私たちの答は、例えば「これは唐箕(とうみ)です。手動風力選別機です。

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・あこがれの公団住宅の昔と今

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」             情報プラットフォーム、No.261, 6(2009)掲載
{あこがれの公団住宅の昔と今}

 出典:「田園都市」を代表する優雅な街『たまプラーザ』 

たまプラーザ団地   

たまプラーザ団地内の広い歩行者専用道路。車道とクロスする際は陸橋になる

美しが丘公園

右手は駅からの商店街で、通り沿いには店舗が。しかし、右手美しが丘公園以遠は店舗は少なくなる。


 深刻な住宅難の首都圏で、駅前に出来る日本住宅公団の高層賃貸住宅は皆の憧れであった。落選20回以上で、人気の薄い郊外の賃貸住宅の入居資格が得られる。昭和39年(1964)に子供が2人になろうとするとき、6畳一間から、千葉県の常磐平団地、2DKに転居をした。しかし、大岡山まで、東京を横断する2時間の通勤は我慢の限界を超えようとしていた。東急電鉄が横浜市北部の多摩丘陵に新線建設と宅地造成を始めたのはその頃である。 

東急田園都市線が開通したのは昭和41年(1966)であり、たまプラーザの公団分譲住宅、47棟1200戸の建設が進んでいた。通勤時間は僅か30分である。賃貸住宅の入居者は、分譲住宅の当選率が10倍高くなる制度を利用して、憧れの3LDKを購入した。昭和43年(1968年)のことである。

ここで2人の子供達は、幼稚園から美しが丘小学校、そして美しが丘中学校へと進んだ。なお、69年には安田講堂事件、東大入試の中止、アポロ11号の月着陸があり、70年には大阪万博が開かれた。日本は高度経済成長を加速し、社会的矛盾も拡大していった時代である。


  私が高知に移り住んだ後、そこは娘と孫の住まいになった。若い家族の入居による世代交代もあるが、団地の居住者の老齢化は進み、一人暮らしも増えた。団地の管理組合の役員の引き受け手が減り、娘が幹事役を引き受けることが多くなってきたのである。2008年は入居から40年であり、広報誌の記念号が企画された。娘はここで成長してきた長男の樹ちゃんに協力してもらうことにした。


       ***たまプラーザ団地40周年記念投稿文***


   ぼくは、たまプラーザ団地が好きです。木がたくさんあって、木登りもできるし、
 ヤマモモ、ビワ、柿、夏ミカン、いろいろな物が食べられるところが好きです。だけ
 ど、夏の終わりにはセミの死骸がぼたぼた落ちていること、秋になると毛虫のふんで
 まっ赤になっていしまうところが少し嫌いです。
  ぼくのお母さんが子供のころ、この団地は、今のように木がうっそうとしげった森
 のようではなく、木がみ~んな小さくて、ただ建物だけがぼつりぼつりと建っていた
 そうです。ぼくは昔の団地にタイムスリップして今と見比べたいです。
  今、ぼくはベーゴマにハマっています。やっとうまく回せるようになりました。少
 しずつ仲間がふえてきましたが、もっといろいろな人と戦ってみたいです。ベーゴマ
 を土日の午後1時からドーナツ公園でやっています。いない時もあります。昔のベー
 ゴマ名人も、よかったら来てください。


   ***(大石 樹、美しが丘小学校6年生、現:美しが丘中学校1年生)***


 たまプラーザ団地は斬新なアイデアで設計されている。歩行者と自動車のアクセスが完全に分離されている。例えば、たまプラーザ駅までは歩行者専用通路で行くことが出来る。このためか、ウルトラセブンなどのロケが何度も行われた。今では巨木となったケヤキの根が遊具を持ち上げ、下水管に根を入れたサクラは見事な花を付け、夾竹桃の並木は歩道を覆っている。すべて設計の時には想定し得なかったことかも知れない。
  樹ちゃんは、ベーゴマを使って、世代を超えた賑やかな公園にしたいと願っている。近くの駄菓子屋コーナーのあるコンビニ、そしてそのご主人が強い味方である。

 

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鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・森林県高知からのメッセージ

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.260, 5(2009)掲載
{森林県高知からのメッセージ}


  高知県産業振興センターで活躍された松崎武彦さんが、昨年12月20日に急逝された。3月28日には「偲ぶ会」が開かれ、黙祷を捧げた後、同日発行の「バイオマス通信~森林県高知からのメッセージ~」((株)南の風社)が披露され、皆で思い出を語った。


 [松崎さんの専門は触媒化学]   着任の挨拶で「不安一杯で高知にきました。通産省傘下の研究所で37年間を、触媒化学という狭い分野の基礎研究で過ごしました。高知に来ることは新しい経験への挑戦でした。」と述べている。

触媒化学を、分担執筆されたエコマテリアル事典((株)サイエンスフォーラム,1996,12,)の「合成ガスを経由する油化」を例として説明しよう。合成ガスとは、炭素で構成される化石燃料、有機物、化学合成品のような複雑な化合物を一酸化炭素(CO)と水素(H2)の混合ガスにしたものであり、H、O、Cの元素パーツに解体したと考えればよい。

そのパーツを、鉄やコバルトの触媒の存在下でフィッシャー・トロプシュ反応を制御し、必要とする合成油、合成燃料、化学合成品に作り直すのが油化である。触媒は、化学反応の仲立ちとして、反応速度を高める物質であり、それ自体は反応の前後で全く変化しないものである。


 松崎さんは「木質ペレットを見たとき、高知県を活性化するのはこれだと感じました。」と述べている。広い視野を持ち、エネルギー・環境問題に直に関わっていたからこその直感であり、高知県に来て森林バイオマスをテーマとすることは必然だったように思える。


  [松崎さんは研究開発コーディネーター]   コーディネーターとは「いろいろな要素を統合・調整して、一つにまとめ上げる役」と辞書に出ており、産学官連携、異業種交流、シーズ発掘・育成、市場開拓・販路拡大などが頭に浮かぶ。技術面に軸足を置いて、要素間を取り持つ仲人のように走り回り、触媒のように活躍していた。しかし、それ自身は変化しない触媒の筈だったのに。森林バイオマスの研究会を立ち上げようとした矢先だった。


 [好奇心一杯の松崎さん]   質問時間に必ず手を挙げるのは松崎さんである。講演の後も講師を独り占めにしている。側で聞いていて、根掘り葉掘りそこまで聞かなくてもと思う。傍若無人なのか、天真爛漫なのか。でも、知ったかぶりを絶対しない、好奇心一杯、探求心旺盛な松崎さんである。素直に質問できるのが羨ましいと思った。


 [フィンランドに1年半]    松崎さんはフィンランド国立工業技術研究所で研究活動を行っている。でも、「フィンランドでは・・・・・」と積極的に語る松崎さんを知らない。森と湖の国、ムーミンの国のことを根掘り歯掘り聞いておけば良かったと悔やまれる。


 フィンランドを調べてみた。森林資源の適正な管理による持続性のある森林産業の上に、エレクトロニクス産業の柱を確立した産業構造、そして好奇心を育てる教育を進め、自立を促す福祉対策を強めての豊かな国づくりの政策がある程度は理解できた。


 [松崎さんが指し示す高知県のこれから]   過疎化の進む、そして森林率84%の高知県のあるべき姿を考えるとき、フィンランドが目標になるよう思われる。

「バイオマス通信」からは、コーディネーター役を触媒化学の手法で重ね合わせ、高知県とフィンランドの自然の豊かさを念頭に置き、森林バイオマスから発展する産業振興をイメージしていたことが読み取れる。さらに、地域の文化・伝統を大切にして、土佐の誇りを盛り立てる方策を示している。松崎さんの辿った高知への道は予定調和そのもののようである。

 

ご感想、ご意見、耳寄りな情報をお聞かせ下さい。

鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・背は四国三郎の水の流れ

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.259,  4(2009)
{背は四国三郎の水の流れ}

 

       出典:ほっと平山ホームページより

 


 南面する斜面を背に、道路から一段上がった日溜まりのような場所に築5年のその家があった。道を隔てて南に拡がる水田の向こうに、谷秦山公園の小高い丘があり、その縁を土生(はぶ)川が流れている。その圃場整備されている水田は、日当たりの良さを将来に亘って保証している。

一方で、背後の北側に迫る杉林の斜面が気になる。2階程の高さにある通路に上がってみると、約2m幅の水路があり、覆蓋の上を車が通れるようになっている。深さは1mほどで、その流量はかなりのものである。聞けば、甫喜ヶ峰疎水と呼ばれる吉野川水系(穴内川)からの分水の一部とのことである。四国三郎の用水が崖崩れの防御になると判断した。植の字名も、3桁の地番の数字も気に入り、衝動買いのように決めた。


 豪雨の時、「土佐山田町の繁藤では・・」と放送される。渇水の時、「高知県の早明浦ダムでは・・」と報道される。その都度、東京の友人・知人からは「凄い雨だそうですね」とか、「渇水で大変でしょう」と電話が掛かる。「土佐山田は広く、繁藤駅は昔は天(あま=雨)坪駅でした。豪雨による『繁藤災害』も起きてます」とか、「早明浦ダムの水利権は高知県にはないのです(*1)。給水制限はまだ行われていません」と答えることになる。 

 
  「校注 甫喜峯疎水誌」によれば、元禄の頃から干害が起これば水争いが絶えなかったとある(*2)。明治に入っても、国分川下流の久次・植田両地区と、上流域の須江・上改田さらに植・新改地区との水争いが激しくなり、御免、山田の両警察署が出動したり、長岡郡役所が仲裁に当たったとある。明治33年の隧道の開通で、干害も、水争いも無くなった。後にこの穴内川分水を利用して平山発電所と新改発電所ができたのである(*3)。


 発電を終えた水の一部は、支流の谷を水道橋(上越し)で渡り、等高線沿いに走り、県道と土生川の下を逆サイフォン(伏越し)で潜り、八王子宮の山裾を経て山田の町中に達している。明治42年に開通の鏡野川用水(山田用水)こそ、我が家の北側を通る水路である。


 東京の友人M君が高知に立ち寄ったのは、平成6年以来の大渇水と言われた平成17年の8月末のことである。彼の希望する案内先は、桂浜や五台山ではなく、新聞に「高知の早明浦ダム、貯水率0%」と説明のある写真の場所、湖底から現れた旧大川村役場であった。始めて見たその光景に驚き、役場の建物を綺麗な水で洗いたいとの衝動に駆られた。


  山山々、森森々と重なる山並みの中から甫喜ヶ峰を見付けることが容易になった。平成16年、尾根に2本の風車が完成したからである。北風を受けるときは反時計回りに、南風では時計回りに回転している。

水力発電100年記念を契機に、潅漑など農業・林業の歴史、水利権や耕作権、バイオマスとしての森林資源、自然エネルギーの種類やその仕組み、水力と風力の比較、環境と暮らしを守る智恵など多様な視点での啓蒙が可能である。この地域は子供達に自然エネルギーや炭素循環に関心を持たせる最適なフィールドである。


 *1) 吉野川水系の水は、支流からの穴内川分水と平山分水、早明浦ダムの上流域からの   仁淀川分水と高知分水(鏡川への分水)の4ルートで高知の平野部に導かれている。
 *2)「校注 甫喜峯疎水誌」多田政治編著、高知新聞企業出版部(1990,9)
 *3)平山分水、それに現・新改発電所と新平山発電所は昭和39年に完成している。

 

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  高知県で初の水力発電所として、明治42年(1909年)に平山発電所が稼働した。丁度100年目を迎えた今年、送電を始めた2月11日に記念シンポジウムが行われた。

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・モーニングって何です

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」             情報プラットフォーム、No.258,  3(2009)掲載予定
{モーニングって何です}

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  10数年前に初めて高知に来たとき、不思議に思ったことがある。あちこちの喫茶店やレストランの入り口に掲げてある『モーニング、○○○円』の表示である。高知の方に「あれは何ですか」と尋ねると「モーニング・セットのことです。高知では朝食を喫茶店で摂る人が多いのです。喫茶店の数は人口1000人あたり2店舗弱で全国一です」との答だった。共働きが多く、勤務先の近くでの朝食が多いとも聞いた。「余談になりますが、美容院も、パチンコ屋も高知は多いんですよ」と付け加えてくれた。


  高知の喫茶店はこの10年間で激減していることは間違いない。そして皆無に近かったコンビニはその数を補うように増え続けている。外食から中食へと移っていることになる。


 最近、高知県の小学生・中学生の学力・体力とも47都道府県の中で最下位レベルにあると報道された。また、「少年非行は極めて憂慮すべき状況にある」と県公安委員会の議事録は記している。非行率(1000人に占める刑法犯少年の割合)が他県に較べて高いのである。少年非行問題に関する幾つかの報告書には「朝食を食べない子に非行が多い」、「米飯給食で非行がゼロになり、学力も向上した」、「コンビニの増加率と少年非行の増加率は連動している」の様な一見尤もらしい統計調査報告の記述が見られる。そして、「だから、学校で朝の給食を出すべきである」、「だから、パンと牛乳・卵の洋食より、ご飯と味噌汁の和食の方が健全なのだ」、「だから、コンビニやスーパーの中食を食べさせてはいけない」と見当違いな方向に結論を持って行くケースが多い。


  極めて簡単なことは「朝飯前」でも出来る。しかし、「腹が減っては戦はできない」のである。筋力や頭脳を使うには腹ごしらえが必要となる。ブトウ糖が不足する低血糖値では、無気力になり、不安感がつのり、集中力が欠如するのは当然である。だからと言って、本県の低学力・体力、そして非行までも、朝食を食べないことが原因であるとの結論にはならない。これらは全て因果関係ではなく、単に相関関係が認められるに過ぎないのである。直接の原因、唯一の原因ではないのである。ことはそれほど単純ではない。なお、お昼の米飯給食は地産地消としての食育に位置づけるならば、大きな意味がある。その土地の特産物を子供達が育み、食材とするのであれば、それは望ましい姿である。


 今の効率・利潤至上主義の社会で歪みが生まれ、それらの悪循環の中で「朝食を摂らない」が象徴的になっているに過ぎない。高知県だけではなく、日本全体の問題である。規則正しい生活習慣、家族の団らん、地域の見守りが子供達を健全に育てていくのである。


 「頂きます」「ご馳走さま」、そして「おはよう」「おやすみなさい」の挨拶、「有り難う」の感謝の言葉が聞こえなくなっている。また、言葉だけではなく、アイコンタクト、身振りや手振り、スキンシップなどで培われる共感の記憶は社会性の形成に大切なのだが。ドラえもんの主題歌、夏川りみの「ハグしちゃお」の歌をもっと広めようではないか。


  大都会と異なり、高知市内では古き良き時代の地域社会がまだ崩壊せずに温存されているように思える。これを大切にしよう。昔を思いだそう。今すぐに始めることは、行政頼みや学校任せではなく、隣近所の方々とのお付き合いの復活である。「こんにちわ」「お元気ですか」「さようなら」の挨拶である。「モーニング・セットをグッド・モーニングに」をモットーにしよう。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・巨樹・古木と古仏・名刹

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」               情報プラットフォーム、No.257,  2(2009)掲載
{巨樹・古木と古仏・名刹}

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鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154 sugi1.jpg

鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 目次 


 高知県緑サポーター会や緑と水の会にメンバー登録している。各種のイベントの中で最も興味を引かれ、数多く参加してきたのは「巨樹・古木に会いに行く旅」である。「土佐の名木・古木」(高知県森林局、2001,3)には600樹の写真とデータが記録されている。見てきたものに○印を付けているが進捗度は微々たるものである。


 このデータ集によれば、一番多い樹種のスギが156樹、次いでクスノキ60樹、イチョウ41樹、ムク38樹、ヒノキ33樹、エノキ23樹と続く。樹齢の最高は、およそ2000年で、須崎市大谷のクスノキ、大豊町杉の大杉である。樹高は、杉の大杉と十和村地吉の夫婦杉がともに60m、次いで十和村地吉のクスノキ50m、越知町横畠のイチイガシ48m、大豊町新田神社のイチョウ45mが続く。

胸高直径は、大川村小北川のカツラ13.9m、杉の大杉13m、安田町唐浜のクスノキ11.3m、仁淀川町長者のイチョウ10.8mである。改めて「杉の大杉」のすごさが理解できる。巨木を見守っている集落の長老は「この木の樹齢は309年です」と言う。端数の9年の理由を問えば、偉い先生が300年と言ってから9年経っているとの答に感心したものである。樹齢は古文書や言伝えに頼ることが多い。


  ところで、昨年末に地方仏研究会主催の見学会「”冬の嶺北”をたずねて」に参加して、土佐町田井中島観音堂、大豊町栗生定福寺、大豊町寺内豊楽寺(ぶらくじ)を訪ねてきた。事前に書棚にある2冊の本、「れいほくネイチャーハント ガイドブック”巨木を見に行こう”」(嶺北巨木伝説実行委員会、2002,3)、および「高知県文化財ハンドブック」((財)高知県文化財団、1998,7)を取り出した。「巨木」の本には、観音堂の金木犀、定福寺の紅葉と乳銀杏、豊楽寺の多羅葉と杉が紹介されている。ityou1.jpg

「文化財」の本には、観音堂の立像(木彫)、香美市美術館で対面した定福寺の微笑みの六体の地蔵菩薩立像(木彫)他、豊楽寺の薬師堂(国宝)とその仏像達(木彫)が紹介されている。巨樹・古木と古仏・名刹の一致に吃驚した。全国統計によれば、巨樹・古木の57%が社寺に属している。3つの古刹の名木は当然のことかも知れない。だからこそ長い年月を守られてきたとも言える。


 「文化財」の仏像は全部で100体、その中で98体が木彫(一本造りと寄木造りは半々)、その中でヒノキが76体、次いでクスノキ9体、スギ8体と続いている。この数字は森林県の高知だから当然と思いがちである。平安京に遷都した頃から、貞観時代に入ると木造仏が多くなっている。日本全体が木の文化圏だったのである。

高知としては、地産地消の土佐材が使われていると信じたい。また、ヒノキやクスノキが多いのはその香りと耐腐食性による。木造仏は檀像(香木の仏像)の流れの延長上にいるとも考えられる。木造仏に対
面するとき、仏師は掘り込む前から、木に宿る仏様のお姿が見えていたように思えて来る。


鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・庭、夏から秋へ

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                   情報プラットフォーム、No.256、1(2009)
{庭、夏から秋へ}


 橙色のノウゼンカズラ(中国原産)に隣接して、橙紅色のノウゼンカズラ(アメリカ原産)を後から植えた。次の花が咲く長持ちのオベリスクをイメージしていた。しかし、橙色に較べて、橙紅色が支配的になり、幹の太さにも差が付いている。道路向かいのお家の橙色ノウゼンカズラ(凌霄花)が先に咲き、それから我が家の橙紅色が後を追うように咲き出している。中段に植えたノウゼンカズラはアーチ状に茂り、ピンクの小振りの花を付け、夏を過ぎてもまだ咲き続けている。


      凌霄の 花昏れがたく あでやかに   高橋淡路女*1
  見上げる斜面上に並んでいるのは大きな酔芙蓉と野ボタンである。朝は白く咲き、夕方にはピンクに酔い染まる酔芙蓉は好きな花である。しかし、毛虫の大好物でもある。
 白い彼岸花が我が家の庭を東から西に横断するように、狭い幅で畦状に中段で咲き、その中に赤花が点在している。今年は、何処でも彼岸花(曼珠沙華)が増えているようである。思わぬところに咲き並んでいる。彼岸花は土佐ではシレイと呼んでいる。
      西国の畦 曼珠沙華 曼珠沙華      森 澄雄*2  

   
  我が家の入り口の両側を飾るように、隣家の畠でこぼれ種からのケイトウ(羽毛鶏頭草)が咲いている。黄系は淡黄色と黄金色の2種類、赤系は緋色と深紅の2種類である。隣のおばちゃんはこれ以外の色は「へごじゃ」と言いながら抜いている。
   鶏頭の 十四五本も ありぬべし     正岡子規*! ,*2   

  
  この頃になると、見上げる正面の野ボタンが紅紫色の花を付け始めている。花壇はマリーゴールドが黄色や赤黄色の塊で目立ってくる。ホトトギスも背伸びを始めている。


  柿が屋地の東と西に、上と下に、中段にと合計5本ある。葉が散るほどに、赤みを増した柿の実が均一に青空のキャンバスに散りばめられる。あたかも打ち上げ花火のようである。今年は柿の当たり年のようで、通い慣れた道から、田畑の中、お家の蔭に、ここにも柿があると主張しているようである。高知国体の2002年と変わらない勢いである。やがて、けたたましいモズの鳴き声が響き渡るようになってくる。
      山柿の ひと葉もとめず 雲の中         飯田蛇笏*1  


 石蕗(ツワブキ)は様々な斑入りや石化葉など、全部で8種類ほどが石積みの日陰のそこここで花を付けている。花に色や姿の変わり様は見つからない。
     濃き日には 濃き日陰あり 石蕗の花   大岩樹代子*1 


 上段を東西にノジギクが懸崖状に白く咲き始めている。挿し木で殖やしたが、淡い黄色、淡いピンクの花も混ざっているのは不思議である。ミツバチの訪問で賑わっている。


 我が家の最上段、今は無人のお家で、濃紫色の花を付けて斜面を這い回っているのは宿根アサガオである。オーシャン・ブルーと聞けば素敵だが、その繁殖力は凄まじい。蔓が地に付けば根を伸ばし、石積みを破壊し、柿の木一本を覆い尽くし、さらに両隣の墓地に侵入している。今では野生化した宿敵アサガオに悪戦苦闘している。


  四季咲きバラのロイヤル・サンセットはアプリコット・オレンジの花を春と同じように付ける。ここで、初めて作った俳句は「杏色 そのまま居てよ 秋の薔薇」である。樫のドングリが隣の車庫のトタン屋根に落ちる音に冬の気配が感じられる。
 引用:*1 新版・俳句歳時記,雄山閣(2007)、:*2  俳句歳時記秋の部,角川文庫(2000)

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・久しぶり、仏像との出会い

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                    情報プラットフォーム、No.255、12(2008)
{久しぶり、仏像との出会い}


 近所の香美市立美術館で9月下旬から11月上旬まで開催されていた「古仏との対話-井上芳明と土佐の仏像」を繰返し見に行った。高知県内の仏像25体と井上芳明さん撮影の仏像写真の展覧会である。「土佐魅惑の仏像たち」と題し、青木淳さんの心温まる解説が高知新聞夕刊に連載されていた。大豊町定福寺六地蔵さん達(木彫)がニコニコ顔で横一列の立ち姿で並んでいる。その隣に、湛慶またはその工房作と推定される須崎市上分大日堂大日如来さん(木造・漆箔)が座っている。どの仏さまも私を歓迎してくれているように思えた。若い頃、仏たちに会うためにオートバイで奈良に出かけたことを思い出していた。


  東工大のある大岡山から、九品仏駅(9体の阿弥陀如来坐像)、等々力駅(等々力不動尊)、目黒駅や不動前駅(目黒不動尊)は至近距離。これらの仏さまに関心を持ち、久野健著「日本の彫刻」(吉川弘文館(1959))を買ってきた。

仏の名称の由来も、姿や形や振りの持つ意味も知りたくなる。鎌倉を始めとする近郊のお寺回り、仏さま巡りが始まった。また、専門の材料工学の面から仏像の材質と製作法に興味が湧く。結果として、古都奈良への憧れは募るばかり。寺尾勇著の写真集「飛鳥彫刻細見」(奈良美術研究所(1950))を手に入れる。

大和の国で、横の姿の美しい法隆寺百済観音立像(木彫)、微笑みの中宮寺菩薩半跏思惟坐像(木彫)、運慶・快慶の代表作の東大寺南大門仁王立像(木彫)、漆黒の肌の薬師寺薬師如来坐像と日光・月光菩薩立像の三尊像(青銅)に会いたいと思った。


  同志は現れず、一人旅のスタートは大晦日。当時は、戸塚に有料高速道(通称、ワンマン道路)はあるが、東海道(国道1号線)には未舗装部分が残っていた。東大寺、興福寺、唐招提寺、薬師寺へ。法隆寺から中宮寺、法輪寺と歩いて回る。戻ると私の単車をライダー達が囲んでいる。府県名なしの数字5桁だけの東京ナンバーが珍しかったのである。


 法起寺から西大寺へ。秋篠寺では、今にも歌い出しそうな技芸天立像(乾漆と木造)に会うことが出来た。光明皇后ゆかりの尼寺、法華寺では、端正なお顔の十一面観音菩薩立像(木彫)に出会えた。庫裏で声を掛けて程なく出てきたのは清楚な感じの尼さんである。

拝観の後、掘り炬燵のある部屋に通され、「お正月のお寺参りとは、お若いのにご信心深いことです」と褒められ、お茶お菓子をご馳走になった。真っ黒の煤けた顔、白い埃だらけの服のままである。「拝観料は」「お志で結構です」と言われ戸惑ったことを思い出す。

  先の「日本の彫刻」には、高知の6寺19点が記載され、今回はその中の3点を見ることが出来る。運慶の長子湛慶作の雪渓寺毘沙門天立像(木彫、写真展示)と茶目っ気たっぷりな善賦師童子立像(木彫)の2点と安田町北寺薬師如来座像(木彫)である。


 そして「土佐の秘仏をめぐる見学会」にも参加できた。青木淳先生を始めとする調査に努力された多くの方々と、そして高知市安楽寺阿弥陀如来坐像(木彫)、高知市円行寺日吉神社薬師堂薬師如来坐像、芸西村瓜生谷観音堂十一面観音立像(木彫)、安芸市妙山寺聖観音立像(木彫)など多くの仏たちに会うことが出来た。

また、鎌倉時代の土佐に、寺院を造営し、これだけの仏像を発注し得る政治力と経済力が存在していたことに驚かされた。幾多の試練の中で地域の人々が仏さまを守り続けた歴史の重みを感じた。ここに地方の時代を生きるヒントが隠れているように思える。また、貴重な文化遺産を県民みんなで守り、後世に伝える必要がある。そのために「地方仏研究会友の会」が発足したことは喜ばしい。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・天真爛漫と傍若無人

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                情報プラットフォーム、No.254、11(2008)
{天真爛漫と傍若無人}    

      
 恩師のU先生の語り口は、辛口で軽妙、そして皮肉とユーモアがたっぷり含まれている。歯に衣(きぬ)着せぬ発言は正論であるが、敬遠されがちである。弟子としても、当意即妙、頭の柔軟さとやり返す才覚が必要となってくる。随分と鍛えられてきた。 

   
  落成記念の懇親会の冒頭で。多くの例に漏れず、最長老の大先生の祝辞が始まる。U先生「時計を見ておけよ。5分で終わったら柔軟な頭の持ち主、10分以上掛かったら耄碌(もうろく)の極みだぞ」と計測を開始。手に持った乾杯のカップの冷たさが増してくる。

20分が経過した頃。U「こりゃ駄目だ。老害・老醜の最たるもの。俺があの歳になっても、あのようではない。念のために頼んでおくぞ。鈴木、5分経ったら袖を引っ張ってくれよな」 S「ガッテン。『そろそろ引き際ですよ』と引導を渡します」 

 
 大学の研究室で。U「鈴木くん、君が司会の論文発表会、枯れ木も山の賑わいかも知れないが、出席できなくなった。申し訳ない」 S「それは残念です。花咲爺さんが居ないのですね」 U「俺は意地悪爺さんかも知れないぞ」 S「眼鏡があるから、灰が降り掛かっても大丈夫です」


  論文審査会、学生Aさんの「高級磁器ボーンチャイナの天然原料の精製法の研究」の発表後の質疑応答で。 U「牛骨灰でボーンチャイナを作るのは分かったが、人間の骨では?」 A「遺骨を茶碗にする人も居ると聞いています」 U「俺の時は、カップにしてくれよな。頼んだぞ、鈴木」 S「それでコーヒーは飲めますか」 審査員の一人、T先生「止めた方がいいよ。U先生は腹が黒いだろ。純白にならんよ」 U「鈴木、どちらが黒いか確かめてくれよな」 S「カラーではなく、白黒ですね。分かりました」 


 訪ねた先輩のM先生の室から戻って。U「Mの野郎は無知蒙昧だよ。この間、俺のことを『君は天真爛漫だね』と褒めたのに、今日は『傍若無人だ』とけなしたんだ。Mの言うことは矛盾しているだろ」 S「う~ん、見掛けは同じですよ」 


 この後のU研究室で。各種の辞典を揃え、学生達を交えての意見交換。U「しかし、無邪気かどうかの見当は付くはずだぜ」 B君「無邪気は無責任を意味します」 S「天真爛漫は無邪気、傍若無人は何だろう」 U「確信犯と言って良いだろう。

反応を試しているのだから」 C君「類似の単語を調べませんか」 B君「無邪気系では、天真爛漫、天衣無縫、天真無垢、そして、自由奔放、唯我独尊、豪放磊落 などがありますね」 D君「確信犯系では、傍若無人、傲慢無礼、厚顔無礼、厚顔無恥などです。後ほど傍(はた)迷惑が強くなるように並べました」 S「U先生は、やはり傍若無人ということになるよ」


  U先生がしばしば引用していたのは山藤章二の時事風刺漫画である。30年以上の長きに亘って会長の職に居続けたドンの言動を8つのキーワードで皮肉ったものである。

ドンの似顔絵と共に「耄碌(もうろく)して、度忘れし、勘違いをし、無責任に、誤魔化し、思い上がって、居直って、失言しただけなのに、どうして辞めなきゃならんのだ」の吹き出しのある一コマ漫画である。年寄りが老害を生み出していることに、大きな憂い抱いているU先生のお気持ちがよく分かる。自戒の念を込めて引用しているのであろう。


 歳を重ねても、柔軟な頭と、健康な体を持ち続けたいものである。敬愛するU先生は80才を越えてもなお、傍若無人風・天真爛漫流を発揮されている。

 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・セミは可哀相だ

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                    情報プラットフォーム、No.253、10(2008)
{セミは可哀相だ}

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                      出典:ウイキペディアアブラゼミ    


  高1のとき、生物のA先生が昆虫の完全・不完全変態の話の中で、セミに言及して「アブラゼミは可哀相ですね」と言った。孵化した幼虫は地下で7年間を暮らして羽化する。太陽の光を受けて飛び回るのが2週間に過ぎないことをそのように表現したのである。

「土の下に居ることが何故不幸せなのですか」と質問をした。天敵の少ない地中で安全に成長するセミの生涯が、何故可愛そうなのか理解できなかった。それならばミミズはもっと可哀相であり、小鳥は最高に幸せなはずである。


  中2のとき、アブラゼミの寿命が7年であると教わった。「毎年のセミが正確に7年ならば、進化の過程で差が現れ、アブラゼミは7種類に分かれているはずだ」と質問をした。クラス全員で2年に亘って沢山のセミを捕獲した。両者に差はなかった。「先生は答えられない」といって観察の大切さを教えてくれたB先生を今でも尊敬している。


  その後、17年ゼミと呼ばれる「もっと可哀相なセミ」が北アメリカに居ることを知った。次の大発生までに17年間を待たなければならない不思議なセミである。1987年夏のドライブ旅行でのこと、イリノイ州のとある町で夜遅くモーテルに飛び込んだ。

そこで巨木が震動するような騒音を聞いた。受付の太ったおばあさんに「この音は何?」と尋ねた。「うるさいだけよ。17年毎に出てくるけど、昆虫の一種よ」とつれない返事。おばあさんはこの土地で4回もこのセミの大合唱を聴き、歳を重ねて来たとのことである。でも「セミを可哀相」と感じたことはないようである。


  7種のアブラゼミ問題は、早起きや寝坊の個体が少しでも居れば、年を変えての交雑が起こることで解決する。17年ゼミはどうだろう。答は吉村仁の著書にある。


 過酷な氷河期に殆どのセミは絶滅したが、氷床の中に残された日溜まりのような狭い領域に居たセミ、しかもある年のセミだけが生き残った。極度の低温で樹木の栄養も乏しく、成虫になる年月も長くなった。そして、成熟したらの羽化ではなく、決まった時間経過を待つ周期ゼミへと進化し、羽化すれば仲間と出逢えるようにした。

しかし、これは両刃の剣となった。15、16、17、18年などの2種類以上の周期ゼミが同時に羽化するとき(公倍数の年に相当する)に交雑が起こってしまう。結果として、子供達の周期がまちまちになり、交尾の相手が激減していった。交雑は種を健全に維持するのではなく、破滅へ通じる道だった。しかし、最小公倍数が大きくなる素数(17や13)では、他の周期セミとの交雑の機会が少なくなる。結果として、13年ゼミと17年ゼミが生き残ったのである。


 素数ゼミは17年の3種、13年の4種が知られている。北米各地の決まったスポットにそれぞれの素数ゼミが発生するが、全く発生しない年が17年間に5回、13年間に10回あることが知られている。

私が北米旅行中に17年の素数ゼミに出逢えたことはとても幸運である。このセミたちの大合唱には、地球の歴史が深く刻まれており、素晴らしい系統維持の手段を創り上げた賛歌に思える。我々人類も幾多の試練を乗り越えて進化(退化)してきた。種として「可哀相な生き物」など何処にも居ないのである。


 参考:吉村仁著「素数ゼミの謎、小さなセミに隠された壮大な進化の物語」(文藝春秋、2005);「17年と13年だけ大発生? 素数ゼミの秘密に迫る!」(サイエンス・アイ新書、2008)

 

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鈴木朝夫  s-tomoo@diary.ocn.ne.jp

 高知県香美郡土佐山田町植718   Tel 0887-52-5154 

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鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」 ・・・国際宇宙ステーションを肉眼で見よう

2010-11-25 | 鈴木朝夫の「ぷらっとウオーク」

「ぷらっとウオーク」                   情報プラットフォーム、No.252、9(2008)
{国際宇宙ステーションを肉眼で見よう}


  北海道から沖縄までの全国14ヶ所の桜の種に宇宙旅行をさせる「花伝説・宙へ!」の計画が進行中である。5月28日に、仁淀川町でのひょうたん桜の種拾いに、佐川町での牧野博士ゆかりの稚木(ワカキ)の桜の種拾いに、地元の小学校の生徒さん達が集まった。

てんくろうの会(高知県宇宙利用推進研究会)の会長挨拶で「皆さんの桜の種子が乗った国際宇宙ステーション(ISS)を是非、皆で眺めて下さい」とお願いした。その感動を肌で感じて欲しいと思っている。感動の壺を拡げる一助にとISSと月を比較してみる。


 地球をバスケットボール(直径24cm)とすれば、月はテニスボールであり、その距離は720cmになる。ISSの高度400kmは地球儀の表面から7mmである。北極側から眺めれば、地球は反時計回りに自転し、月もISSも同じ方向に公転し、430m先の太陽(直径26m)に照らされている。なお、地球は太陽の周りを同じ方向で公転している。


 与謝蕪村が「菜の花や 月は東に日は西に」と詠んだ月は、太陽が反対側にいるので満月である。満月→新月→満月の周期は朔望月と呼ばれ29.53日であり、太陰暦の1ヶ月である。

なお、「月は右から満ち欠けする」と覚えておけば、その後の向かう様子を直ぐに判断できる。月が地球を公転する周期(恒星月)は27.3日であり、360度/27.3日=約13度/1日だけ自転方向に公転するので、月の出は1日に60分×13度/15度=50分づつ平均で遅くなって行く。なお、満月の上に地球が影を落とす天体ショウは月食である。


  ISSに搭乗すれば、軌道傾斜角が51.6度と大きいので、南北の高緯度まで周回すること、世界地図上で赤道を2回横切るS字を画くこと、地球の自転周期は15度/60分だから、90分で一周する間に15度×90分/60分=22.5度だけ西へずれて、理想的には16周で元に戻ってくること、また45分毎に昼と夜が来ることをなどが体験できる筈である。


 ISSを観察するには、「国際宇宙ステーション」で検索し、その地域で見える方角や仰角の時間変化を表で、星座の上で、世界地図上で調べることから始まる。ISSは日没後または日の出前の2時間の間だけで見えること、{見え始め}から{最大仰角}を経て{見え終わり}までは3~4分間程度であること、仰角が高くて見やすいチャンスは週に1~2回程度であることなどの特徴が分かる。さあ、薄明の戸外へ出て出現を待とう。


 地平線での出や入りではなく、突然の{見え始め}や{見え終わり}がISSの特徴である。地表を貼り付くように周回するISSは、地球の影の出入りの直前・直後に、その輝きを少しだけ見せることになる。月食ならぬ、ISS食である。ISSはシャトルの結合や分離の影響を受け易く、軌道修正を頻繁に行っている。常に最新情報を確認して欲しい。


  国際宇宙ステーションに接近中の桜の種を乗せたスペースシャトルとともに2つの光の点として見ることが出来たら感激だろう。「花伝説・宙へ!」と題したプロジェクトの一つのハイライトとして欲しい。なお、夕方の、早朝の天気を確かめることが必要である。  

 

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