少々の雨でも週に一度は行くすくすくの森。三歳の時、バスを降りて森に差し掛かるだけで圧倒されて泣いていた子どもや、坂道が恐い、大きな木が恐いといって泣いていた子どもも、回を重ねる毎に幼稚園のどの場所よりもすくすくの森が大好きになっていきます。
この森で、子どもたちは何を育んでいくのでしょうか。
1 心身を鍛え、育む
若草幼稚園 岡林道生
(2)わんぱく広場で
辿り着いた森の中は木洩れ日が射して、ひっそりとしています。不思議なのは、大きな木々の間に点在する岩山や洞穴まで、まるで息を潜めているように感じられることです。
どの子も、深い森の持つ神秘的な雰囲気に呑みこまれそうになって立ち止まります。でも、それは一瞬の出来事です。高い空を見上げ、地上に目を転じると、そこはもう子どもたちの格好の遊び場に変わります。
岩山は、子どもの膝の高さのものから背丈の数倍のものまであります。平たい岩、高く切り立った岩、滑り台のような岩、色々な高さや形の岩があちこちにあります。
マサくん、タカくん、リョウくんの三人が切り立った高い岩山から私たちを「オーイ、オーイ、」と呼んでいます。「みんな大丈夫なの?」と聞くと、「平気平気、」と岩にまたがって手を振っています。
後ろの方からソウくんが「僕も来たでー。」と顔を覗かせました。ソウくんは、手足をクモのように岩山にはりつかせ顔をひきつらせています。マサくんが「ソウくんは今日、初めて登れたがで。」と教えてくれました。
「そう、すごいね。」と答えると、タカくんが「けんどねー、こっちから登って来たがやもんねー。」と横のリョウくんに言います。斜面にある岩山は後ろからは案外簡単に登れるのです。
「そうそう、僕らーはよ、こっちのね、絶壁を登って来たが。」とタカくんが得意そうに言うと、三人目のリョウくんが「今度はソウくんも絶壁から登ってくるがよねー。」とソウくんに言いました。
ソウくんは考えるような仕草をしながら、下を覗きます。すると絶壁をにらんでいるリキくんが目に止まりました。ソウくんが「リキくーん、こっちから来たら簡単で、僕はよー、こっちから登った、ここ高いでー。」と呼びました。
リキくんは、しばらく絶壁をにらんでいましたが、結局簡単な方の斜面を走り出し、あっという間に岩の頂上から顔を出しました。タカくんが二人に、「あのよー、岩によ、足を掛けれる所があるがね、それに足を掛けてよ、手を伸ばしたら又ひっかかる所があるき、そこを持ってよ、」と教え始めました。
するとマサくんが、「ここから言うても分からんき、今度一緒に登ろうか、」と誘い、ソウくんとリキくんも頷きました。そこへリョウくんが、「けんどよ、手にも足にもすごい力がいるがよね。」と言います。「いるいる。」とマサくんとタカくんが相槌を打つと、ソウくんは「僕、まだやめちょく。」と答え、リキくんは、「やってみる。」と答えました。
ここで何がおかしいのか五人は大笑いをして、又、下にいる友だちに「オーイ、オーイ」と声をかけ始めました。チラッと見上げる子どももいますが、多くの子どもが自分たちの遊びに夢中です。
滑り台のような岩に列になって登り、ズリズリ滑って最後は岩からピョンと飛び降りることを繰り返す子ども、倒れた木にぶら下がったり座ったりする子ども、時間は飛ぶように過ぎていきます。友だちと笑う声や話す声、そして動く様子までが、まるで森の一部のように見えるから不思議です。
森には、自分の力量に合った方法で遊べる所、ちょっと試してみようと思う所、勇気を出して挑戦してみようと思う所などが多くあります。この場所もその一つです。
ソウくんとリキくんは、三人にロッククライミングの薀蓄を語られ、今度は一緒に登ろうと誘われます。しかしソウくんは、まだ無理だと判断し、リキくんはやれるかもしれないと判断します。子どもは、賢いなと思うことが始終ありますが、このときも「ソウくん、賢いなー。」と思って見ていました。
斜面を見て、こちらからなら行けると判断したのは地形が解ったからでしょう。その上、今度は一緒に登ろうと誘われたとき、まだ無理だと答えたのも、今の自分の力量ではおぼつかないと判断したからに違いありません。子どもは目的を持った時、自分の力に合った方法を見つけ、選ぶのですね。
5人の笑い声は、「そのうち登ればいいさ、きっと登れるさ、登って見せるさ、」の合図のようでもありました。子どもたちは、友だちと競い合い、励まし合い、助け合いながら新しい冒険を試み、ちょっと難しいと思うことに挑戦していきます。やればできるという達成感を味わいながら・・・。
(文中の画像は、若草幼稚園より提供していただいたものを中心に、編集者が選んで挿入したものです)
〔『保育の実践と研究』(第15巻第2号)より転載〕
第1回の連載に続いて、(第1回連載はこちらに)
若草幼稚園 「すくすくの森」と子どもたち に関する記事
HN:ちるどれん
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