極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

加速するナノテク 2

2014年05月26日 | ネオコンバーテック

 

 

 

 

  


幼い頃は医者の世話になっていたが、なぜか、将来の職業の選択肢に「医者」とい
う言葉は一度もあがることはなかった。親戚らの、医師のステータスや高額年収の
話にもとんと興味が湧かなかった。手先は器用な方だが(過敏症とでもいえるぐら
い手指や聴覚・臭覚は鋭敏なため他の人とは違ったを経験をしている)、外科手術
の場面を想像しただけでも吐き気・嘔吐感をおぼえる始末。さて、――「紳士とは、
払った税金と寝た女性について多くを語らない人のことです」とあるとき彼は僕に
言った――今夜はこの句韻が響き残った。
 

  ガールフレンドたちとの別れはほぼ定期的にやってきた。他に恋人のいる独
 身女性の多くはある時期がくると、「とても残念だけれど、あなたとはもう会
 えないと思う。近く結婚することになったから」と彼に告げた。彼女たちは三
 十歳になる少し前と、四十歳になる少し前に結婚を決意することが多かった。
 年末が近づくとカレンダーがよく売れるのと同じように。渡会はそのような通
 告を常に平静に、そして適度な哀しみを込めた微笑を浮かべて受け入れた。残
 念ではあるけれど、それはまあ仕方のないことだ。結婚という制度は、彼自身
 にはまったく向いていないにせよ、やはりそれなりに神聖なものだ。尊重しな
 くてはならない。

  そういうときには、彼は値のはる結婚祝いを買ってやり、「結婚おめでとう。
 誰よりも幸せになってほしい。君は賢くてチャーミングな美しい女性だから、
 そうなるだけの権利がある」と祝福した。それはまた彼の正直な気持ちでもあ
 った。彼女たちは(おそらく)純粋な好意から、渡会に素敵な時間を、彼女た
 ちの人生の貴重な一部を与えてくれたのだ。それだけでも心から感謝しなくて
 はならない。彼にそれ以上の何を求めることができるだろう?
  しかしそのようにしてめでたく神聖な結婚を遂げた女性たちのおおよそ三分
 の一は、何年かあとに渡会のところに電話をかけてきた。そして明るい声で
 「ねえ、渡会さん、よかったらまたどこかに遊びにいかない?」と誘った。そ
 して彼らは再び心地よい、かつあまり神聖とは言いがたい関係を持つようにな
 った。気楽な独身者同士から、独身者と人妻という少し込み入った(それだけ
 にまた喜びの深い)関係に移行したわけだ。でも実際に二人がやることは―い
 くぶん技巧性が増しただけで―ほぼ同じだった。結婚をして会わなくなった女
 性たちの残りの三分の二は、もう連絡をしてこなかった。彼女たちはたぶん穏
 やかで満ち足りた結婚生活を送っているのだろう。優れた家庭婦人になり、子
 供も何人かつくったかもしれない。彼がかつて優しく愛撫した素敵な乳首から、
 今頃は赤ん坊に授乳しているかもしれない。渡会はそれはそれで嬉しく思った。

  渡会の友人たちのほとんどは結婚していた。子供たちもいた。渡会は何度か
 彼らの家を訪れたが、うらやましいと感じたことはただの一度もない。子供た
 ちは小さいうちはそれなりにまずまず可愛いのだが、中学生や高校生になると
 ほぼ例外なく大人たちを憎み、侮蔑するようになり、意趣返しのように困った
 問題を起こし、両親の神経と消化器を容赦なく痛めつけた。一方、親たちの頭
 にあるのは子供を名門校に入れることばかりで、学校の成績のことでいつも苛
 立っており、その責任のなすりつけあいで夫婦間の口論も絶えないようだった。
 子供たちは家ではろくすっぽ□もきかず、部屋に一人で龍もって級友だちと果
 てしなくチヤットするか、得体の知れないポルノ・ゲームに耽るかしていた。
 
 そんな子供たちを自分も持ちたいという気持ちには、渡会はどうしてもなれな
 かった。「なんのかんのいっても、子供はいいものだぞ」と友人たちは口を揃
 えて言ったが、そんな売り文句は到底信用できるものではない。彼らはたぶん
 自分たちが背負っている重荷を、渡会にも背負わせたいだけなのだ。世界中の
 人間が自分たちと同じようなひどい目にあう義務があると、勝手に思い込んで
 いるだけなのだ。
 
  僕自身はまだ若いうちに結婚し、以来切れ目なく結婚生活を維持してきたわ
 けだが、たまたま子供はいないので、彼のそのような見解は(いささかの図式
 的偏見と修辞的誇張は見受けられるにせよ)ある程度まで理解できる。ほとん
 どそのとおりかもしれないとさえ思う。もちろんそんな悲惨なケースばかりで
 はない。この広い世界には、子供と両親が終始良好な関係を保っている美しく
 幸福な家庭だって―だいたいサッカーのハットトリックくらいの頻度で―存在
 する。しかしこの僕にそういう少数の幸運な親の仲間入りができたかというと、
 そんな自信はまったくないし、渡会氏がそんな親になれるタイプだとも(とて
 も)思えない。誤解を恐れずひとことで表現してしまうなら、渡会は「人当た
 りの良い」人物だった。負けず嫌いなところとか、劣等感とか嫉妬心とか、過
 度の偏見やプライドとか、何かへの強いこだわりとか、鋭敏すぎる感受性とか、
 頑なな政治的見解とか、そういう人格のバランスの安定を損ないかねない要素
 は、少なくとも表面的にはまったく目につかなかった。まわりの人々は彼の裏
 のない気さくな性格と、育ちの良い礼儀正しさと、明るく前向きな姿勢を愛し
 た。そして、渡会のそのような美質は、とりわけ女性たち―人類のおおよそ半
 分を占める―に対してより集中的に、効果的に向けられた。女性に対する細や
 かな思いやりと気配りは、彼のような職業の人間にとって欠くことのできない
 技能ではあったが、渡会の場合のそれは、必要に迫られて後天的に身についた
 テクニックではなく、持って生まれたナチュラルな資質であるらしかった。美
 しい声や、長い指なんかと同じように。そんなわけで(もちろんそれに加えて
 技術が確かなこともあって)、彼の経営するクリニックは繁盛していた。雑誌
 などに広告を出さなくても、予約は常にいっぱいだった
 
  おそらく読者諸氏もご存じのように、その手の「人当たりの良い」人物は往
 々にして人間として深みを欠き、凡庸で退屈であることが多い。しかし渡会の
 場合はそうではなかった。僕はいつも、週末にビールを飲みながら彼と過ごす
 一時間を楽しんだ。渡会は話がうまかったし、話題も豊富だった。彼のユーモ
 アのセンスにはややこしい含みがなく、ストレートで実際的だった。美容整形
 についてのいろんな面白い裏話を聞かせてくれたし(もちろん守秘義務を侵さ
 ない程度に)、女性に間する数多くの興味深い情報を聞示してくれた。しかし
 そういう活か下世話に流れることは一度もなかった。彼は彼女たちのことを常
 に敬意と愛情を込めて語ったし、特定の個人に結びつく情報はいつも注意深く
 伏せられていた

 「紳士とは、払った税金と、寝た女性について多くを語らない人のことです」
 とあるとき彼は僕に言った。
 「それは誰の言葉ですか?」と僕は尋ねた。
 「私が自分でつくりました」と渡会は表情を変えずに言った。「もちろん税金
 の話は、ときどき税理士相手にしなくちゃなりませんが」

 
              村上春樹 著『独立器官』(文藝春秋 2014年 3月号)

                              この項つづく



 

 

 

  



【加速するナノテク:有機トランジスタ】

昨夜につづいて、『今夜もテクがてんこ盛り。』で紹介した「有機薄膜トランジス
タを室温印刷によって初めて形成 1℃の昇温も行わない室温プリンテッドエレク
トロニクスを確立」(2014.05.08、物質・材料研究機構、岡山大学、株式会社コロ
イダル・インクなどのグループが、大気下・室温での完全印刷プロセスによって、
有機薄膜トランジスタ(TFT)を形成するプロセスを確立。また、室温印刷プロセス
によってフレキシブル基板上に形成した有機TFTにおいて、平均移動度7.9 cm2 V-1 s-1
を達成)につづき、岡山大学の岡本秀毅准教授、江口律子助教、久保園芳博教授ら
の研究グループが、今度は、毎秒1ボルト当たり21平方センチメートルという動
作速度の電界効果移動度を実現した有機薄膜トランジスタ(TFT)を開発。フェ
ナセンと呼ばれる低分子材料を使って作製したもので、同材料による有機TFTの
移動度としては 21 cm2 V-1 s-1 と世界最高レベルを達成したことを公表。



開発した有機TFTは、フェナセン系分子のうち、5個のベンゼン環からなるピセンに、炭素
14個で構成されたアルキル鎖を2個つけた分子の効率的な合成法によって作製。化学的
に安定しており、半導体の基本特性であるバンドギャップが大きく、高分子材料による有
機TFTよりも均一に作れる。また高誘電性の絶縁膜である「チタン酸ジルコン酸鉛」を使う
ことで、7・9ボルトの電圧動作を実現。これまで高分子材料を使った場合、毎秒1ボルト当
たり 23.7 平方センチメートルの移動度が最高レベルとされている。しかし、低分
子材料による同TFTでは同17.2平方センチメートルが最高レベル。



岡山大学で新たに合成された材料を使って、世界最高レベルのデバイスが作製され
たことで
、有機エレクトロニクスを使ったフレキシブルディスプレイの駆動、電子
ニューズペーパーの実現、フレキシブルICタグの作製などの次世代エレクトロ二ク
スデバイスの実用化に、この系列の分子が大きく貢献できる。これまでのフェナセ
ン分子を使った有機薄膜トランジスタが、非常に高い電界効果移動度を示すことを
解明してきたが、6個のベンゼン環からなるフェナセン薄膜電界効果トランジスタ
が、7.4 cm2 V-1 s-1の高移動度を示すことを発見。今回のアルキル置換ピセンを使
った薄膜トランジスタが、それを上回る高移動度であった。実用化のために、フェ
ナセン系列の分子が極めて有用であるを立証したことになる。この物質は空気中で
も非常に安定し、高誘電性の絶縁膜である「チタン酸ジルコン酸鉛」を使って、し
きい電圧(絶対値)10 V以下が実現されているので、実用化に向けてのハードルが
低いものになる。



特開2010-143895 ピセン化合物の製造方法およびピセン化合物の結晶体

今回の発明は、岡山大学の久保園芳博・岡本秀毅・山路稔・郷田慎らの上図新規考
案の「ピセン化合物の製造方法」の先行知財が基礎となっている。 "ローマは一日
にして成らず" と言うことだろう。
 

朝から、目と頭が重く、アレルギー症状かとも思えたが作業を続けていたが、頭は
回転せず
名案・ひらめきも出ず、上右の挿絵のように頭の中は散らかったままで、
整理も整頓も一向にらちがあがらず、夕食後、たまらずベンザブロックLを服用す
る。ということで明日また出直すことに。
 

 

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