徳丸無明のブログ

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ブルボン じゃがチョコ ミルク仕立て・ホワイト

2019-12-13 21:44:27 | 
今回はブルボンのじゃがチョコです。






スタンレー・ミルグラムのアナグラムとは何か。そんなことよりアメリカである。
今日はアメリカについて、正確にはアメリカと日本の、おもに文化的なかかわりについて話してみたい。
2年ほど前、「アメトーーク」で「アメリカにかぶれてます芸人」という回があった。ブルゾンちえみや渡辺直美が出演しており、出川の哲ちゃんがブレイクダンスを披露してCMを獲得した記念すべき回でもあるのだが、それとは別に、普段とは違う感情を呼び起こされた回であった。
番組の中で芸人たちは、なぜアメリカが好きなのか、どういうところに魅かれるかについて語り、さらにはアメリカ人のこういう仕草やセリフがカッコイイとして、それを実演して見せていた。僕はそれを観たとき、言いようのない恥ずかしさにとらわれてしまった。
アメリカがカッコイイだなんて、未だにそんなことを言うのか。アメリカ文化の猿真似をして醜態をさらすという愚を、なおもまた繰り返すのか。
アメリカを、特にその経済的優越に裏打ちされたカルチャーをはるかに仰ぎ見ていた時期が、たしかにあった。敗戦後の貧しい日本にとって、アメリカは自国を屈服させたにっくき敵である以上に、まばゆい光を放つあこがれの象徴であった。
そのあこがれはおそらく、直接的に文化の内実が素晴らしいということではなく、単純に経済力の差異によって喚起されていたものであったと思う。アメリカンカルチャーはもちろんコンテンツとして優れてはいたのだが、それ以上に、コンテンツに反映されているアメリカンライフの豊かさが、日本人のあこがれを掻き立てていた。だから日本経済が成長し、国力の差が縮まると、それに反比例してあこがれは縮減する。
それでもまだ、ギリギリ90年代まではアメリカは輝いていた。あこがれの残滓というか、「あこがれる習慣」は残っていたし、ハリウッド映画などのコンテンツは、経済力の格差とは無関係に、定期的にすぐれた作品を供給していたからだ(今ではすっかり忘れられているかもしれないが、90年代までは「邦画はダサい」と言われていて、若者にはまったく人気がなかった)。
決定的だったのが2001年の同時多発テロである。このあとに起こしたアフガニスタン戦争と、それに引き継ぐイラク戦争。混迷、もしくは暴走としか言いようのない外交政策によって、アメリカに対する日本人のあこがれは、すっかり消え失せてしまった。それは今でも変わっていない。
経済格差ということなら、今もなおGDP世界一のアメリカと第3位の日本では、ある程度の開きがあるのだが、それはもはや「仰ぎ見る」ほどの差異ではない。日本はもう、富者をうらやむ貧者ではない。
日本はこれからもハリウッド映画を観続けるだろうし、アメリカンポップスを聴き続けるだろう。しかし、それらを自分たちと大きくかけ離れた優位な文化として仰ぎ見ることは、もうない。
だから、同時多発テロから15年以上もたってなお、「アメリカ大好き!」と臆面もなく語る芸人たちの姿を観て、赤面するのを抑えられなかったのだ。

そんな恥ずかしいばかりでしかなかった「アメリカにかぶれてます芸人」に対し、同じくアメリカを主題としていながら見事に成功を収めた例がある。DA PUMP(ダ・パンプ)の「U.S.A.」である。
皆さんご存じの通り、DA PUMPは長期の低迷を経て2018年に「U.S.A.」で再ブレイクをはたした。「U.S.A.」のダンスは、「ダサかっこいい」と言われた。
なぜ普通にかっこいいものではなく、ダサい要素を含んだものがウケたのか。
「U.S.A.」は、アメリカのかっこよさをストレートに謳いあげたのではない。「U.S.A.」は、アメリカを「ネタ化」している。
「ネタ化」とは、冗談半分ということだ。「ネタ」とは「マジ」の対義語のことである。
つまり、本気で「アメリカかっこいいよね」と言っているのではなく、「いや、シャレですよ」と断りながらアメリカのかっこよさに触れているのだ。それが「ネタ化」ということであり、だからこそ「ダサかっこいい」という形容詞を冠することとなったのだ。
「ネタ」であることの証拠は、「U.S.A.」ヒット後の日本社会を見れば明らかである。「U.S.A.」は社会現象になるくらい流行したにもかかわらず、その影響で「アメリカ好きの日本人が増加する」ことはなかった。あくまで「ネタ」であり、「マジ」ではないからこそ、アメリカへのあこがれを喚起する働きがなかったのだ。
これが「アメリカにかぶれてます芸人」と「U.S.A.」の差である。
アメリカはもはや、本気であこがれを表明する対象ではありえない。仮にそうするのであれば、「マジ」でやるのではなく、「ネタ」で行わなければならない。「マジ」であこがれを表せば失笑されるだけ。「ネタ」でなければ受け入れてもらうことができない。
そこが理解できていなかった「アメリカにかぶれてます芸人」は失敗し、的確に見抜けていた「U.S.A.」は成功した。そういうことだったのだと思う。

以上、一度も「U.S.A.」をちゃんと聴いたことがない僕の分析でしたがいかがでしょうか。


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんにちは (鈴木)
2019-12-15 13:00:29
還暦過ぎのおじさんです

ブログ拝見してます
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鈴木さん江 (徳丸無明)
2019-12-15 21:42:33
ありがとうございます!
返信する
こんにちは ()
2019-12-23 18:05:51
青春はアメリカ大好き娘で溢れてました
バブルで親がお金持ってたから
留学して向こうサイズのアイス食べて10キロ太って帰って来る娘(昔)たちたくさんいました
アメリカは憧れでしたし
洋画を週に三本は観てましたし
外国人英会話教師とたくさんデートもしたし
みんな洋画のような生活を送ってるんだと思ってました

私にとって、衝撃的だったのは
漫画アニメ大国日本を崇拝する金髪碧眼のオタクたち
外国人が日本に憧れる日が来るとはね・・
・・・
・・・

ところで昨日のM-1ご覧になりました?
( ̄▽ ̄)
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麦さん江 (徳丸無明)
2019-12-23 22:56:13
おー、麦さん!おひさしぶりです!
お元気でしたか。
アメリカに対する感覚と感情は時代と世代によって様々、でも日本にとっては常に意識せずにはいられない国なんでしょうね。
アメリカってバケツみたいなサイズのアイス売ってるからまあ太りますよね。
麦さんの世代には「U.S.A.」はノスタルジックに響くのでしょうか。
もちろんM‐1観ましたよ。
先程感想文を更新しましたのでお読みください。
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