goo blog サービス終了のお知らせ 

大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

☆奇妙な恐怖小説群
☆ghanayama童話
☆写真絵画鑑賞
☆日々の出来事
☆不条理日記

大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

☆分野を選択して、カテゴリーに入って下さい。

A,日々の出来事

☆( 1年間366日分の日々の出来事  )

B,日々の恐怖

☆( 日々の恐怖 )

C,奇妙小説

☆(  しづめばこ P574 )                          

日々の恐怖 2月25日 幸福の妖精(1)

2018-02-25 18:34:36 | B,日々の恐怖




 
  日々の恐怖 2月25日 幸福の妖精(1)





 リクルートスーツを見る季節になると、毎年思い出す話がある。
今から10年以上前、俺は就職活動していた。
 正確な年は言えないんだけど、バブル崩壊後の冷や水ぶっかけられた氷河期世代あたりだと思ってくれ。
俺は理系で一応研究職希望だったけど、求人自体がほとんどなくて、滑り止めに受けた営業や販売すら落ちまくりだった。
 そんな中で、一つだけ最終面接まで進んだ会社があった。
ノルマなしの営業で、しかも待遇がめちゃくちゃいいところだった。
 OBも、

「 お前が来たいなら採用出してもらう。」

と協力的だった。
 そのOBから最終面接の前の日に、

「 お前は合格確実、ていうか合格決定だから。
一応面接だけ受けて貰ってから入社承諾書に判子持って来い。」

と連絡もらった。
 最初は滑り止めって思ってたけど、他は全然受かんないし、こんなに熱心に誘われたらどんどん気持ち傾いて、本当に承諾書出されたら、判子捺して入社しようかなと思ってた。

 最終面接の日、控え室で待機してると、40過ぎくらいのおっさんが入ってきた。

“ 最初会社の人かな・・・?”

と思ったら、受験者みたいな素振りで俺の隣に座った。
そして、いきなり場を弁えずに、大声で俺に話しかけてきた。
 面接は待機から見られてるなんて常識だからびびって、最初は諌めたり無視したりした。
でも、おっさんは何も気にしないで、

「 この会社、きれいなのは見えてるところだけだぞ!」
「 トイレとかすげー汚かった!この会社もうダメだな!」
「 あと○○(会社の商品)もだめだ。もうここは先無いぞ!」

周りもちらちら見るだけで助けてくれない。
 俺が、

「 いや、あの・・・・。」

とかろく返事もできないでいると、大声は外まで聞こえていたらしく、すげー怒った顔で会社の人が入ってきて、

「 (向かいの)社長室まで聞こえてたぞ!ふざけるな!出て行け!」

と、2人で追い出された。
 俺、しばらくポカーンとしちゃって、その後で当たり前だけど急速に怒りが湧いてきた。
おっさんに、

「 どうしてくれるんだよ!」

って掴みかかったけど、おっさん平然としてんの。













童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

日々の出来事 2月25日 箱根用水

2018-02-25 09:00:00 | A,日々の出来事_






  日々の出来事 2月25日 箱根用水






 今日は、箱根用水が完成した日です。(1670年2月25日)
箱根用水については、箱根用水トンネルの芦ノ湖側にある深良水門の石碑に沿革が記されています。

 石碑の記録(転記)

“ 徳川四代将軍家綱の時代,小田原藩深良村(現在の静岡県裾野市深良)の名主大庭源之丞は,なんとしても芦ノ湖の水を引いて旱害に苦しむ村民を救いたいと考え土木事業に経験の深い江戸浅草の商人友野与右衛門に工事を懇願しました。
 与右衛門は源之丞のふるさとを思う心に感動し工事の元締めを引き受け,湖尻峠にトンネルを掘り抜き、深良村以南の30ヶ村に湖水を引く大計画を立て,箱根権現の絶大な支援と庇護に支えられつつ,大変な苦労を重ね寛文6年(1666)ようやく幕府の許可を得,その年8月トンネル工事に着手したのです。
 この難工事も優れた技術によって驚くべき正確さで成し遂げられ寛文10年春,3年半の歳月と7300余両の費用をかけ当時としては未曾有の長さ1280メートル余りのトンネルが貫通したのです。
 爾来300有余年灌漑,飲水,防火用水に,また明治末期からは発電にも使用されるなどその恩恵は知れず,深良用水は地域一帯の発展の基と言えましょう。 
 この水門は,明治43年(1910)木造水門を現在の石造り鉄扉のものに改造されましたが老朽著しく,このたび神奈川県の協力を得て現水門を補強して永く史蹟として保存するとともに堅牢なる補助水門を新設して利水の利便性と治水安全度の向上を図ったものです。 平成元年(1989)10月”

 このトンネルは、芦ノ湖側と深良側の両方からツチやノミやツルハシで掘られ、岩盤に当たると避けながら掘ったのでジグザクなのですが、貫通したときは両方の差が1mしかなかったと言うのは驚きの技術です。
 この工事については、善良な子供向きのお話として”村をうるおした命の水”とか、映画では”箱根風雲録”が制作されています。
箱根風雲録では、幕府を蔑ろにしてトンネルを作ろうとする民衆に、幕府が何度も妨害工作をして、主人公を何度も投獄、最後には完成したときに幕府が主人公を殺してしまうと言う極悪非道な悲惨な映画になっています。
 実際は、幕府が援助していたのですが、映画としては”お上に逆らうヤツは酷い目に会う”と言うところが、監督が描きたかったところのようです。












     深良用水石碑



















☆今日の壺々話














700m走世界記録達成








 2009年8月25日午前9時ごろ、神奈川県箱根町の箱根登山鉄道彫刻の森駅で、箱根湯本発強羅行き普通電車の運転士(36)が、車掌(24)が乗車していないことに気付かず、発車した。
車掌は、線路沿いのほぼ平たんの道路を約700メートル走って電車を追い掛け、次の強羅駅で追いつき乗車した。
ダイヤの乱れはなかった。
 箱根登山鉄道によると、車掌は彫刻の森駅で一度乗客を乗せたことを確認し、電車のドアを閉めたが、改札口付近でほかの乗客に対応するため降車した。
運転士はドアが閉まったことから、車掌と乗客が乗車していると判断し電車を発車した。
彫刻の森駅は自動改札で、この時間帯は駅員がいないという。


追い付いた・・・・。
ダイヤの乱れ無し・・・・。
エイトマンか・・・・。
ちょっと古いか・・・・。



















箱根駅伝見て泣く嫁









 出会いはネット。
今は亡き某サービスで意気投合したのがきっかけ。
 メールしてたら頭も性格も極めて良さそうだったので、勝手に惚れ込んだ自分が、

「 わたし、全然可愛くないし…。」

と言う嫁と強引にアポ取り付けて会った。
 確かに美人てタイプじゃないが全然可愛いじゃん!と思った。
ふっくらした体型も好みだし、おっぱいもでかい。
実際に会って、優しさや育ちの良さそうなとこ、肝が据わった鷹揚なとこにますます惚れた。
 コンビニでも高いレストランでも、変わらず店員さんに丁寧に感じよく接する。
言葉遣いが美しい。
姿勢がいい。
よく食って、よく寝て、よく笑う。
毎年箱根駅伝見て泣く。
 責任感が強くて、仕事がよく出来る。
眠いとぐずる。
懐メロやアイドル歌謡に異様に詳しい。
歌がものすごく上手い。
 フィッシュマンズの歌を鼻歌で歌いながら夕飯つくる。
料理するとき仁王立ちになる。
抱きつくと怒る。
 俺が仕事忙しくて急激に髪が抜けたことが一時期あって、半泣きで、

「 俺ハゲたらどうする?」

って聞いたら、

「 100まで生きればみんなハゲるんだから、70年やそこら早くたって別にいいよー。」

といって笑った。
 3年付き合って今年で結婚2年目。
今は、ソファーでアホな子みたいな顔で熟睡中。
正直、好きでたまらん。



















深良用水








 私が中三の時のことです。
私の通っていた学校は中高一貫教育で、中学から高校に上がるときは無試験のエスカレーター校でしたが、その条件として中学三年の半年をかけて研究した”卒業論文”の提出が義務付けられていました。
 私はこの論文のテーマに”深良用水”(箱根用水)を選択しました。
夏休みを利用して旧家に古文書を見せていただき、深良用水の随道の中に入ってみたいと思うようになりました。
 でも、深良用水は日本三大権現のひとつである箱根権現の真下を貫通しています。
権現様とは、女性の大神です。
開削の江戸当時も箱根権現は女人禁制の総本山で、この権現様の御神体を掘り抜くとは何事と大きなタブーを犯しての大工事でした。
主導者であった友野与右衛門が通水成功の後に咎なく切腹を命ぜられ、ひとり息子の与市が手足の指を切られて長崎に流されたのも、たたりが遠因だったと言われています。
 深良用水は、開削工事の時も女性は絶対に入ることを許されませんでした。
労務者への水や炊き出しなどは必ず入り口で行なわれ、女性が隧道内に入ることはなかったのです。
 このことは、古文書の記述からみても明らかでしたが、私は隧道内に入ってみようと思いました。
当時、農林水産省の官僚だった父にも力添えをしてもらい、箱根権現の別当職の方、現在でも使用されている深良用水の水配人さんたちに頼みましたが了承は得られませんでした。
けれども中学三年生の私に何か思うところがあったのか、最終的にチャンスはただ一度だけ、女性らしい格好をしないこと、一時間で隧道を通り抜けるならばよい、という条件で許しをいただきました。

 私は当日に向けて長かった髪を切り、魚屋さんが着るような胸まであるゴムの長靴をはき、ヘルメットにライトを着用して随道調査に臨みました。
同行していただくのは、水配人の8名の方と地元の農政局の方、そして父です。
 随道の中は真っ暗で湧き水がしたたり、コウモリが無数に飛びまわっています。
三百年以上も前のノミとツチの痕もくっきりと、まるで昨日掘削したかのように懐中電灯に浮かび上がってきます。

 深良用水の掘り抜き工事についてはいまだ謎が多く、なぜ両側から掘っていって、わずか1mの落差でぴたりと貫通させることができたのか、発破の技術もないのに、たった三年で掘り抜くことができたのはなぜなのか、実は今日でも解明されていないのです。
キリシタンバテレンの法を使った、修験者の呪法を使ったなどと幕府から言いがかりをつけられて、友野座が全財産を召し取られた上、厳罰にあうに至ったとも言われています。

 とはいえ、目にしているのは、開削以来、女性では誰も目にしたことのない光景です。
なんといっても、この隧道を通るのは女性では私が初めての者なのですから。
 許された一時間は過ぎ、私たちは何事もなく通り抜けを完了しました。
私たちは帰り支度を整えて、いったん場所を移して調査の首尾を話し合うことになりました。 
 この時、私はゴム長靴の下に普通のズボンとTシャツを着ていたため、何事もなく胸まであるゴム長靴を一気に引き下ろしました。
すると、その途端、その場にある視線が全部私に集中したのです。
誰もが声を失って、私を凝視しています。
 私は彼らの視線の先をたどって、自分の胸元を見下ろしました。
そして気づいたのです、
足から胸まで細い指を持つ真っ赤な血のついた女の手形がべったりと無数に付けられているのを。
それで、とにかく胸まで隠せるゴム長靴を履きなおし、私はライトバンに乗せてもらってひとまずは地元の大型スーパーに行き、着替えを買うことにしました。
 私は中学三年生、14歳でした。
この時の私の恐怖、満場の男性の目を前にした羞恥をわかっていただけると思います。
 この現象を目の当たりにした水配人さんは、今では決して頼み込まれても、絶対に隋道に女性を入れることはないそうです。
江戸時代よりこれからも、おそらくは私が最初で最後の深良随道に入った女です。
そして、その懲罰を山の神からその場でいただいた女です。
 山は魔界です。
山をあなどってはいけません。
山の神は怒り、祟るのです。




















箱根







 友達と箱根へ旅行に行ったときの話。
少し錆びれた感のある旅館に泊まりました。
 女将さんに「朝ご飯は大広間でどうぞ。」と案内され、みんなで大広間へ移動。
友達3人とテーブルを挟み、向かい合わせに私と息子(当時10ヶ月)が座りました。
 食事が運ばれて、食べ始めようとした時、友達3人の後ろにあった襖が10センチほど開きました。
私が『ん?』と思ってじっと見ていましたが、それ以上、襖が開くこともなく、誰かが覗いてくることもなく…。
 あの10センチは何のために、誰が開けたのだろうと不思議に思いながら、目線を下のほうへやると、お婆さんが横になった状態で、その10センチの隙間から両目でこちらをガン見していました。
生きている婆さんだったが、ぞっとした。


 幽霊より怖いじゃねーか。
一体その婆さんはなんでそんなとこに横たわってたの?


 何故そんなところで横たわっていたのかは不明。
ただその旅館は、2階のみが宿泊できる部屋になっていたので、女将さんのお母さんかなんかが生活してる部屋だったんじゃないかなと思われる。
 婆さんは瞬きもせずガン見していたが、何処を…、誰を…、ガン見しているのかは分からなかった。
あ、大広間は1階にありました。
説明不足でスマヌ。


















箱根






 会社のK子さんという同僚から聞いたお話で、彼女が実際に体験したお話です。
K子さんは先月の末、妹さんと二人で箱根の温泉旅館に行ったそうです。
その旅館は古くて由緒ある旅館。
文豪が定宿にしていたような旅館、といえば雰囲気は分かってもらえるでしょうか。
 二人は温泉も気に入り、お食事もおいしくいただいた後、部屋でくつろいでいました。
しばらくして、どちらからともなく、階下へ行ってお土産でも見て近くを散歩でもしようと言い出し、二人はそろってロビー階へ降りました。
 途中、何人もの仲居さんたちとすれ違いました。
ビール瓶のケースやスリッパがたくさん並んだ広間があり、閉じられた襖の向こうからにぎやかな声が聞こえてきます。

K子:「宴会やってるんだね」

 とりとめもない会話をしつつ、二人はロビー階へ到着。
ロビーといっても、従業員が常時いるようなホテルとは違い、ひっそりとしていました。
二人は、そこでお土産や宿の歴史が書かれたパンフを見たりし、その後お庭を散歩して、夕食後のひとときを過ごしました。
 そして数十分たった頃、肌寒くなったので部屋へ戻ろうということに。
二人は階上の自分たちの部屋へ向かいます。
ところが、自分たちの部屋がみつからないのです。
 さほど大きな旅館でもなく、たいして複雑な造りでもないにもかかわらず、何故か部屋にたどり着けない。

K子:「この年で迷子になるなんてね~。」

 仲居さんか誰かに尋ねようと、きょろきょろ辺りを見回す二人。
その時、妹さんが言いました。

妹:「おねえちゃん、なんか変じゃない?」

そう言われてK子さんも気づきました。
辺りがいやに静かなのです。
 宴会が催されていたはずなのに、廊下には仲居さんの姿はありません。
広間の前には、スリッパやビールケースこそ並んでいるものの、宴会の声もまったく聞こえない。
辺り一帯、人の気配がないのです。
 訝しく思いながらも、二人は廊下や階段を行きつ戻りつ自分たちの部屋を探しました。

妹:「ねえ、こんなとこに廊下あったっけ?」
K子:「ドアの造りが、私たちの部屋がある階とはちがうよね。」
妹:「ここ、さっきも通らなかった?」

 そういえば、踊り場で見た盛り花や絵画もどこか記憶と違う。
若冲のような絵だったのが、竹久夢二の美人画に変わっている。
別の場所で見たものをここで見たと勘違いしてるだけだろうか。
 最初こそ迷子気分を楽しんでいた二人でしたが、だんだん怖くなりはじめました。
降りた階段とは別の階段を上ったり、その逆をしてみたりを繰り返していると、予想とはちがう様子の廊下に出てしまうこともありました。

K子:「動けば動くほど、ここがどこだか分からなくなる・・・・。」
妹:「さっき、踊り場こんなに狭かった?」

そしていよいよパニック寸前、というところで、その人は突然現れました。

初老の女性:「どうかなさいました??」

 振り返った二人の目の前には、茄子紺色の丹前を羽織った初老の女性が立っていました。
不思議そうにそう尋ねた女性に、ふたりは安堵の面持ちで言いました。

K子:「私たち、自分の部屋が分からなくなっちゃって。」

しかし、それを聞いた女性は、さも可笑しそうにカラカラ笑うだけで、そのまま行ってしまったんだそうです。
 がっかりした二人が自分たちの部屋を見つけたのは、再び自分たちの部屋を探そうとした直後のこと。
 部屋に戻って安堵のため息をつきながら、さきの女性の不親切を愚痴るK子さんに、妹さんは言ったそうです。

妹:「あのおばさんが戻してくれたんだよ。」
K子:「どういうこと?」
妹:「おばさんが去ってくとき、なんか空気変わった感じがした。ぼにょーんって歪んだみたいな・・・。」
K子:「え?」
妹:「あの人、そういう係なんだと思う。」

 ちなみに、K子さんの妹さんは幽霊を見るような霊感はないそうですが、ただ非常に感受性が強く、普段からとても勘の鋭い人だそうです。
 結局、怖い思いをした旅館に二泊もしたくないということで、翌日の宿泊はキャンセルすることになりました。

従業員:「何か不手際があったでしょうか・・・」

そう聞く従業員に、

「なんかちょっと怖くって・・・。」

とだけ言うと、その従業員はそれだけで合点がいったという面持ちで、

「分かりました。」

と答えたそうです。
 地元のタクシーの運転手さんの話によると、その旅館のある一帯の地域では、以前から同様のことが起きるそうです。
雑木林の中や宿泊施設の裏の遊歩道など、屋外でも起こるらしく、そういう時は必ず人の気配がなくなるのだそう。
 そして迷った人々が元きたところへ帰還する直前には、いつも朗らかな初老の女性と出会うのだとか。

運転手:「怖いことはないんですよ。いっとき迷っちゃうだけでね。磁場っていうんですかね、それが狂うのが関係してるって言う人もいます。ただ、それとおばさんとが、どんな関係かは分かりませんけどね。」

K子さんから聞いた話は以上です。















童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
 大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

2月24日(土)のつぶやき

2018-02-25 03:07:51 | _HOMEページ_




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

☆童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。

-------大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ-------