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大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の出来事 2月12日 スヌーピー

2018-02-12 11:32:38 | A,日々の出来事_





  日々の出来事 2月12日 スヌーピー





 今日は、チャールズ・モンロー・シュルツが亡くなった日です。(200年2月12日)
チャールズ・モンロー・シュルツは、”ピーナッツ”で知られるアメリカの漫画家です。
日本では、”ピーナッツ”と言うより、”スヌーピーとチャーリー・ブラウン”と言った方が分かり易いのかも知れません。
 チャールズ・モンロー・シュルツは、就職したアート・インストラクション・スクールで教師をしながら種々の雑誌に漫画を投稿し、1947年に始めて地元の新聞に”ピーナッツ”の原型となる”リル・フォークス”が掲載されました。
そして、1950年10月2日、ユナイテッド・メディアから”ピーナッツ”の連載が始まることとなります
 初めチャールズ・モンロー・シュルツは、ユナイテッド・メディアが勝手に決めた題名の”ピーナッツ”を嫌いました。
これは、ピーナッツには”つまらないもの”と言う意味が含まれていることもあり、本当のところは題名を”Charlie Brown”にしたかったようです。
でも、”ピーナッツ”と言う言葉の親しみ易さと登場人物の親近感から、この漫画は世の中に受け入れられ題名もピーナッツと定着して行きました。

 登場人物のチャーリー・ブラウンは、人生の意味をいつも真剣に考え、優しさと我慢強さを持った子供です。(髪の毛が無いと思われがちですが、ブロンドなのではっきり描かれていないだけです。)
それでも、真面目なチャーリー・ブラウンは、友達には”石頭”と呼ばれ、飼い犬のスヌーピーには”丸頭の子”と名前も覚えてもらえず、大好きな”赤毛の女の子”には振り向いてももらえない難しい人生を送っています。
 趣味は野球で、監督兼ピッチャーを務めていますが、チームはいつも試合に負けており、チャーリー・ブラウンが試合に出ない日は勝つことになっています。

 スヌーピーはチャーリー・ブラウンの飼い犬で、チャーリー・ブラウンと仲も良く知性も高いのですが、いつまで経ってもチャーリー・ブラウンの名前を覚えません。
スヌーピーは”デイジーヒル子犬園”で生まれたビーグル犬で、趣味はスポーツや小説を書くことで、特技は変装です。
 スヌーピーの絵としては、犬小屋の屋根の上で眠っているのが多くありますが、落ちそうなスヌーピーは、実は耳の筋肉が発達しているので、耳で屋根をシッカリ挟み落ちないのです。
 それにこの犬小屋をバカにしてはいけないのです。
この犬小屋は外見では小さく見えますが、中は広いのです。
 この犬小屋は地下室に繋がっており、地下室の玄関ホールにはカーペットが敷いてあり、観葉植物が置かれています。
そして、地下室は、多くの部屋に区切られています。
また、テレビ、エアコン、卓球台、ビリヤード台が設置してあり、図書室もあります。
かつてはゴッホの絵が飾られていましたが、1966年9月19日の火事で焼失し、現在はワイエスの絵が飾られています。

・・・と言うことは、散髪屋のチャーリー・ブラウンよりも、スヌーピーの方がお金持ち!!












     スヌーピーとチャーリー・ブラウン


















☆今日の壺々話












幸せはあったかい子犬






 父は見た目も性格も職業も非常に固い感じの人なんですが、私が小学生の頃書斎をあさっていたら古いピーナッツ(スヌーピー)の本が出てきた。
父が若い頃のものなので、今から30~40年前のもんだろうと思う。

 Happiness is なんとかっていう洋書で、ページごとに各キャラクターが、「Happiness Is a ●●」と紹介していくもの。

 ●●に毛布とか歌とかが入るわけ。
大昔からある有名なギフトブックらしい。
 ”これ何?”と聞いたら、父が母に昔プレゼントしたもんだって言うから、頑張って読んでみた。
英語だけど、ごくごく簡単な単語だけだし絵で分かるし。
で、最後のページに「My Happiness Is       」って自分で書き込む空欄があるんだけど、そこに父の字で「Your All」て書いてあった。
子供ながらに感動した。



   ”幸せはあったかい子犬”について


 1962年にDetermined社からギフトブックとして出版され、アメリカでベストセラーになった絵本です。
内容は、”Happiness is~”で始まる簡単な文が30個あり、それぞれにピーナッツに出てくるキャラクターの挿絵があります。
この絵本を開くと、何気ない普段の生活の中にある”ちょっとした幸せ”を感じることができます。
















幸せの公式





 自分が今、幸せかどうかは案外わかりにくいもの。
自分が不幸で恵まれない、なんて思っている人はこの公式を参照してみるとその一因がわかるかもしれない。
アメリカの心理学者であるDienerら(2008)は、人の「幸福度」を、こんな式で表している。

幸福度 = 持っているもの ÷ 望んでいるもの

これ、ものすごく単純で当たり前のことのように思えるが、改めて言われると案外的を射ているのではないだろうか。
たとえば、100万円の貯金しかないひとが、「1000万円のスポーツカーが欲しいな」なんて思っていた場合、その人の幸福度は、

幸福度 = 100万 ÷ 1000万 = 0.1

だが、同じ人が「10万円のラジコンがあれば十分」なんて思っていた場合、

幸福度 = 100万 ÷ 10万 = 10

なんと同じ金額を持っていても、前者より後者の方が100倍も幸せになれる。
もちろん、これは単純な例で実際はもっと複雑だろう。
けれど、幸せは持っているものだけでなくて望んでいるものによっても、左右されるというのは、真理のように思える。
つまり、人は自分の望み次第で幸福にも不幸にもなれる。














幸せ





 結婚してから食生活が楽しみになった
そんなに良い物食べてるわけじゃないんだけど。
 子供が生まれてからはもっと楽しくなってきた。
うちの娘はメシが自分の好きなメニューってだけで幸せそう。
しかも嫌いなものは少なくて、世の中の食い物の45%くらいが「好き」カテゴリーだし、15%くらいが「大好き」に含まれる。
だから、毎日のようにエライ感激してるよ。

「コーニャとうふ美味しいね。
今日、コーニャとうふで良かったねお父さん。
明日もコーニャとうふだといいね。
だって、それだとシャーワセだもんね。
コーニャとうふ、すごく美味しいね、ね?」

 なんでか、高野豆腐が好きらしい。
でも、高野豆腐じゃない日も同じような感じ。
 実際、そうやってみんなで笑顔で美味い美味いと言いながら食べると、普通の飯でもすごく美味く感じるんだよな。
だから、幸せだって言ってると、幸せになるんじゃないかと思う。



















家庭







 結婚して子供ができて、ホカホカした食卓にみんな笑顔で並んでたりして、ときどき泣きそうなくらいの幸せを噛み締めるな。

「荒みじんの玉葱が入ったでっかいハンバーグ」
「大皿いっぱいの散らし寿司」

カミサンと子供には、自分が子供の頃に満たされなかったものを埋めてもらってる。

「ケチャップで名前書いたオムライス」
「釜で炊いたお米のキレイな狐色のお焦げ」
「ジャガイモとニンジンのゴロゴロしたカレー」

みんな夢見るだけで、一回も与えられなかったものだ。

「年の数だけロウソクの立ったケーキ」も。

なんか、三十過ぎた今になってようやく、切ない気分にならずに見られるようになった。
 最初の頃、なんか幸せな食卓に座るたび”なんで俺がこんなトコにいるんだろ?”とか思ったけど。
自分みたいな一人きりの惨めな飯とか、親も不在で金も食いモンも無くてひもじい思いとか、ぜったいさせたくないな。
 うちね、端的に言うと親が超DQNだったの。
当時のウチのメシ見たら、みんな残飯かゴミかと思うよ、きっと。
幸か不幸か自立して生きて来れた。
優しい嫁とも会えた。
元気な子供もできた。
だから、俺はきっと神様っていると思う。
 新婚当時は出されたもの食べてた。
しばらくして(長男を妊娠した頃か)、

「 ね、好きなものなんでも作るよ、なに食べたい?」

って、聞かれたから、思わず

「 おっきいハンバーグ!」

って答えた。
 我ながら、三十過ぎてなにいってんだ思ったけど、嫁はニッて笑って、小さめの座布団みたいな超巨大ハンバーグ作ってくれた。
俺のこと見てて、なんか感じたのかな。
爪楊枝のちっちゃな旗が立ってて、お手製ハンバーグソースで”○○くん、はぁと!”とか書いてあった。
俺って妻だけではなく、初めて家庭と母親を手に入れたんじゃないのかな。

















幸せ






 俺が高校出て就職して2年目、新卒の女の子が入ってきた。
俺より上は男しかいないようなむさ苦しい職場だったが、その女の子で、一気に会社が華やかになった。
 研修期間が終わり、秋。
その女の子がうちの部署に配属となった。
横顔がタヌキみたいに見えた。
なんか、いつもピョンピョコフワフワしてた。
滑り具合に定評のある俺のギャグにも、顔をクシャクシャにして笑ってた。
めちゃくちゃ幸せそうに笑うもんだから、一発でその笑顔の虜になった。

 その年の暮れの忘年会、偶然席が隣になったので、ここぞとばかりに沢山話した。
もうすぐ来るクリスマスがちょうど誕生日だと言うので、翌日プレゼントを買いに走った。
似合いそうな可愛いヘアピンを買った。
クリスマスの日も仕事だったが、渡すタイミングを窺ってたら、一日が終わってしまった。
 結局、渡せたのは年が明けてからだった。
苦笑いと嬉しさが混ざったように「ありがとうございます」と言ってくれた。
翌日からずっとそのヘアピンをしてた。
知ってる限りは毎日ずっと。

 次の春、連休に食事に誘った。
「男性と二人で食事にいったことなんかなくて、緊張します」と断られた。
絶望したね、1ヶ月くらいハイパーブルーだった。

 その年の夏、女の子は泣きそうになりながら、というか泣いてた。
俺に話しかけてきた。
「もらったヘアピンを壊してしまいました」ものすごく落ち込んでた。
何を言おうか混乱して、おもわず告白してしまった。
恥ずかしいから内容は伏せるが、女の子は驚いた顔を見せて走って逃げた。
パワハラ兼セクハラをかましてしまったと思い、またハイパーブルーになった。

 翌日の仕事終わり、女の子から「食事に行きましょう」と誘われた。
そして告白の返事をくれた。
「こんな私でいいんですか」とほざくので、自分の魅力を事細かに説明してやった。
ドン引きされるかと思いきや、また幸せそうに笑った。
「今すごく幸せです」って。
こっちのセリフだボケ。
強いて言えば、初めての食事くらい俺から誘わせろ。

 それから何度もデートを重ねた。
意味もなく散歩したり、海辺をドライブしたり、某川の等間隔に混じったり。
会社ではひたすら隠した。
「いつバレますかね?」と彼女は笑った。
が、その年のクリスマス、ペアウオッチをあげた。
とくに意識しないで会社につけていったら、彼女もつけていたので、そこでバレた。
照れ笑いも可愛かった。
冷やかされた。

 それから4年、これといった騒ぎもなく時間が流れた。
というかキスすらもしなかった。
そういう欲が無いわけではなかったが、手をつないで二人で歩くだけで幸せだった。
 またクリスマス前にプレゼントを買った。
初めてあげたヘアピンと同じ物と、指輪を。
プロポーズしようと思った。
当日会ってみれば、彼女はそのヘアピンをしていた。
「直してみました」と笑った。
 夕食の時、買ってきたヘアピンと指輪を渡すと、彼女は泣き出した。
「やっぱり私は幸せです」と。
こっちのセリフだアホ。
ついでに言えば、その日初めてキスをして、体を重ねた。
恥ずかしいからカット。
 お互いの両親や上司にも快諾を得て、式の準備、本番、ハネムーン。
それからの生活は本当にあっという間だった。
俺が昇進して、子供が生まれ、嫁も昇進して、また俺が昇進して。


 今日飯行ってきたんだよ。
忘年会で席が隣になって、告白の返事を貰って、俺がプロポーズした店。
俺と嫁と娘の三人で。
目の前でおそろいのヘアピンをつける嫁と子供を見ていたら、俺はすごく幸せもんだと思った。
 帰りの車の中、4歳の娘が「○○は今日しあわせでした!」というもんだから、つい笑ってしまった。
それを聞いて嫁が「お母さんのほうが幸せだよ」って言った。
ちょっと涙が出てきた。
お父さんが一番幸せだっつーの、アホども。















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2月11日(日)のつぶやき

2018-02-12 11:19:01 | _HOMEページ_


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