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大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 7月15日 産科

2013-07-15 20:07:12 | B,日々の恐怖





    日々の恐怖 7月15日 産科





 十数年前、総合病院に勤務してた時の話です。
俺がいたのは内科病棟。
当時はまだ野郎の看護師が、整形や透析以外で勤務してたのは珍しかった。
 その病院、西と東で一つの階に違う科があった。
俺の勤めた内科は東、西病棟は産婦人科だった。
ナースルームは隣接してたが、西はいつも陣痛の呻きと赤ちゃんの泣き声、それに家族さん達の喜びの声。
それに比べて、こっちの内科はダークなオーラを醸し出してる人たちでいっぱい。
正に天国と地獄。
一週間に平気で3人はステッてたし。
エンゼルセット(死後処理用詰め合わせセット)大忙し。
 ある日の準夜帯、いきなり西の産婦人科から妊婦さんが一人、ストレッチャーでウチの内科に運びこまれた。
西のナースたちの顔色が真っ青。
イヤな予感。
 運ばれてきた妊婦さんには見覚えがあった。

「 結婚してから8年もかかったんです~。」

と、隣のナースセンターでコロコロ幸せそうに笑ってたのを見たことがある。
確か出産間近だったはず。

「 胎盤が早期剥離した、母胎も胎児もヤバい!!」

産婦人科のドクターの血相が変わってた。
ストレッチャーの下半身、比喩じゃなく真っ赤っか。
こっちまで青ざめた。
ちなみに男は女より血に弱い。
 要するに、まったくお産の予定が無い場合、産婦人科は夜勤帯はナースの手が無い。
緊急呼び出ししてる余裕も無いため、その時たまたまヒマだった内科に連れてきたらしい。
まあ、産婦人科よりは多少緊急時のセットはあるが、外科のほうがいいのになあ、とか思いつつ、処置の手伝いを始めた。
 後から思えば、違う階にある外科病棟まで連れて行くほどの余裕も無かったんだと思う。
廊下に細い血の河ができるほどの出血だった。
今でも思い出すと気分が悪くなる。
その時は頭は完全救急モードになってたけど。
 で、空いてる部屋に患者さんと機材を慌てて運び込み、処置が始まった。
とは言え、夜勤組んでた相棒はともかく、俺は産婦人科はシロウト。
血液ルームから輸血パック運んだり(確か全部で六千CCぐらい)、処置や投薬の内容をメモるので精一杯。

「 イノバン側注!」
「 血圧60/30!胎心音微弱!」

とかなんとかドクターとナースが怒鳴りあってるのを、必死で手近な紙や手の甲にボールペンでメモッてた。
後で看護記録にまとめなきゃいけないから。
左手の甲がペンのインクで真っ黒になったのを覚えてる。
 結論を言うと、母胎も胎児も助けられなかった。
元々その妊婦さんは血小板の機能が弱く、それまでも何回か流産を繰り返してたらしい。

「 今回は順調だったのに・・・。」

普段は明るい豪快なドクターが肩を落としていた。
西病棟のナースも、半泣きになりながら家族に電話をしていた。
 俺はと言えば、普段は入らない産婦人科ナースルームで看護記録を書かされていた。
正直凹んではいたけど、まあ他病棟の患者だし、自分なりにできる事はしたつもりだったし。
それよりも、自分の左手にメモッた事項を記録にするのに一苦労だった。
 看護記録をようやく書き終えたのはもう午前二時過ぎ。
正直、さっさと帰って休みたくなっていた。
暗い表情の西病棟ナースに記録を見せて、東病棟に戻った。
もうとっくに深夜勤のナースも出勤していた。

「 スゲェ大変でしたよ~。」

と深夜のナースに愚痴りながら、手を洗い始めた。
左手の『モニターフラット』だの『死亡確認』だの、ロクでも無い字を早く消したかった。
 皮膚にボールペンで字を書いた場合、逆性石鹸とかよりも、アルコールのほうが簡単に落ちる。
ウ○ルパスをスプレーすると、案の定簡単にインクは落ちた。
インクだけは。
 左手が妙にヒリついた。
アルコールが沁みた痛み。

「 ・・・・?」

と思って左手を見ると、赤いインクが落ち切れてなくて字が残ってる。
 いや、赤いインクじゃない。
当時看護記録は、夜勤帯は赤ボールペンで書いたけど、病室には持って行ってない。
第一、字の大きさが違う。
記録する事が沢山あるのに、俺はこんな大きな字で手に書いたりしない。
 それは、ボールペンのインクじゃなかった。
引っかきキズが赤く手の甲に浮かんでいた。

『 う ん で や る 』

絶対こんなコト書いてない。
他の字が偶然そんな風に見えてるワケでもない。
 当時若くてバカだった(今もだが)俺は怖いというより興奮して、深夜勤に来たナース(超ベテラン)に手を見せた。

「 これ、すごいッスよ、あの人のメッセージですよ!」

寝不足でテンパッてた俺は、自分でもよくわかんないテンションで妙に感動してた。
いや、感動する場面じゃないんだけど。

「 すごいッスよねえ、よっぽど赤ちゃん欲しかったんですねぇ、俺にメッセージ残したんですねっ!」

ベテランナース、しばらく俺を眺めてたが、ボソッと呟いた。

「 それ、違うよ。」
「 はい・・・!?」

急に言われて、ボケッと先輩を見た。
 先輩、妙に無表情に俺の左手を指さした。

「 そこ・・・、『う』の次・・・、ちゃんとよく見てみなよ。」
「 はあ・・・?」

改めてシゲシゲと眺めた。確かに『う』と『ん』の間に、読みにくかったけど文字が一字浮かんできた。

『 う らん で や る 』

次の年の3月、そこの病院は辞めた。
 俺は今もナースマンを続けているが、常に分厚いメモ帳を常備している。
手にメモることは、あれから一度も無い。


















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