あぁ、生きた証

日記、献血放浪記、気がついたり考えたりしたこと、地元清水エスパルスについて書いてます。

日本 vs ドイツ

2006-05-31 | サッカー
さて、W杯本番前に強国相手との対戦。
昨日から、大事な大会直前の試合で強豪ドイツ相手に大敗したらどうしよう、
更に弱点やらもろさを他の対戦国の参考になるような
感じで露呈されるような状況にでもなったらどうしようかと
実に悲観的なことしか考えずに観戦。

願わくば1点とって2失点くらいまでに抑えられれば、何かしら
収穫の有りそうな試合にでもなるのかなぁくらいのホントの本当に
淡い期待を抱くのが精一杯だった。


新聞に4時25分からと載っていたので、4時半頃起きると、あれ???
まだ試合前のウォーミングアップ。
眠い目をこすりながら、頭の中はぼぉ~っとしたままテレビを見ていた。
選手はユニフォーム着てねぇし.......。
実際に試合が始まったのは5時少し前だった。

こんなことなら、もっとゆっくり寝てればよかった.....


さて、試合をふり返ると、
大会前だし、ケガさせても...で、親善試合色たっぷりの試合かと思い気や、
いやぁー試合ともなるとガチガチ。ガチンコ真剣勝負。

けずりまくり。けずりまくり。

見ていて「おいおい」って冷や冷やモノだった。
日本であれ、ドイツであれあくまでこの試合は親善試合であって
本大会ではない。こんなところで怪我人がでたらそれこそ目も当てられないし...


まぁ、ゲームはほとんどドイツに支配される苦しい展開だった。
決定的な場面こそ作られていなかったが、CKが多いのには
いつか高さでやられそうと不安がよぎった。

何とかスコアレスドローで前半終了。
後半に入り前線とバックラインとの距離が徐々に開き気味になり、
間延びした中盤ではヒデ、俊輔が比較的にフリーでボールをもて始めた。

「攻撃の形がようやく作れるなぁ」と思っていると歓喜のゴール。
そしてまさかの2点目。
おお!ドイツ相手に2点もリードだ!

「これはもしかすると、もしかするか?」の期待も虚しくまさかのドロー。

勝てば間違いなく、世界に衝撃を走らせることが出来たが、
すくなくとも同じF組の3カ国は、日本って簡単に勝ち点を計算できる
国ではないというこを認識させただろう。
まぁ、それだけでも結構な衝撃だろうが....

まだ僅かながら修正する時間が残されているので、
高さとマークとセットプレイをもう一度確認しておきたいところ。
オーストラリア、クロアチアは間違いなく高さで來だろうし。

がんばれぇ~!

それにしても会社では、朝から1日中眠かった...辛かった。
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どうやら...

2006-05-30 | 雑記・日記
ふと、思い出したのだが、4月のブログで、(何日のかは忘れたが)
研修帰りに東名を飛ばして、もしかしてオービスにひっかかったのでは?
と実にケアレスミスを犯したことを気にしていたが、
もう1ケ月近く経つのに、何の連絡もない。

ふぅーー
オービスにひっかかかってないのかーーほっ!

やっぱかつてスピード違反で痛い目にあっていると、
あの苦痛の日々をもう一度経験するのは、非常に心苦しいので、
回避できた(であろう)ことは、素直に嬉しい。

罰金はこたえるしなぁ~
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くりーむしちゅーのオールナイトニッポン

2006-05-29 | 音楽・ラジオ
社会人にもなると、ライフスタイルも変わり、かつて深夜ラジオに
熱くなっていた中高生も深夜放送から段々離れていくとはよく言われたもの。
自分もかつて毎日深夜放送は録音なんて邪道、ラジオはリアルタイムで
新鮮な情報を聴かなきゃって頭があったので、毎日睡眠不足で
高校へ通ったものだ。

そんな中、ふと最近またオールナイトニッポンを聴くようになった。
最初のうちは、寝ながらタイマーかけてだったが、
そのうち全部を聴きたいなぁと録音するようになった。
流石に仕事に支障が出るほどの睡眠不足はいただけないので
リアルタイムで聴くって訳には、いかないが、
そんな中、お気に入りが火曜日のくりーむしちゅーのオールナイトニッポン

中学、高校時代に戻ったような感じで年甲斐もなく楽しんでる。
今も昔も変わらず、面白いハガキを書いてくる奴はいて、
そのセンスに驚かされるのは、いつの時代も変わらないなぁと思う。
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ケータイ事情

2006-05-28 | 雑記・日記
日テレのバンキシャ見ていてビックリ。
11月からのナンバーポータビリティー制の導入に伴い各社囲い込みに向け
色々動いているとは聞いていたもの、自分のケータイはTU-KAだし、
よその会社に関してあまり知らなかった。

様々な機能がついているけど、使いこなせていないという話もよく聞くが
番組で紹介されていた若者は、実にうまく使っていた。

ケータイが財布になるって便利だなぁって。
以前クオカードをもらって、セブンイレブンで使っていたが、小銭を
考えなくていいので非常に便利だった。

ケータイをかざすだけで電車にも乗れ、レジも済ませることが出来るなんて
いやぁ~なんて便利な。
(今さらかよって、言われそうだが..........)

いずれはこれが主流となっていく可能性もあるが、
自分の場合、ケータイって落としてなくしたりする恐れが非常に高いので
どないなもんだろう?
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漫画立ち読み

2006-05-27 | 漫画
来週の日曜日には資格試験なのにもかかわらず、参考書を開けようなんて気も
これっぽっちも起きず、今日もまたブックオフへ立ち読みに行ってしまった。

読んだモノといえば、昨日レビューした「烈火の炎」の続き。
8~10巻まで読んだけど、相変わらず薄っぺらな展開にがっかり。

1巻に比べると絵はだいぶ上達しているが、肝心な話の内容はいまいち。

けど、最後まで読破しようとしている自分はスゴイと思った。

それにしても天気予報じゃ降水確率80%といっていたが
まともに雨が降らなかった.........良いのか悪いのかはさておき、
明日も雨のはずだが、この時間になっても降っていない......
なんだろなぁー
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烈火の炎

2006-05-26 | 漫画
ここのところ毎日、お昼を食べた後、何故か職場の書庫らしきところの棚の
一角に並んでいる漫画を1日1冊ずつ読んでいる。

ここの棚に並んでいる漫画は、誰が持ってきたのか、そして何故ここに
あるのかさっぱりだし、1巻から最後まで揃っているわけでもなく
本当に謎だらけ。(笑)

まぁ、所詮食後の腹の具合がおさまるまでの時間潰しなので、何でもOK。


で、何を読もうかと眺めている中で全巻揃っている(と思われる)「烈火の炎」を
読むことにした。(今のところ7巻に突入)
かつて週刊少年サンデーに連載されていたは知ってたし、
確かアニメ化もされていたような記憶があるが、
原作を読んだことはなかったこともあり、どんなもんだろうと
興味津々で読み進めた。




感想は、


......................一言で言えば、「薄い」
実に、話の中身が薄い。そしてキャラクターの幅みたいなものも薄い。
二番煎じ的なニオイがぷんぷんする。
絵もいまいちだし。うーーーーん。

この漫画は、当時人気あったのかなぁって疑問が沸いてくる。
わくわく感というものが全く無い。次の展開に期待するところとかも
全く無く、商業誌でここまで心揺らす魅力的な要素が全く無いのも
珍しいかなと思った。

それでも毎日読み続けているあたりが、我ながらえらいと思う(笑)
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酸素水

2006-05-25 | 雑記・日記
ちょっと前からコンビニのドリンク売り場の棚の中で気になっていたもの。
それが「酸素水」。

酸素濃度5倍って一体なんなんだと思いながら、
今日思い切って買ってみた。

今年の飲料水の流行の傾向として、炭酸入りと聞いていたので
これもそうかなと思っていたが、炭酸とは何処にも書いておらず。

さて、あれこれ考えるより飲んでみるかーーーーと一口。
「!」
本当にただの水だー

原材料が、水と酸素って................

これは体が酸素を欲しているときとかに飲めば効果的なんだろうか???
わからねぇ~~
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独り暮らし その7

2006-05-24 | 雑記・日記
大学時代の思い出話を大学入学当時から順を追って書いていたが、そうすると
まともに4年かかってしまうので、そこまで律義に追って書くよりも
思い出した話題を書いていったほうが、個人的にも楽しいいかなと思ったので、
ちょうどこの時期の大学2年の時の話。

当時、自分の部屋の中は殺風景で、4畳半の部屋の中には
角にテレビ(19型、実家で要らなくなったもの)、小さな食器棚。
そして部屋の中央に机兼こたつ。
他は特になし。

で、中学生の頃からテレビよりも自分の部屋で聞けたラジオの方が
どっちかというと好きで、ヘッドホンステレオにラジオの機能が
付いているものを持っていた。

実家の静岡では地元のSBSラジオを聞くか、首都圏のニッポン放送を
聞くことが多かったが、首都圏の放送局といえば、更にTBSもあれば
文化放送もある。
ただ、これらの放送局は残念ながら静岡ではノイズがひどく、
夜になって感度が良くなった状態でも、かろうじて聴けるくらいだった。

それが、自分は都内にいる。
ということは今までノイズまみれでしか聴けなかった放送が
クリアに聴けるってことだけで、すごく嬉しかった。

最初のうちは、ヘッドホンステレオのラジオ機能で聴いていたが、
大学2年になるときの春休みのバイトで貯めたお金で
頑張ってコンポを買った。

確か15万位したが、自分でポンと現金で買った最初の大きな買い物だった。
1ケ月頑張ったのが一気に消えてしまうのには、多少戸惑ったが
欲しかったものだっただけに、こうして部屋の中を充実させていこうと思った。

このコンポのおかげで、自分のラジオライフは充実し、
タイマー機能が日々の目覚ましとして活躍していた。(笑)


またこのころから、中高生の深夜ラジオもさることながら、当時の友人の
影響も多分にあり、おじさんおばさんをターゲットとした
昼の時間のラジオをよく聴くようになったものだった。
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独り暮らし その6

2006-05-22 | 雑記・日記
4月の始めに新学期、新生活を送るにあたり、自分が初めて独り暮らしを
始めた大学1年のころを懐かしくふり返りながら、当時の若者独特の
何かを求めていた感覚を自分ながらに模索するために、書いていたが
5月下旬に入り、当時どうだったかなとここらでまた再度考察。
(決してネタが無いわけではなく.......笑)

当時、5月終わりにもなると約2ケ月弱だが、独りの生活を謳歌していたと思う。
もう色んな不自由さよりも独りの気楽さの方が先行していただろう。
食事は比較的ムキになって自炊をやってたと思うし、洗濯も週に一度は
やってただろうし、日曜日に掃除機もかけ、天気のいい日には布団も
積極的に干していた。(と思う)

まだバイトとかはやっていなかったので、毎日家と大学の往復で
帰りは軒並み新宿で下車して色々散策していた。
まぁ、要するにかなり時間を持て余していて、その時間を比較的家事に
割いていたにすぎないんだけどね...。

それでもまだ最初の頃は、仕送りをもらってもどう配分すれば、1ケ月を
乗り越えられるのか全然分からなかったので、とにかく自分の貯金も
若干あったので、それも最後の切り札的な財布として頭に入れ
家計簿みたいなものもつけつつ、節約しつつ生活のペースを模索していた
と思う。

しかし、結局、毎月の仕送り(10万だったけど)のうち、
家賃+光熱費で3万くらい(安い!)
銭湯代1万弱
食費1日1,000円から1,500円で4万強
くらいだったので、若干だけど毎月浮いた部分が出ててくる程だった。

今考えると、この時期が4年間でもっとも暇な時期だったので、
都内のもっと色々なところを巡っても良かったかと思う。
その時思ったのが、「自転車さえあれば23区制覇を目指した」と。
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タイタンの妖女

2006-05-21 | 雑記・日記
以前から読んでみたかった本で、結構大きい書店に行っても
無かったりで、ぼちぼちあったとき買おうくらいに思っていた本。


きっかけは、爆笑問題太田が「爆笑問題のすすめ」でおすすめの本として
取り上げていたから。
事務所の名前がタイタンだなぁと思っていたら、この本のタイトルから取った
ってことで、そこまで人の心を動かす本はチェックしておかないとって感じだった。

番組の中でもザッとあらすじに触れていたが、
最後はくだらないオチだよとのこと。


さて、ようやく購入できたものの、再来週の日曜日には資格試験がある関係で
いまのところしばらく封印しておかなければならない。
また読み終わったらレビューしようかと思う。
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無駄と合理的な生き方

2006-05-20 | 動画・映画・テレビ・DVD
今日のお昼頃、何の気なしにテレビをつけていたらNHKで
2人の対称的な大学生の生き方についてやっていた。

一人はきちんと将来の目的を持って、それにむかって努力している大学生。
とにかく無駄が嫌いで何でも合理的に効率良くやろうとする優等生的な
感じの大学2年生。

もう一人は、無駄があっても今が楽しければいいじゃんというスタンスで
繁華街の路上に「友達になって下さい」と書かれた看板を掲げ、
道行く人からひたすら声を掛けられるのを待つという、友達千人作ろうと
いう企画を試みている大学3年生。


番組の展開としては、合理的な大学生が無駄のある大学生の生き方に賛同できず、
何を目的にそれを行っているのかとりあえず1日同行してみるって感じだった。

まぁ、夕方から道端に座り、ひたすら声を掛けられるのを待つというのは
「くだらないことやっているなぁ」と思ったが、さすがそこには時間が経つにつれ
ドラマチックな人と人とのやり取りがあり、同行していた合理的な大学生も
冷めた表情から、人との繋がりを通じて笑顔を垣間見せる感じに変化していく
というものだった。

しかし、だからといって賛同できる訳ではなく、それを終えて最後に2人で
お互いの考え方をぶつけていた。


個人的な感想としては、「無駄」にも幾つか種類があるかと思う。
本当に何も生み出さない無駄と、何か動いている中での無駄。

今回の無駄は後者だと思う。
道端で看板掲げて、見ず知らずの人と友達になろうとは馬鹿げているが
そこには、それをやろうとする能動的な「動き」があって、それを
達する手段として話しかけるのをひたすら待つという待ってる行為が無駄
っぽく見えるだけに過ぎない。


合理的に生きたいとは少なからずとも誰しもが思うところだろうが、
無駄って、あくまでもその場、その瞬間には無駄であって、
それが未来永劫無駄のままあるかといえばそうとも言いきれない。

社会人になると学校できた勉強が活きる割合は、学校生活の大半の時間を
割いてきた割には低い。
むしろ遊んだり、何かを頑張ってきたきたことが何らかの形で
活かされるケースが多い。

将来○○になるんだと、目標に向かって勉強に全てを捧げて、
折角時間を持て余すようになる大学生になってまで、ひたすら勉強に
明け暮れるのは、確かに否定しようの無いくらい立派だが、
果たしてそれでこの先人間として大丈夫?って感じ。


まぁ、そもそも無駄な生き方って無いと思う。
結果として遠回りしたっていい。
いつもそれが何であっても全力で打ち込めさえすれば、いいじゃんって思う。
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もはや...

2006-05-19 | パソコン・ネット
今日、仕事上使用するので以前注文していたデジカメが届いた。
(もちろん経費ね)
CANONのIXY(型番等は忘れた)だが、カタログだけで注文しているので
実物を見てビックリ。ち、小さい.....。
ケータイよりも小さく軽い。

値段も500万画素で、3万を割っているんだね。
ほんの数年前は200万画素で「すげぇ~」って言ってたし、
500万画素なんて言ったら6~7万はしていたような気がする。

軽く説明書を一通り読んでみて、個人的にすごい欲しいとまではいかないものの
買うなら同じものを買ってもいいかなぁくらいに思った。

しかし、対応OSを見てがっくり。
MacではOSX以降しか対応していない。

................あぁ.........

次から次へと発売される周辺機器も最新のものに必然的に対応になるわけで
自分のMacはもう9年目を迎える。
十分減価償却出来てるし、そろそろ新しいMacへ移行する時期が
迫っているのかもしれない。
如何せん、周辺機器で良いものが使えないとなると結構厳しい。
ついでにプリンタも買い替えたいし。
(これも8年くらい使っているしー)

最近、Macの調子もどことなく悪くなってきているし。
よく内蔵電池が切れないよなぁと感心。
毎日毎日立ち上げている時間が長いからなのかしら?
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先細り

2006-05-18 | 雑記・日記
TU-KAから毎月送られてくる「ご利用料金のお知らせ」。
封筒の薄さが気になりだしてからしばらく経つが、
中に入っている書面も寂しい。

軒並みツーカーショップ閉店お知らせとか、それでもまだ取り扱っている
ショップ一覧とか。
扱っているショップが静岡、愛知、岐阜、三重の4県で100軒程度というのも
どんなもんだろう?(笑)

新機種の紹介にいたっては、もうかなりの間見てないような気がする。
いや、見てない。

確実に先細りになっていて、この先の番号ポータビリティー制を見据えて
auへの移行を積極的に謳っているが番号もアドレスも割引もそのままといのは
十分魅力的だと思う。

仕事でDoCoMoのケータイも持つようになり、(あまり使ってないけど)
これはこれで使い勝手が実によろしい。
ケータイを2台も持つようになるとは思ってもいなかったが、
まぁこれはこれでいいかなと。
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「悩み」って

2006-05-17 | 雑記・日記
ここのところサッカーばかりの話題になっているので、まぁW杯が近づけば、
そして期間中は、もっぱらサッカー中心の話になるのだろうが、
たまには、ふと感じたことを書くのもいいかなと。


あらゆるメディアで「悩み相談」なるものが、大なり小なりある。
そして誰でも常に悩みを抱えているのかと思う。
(本当に悩んでたら、テレビとかに出られるものなのかなぁ??)

小さな悩みは、ちょっとのことで解消できて、また別の小さな悩みが
湧き出てくるものかなぁと思う。
そして、別に気にしなくてもいいじゃんで済むのかもしれない。

けど本当に悩んでいるというのは、小さなものではなく、自分では
どうにもしようのない悩みなのかなぁと思う。
つまり、自分の身の丈以上で受け止め切れない(解消できない)ものかと思う。

この身の丈以上というところがポイントで、これは時に
時間と共に自分が成長し知識を蓄え、それに対する対処の仕方、スキルを
いつの間にか身に付けてクリア出来る域に達していて、結果として
「何で悩んでいたんだろう」とか「悩んでいたっけなぁ~」で
終わるものかと思う。

また仮に解消できなくても、それが自分にいつまでも重くのし掛かった状態を
回避する術を身に付けることもあるかもしれない。


例えとして相応しいのか分からないが、一例として、自分が高校受験で
悩んでいたとして、まぁ先の見えない不安と受験という目に見えないにもかかわらず
何か確実に自分の目の前に立ちはだかっているものを感じ、(これが日々の
小さな断続的なストレスなのだろうが)、勉強しても成績も大して変化もなく
しかし、一方でやることは沢山あることは分かっているとして、
「うわぁ~~~!」っと逃げ出したくもなるが、受験が済めば、
あの悩みは何処へやら?もう少し時間が経つと、もっと効率的に最小限の
勉強でいくらでも対処できたことに気付く。

そして、同時に大学受験はもっと大変なことにも気付く。

結局、「身の丈を超えている」というのは、自身未曾有の出来事に対して
きちんと処理しようとする(きちんとした結論を出そうとする)が故に
生じる苦しみであり、1度クリアすれば確実に経験から何かしら対処方法を
自然もしくは、それなりに見出すことが出来ているはずである。

という自分も、まだまだこれから沢山初めてのことに出会う訳で、
達観している様な傍らで、何処か小心もののおどおどしている部分が
見え隠れしている。

しかし、今まで生きてきてそれとなく出た結論は「なるようにしかならない」
だと思う。大きな流れの中にミを任せつつ、流れに溺れることなく
自分の目標なりに向かって、ちょっとずつ方向を定めて行くようにしか
ならないのかなぁって。

まぁ、この考え方になったのも、人それぞれ自分の意見があって、それを
頭ごなしに否定されることを嫌う。それを自分と違うからって排除するのも
間違っているし、かといって賛成もしにくいところがある。

だが、そういう意見もある程度にとどめておけば、角も立たなければ
相手の面子も潰れることはない。
事なかれ主義ではないが、敢えて無理に波風は立てず、落とし所があれば
妥協点を見出す程度の構えでいいのかなと思う。
別に見出す必要性も感じないけど。

ただ同時にそこには、自分の中の基準となるハードルを実にフレキシブルに
動かす必要性を伴う。これが相手を許し受け入れられる器量の大きさにも
繋がっていくのかなぁと自分なりに分析している。


ということで、いずれも暇な大学時代にあれこれ考えて見出した
不十分な結論であり、改めて哲学とは暇だからこそ発展した学問なんだろうと
感じるところがある。忙しければこんなこと考えないし。


そういえば、大学入学と共に親元を離れ、親からの干渉はない、
大学のあらゆる講義は自主性を重んじているので出欠も自由。
それまでの雁字搦めの生活が一変して怒濤の自由の波が押し寄せ
自分にとってこの時は、自由とは怠惰なものであり、
間違いなく無気力で非生産的なものであった。

そんな中、これではいけないと始めたのが読書。
色んな人の意見の中に何か自分の求める答えがないものだろうかと
寝ても覚めても読書に没頭した日々があった。

答えなんか当然そこにあるわけではなく、
自分が動かないと何も変わらないことは明白だった。

けど、そんな簡単に動けるものではなく、そこには様々な
しがらみがあるわけで、自由の中に不自由さが見えたことが
もしかしたら最大の自分の中での発見だったのかもしれない。

二律背反じゃないけど、それで成立している以上、切り離すことは
できず、それをあるがままに受け入れざるを得ない。
そう、「なるようにしかならない」わけである。
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最後で最大の決戦

2006-05-16 | サッカー
何か大げさなタイトルになったが、W杯前の中断期間に入る前の最大の試合。

もう各国レギュラーシーズンを終え、それぞれの代表合宿に合流し始めているかと思うが、
W杯前1ヶ月前、各選手の体調も考慮し、クラブでの試合は出来なくなっている中、
唯一各国代表がずらりと名を連ねる試合。



それがCL決勝。


そして、バルセロナ VS アーセナル
やはり注目はすでにリーグ制覇しているバルセロナが、CLも勝ち、そしてW杯も..
とまさに今シーズン全てがロナウジーニョのための大会といわれることを
望んでいるサポーター、ファンも少なくないだろう。


ちょっと話はずれるけど、ロナウジーニョのプレイの凄さはもはや
言わずもがなかと思うが、そのプレイ一つ一つに観客の心は魅了されていくこと
間違いなしだろう。

この感覚は、かつて何処かで感じたことが.......
そう!かつて神様と呼ばれたマイケルジョーダンのプレイを見ているときの
感覚に近い。

ブルズ黄金時代の頃は、BSでよく試合が放送されていたこともあり見たものだったが、
見始めたころマイケルジョーダン、マジックジョンソンくらいの名前は
知っていた。が、どれほどすごいのかまでは、さっぱりだった。

その凄さを知るのには、良いシーンばかりを編集して集めたNBAのビデオなんかより
試合を1試合フルに見ればハッキリした。

まぁ当時のブルズが、ジョーダンに集中的にパスを集めていたこともあり
かなりの確立でジョーダンがシュートをすることになるのだが、
裏を返せば、それだけゴールに繋がる確率が高いということで、
どんなにマークされようとも決め続けるジョーダンの姿に心躍らされ、
ここ一番では絶対決めるそのファンの期待に確実に応えるプレイに
試合の途中からは虜になっていた。

また、絶好調のときは、本当に神がかっていて誰の手にも負えない姿は
改めて「神様」と呼ばれる所以なんだなぁと認識させられる。

そんな姿が、ロナウジーニョにシンクロする所がある。
確かに今まで世界中で名だたるスーパースターがいたが、
ちょっと別格だ。誰か止められる選手が登場するのだろうか?
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