迷走日報。。。

競艇・競輪・オートレース・ばんえい競馬…博多の小バクチ打ちが綴るグダグダ日記です。目標は毎日更新。

ジャンジャンバリバリ

2009年01月31日 | スロ・パチ
オートレーサー荒尾聡氏、旧スロについて語る。

旧スロといっても大花火だが…まぁ旧スロの定義は人それぞれという事で。
大花火がホールを席巻していた時代、それすなわちスロにとって狂乱の時代。
ホールではドル箱が山のように積み重ねられる光景が日常茶飯事だった時代。
一撃必殺の出玉に夢馳せる老若男女が大挙して朝からホールに並んでいた時代。

今考えると、あの時期(AT機・CT機・大量獲得機)の是非はともかくとして、
パチ屋に行きたい!行こう!という気分にはなれてたんだよなぁ。
時は流れて2009年、スロは全て5号機となり、ドル箱山積みを見る機会は
以前のソレと比較して圧倒的に少なくなった。

そりゃそうだ。5号機は連チャン性が失われて当りやすさだけを求めてるんだから。
それに加えて、設定6でも勝てる保証は無く、ハマリは4号機の時と大して変わらず。
パチも然り。2R突確は不要だ。確変中に突確引いて大当りカウントされるって、
ありゃ詐欺じゃねーか?大当たり20回中突確7回って、実質大当たり13回だし。

誰が好き好んで普通のパチ屋に行くかいや、1パチ5スロでタバコ代浮かすので十分。
そりゃパチ屋減少の原因も分かるというものよ。5号機に魅力ねーもん。
かといって狂乱の後期4号機時代が良かったのかというと…是々非々というか…
なんというか、「程の良い」スロ規定にならんかなぁと思う今日この頃。
4号機にしろ5号機にしろ、何というか…「度が過ぎる」

気付けば戦線離脱

2009年01月30日 | 競艇
ここ数日凹んでいる間に、芦屋競艇で九州地区選手権が始まっていた。
例年なら2月中旬辺り、各地区のラスにあるという感覚だったのに。1月末とは。
とりあえず情報だけでもと、昨日と今日のレース結果を見てみると…

2日目5R 大神康司 フライング

賞典除外イェーイ!早くも戦線離脱イェーイ!G1制覇の夢先延ばしイェーイ!
もうこの程度の事では凹まんぜ。私が何年大神康司ファンやってると思ってんだ?
大神がG1を獲る日まで、末永く、(若干生)暖かい目で見守ると決めてんだ。
しかし、このフライングで純地元の福岡笹川賞の選考除外になる可能性も…
それはイェーイでは済まされんな。日程的にセーフだといいんだけど。
同日3Rにフライング切った荘林幸輝も然り。

大神の戦線離脱で若干興味は薄れてしまった芦屋競艇・九州地区戦ではあるが、
決まり手を見ると、逃げ有り・捲り有り・差し有り・捲り差し有り、と
舟券的にはなかなか妙味があるというか、ヴァラエティに富んでいるというか。
実に興味深く、面白い。ちょくちょくレースに手を出しそうな気分に。

ファン感謝祭考

2009年01月29日 | オートレース
手島ショックから抜け出す為に、再度手島ヘアーにする事にしました。
これが今の私にできる手島への供養だと思って…
という事で、2月10日~11日は丸坊主で上京という事になります。
風邪引く可能性もあるからニット帽くらいは持っていくか。
ていうか、今現在も風邪気味なんで。万全の態勢で上京したいもんです。

今日は東京でJKA主催のオートレースファン感謝祭があったようで。
部長さんからファン感の写メを送ってもらったり、内容を教えていただいたり。
何でも、表彰選手(永井・貢・浦田・有吉)以外、30期の新人選手と
有名選手が少々(斉藤・大木・枡崎等)しか居なかったようで。

年に1度のフェスティバルなんだから、もうちょっとパーッとやりゃあいいのに。
JKAはこういう場で、ファンが何を求めているか理解してないのかね?
豪華な食事でも、否オート関係のサプライズゲストでも、お土産でもない。
(いや、お土産はちょい期待するか。私も2年前は期待してたし)
まずは普段あまり接する機会が無い、選手との交流だと思うんだが…違うのか?

先日の森且行G1初制覇でメディアに大きく取り上げられ、プチ上げ潮モード。
そんな中で行われたファン感がコレではいかんでしょ。
6場の選手会と話し合って、有力有名選手を一同に会する位やってもいいんじゃ?
ファン感の翌日も開催ゼロにすりゃ、選手の都合も合わせることができるだろ。
質実剛健が悪いっちゃ言わんが…派手にイく時ゃ派手にイキましょ、パーッとよ!

虚ろなる日々

2009年01月28日 | オートレース
手島慶介氏の死から2日。
2日経っても、まだどこかで「信じられん」「誤報じゃないか?」と
どこか真実を受け入れようとしない自分が居る。事実を理解していながらも…
観音寺競輪で貰った今年度カレンダーの9月を見て、憔悴する自分が居る。
身内の人間が亡くなった時と同じ感覚で、ここ2日間を虚ろに過ごしている。

本来なら、今日は川口オート57周年の事について長々と書き連ねるはずなのだが
どうにもこうにも頭が回らない(普段から回ってないけど)文が考えられない。
物事を箇条書きでしか捉えられない。点が線に結びつかないというか…
・飯塚山陽対抗戦+森のような決勝メンバー
・枡崎軍団が川口G1決勝戦を席巻。陽介空気嫁。
・森且行が地元川口で悲願のG1初制覇
・岩科鮮太、惜しかった。森とのゴール前の差がG1の壁と思って頑張れ。
などなど、単発的にフレーズは浮かぶんだけど、それが「文章」にならない。

ちょいとリハビリが必要かもしれん。頭を切り替えなければ先に進めない。
という事で。早めに頭を切り替えて、いつもの馬鹿っぽい文がうpできるように
努めますわ。まずは事実を受け止めることから始めます。

手島慶介氏、死去

2009年01月27日 | 競輪
昨日はどうにもこうにも体がだるく、日記を打ち終えた後すぐに寝たのだが、
22時頃に目が覚めてメールチェックをすると、廃彩さんからメールが。
メール内容に衝撃・動転・猜疑…様々な感情が一気に噴出する。
即座にPCの電源を入れ、それに関するニュースを調べると…あった。
あってしまった、あってほしくなかった、見つけたくなかった…

G1初制覇から1カ月…手島慶介さん急死

このブログでも何回も取り上げてきた競輪選手、手島慶介選手が亡くなった。
享年33。若い、自分よりも年下だ、いくらなんでも早すぎる。
携帯事件やレース内容などでちょくちょく記事にしたが、個人的に好きな選手で
あることに違いは無く、この一報で受けたショックは計り知れない。
昨年末に競輪グランプリの前座であるSSカップみのりで優勝。
初のG1獲得で、さぁこれから特別優勝への挑戦という矢先での死。
悔やんでも悔やみきれない。早すぎる死に言葉も無い。

東出剛・内田慶が亡くなった時と同じ感覚。心にぽっかり穴が空いた感覚。
今まで居て当たり前と思っていた人が、急に亡くなったときの空虚感。
嘘だと疑うココロ・信じられないココロ・色んな感情が交錯する。
この真実を受け入れるまで、ちょっと時間がかかりそう。それくらいショック。

坊主頭にヒゲの風貌に、強烈ブロックのファイターレーサー・手島慶介。
手島慶介氏のご冥福を心よりお祈りいたします。