吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市の音楽教室を運営しています。

吉嶺史晴のブログ

9999-01-01 | weblog

2016年4月ベルギーのLUCA School of Artsレメンス音楽院チャペルにて開催された吉嶺史晴マスタークラスでリコーダー専攻の学生の皆さんに集中講義を行っている様子です。

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連絡先:nangokurecords@goo.jp

*この下に出る広告は吉嶺史晴および吉嶺音楽教室とは関係ありません。
*吉嶺史晴のブログ「対話」カテゴリーの記述は実在する人物、組織とは関係ありません。

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テナーリコーダーとピアノのための「ダニーボーイ」

2018-05-28 | weblog
テナーリコーダーとピアノのための「ダニーボーイ」楽譜のお問い合わせいただきました!
楽譜はこちらのサイトにて購入していただくことができます。
https://www.dlmarket.jp/products/detail.php?product_id=303364
"Danny Boy" Fumiharu Yoshimine, Ryo Tezono

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思うこと2018年5月27日

2018-05-27 | 思うこと
発表会は16回目だ。
今日は急遽きまったレッスン、そしてチェンバロ伴奏の方とのあわせで午後の時間は過ぎていった。
明日もひきつづき発表会の準備、そして火曜日が本番だ。

なんだか最近、思うのは僕自身はあんまりうまい奏者じゃないのかも、ということだ。
実は僕自身の演奏を数多く聴いてくれている人からシャコンヌの特定の箇所でいつもひっかかってうまく出ない音がある、という指摘を受けた。
自分でもわかってた。

テナーリコーダの一番高いドの音だ。ちょっとサミングや息の具合がおかしかったりすると出なくなってしまう。
全然でないわけではないけれども、他の楽器よりもその音については神経質な感じの笛なのだ。
その人いわく「楽器が悪いのでは」ということだった。

でもそれはそうなのかもしれないが、僕としては自分自身のせいにしてしまいたい。
多少、線の細い笛でも自由自在に操れるくらいの技術くらいは身につけたい。
それはとりもなおさず、僕自身はその点について下手だ、ということだ。

自分自身が未完成でいられること、これひょっとしたら大きな救いなのじゃないかと思ったりする。

未完成でいられること、未熟者でいられることの有り難さ、みたいなそんなこと。。。

もうひとつ、今日思ったこと。
ヘンデルのリコーダーソナタ、これ、ものすごく良い音楽だ!
なんだか僕は今までヘンデルのリコーダーソナタって興味なかった。。。というか簡単すぎてバカにしてた。。。バカなのは僕のほうだった。。。。


発表会でのヘンデルは2曲。イ短調とト短調。
他にもルネサンスや20世紀の曲も。
ヴィヴァルディの協奏曲も!

そうなのだ。
ヴィオラ・ダ・ガンバの練習もするのだ。
都合によりA=442Hzなのでもう明後日だから早速、高いほうの3本の弦をちょっと細いやつに交換して、練習あるのみ。


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5月29日(火曜日)吉嶺音楽教室リコーダー発表会のお知らせ

2018-05-24 | weblog

今回16回目を迎える鹿児島市の吉嶺音楽教室リコーダー発表会のお知らせです。
趣味でリコーダーレッスンを受けておられる皆様方の日ごろの練習成果を披露する会です。

趣味とは言ってもバロック期のリコーダー協奏曲や、初期イタリアバロック、20世紀の作品など聴き応えのある曲もいっぱいです。
吉嶺音楽教室リコーダー発表会
5月29日(火曜日)
鹿児島市 シティエラホール(住吉町7-18)
18時15分開場   18時30分開演   入場無料

曲目:
G.フォーレ 「シチリアーナ」
サンサーンス 動物の謝肉祭より「白鳥」
作者不詳 グリーンスリーブスによる変奏曲
D.カステッロ ソナタ第1番
G.B.フォンタナ ソナタ第2番
T.モーリー 9つのファンタジアより
A.ヴィヴァルディ リコーダー協奏曲ハ長調
G.F.ヘンデル ソナタイ短調、ト短調
G.Ph.テレマン 3本のリコーダーのためのソナタ
G.ジェイコブ リコーダーとピアノのためのソナチネ 他

出演は吉嶺音楽教室の生徒の皆さんです。
私はチェンバロ、ピアノ、ヴィオラ・ダ・ガンバ伴奏、そして生徒さんと一緒にアンサンブルをいたします。

お問い合わせ
吉嶺音楽教室 099-229-4452
メール nangokurecords@goo.jp

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2018年12月3日(月曜日)フランダース・リコーダー・カルテット東京公演

2018-05-24 | FRQ
12月3日フランダース・リコーダー・カルテット東京公演のチラシが出来ました。
フランダース・リコーダー・カルテット日本最終公演2018"The Final Chapter" に詳しい情報が掲載されています。

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フランダース・リコーダー・カルテット日本最終公演2018"The Final Chapter"(鹿児島・東京)

2018-05-24 | FRQ
フランダース・リコーダー・カルテット日本最終公演2018"The Final Chapter" (11月30日鹿児島加治屋町教会・12月3日東京文化会館小ホール)のページが出来ました。

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J.S.バッハ 無伴奏テナーリコーダーのための「シャコンヌ」楽譜

2018-05-24 | weblog
ブログの読者の方からJ.S.バッハ「シャコンヌ」の楽譜についてのお問い合わせいただきました!
「シャコンヌ」の楽譜はこちらで購入していただくことが出来ます。
無伴奏テナーリコーダー用のために編曲してみたものです。
https://bgm.dlmarket.jp/products/detail/303622

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なまはんかじゃない曲を

2018-05-24 | 思うこと
なまはんかな曲じゃない曲をなまはんかじゃない方法で練習すること。
そのことによってのみ到達できるかもしれない目標到達地点。

でも到達できないまま、歳とっていってある時点で到達することを断念するかもしれない。
まだ断念してないけれども。(ひとりごと)

曲の好き嫌いが激しいと、こうなってしまうという見本みたいな。。。。。。
なんだか、カッコワルイ。

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結局、何を求めているのかというと

2018-05-24 | 思うこと
あんまり簡単に結論めいたこと書くのはよくないかもしれないけれども、とりあえず今、思うことだけメモしてみると。。。

何で演奏するのか、というその理由。。。自分の中にある普段、自分自身も知らないような知らない自分を見てみたいということがあるのではないだろうか。

で、それはなまはんかな曲じゃダメでなまはんかな練習じゃダメなわけだ。(ひとりごと)

曲の好き嫌いが激しいのは僕の欠点だろうと思う。どうでも良さそうな曲だと思ってしまえば、それはもうどうでも良い曲のなかにはいってしまう。

どうでも良いような曲をやる時間はもったいないと思ってしまうのだ。

ただでさえ多くないリコーダーのレパートリーなのに自分で自分をこんな風にしてしまっているのはもうまるで自分のくびを自分でしめているようなものなのかもしれない。

でも、もう仕方ない。リコーダー奏者だけれど、どこかでリコーダーとか、そういうようなところを超えたところで何か表現できるようになりたいと思う。

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2分の1なのか、それとも2倍なのか(技術的な話というよりもちょっとだけ自由なメモみたいなもの)

2018-05-24 | リコーダー奏法
1.リコーダー二重奏をする際にそれぞれの音楽的な表現は2分の1になる場合
2.それぞれの音楽的な表現が2倍になる場合

これ、大きな違いだ。

普通は2分の1になる場合が多い。それでもとりあえず音楽の形としては成り立つから。

でもなんらかの在り方でもって相手の表現を2倍にも3倍にもひきだすことが出来るのか、どうか。。。。アンサンブルの本当の面白さというのは実はこのあたりにあるのでは。。。

例えば力量にあきらかな差がある場合はこういうことは比較的容易に起こり得るというのが僕の実感である。
先生が生徒と一緒に二重奏やるような場合。
この場合だと先生が生徒にあわせたり、生徒を余裕綽々で刺激したりして生徒の側に反応することが出来ればそれなりに生徒の側にとっては面白いものになる。
それはそうだろうと思う。自分よりもはるかに格上の奏者と演奏できる機会というのは普段はなかなか得られないわけなので、そういう点も含めてこれはいろいろな点で面白いものになりそうだ。

で、問題は力量にあまり差がない場合。
これは往々にして2分の1になってしまいやすいのではないだろうか。
このあたりのところ、僕自身は今までも、もうアンサンブルに関しては相当な数を経てきたつもりだけれどもなかなか難しい。

簡単に言ってしまえば、どうやったら相手に面白がってもらえるか、というようなことなのだけれども。。。。

十人十色、ひとりひとり個性の異なる相手は面白がってくれるポイントも当然ながら異なるわけで、このあたりのポイントを(それまでのやりとりとか、限られたリハーサルの時間などで)自分なりに判断して、そのポイントを意識できるのか、できないのか、そのあたり。。。

補足:
突然、奏者の力量が倍増するようなことは普通は起こり得ないとされているのだろう。。。
でもそういうことさえも起きるのではないか、と、こんなに長く音楽やっているくせに、まだそんなこと思っている。
そういう得体の知れぬ面白さ、というか怖さみたいなものがアンサンブルという形態にはあるのではないだろうか。

で、やっぱりアンサンブルやるなら、そういうところまで踏み込みたいし、そういう空間を味わってみたいなと思う。

補足の補足:
なんだかあまり論理的でなくて読者の方々には申し訳ないけれど、僕にとっては全くの無伴奏という形態であっても、それは何かとアンサンブルやっていることと、さほど変らない。

結局1のものが1しか出て来ないような在り方というのは、それは演奏としてはあまりにも在り来たりでつまらないものなのではないだろうか。もちろん在り来たりであっても曲自体の出来が良かったりすると、在り来たりな演奏でもじゅうぶん面白く、楽しいものであることは可能だけれども。。。

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