吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

5月3日プログラム

2024-04-27 | weblog




5月3日の演奏会プログラムが届きました。
皆さまの御来場をお待ちいたします。

西日本新聞ウェブ版で取り上げてくださいました

2024-04-26 | weblog
5月3日の演奏会を西日本新聞ウェブ版が取り上げてくださいました。




今日もシャコンヌ吹いてみた

2024-04-21 | 思うこと
楽譜書きの合間に今日も昨日に引き続きシャコンヌ吹いてみた。

昨日より良い感じだった、

でもやっぱり、僕がテナーリコーダーでシャコンヌを吹くこと、それは今度の演奏会で一区切りにしたいと思う。

そもそもバッハのシャコンヌBWV1004はヴァイオリンのための曲なのだ。

(本当はピアノやギターで演奏した名演を知っている。それらはヴァイオリンでの演奏に劣らない優れたものだ)

多分、僕の青春の終わりが来てしまったのだ。

すごく歳をとってしまったけれども、やっと青春が終わってしまったのだ。

でもそれはもう良い。

青春は終わる。そして歳をとってゆくのだ。

今度の新作は語りと歌が入っている。

どちらも僕にとってはあまりなじみがない。

でも主催の方に、吉嶺さんが今やりたいことをやって下さいという御言葉をいただいたので、もうそのことをやらせてもらいたい。

救いは、僕が語りと歌に関して専門家みたいな技巧を備えていないということだ。

でも、ひとりよがりでもいけない。かといって自信なさそうだともっと駄目だ。

今度の新作は世の中の大多数の人々には関係ないことだけれども、僕にとってはおおきな境目になる曲だ。

この曲をず~っと演奏し続けてゆきたいけれど、そういうことが実現できるのかどうかは、また別のことだ。

最近ずっと音符ばかり書いていて頭が煮詰まっていたので今日は近くのホームセンターに行ってみた。

ちょっとだけ甘いものと珈琲いただいて、九州の地図ながめてみた。吉井町もちゃんと載ってた。

ちょっとだけ気分転換出来たからまた前進あるのみ。

シャコンヌ、それは僕のささやかな青春そのものなのであった。

望むらくは、僕が現役のシャコンヌの演奏者である間に、誰かにこの曲のレッスンさせてもらいたかった。

でもそれはもう、かないそうにない。もうそれも仕方ないのだ。

さよなら、シャコンヌ。

さよなら、シャコンヌ

2024-04-20 | 思うこと


5月3日の吉井町での演奏会ではバッハのシャコンヌBWV1004が曲目の中に入っている。
今日は練習してみた。
もう暗譜で吹ける曲なので、あまり沢山練習することもない。
もう沢山吹いた。

今度で最後にしようと思う。

曲に飽きたとか、そういうことではなくて、もっと自分でなければ出来ないことがあるように思える。
でも、それはヨーロッパの音楽の歴史からみたらとるに足りないようなものだ。

ずいぶん、昔、ベルギーでまだ学生生活していた頃、彼の地で日本の音楽仲間と話をする機会があって、どんな音楽やりたい~??という話題になった。

そこで「日本の田植え唄みたいな音楽やりたい」と言ったら、すごく変な顔してその場の空気がすごくしらけてしまった。

皆まだ若くて、「もっとバロック音楽の歴史的な演奏解釈を突き詰めてゆきたい」とか、そういうのが主流だったのだ。

もうずいぶん早くからそういう方向とは違うものをやりたかったのだけれども、やりかたがわからなかった。

今度初演させてもらう「権太の御芋」は僕自身が本当にやりたかった表現がここにあると言えるものだ。

ヴィオラ・ダ・ガンバでバロックの曲が弾けるようになって、対位法や和声など勉強させてもらって、大学で教える機会も与えてもらって、実際の作曲活動もさせてもらって、ようやく日本語の歌詞も自分で書けるようになって、
やっと出来た曲というか朗読劇だ。

ここまで来るのにすごく時間がかかってしまった。

自作の歌と日本語の語りが交互に出てくるという構成になっていて、題材は薩摩芋の伝来が主題で、ヨーロッパの古典的な音楽とはほど遠い。
伴奏の楽器としてヴィオラ・ダ・ガンバを使っていることと、曲によっては西洋の機能和声を使っていることくらいだ。
それもポリフォニックとは程遠い単純な形になっている。

今日、テナーリコーダーでシャコンヌの練習を始めた時の違和感はなんとも言葉に出来ないものだった。

今月に入ってからずっと創作朗読劇の作曲と練習に入っていて、頭のなかは「権太の御芋」だけでほとんど占められていた。
シャコンヌの居場所はすぐには見つからなかった。

演奏会当日はどうなるだろう。

蔵のギャラリーでそんなに席も沢山はないみたいだけれど、せっかく来てくださるお客さんの前でおかしな演奏は出来ない。

もう曲目も出してしまっているから今更、変更することもかなわない。

シャコンヌBWV1004なんて、そういう曲ではなくてもっと軽い曲にすればよかったかなと思うけれども、もうこれで最後だと思うと悔いがない。

でも、もう本当に本当にこれで最後にしたい。
シャコンヌとさよならしたい。

別れるならきれいに別れたいのだ。

ポップであること

2024-04-17 | 日常雑記


5月3日に初演させてもらう作曲作品がほとんど出来てきました。
今度の曲は以前書いたお話を原作として新しく脚本、作詞、作曲をしながら朗読・音楽劇としてヴィオラ・ダ・ガンバで弾き語り(弾き歌い)をするものです。

30分ほどかかる規模の作品になりそうです。
その最後にメインテーマとして昭和歌謡風の曲を作りました。

ガンバで伴奏しながら弾き歌いするのですが、ちゃんとした歌謡曲風のものにするのは簡単ではないということに今更ながら気が付きました。

自分で作曲した昭和歌謡風の曲のクラシック畑のピアニストの方に弾いてもらうと、ノリを出すのに皆さんとても苦労しておられるのが伝わって来ます。

楽譜通りに弾いても、感じとか、微妙なリズムの具合は楽譜には書けないので、そのまま正確に弾いてもらっても、なかなか目指す表現にはなりません。

今、だいたい旋律、歌詞、曲の寸法は出来たので、ガンバの伴奏をつけながら実際の演奏の練習に入っているのですが、自分がピアニストに要求していたことをいざ自分でやろうとすると、これがやっぱり一苦労です。

今日は5時頃目が覚めてしまって、音符を書いたり、練習したりしていました。

この間、バッハのマタイ受難曲の演奏にガンバで参加させてもらったことが遥か遠い昔のような感じがします。

曲は出来たといっても、練習しながら、細かい修正を加えます。
いちいち、コンピューターに音符を入力したり、印刷したりしていると、それだけで手間がかかってしまうので、昔ながらに紙と鉛筆でやっています。

紙と鉛筆だと、いろいろな意味で良いです。

音符ひとつひとつが同じ形ではなく、箇所によって消しゴムの跡があったり、推敲したところはその上に糊で貼り付けたりして、生々しいです。

自分で作曲した曲にもかかわらず、作曲者の目指していたものが良く伝わって来るのは有り難いと感じます。

ある段階になると作曲者としての自分自身は少しずつ遠くなっていって、演奏者としての自分になってゆきます。

楽譜の消しゴムの跡に、それが完全に消えきっていないで、その前に書いたものがうっすら残っていたりすると、もうその音やその言葉は使わなくとも、それが新しいひらめきにつながることがあって、これは非常に面白い現象です。

そうなって来ると、しめたものです。

今日と明日はまとまった時間を活かして練習します。