吉嶺史晴のブログ(12月3日東京文化会館小ホールFRQ日本最終公演)

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市の音楽教室を運営しています。

教室の発表会

2018-12-12 | weblog

12月18日(火曜日)には鹿児島市の吉嶺音楽教室の発表会です。
今回はリコーダーに加えてヴァイオリンも1曲入ります。

毎回、生徒の皆さんでアンサンブルを組むのですが、今回は私がバスリコーダーで参加して四重奏もやってみたいと思います。

長い生徒さんはもう8年めほどになります。最初は楽譜を読むこともままならず、楽器の持ち方も、指使いもわからず、ピッチも合わせることも、何もかも初めてのことばかりで大変でしたが、少しずつ、いろいろ出来るようになって来ました。

今回は初めての方も参加の予定です。「ぶんぶんぶん」、「メリーさんのひつじ」、「赤とんぼ」、「聖者が街にやって来る」などを演奏予定です。

この他にも「グリーンスリーブスによる変奏曲」、サンサーンスの「白鳥」、G.Ph.テレマンの二重奏曲、G.ジェイコブの「変奏曲」、モーツァルトの二重奏ソナタK.V.292など本格的な曲もあり楽しみです。

私はピアノ伴奏と、二重奏、四重奏などで参加します。

吉嶺音楽教室クリスマス発表会
12月18日(火曜日)18時15分開場 18時30分開演
鹿児島市 シティエラホール
入場無料
問い合わせ nangokurecords@goo.jp

*駐車場がありませんので公共の交通機関を御利用いただくか、または近くのコインパーキングを御利用ください。

練習再開

2018-12-10 | 日常雑記

一連の演奏旅行の準備でヴィオラ・ダ・ガンバの練習がなかなか出来ていなかったので練習再開します。
ゆっくり少しずつ音を出す練習から始めます。

目標は来年3月のマタイ受難曲(鹿児島、東京、神戸、岡山)演奏旅行です。
勤務先の大学の管弦楽団のなかに入って演奏します。

1弦と2弦の予備の弦も注文して準備万端ととのって後はこちらの調子を上げてゆくだけです。

今日は12月10日の月曜日です。
東京公演からちょうど1週間たちました。

なんだか遠い昔のように思えます。

鹿児島公演からは10日間たちました。遠い、遠い昔のようです。

東京公演では舞台の上で涙腺しっかり持ったから良かったです。

でも次の日の見送りの時、空港でFRQと別れる時、やっぱり目元が熱くなってしまってぽろぽろ来てしまいました。
FRQの皆もマネジメントの手伝いの皆さんも皆、笑顔だったのに私だけそんな感じでちょっと恥ずかしかったです。

思うことなど2018年12月9日

2018-12-10 | 思うこと
FRQ公演が終わってフェイスブック経由、そしてnangokurecordsのアドレスに多くの方々から感想のメールをいただきました。私の演奏したバッハのシャコンヌについて、いただいた感想のなかのひとつに「自分が微生物になってシャコンヌという生き物のなかをぐるぐる旅しているような感じで不思議だった」というものがありました。

これ、もしかした聴いてもらった人のなかに大きなクエスチョンマークを残すことが出来たという点では成功だとしたら嬉しい。

ただ「楽しかった」とか「面白かった」ということでなく「なんでああいう演奏が可能なのだろうか?」という問いを持ってもらえるような演奏。これは目指していたことのひとつでありました。

「面白さ」についても本当はそうなのではと思います。

「ああ面白かった」でその場かぎりで終わってしまうような面白さもあれば、そうではなくて「面白かったけど、何であんな風な面白さが可能になるのだろうか?」というような面白さもあります。

自分自身の表現者としての力量はまだまだ、と思うほかありません。FRQみたいな笑いをとることはなかなか出来ないし、みための華やかさが足りないです。

あらかじめ決まったことを話すのは普通に出来るのですが、舞台の上でその場の流れに応じて一番ふさわしいと思われることを即興で話すのはなかなか私のような者には出来ません。

本当は東京文化の私のソロの前ではその演奏会が実現するに至った経緯とか、皆様に対する御挨拶とか、そのようなものがあっても良かったのではと今になって思います。

でも東京文化の演奏会が始まる前にFRQと打ち合わせした際に「東京ではとにかく舞台でのしゃべりは必要最小限にとどめること」というものがあってそれにひきずられてしまった。

出来ないながらも少しずつそういうチカラもつけてゆきたいです。若者と言えるような年齢はとっくに過ぎてしまっているので、限界があると思います。でもそれでも少しずつで良いので伸びたいです。

ここから先は問わず語りです。
多分、今の私を作っているのは大竹尚之先生に習った基礎的な事柄と、カテリーナ古楽合奏団とFRQです。
その3つが交じり合っています。

大竹先生にはF.ブリュッヘンの系譜があり、カテリーナにはその系譜があり(多分、70年代頃のフォーク・ロック世代の時代感覚や中世・ルネサンス音楽を当時の様式の楽器を使いながらも独自のアレンジで演奏する在り方、そしてFRQ(オランダ・ベルギー流のピリオド楽器演奏の本流にエンタテイメント性のある舞台運びが加わった在り方)。

多分、ひとりひとりの演奏者(プロ・愛好家を問わず)には様々な系譜のもとで演奏しています。
それは普段はあまりにも自分自身と一体化していてなかなか意識することはありません。

でもそれは確実のその奏者の栄養分、あるいはまた骨や肉となってその人を形作っています。それはもう血みたいなものなので、その人が「この血はやだ。他のが良い!」といくら言ってもそれを替えることは出来ません。

良くも悪くもそのなかでやってゆくしかありません。
若い頃であれば技術がどんどん伸びてゆきますが、一定の年齢を超えてしまえばそういうわけにもゆきません。

良い歳になっていても、それでもその奏者が伸びないということではなくて、在り方自体がより良いものになることは可能なのではないか。
より多くの聴き手に喜んでもらえるようなそんな在り方(そのためには企画・制作とか地道な仕事が必要)も可能、そんなことを思います。

追伸:
私のシャコンヌ演奏を聴いてくれた若手リコーダー奏者から「いつかシャコンヌ吹いてみたい」という言葉をもらいました。これ、本当に嬉しい。万歳!

追伸の追伸:
東京文化会館で終演後、聴き手の方々とお話できた時に何人もの方から「レッスン受けてみたい」という言葉いただけて良かったでした。

12月4日FRQを成田空港で見送り

2018-12-06 | FRQ

2018年12月4日、FRQを成田空港で見送りました。
御来場の方々、関係者の方々、有難うございました!

フランダース・リコーダー・カルテット東京公演終了しました

2018-12-04 | FRQ
フランダース・リコーダー・カルテット東京公演終了しました。
沢山の方々に御来場いただいて最後のアンコール5曲ではFRQの持ち味も十分にお届け出来たかと思います。

終演後、サイン会があってそこでは何人かの方が涙うかべて「良い演奏会だったけれどさびしい」という言葉をくださいました。

私はアンコールで舞台でどわ~っと来てしまうのではないかと心配でしたが東京公演はそれどころではありませんでした。なぜか鹿児島公演では熱くなってしまったのですが、東京では大丈夫でした。

ずっと抱いていたイメージのせいなのか、東京文化会館というのはとにかく私にとってはとても格式の高い会場で、そういう場所で演奏させてもらえること自体が怖いような、おそれ多いような感じがありました。

演奏会前半でバッハのシャコンヌを演奏したのですが、気のせいなのか、客席からものすごい圧力みたいな集中力みたいなチカラというのか、その場の空間に溢れているような微細なエネルギーみたいなものがあるような気がして、ちょっとチカラが入り過ぎてしまう箇所がありました。

自分はまだまだなのだ、とその時、感じました。
シャコンヌの後、カーテンコールをいただいたのですが、シャコンヌをなんとか演奏の形にすることが出来てほっとした気持ちと、たくさんの拍手をくださる聴き手の皆さんへの感謝の気持ちと、自分自身の力量の至らなさから来る悔しさみたいな思いが混じっていました。

せっかくカーテンコールいただいたのだから、もっと晴れ晴れした顔できれば良かったのですが。

後半はFRQとの五重奏でリラックスできました。
やっぱりアンサンブルは良いなあ、と改めて思いました。

カプリオール組曲は最初から最後まで下から2番めのパートを担当しました。途中で4フィート、8フィートを持ち帰る楽章があって、持ち替えの時間を節約するためにグレートバスリコーダーを持ちながらテナーリコーダーを吹く箇所があったのですが、そこはうまくゆきました!

ヴィヴァルディの「冬」はソロを担当しました。

プログラム最後の「大陸」組曲ではバスリコーダーでコントラバスリコーダーとオクターブで一番低い声部を担当しました。最後の「アフリカ」ではアフリカの言葉で歌う箇所があり、そこはちゃんと出来ました。

アンコールでは自分の涙腺が持つかなと思いましたが、感情的になる余裕がありませんでした。
東京文化会館の空気が私にそのようなことになることを許してくれなかったです。
演奏会は全体として皆さんに楽しんでもらえたようなのですが、シャコンヌの時はあまりにも張りつめていて自分が自分でないような感じでした。

東京文化で満足ゆく演奏できたら死んでも良いかなと思うくらいです。でも出来ない確率が高いです。

FRQのアンコールは私が言うのも何ですが、伝統芸能みたいなものです。
ネタがあらかじめて仕込んであって、落語みたいです。お客さんも、どこでオチが来るのかわかっているのですが、それでも笑えます。

とてもじゃないですが、私ひとりでは実現できないです。
演奏で笑いをとれるというのは普通ではなかなか難しいです。

そういうところに足掛け5年も居たこと自体、夢のようです。
多分、夢みたいなものでした。

そしてそれはもう二度と実現することはありません。
ひとつの軌跡はここで終わりました。

有難うございました。

追伸:
「FRQは終わるけれど、音楽は終わらない」・・・
メンバーのバルトスパンホフの言葉です。

昨日の演奏会にはたくさんの聴き手の皆さんのなかで音楽大学でリコーダーを専攻している方々、そしてはるばる香港からリコーダー奏者をめざす若い方々が来てくださいました。

これはリコーダーの将来を示す福音です。
日本におけるリコーダーの現状はかならずしも望ましいことばかりではありません。

でも若い世代に何かが受け継がれてゆくささやかなきっかけになればそれは本当に嬉しいことでした。

彼らにはFRQが成し遂げようとして出来なかったことを実現できる可能性が秘められています。








12月5日川崎堺町教会クリスマスコンサート

2018-12-03 | weblog
FRQ公演が終わって翌々日12月5日には川崎堺町教会でクリスマスコンサートに出演いたします。
親しみやすい曲目の演奏会です。
まだチケットがありますので教会までお問合せいただければ幸いです。

ピアノ伴奏は五唐亜由子さんです。
17時30分開場、18時開演です。

曲目:
作者不詳 グリーンスリーブスによる変奏曲
アイルランド民謡「ダニーボーイ」
J.S.バッハ リコーダーと鍵盤楽器のためのソナタ イ短調 BWV1020
G.ジェイコブ リコーダーとピアノのための組曲より
讃美歌曲集より 他

FRQ東京公演の日

2018-12-03 | FRQ
今、朝4時半頃。
昨日の土浦公演、FRQは舞台で意外と沢山、話していました。

鹿児島公演の夜の部ではFRQのトークが少なくなっていたので「もう最近はこんな感じなのかなあ・・・」と思っていたら実はそんなことはありませんでした。

私の知っているFRQがそこにおりました。
曲目に関することに加え、ベルギーの名産品や、ヨーロッパでの学校まわりの様子など、いろいろ話していました。
土浦の皆さま、喜んでもらっている様子が伝わって来て、本当に嬉しかったです。

モンティの「チャルダッシュ」がプログラムに入っていたのですがそこにも参加させてもらいました。

終演後にCDサイン会がありました。

その後はサイン会が終わって最後の最後まで残っていて下さった地元のリコーダー愛好家の方々と短い時間でしたが、交流の時間も持つことが出来ました。

土浦では終わった後、FRQメンバーとマネジメントの方々は上野に一足先に帰りました。
私は打ち上げに少しだけ顔を出しました。その後、上野に戻りました。

早く目がさめてしまってブログなどを書いています。

今、思うこと。演奏会の企画や、いろいろな集まり、たとえば誰かと誰かが出会うのは、それはもう普通だったら、万に一つも起こり得ないような、0.0000000001パーセントのような確率で起きていて、それがなかなか理解できず、感じられず、普段の生活が過ぎてゆくのでは、ということです。

多分、本当はものすごく奇跡的で有り難いことが毎日、毎日、その瞬間、瞬間で起きているのに。

でもなかなかわからなくて、けしからんことを考えてみたり、やってみたりします。
人間なのでそういう部分もあります。
で、いろいろなことがわからなくて人のせいにしてみたり、環境のせいにしてみたりします。
かけなくても済むような迷惑かけてしまったりとか。

言わなくても良いことを言ってしまって、傷つけてしまったりとか。

土浦では最後に歌手の美地さん、ピアニストの金井さん、FRQメンバー、会場の皆さまと一緒に「ふるさと」を歌いました。FRQも一緒に演奏しました。

そこでまたまたぐぐぐっと来てしまってダメになってしまいそうでした。
「ふるさと」の「志を果たしていつの日にか帰らん」というあたりでもう・・・

何かの拍子に出てきたふとした言葉や、情景で涙腺がどわ~っとなってしまうのは困ったものだと思います。

今日は良い意味で鉄仮面みたいな感じで最後まで演奏したいです。
でなければもうだめになってしまいそうだからです。

曲がりなりにも表現者としての訓練を受けながらここまで来たわけなので、表現者みずから感情が動いていては聴く人の感情を動かすことは出来ないわけで。

そういうことは理解できているはずなわけで。
自分自身をまるで他人をみるように冷静に見てみる、というような視点の重要さ。

午後から会場入りして文化会館スタッフの方々との打ち合わせと自分の練習をした後はFRQをホテルまで迎えに行って、リハーサル、本番です。

本日はよろしくお願いいたします。

曲間トーク

2018-12-02 | FRQ
東京文化会館では曲間トーク少な目でやってみたいな、と思っています。

ワイヤレスマイクみたいなものを準備してもらえるのでその場で何か話す気になれば話せるのですが。

鹿児島公演で気がついたこと。
FRQは私が参加していた頃とくらべて話さなくなっています。

当時はとにかく曲間で沢山、面白いことを話して全体をショーアップするという形で演奏活動していた記憶があるのですが、メンバーといろいろ話てみると「必要なければしゃべらなくても良い」と思っているような気配です。

鹿児島公演で気が付いたこと:
FRQメンバーが英語で話して私がそれを日本語に訳すと、どうもテンションが落ちてしまうのです。
ゆるい雰囲気になってしまう感じです。

私が英語の聞き取りがあまりうまくないので訳す時にわからないことが出て、もう一度尋ねたりしてしまうことがあります。

そういう時になかなか話の調子が出るのにほねが折れる感じがあったりします。
スピード感が出ないのです。

話すのがとても遅くなってしまう時があるので、人によっては私が訳しながら話しているのを聞くのが好きじゃない方もおられるのではと思います。

そういう効果が欲しいときにはそれでも良いのですが、東京文化会館では私の通訳はなくても良いのでは、と考えたりしています。

なんだか細かいことをいろいろ考えたりしています。



日付変わって

2018-12-02 | FRQ
日付変わって12月2日になりました。
今日はFRQと一緒に土浦に行ってまいります。
明日はいよいよ東京公演です。
1年と少しかけて準備が続いて来たFRQの最後の日本演奏旅行はこれで終わりです。

今までテレビの歌番組のようなものをみて大きな舞台で歌手が涙うかべたりして歌っているところみて「変なの」って思っていました。

でも私も変かもしれないです。
昨日の鹿児島公演ではまだ日本での全部の日程が終わってもいないのに、もうなんだかちょっと言葉がつまったりしてちょっと変でした。

子供の頃から少し、人と違ったところがあったのですが、もうそういうのは大人になっても変わらなさそうなので諦めます。

専門的な訓練を受けるなかでは舞台上では常に冷静でなければいけないという風にしつけてこられて、そうやって来たつもりなのですが、昨日の鹿児島公演の夜の部ではちょっと感情が出てしまいそうになってあぶないところでした。

ばれてしまわなかったかどうか心配なのですが、もう終わってしまったことなのでもう仕方がないです。客席に私の母が居るのが見えて、それでもういっきに気持ちがくずれそうになってしまってぎりぎりなのでありました。

東京公演での目標はとにかく最後まで冷静に、冷静に居ることです。
でもアンコールはあぶないです。

アンコールでは何がどうなるかわからないです。
FRQのメンバーはFRQアンコール曲なら私は全部吹ける、と思っているようです。
でも、そんなこと全然ないのです。

私が参加していた頃の曲はうろ覚えになってしまっていたり、忘れてしまっているものもあったり、最近のFRQのアンコールは私は演奏したことないのです。

少しずつ歳とってくると、昔考えていたことが当てはまらないことに気が付きます。
昔は「音楽は音楽であって、それ以外の何かを表現するものではない」とずっと思っていました。

多分、何かの本に書いてあったことをそのまま鵜呑みにしていたのだと思います。
理論的にはそうなのである、と今でも思ってはいますが、どうも本質的なところではもっと人間が生きるとか、死ぬとか、そういうこととつながっているように思うのです。

書き出すと止まらなくなってしまいそうなので、この辺りで。

追伸:プログラム前半はFRQ四重奏です。是非、多くの方々に聴いていただければ嬉しいです。





東京到着

2018-12-01 | FRQ
さきほど東京文化会館にほどちかい宿泊先に到着しました。
羽田空港から上野までは大型のタクシーを使ったのですが、その設備が豪華でメンバー一同、私も含めて驚きました。

明日は土浦で美地さんのコンサートにゲスト出演して明後日はいよいよ東京文化会館です。

昨日の鹿児島公演、御来場の方々から「来てよかった」という声をいただくことができて良かったです。鹿児島県外から来てくださる方もいらっしゃいました。

明後日の東京公演は宮城県や北海道、京都や大阪、四国からも来てくださる方があり、良い演奏をせねばと、気が引き締まります。

昨日の鹿児島公演、夜の部の最後のアンコールで短いお話しをして「FRQは終わりますが、音楽は終わりません」というバルトさんの話を皆さんにお伝えしようと思ったら、そこで言葉に詰まってしまってちょっと恥ずかしかったです。

表現者ならば聴く人の心が動くようにあるべきで、自分ひとりが感極まっていても話にならないわけで、頭ではそういうことは分かっているのですが、自分がその場に居ると、なかなか難しかったです。

最後のアンコールでちょっとだけ涙でて来そうになりましたが、もしかしたら御来場の方々のなかでどなかにはばれてしまったかも。

夜の部が終わってサイン会も終わって、最後の最後にまだそこに居てくださった方々(遠方から来て下さったリコーダー愛好家の方々)と写真を撮りました。
皆さんの心が本当に動いたということが伝わって来るような感じがこちらにも伝わって来て鹿児島公演、開催できて良かったと思いました。

実は鹿児島公演、ずいぶん迷いました。
適当な場所を探すことがなかなかできず、準備がぎりぎりになってしまい宣伝もままならない部分がありました。

いよいよ明後日になりました。