吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

発表会が近くなって来ました

2022-05-14 | 音楽教室
教室の発表会が近くなって来ました。

今日は演目のなかのひとつA.コレッリ「ラ・フォリア」のレッスンもありました。
ほぼ、半年に渡ってレッスンで取り扱っている曲です。

今日は生徒さんに主体的に音楽を作るという在り方を目指してみました。
設定としては、私はチェンバロで通奏低音を弾くのですが、練習の際にはあまり積極的に音楽作りをすることはなく、主に旋律楽器奏者に付き従うというキャラクター付けでした。

なので通奏低音奏者からは積極的なアイディアが出てこないので、リコーダー奏者が音楽を作ってゆくしかありません。

普段は教える側に居る私が積極的に音楽を作ってゆきますが、今日は敢えてそうではない役割を取ってみました。

生徒さんは最初とまどっていたようでしたが、少しずつ慣れて来ました。
役割を入れ替える練習方法はやりようによってはなかなか面白いです。

この他にも生徒さん同士による二重奏曲のレッスンもありました。
ここでは曲の構成がどうなっているのか、ということを問いかけてみました。

的を得た答えも、そうでない答えもいろいろ出てきますが、その全ては生徒の皆さんがその時々に考えた最良の答えでした。

少しずつ演奏の日がやってきます。

今日の鹿児島地方は良い天気でした。
梅雨の前の短い初夏のひと時です。

副科リコーダーレッスン

2022-05-13 | 日常雑記
今日は勤務先の大学で副科リコーダーレッスンがありました。
そのなかの一コマ紹介します。
ヘンデルのリコーダーソナタハ長調の第1楽章をやっていました。

やわらかいタンギングをする箇所と硬いタンギングをする箇所を言葉で一応伝えたのですが、それを確かめるために、それまで私がピアノで通奏低音を弾いていたのですが、急遽、パートを入れ替えて音を出してみました。

自分のパートはある程度、練習してあっても通奏低音のパートは弾いたことなかったはずですが、それでもとりあえず左手だけはしっかり、ほとんど初見で弾いてくれました。

主科の楽器レッスンや吹奏楽などでしっかりしたソルフェージュが身についていると、その場で突然、楽器を交替して、音楽が成り立つ、そのことを実感しました。

レッスン後の短い時間には今一番興味あることについての雑談で盛り上がりました!
レッスンのなかで「宇宙の音楽」、「人間の音楽」、「道具の音楽」の話が出たせいか、雑談の時にはなんとアインシュタインの特殊相対性理論とブラックホールの話題になりました!

大学の帰り、車を運転しながら、外は雨。
フロントガラスのワイパーを遅いスピードで動かしながら走りました。
このまま鹿児島地方は梅雨になってしまいそうです。

また季節が巡っています。

今日は

2022-05-13 | 日常雑記

今日は大学で授業の日です。
鹿児島国際大学国際文化学部音楽学科ではリコーダーを主科の楽器として専攻することができます。
卒業生は神戸国際音楽コンクールなどで入賞した実績があります。

今日は担当している音楽理論関連科目に加えて、副科リコーダーのレッスンもあります。
学生諸君と共に楽しく音楽作ってゆきます。

長年、知っているはずの

2022-05-11 | 日常雑記
長年、知っているはずのリコーダー奏者。
その人の演奏を偶然、ユーチューブで見つけました。
ひとつのCDがまるごとユーチューブにアップロードされています。
ユーチューブが自動的に生成したチャンネルのようでした。

あまりにも見事な演奏に圧倒されました。

インターネット上のその人の書いたものは、日常の軽いつぶやきみたいなものばかりで、さほど刺激的なものではないのですが、演奏は違いました。

ひとりの人に備わっている想像もできないような広がり。凄み。

良いものは聴き手の内側に直接届いて作用して、その作用は聴き手の生命エネルギーみたいなものを活性化させてくれます。
あまりのギャップの激しさにやられます。



二重奏のレッスン

2022-05-11 | 音楽教室
発表会が近いので生徒の皆さん、練習にも気合が入って来ています。


この間は生徒さん同士の二重奏のレッスンがありました。
長年の経験のある方と、まだ始めてから間もない方によるデュオです。

面白いのは一通り二重奏の曲を吹いてもらってから、私がいろいろなことを言う前に、その二人の方同士でいろいろな対話がなされたことでした。

今、吹いたあの部分がどうだったら、今度吹く時にはこうしたほうが良いのでは、といった具体的な事柄が二人の間でどんどんやりとりされていったのでした。

私が一番、感動したのは、経験のある方が経験の少ない方に対して一方的に言うのではなく、少ない方もそれなりにしっかりと発言して、お二人の間で対話が成り立っていたことでした。

これは私にとって、アンサンブルレッスンの理想型に非常に近いものでした。
教師が教師としての役割を果たすのは、その場を提供することのみ、というかたちになりつつあるからです。

楽曲を選んであげたり、その曲の様式を伝えることはしますが、そのうち、やがて、演奏に必要な情報を伝達する役割としての私の出番は少なくなってゆくでしょう。

長年続けている方はちょうど10年ほどになります。
「学び」は生徒の内側で自発的に起きるもの、という在り方が少しずつ実現されつつあります。

古い音楽を演奏するのは面白いです。
どんなに演奏様式に関する文献を読んだり、研究したりしても、読み手や演奏者によって解釈が異なるからです。

アンサンブルもそうです。
同じ曲であっても、共演者が違うと同じ曲が全く異なる様相を見せます。

同じ共演者であっても、その日の感じ方や体調によって、演奏自体も大きく変化します。
答えがひとつでないからこそ面白い。

答えがどんどん変化するからこそのアンサンブル。

今月末のリコーダー発表会、楽しみです。