吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

対話カテゴリー再開しました

2019-10-31 | 対話
「対話」カテゴリー再開しました。
今、準備している曲の準備作業からヒントを得て書いてみました。
内容はフィクションです。

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ピポポプポポポポ(携帯電話のベルがなる音)

「次郎、俺だよ。太郎だよ。今ちょっと話しても良いか?」
「おお、太郎か。久しぶりだな。いいぞ。俺もなんか退屈してたところだし」
「あのな、俺、最近思うんだけど、作曲者って楽譜を書くだろ。そしたらさ、もうその時点で作り手にとってはその曲は終わってるんだよな。もちろん演奏者に手渡すところまでが作り手の仕事だって言えば、それはそうなんだろうけどさ。そういうのはコミュニケーションの達人みたいな人に任せれば良いのではないか、という気がしてるんだ」
「はあ?大丈夫か?お前、だってさ、作り手であるお前がちゃんとコミュニケーションとれなきゃダメだろ。演奏してくれる人にちゃんと楽譜が渡って、演奏してもらうまでが作曲者の仕事なんじゃないの」
「そういうのはさ、間をつなぐ人が居てくれて、そういう人がやってくれれば良いのではないだろうか」
「そうかね。。。。言っちゃ悪いけど、お前の曲みたいの演奏してくれる人なんてそんなに居なさそうだし。。。。。すまんな。でもお前の曲はやっぱり普通の音楽愛好家の皆さんには難しいよ」
「それは俺にもわかる。だって癒されたりしないもんな。俺の曲なんか聴いても」
「いいんじゃないの。癒されなくても。。。。でもあれだろ。この間の全日本ブロックフレーテ祭の時のお前の曲は良かったと思う。結構、癒される感じもあったし」
「あれはな、ちょっとその路線を狙って作ったからな」
「なんと!そんなこと出来るのかよ!」
「出来るよ。ある程度までだったらすごく前衛音楽みたいに、とか、結構ロマンチックな感じで、とか、そういうのは曲を作る時に自分でコントロール出来るよ」
「すごいな。本職の作曲者ってそんなことやってるのか」
「俺なんかは本職っていう感じでもないけど、曲を作るような人は皆、やってると思うよ。どんな状況で演奏されるのか、っていうのを考えるのも仕事の一部だから」
「じゃあ、これからもそういう風に作ってゆけば良いんじゃないの?なんでいきなりコミュニケーションとりたくない、とかそういうこと言ってるわけ?」
「いや、演奏者とコミュニケーション取りたくない、とかそういうことじゃなくて、今取り掛かってる曲のこと、思うと、これ、九割方の演奏者から好まれないタイプの曲かも、って思うんだ」
「そんなに変わった曲なの?」
「うん。すごく変な曲。。。。って言うか、コンセプト自体が古い、とは言っても70年代風の12音技法と特殊奏法の曲だから、今聴くと、すごく古臭くて、でも曲自体は無調で聴きにくい感じだから、多くの演奏者とか、聴き手の皆さんからはあんまり好まれない感じの曲なんだ」
「あのな、一言いわせてもらうとだな、お前、曲が出来る前から、好かれるとか、好かれないとか、そういうこと言っているけど、それってすごく変。まあ、俺はお前みたいに作曲とか、そういう高度なことは全然できないから、偉そうなことも言えないけどさ。でもまずは作ってみたら良いんじゃないの?好かれるとか、嫌われるとか、そういうのはその後でも良いんじゃないの?」
「・・・・ああ、そうかな・・・・・・」
「昔を思い出してみろ。好きなオンナが居たとする。でもさアタックする前に好かれてるとか、嫌われてるとか、そういうこと考えないだろ。ただアタックするだけだろ。それと同じだ」
「同じかな。。。。。ちょっと違う気もするけど。。。。。。今は一応作曲の話してるつもりなんだけど。。。。。」
「まあ、俺には作曲のことはわからんが、全般的なことはちょっとはわかるぞ。とにかく作れば良いわけなんだから作れよ」
「全然、演奏されない曲でも?」
「演奏されるか、どうかはまず作ってみなくちゃわからんだろ」
「・・・・・・そうなんだよな・・・・・」
「で、もしお前が生きてる間に演奏されなくても、それはそれで良いんじゃないの」
「なんだか、そんなのバカみたい。俺は俺の作った曲がちゃんと音になってるところ聴いてみたい」
「それはもうわからんことだからな。もしダメだったらあきらめろ」
「あきらめながら曲を作るのってなんだかむなしくてヤダ」
「でも、これはお前がこんな道選んでしまった以上、仕方がないからあきらめるしかない。それが嫌だったら作曲なんてやめちまえ」
「そうか。そうだな。やめちまえば良いのか。ちょっと気が楽になった」
「あわわわわ、待てよ。今すぐやめろ、なんて言ってないぞ。はやまるなよ」
「はやまってないよ。とりあず今の曲は最後まで書く。ちょっと時間かかりそうだけど。12音技法の曲。今までそんなに自分としては全面に出したことない技術だから練習しながら書いてる感じだけど」
「おお、またテナーリコーダーのための曲か?」
「いや、今度はヴィオラ・ダ・ガンバのための曲」
「おお!良いじゃないの。ガンバのための新しい曲なんて数がまだそんなになさそうだから良い曲出来たら皆さんに喜ばれるんじゃないの」
「もし喜ばれなくても。。。。。というか、その前の段階としてとにかく曲を完成させなくてはいけないわけなんだよな・・・・・・・」
「注文受けて作る曲じゃなかったら短くても良いんじゃないの。演奏時間1分とか」
「バカヤロ!1分で音楽が表現できるもんか」
「まあ、俺が書くわけじゃないからな。期待しないで待ってるからな。お前のガンバで良いからデモ演奏みたいなやつくらいは作れよ。そしたら曲の感じくらいは聴けそうだからな」
「俺の下手くそなガンバでも良いのかよ?」
「お前のガンバ、それほど下手じゃないよ。バッハのマタイ受難曲のガンバソロだって弾けるんだろ」
「なんとか。それなりに」
「じゃあ下手じゃないんじゃないの。まあとにかく頑張れ。それで、しつこいみたいだけど演奏時間はどれくらいにするの?」
「10分くらい」
「じゃあ、あと3日で作って来い」
「バカヤロ!3日で出来たら世話ない。俺だっていろいろ忙しいのだ」
「じゃあ、あと1か月。つまり2019年11月末日」
「うん。それくらいあったら出来ると思う」
「良い曲作れよ」
「そんなことわかるもんか」
「聴いたら勇気が湧いてくるような曲、作ってみろ」
「知らん。そんなこと俺の知ったこっちゃない」
「心が癒されるような曲が良いぞ」
「そんなことも知らん」
「ちょっとは耳さわりの良い曲が良いぞ」
「思い切り、無調っぽくして頭が痛くなるような曲にしてやろうか」
「せっかくヴィオラ・ダ・ガンバのための新作書くんだったらガンバの音色の良さがじゅうぶん出てる曲が良いぞ。今のモダンチェロみたいな楽器には真似できないようなガット弦の味というか、そういうやつ」
「モダンチェロのための既存の曲で一番前衛的な曲よりももっと前衛的な曲にしてやろうか」
「次郎、よく聞けよ。俺が今いったようなことを全部、クリヤー出来るような曲が出来上がったら、そのデモを聴いた銀河鉄道999のメーテルによく似た着物美人が”ああ、次郎さん、なんて素敵な音楽なの。。。素敵だわ。。。。。。。一度お茶でも御一緒できませんこと?”とか何とかお前にメールでもくれるかもしれないぞ」
「おおおおおおおおおお!そうか!!!!良い音楽を作るということはそういう効き目が期待できるということなのだな!」
「そうだよ」
「メーテル似の着物美人からデートの誘いのメールが来るかもしれないのだな!もしかしたらその人は一見メーテルに似ているけれども横から見たら初音ミクにも似ているかもしれないな!」
「そうだよ」
「ふたりで御茶を飲んだ後は、ちょっとドライブにでも、とか、そういう展開もあり得るのだな。そしてその後は。。。。。ムフフ。。。。というようなことも」
「そうだよ」
「俺、頑張る!」
「そういうことが起きる確率はかぎりなく低いけどな」
「ガックリ」






Markus Zahnhausen "Russian Sketches" for recorder solo

2019-10-30 | 日常雑記
Markus Zahnhausen "Russian Sketches" for recorder solo

新しい曲の準備をするのに昔、書いた曲や自分の以前の演奏を参考にすることがあります。
今日は3年ほど前に録音したザンハウゼン作曲「ロシアのスケッチ」を聴いてみました。
前半部分に時折、出てくるリコーダーのフラジオレット奏法や短いタンギングの使い方、速いパッセージの音階の選択など、参考になる部分が沢山あります。
ザンハウゼンはドイツのリコーダー奏者で作曲家です。

今はもう演奏者と作曲者は分業体制になってしまっているのが多数派なのですが、ヨーロッパの大地でザンハウゼン氏はひたすら前進し続けています。
彼の在り方には多いに刺激を受けています。

ORDAオープンリコーダーデイズアムステルダム Fumiharu Yoshimine - KAI (2000)

2019-10-29 | weblog
先日開催されたORDAオープンリコーダーデイズアムステルダムでは私の作曲した「ムダイ」の他、二重奏曲「カイ」も演奏されました。「カイ」を演奏したグループは該当するカテゴリーで第1位を受賞しました。
演奏者の皆さん、関係者の方々、有難うございました!

Fumiharu Yoshimine - KAI (2000)

Bux Quartetのメンバーの方々による2本のリコーダーのための「カイ」の演奏です。

"kai" for 2 tenor recorders Fumiharu Yoshimine

こちらは私が多重録音をしたものです。

楽譜はドイツのミーロ社から出版されています。

BEST PERFORMANCE OF CONTEMPORARY MUSIC

2019-10-29 | weblog
BEST PERFORMANCE OF CONTEMPORARY MUSIC
Silvie Reske for the performance of "Mudai" by Fumiharu Yoshimine

アムステルダムで開催されたリコーダーコンクールで私の作曲した「ムダイ」を演奏したSivie Reskeさんが受賞しました。
有難うございました!

新曲の準備

2019-10-29 | 日常雑記


今日は昨日に引き続きヴィオラ・ダ・ガンバの練習と新曲の準備に取り掛かっています。
書き始めると苦しいこともありますが、下書きや参考資料に触れたりするのは理屈抜きで楽しい時間です。

まだ午後になったばかりなのでもう少し勢いをつけて進んでみます。
海を超えて自分の曲が演奏されているニュースで元気づけてもらっています。

旋律だけの音楽は音楽として低次元なものなのだろうか

2019-10-29 | 音楽制作覚書
曲の下書きの際には、なかなか全体像が出てこない時にはまず旋律だけ書く、ということをやっている。
その後、和音をつけたり、いろいろな楽器に割り当てたりする。

このような手順があまりにも当然になってしまうと、まるで「旋律だけの音楽」が音楽として低次元なものであるように自分で自分を洗脳してしまっているような状態になってしまうことに気が付いた。

西洋風の機能和声で出来上がっているような音楽を作曲したいのであれば、それはそうだろう。

しかし、そのような様式でない音楽を書く際に「旋律だけの音楽は音楽として低次元」などという思い込みがあると、これはまるで自分で自分を縛り付けているかのような状態になりかねない。

例えば、そんなに時代の古いものではないけれども日本の尺八の音楽。例えば本曲と呼ばれるもの。そういうものには当然のことながら和音はついていない。もちろんこれは西洋的な意味あいの「音楽」とは違うものだけれども、音による芸術的な活動であることに違いない。

もっと時代が古くなって、たとえば「能」の音楽。(これも音楽と呼べるものかどうか、というところから考える必要あり)能菅と打楽器、そして声による音響には西洋風の和音が入る余地はない。

時代が新しくなると、例えば廣瀬量平の「メディテーション」を始めとする一連のリコーダー作品。これらの音楽について「西洋風の和音が欠落しているから音楽として低次元である」というような議論は成り立たない。

今、これから書いてみたいのはヴィオラ・ダ・ガンバの音楽。
■必要な演奏技術が高くなり過ぎないようにする。
■チェロには表現できないような雰囲気を備えたものにすること。(ガンバの音色それ自体を活かしたもの)
■踊りっぽい箇所を入れてみたいけれど、中世ヨーロッパ舞曲風にはしたくない。

いろいろ細かい留意点はあるけれども、総じて問題になるのが「和音」の問題。もちろん作品の様式にもよるのだけれども。

作曲を進めるうえでその曲に伝統的な「和音」をつけるという選択肢と、そうでない選択肢。

ここで少しばかり損得勘定を入れ込んでみると、僕程度の作り手が今更、疑似バロック風の曲を作ってもフォルクレやマレの高さまで到達することはまず不可能。
ということややはり、バロック風ではない様式を採用するしかない。

ということは「和音」をどうするのか?という問題。

楽曲それ自体はバロック風でなくとも良い。しかし、そのことは「楽曲のなかにダブルストップ奏法があってはいけない」という意味にはならない。
(2019年10月29日)

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補足:

題名はどうしよう?
「霧の摩周湖」なんてどうだろうか?
どこかで聞いたことあるな。。。。。昔の歌謡曲だ。。。。。。。。
待てよ、たしか題名には著作権がないんだった。

せめて「和音」がない分、題名くらいは少しばかりロマンチックな感じがあっても良いのかもしれないけれども・・・・・


12月の演奏会の練習

2019-10-28 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
今日は諸々の用事を片付ける合間に12月の演奏会のための練習をしておりました。

リコーダーとヴィオラ・ダ・ガンバをひとつの演奏会のなかでやるという寸法です。
このような形は今までに何回かやったこともあるのですが、まださほど慣れていないので、あと2か月弱あるのですが、今から練習しています。

やはり一番、気になるのがガンバの調弦です。その場になってみないとその場の湿度や室温の具合がわからないのでこれについては、なるべく臨機応変に調節できるような技を身につけてゆくしかありません。

今まで何回かバッハのマタイ受難曲の演奏会でヴィオラ・ダ・ガンバ弾かせてもらう機会があったのですが、オーケストラが大きな音を出している間に調弦するというようなことも経験済みなので、それなりの技術は備わって来ました。

今度はギター、とフルートの皆さんと一緒です。小さな編成なのでまた別の構えが必要になりそうです。

新作の準備をしているとどうしても現代的な奏法や、新しく聴こえるような音楽語法に興味が行ってしまうのですが、ガンバで古い時代のヨーロッパの曲を弾いていると、熱くなってしまった頭をちょうどよく冷やしてもらっているような感じがあります。

鹿児島でも古楽演奏が少しずつ盛んになって行ってくれたら良いなと願っています。

練習開始の際の心理状態

2019-10-27 | 日常雑記
新しいリコーダー奏法のブログに「練習開始の際の心理状態」と題して記事を書いてみました。
やる気のない自分自身を如何にして練習させるのか、という私自身の個人的な方法です。

カサド作曲 無伴奏チェロ組曲 演奏: Santiago Cañón Valencia

2019-10-27 | 日常雑記
Gaspar Cassadó Suite for Cello Solo (Complete): Santiago Cañón Valencia

今、ヴィオラ・ダ・ガンバのはいった新曲の準備をしています。
参考の録音をいろいろ聴いています。
今日はこの動画を観ました。
カサド作曲の無伴奏チェロ組曲。演奏:Santiago Cañón Valencia
素晴らしいです。

楽譜を参照しながら聴くと作品のなかで使われている作曲技法が学べます。
動画もあるので実際の演奏技法を視覚的にも確認できます。
便利な時代になりました!




もうすぐ発表会

2019-10-26 | 音楽教室
もうすぐ教室の発表会です。
鹿児島市の武岡2丁目の音楽教室でリコーダーと音楽理論のレッスンをしています。
11月26日には鹿児島市のシティエラホールで発表会があるので生徒の皆さんは鋭意、練習中です。
昼間は皆さん、お仕事しておられるので練習時間は限られているのですが、それでも着実に進歩しています。

今回の発表会ではコレッリの「ラ・フォリア」やジェイコブの「変奏曲」など本格的な曲もはいっています。
また新しく教室に入会された方々もおられるので優しい旋律の曲もはいりました。
これからまた楽しみです。

私は来年2月に開催されるバルト・スパンホフさんとの二重奏の演奏会の準備や同時開催される愛好家の皆さんのステージの準備などもしています。

このところテレビやインターネットのストリーミング放送などでラグビーや卓球の国際試合を観るのですが、なにかひとつのことに取り組むという点では作曲・演奏とスポーツ選手の在り方には共通点が多くみられます。

月並みですが、「メンタルの強さ」ということがよく言われます。
これは音楽を作る上でも非常に重要なことで、もしかしたら才能とか、そういったことと同じくらに大事です。

教室の発表会は国際コンクールのような水準は求められませんが、それでも、今ある環境のなかで最大限に良い演奏を目指してゆきます。

卓球の試合などでは最終セットで相手にマッチポイントを取られている状態から、そこをひっくり返して、少しずつ差を詰めてゆき、最後には逆転勝利することもあります。非常に稀なことではありますが。

このようなことも起こり得るのがやはり面白いところです。What a wonderful world というやつです。