吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

今日は

2019-12-10 | 日常雑記
今日は16日のクリスマスコンサートのための合わせの練習だった。
フルートの木村さん、ギターの濱田さんとオトテールのト長調の組曲から有名なロンドとあとふたつの楽章。
そしてマレのシャコンヌなど。

オトテールはなかなか良い感じに仕上がって来た。
強調する音とそうでない音、あるいは進みやすい箇所とそうでない箇所の区別などもよくなった。

マレのシャコンヌも、今日くらい出来たら良さそうなところまでは仕上がった。

このところのテーマはウォーミングアップしないでいきなり曲をそのテンポで最初から最後まで弾く、ということだけれども、それもだいたい数をこなしながらうまく出来て来た。

このところの練習を通じて、マレのシャコンヌは今日を入れて3回、予行演習が出来た。

とにかく少しでも多く本番に近い状態での演奏を経験することが大事なので、そういう時は演奏者同士で聴きあいながら予行演習の形を取る。

クリスマスコンサートは今度の月曜日なので、もうあと5日くらいに迫って来た。

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弾く曲はもう暗譜してしまっているので、これ以上練習してもどうかと思ったりもする。

練習し過ぎると、その曲に対する感受性が鈍ってしまうことがあるから気をつけなければ。

でも全然、練習しないわけにもゆかない。

どうするかというと、こういう時にお勧めなのは他の曲をどんどん練習することなのである。
新しい曲を譜読みしたりとか。
あとはやっぽり自分にとっての定番の曲を精密に練習すること。

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オトテールのロンド、マレのシャコンヌ、もうずいぶん昔に書かれた異国の曲なのに、新しい感じがする。
こういうの、本当に良い音楽というのだろうな。


女声合唱を聴いた

2019-12-05 | 日常雑記
勤務先の大学の定期演奏会があったので聴きにいった。
いずれも非常に水準の高い演奏だった。

なかでもプログラム最後に登場した女声合唱は圧倒的だった。

演目は女声合唱のための唱歌メドレー「ふるさとの四季」源田俊一郎編曲

パンフレットをちらっと見て「ああ、女声合唱ね。。。。きれいな声できれいな歌、皆で歌う、あれね。。。」と思っていた僕のイメージは吹っ飛んだ。

まず出だしにびっくりした。
女声合唱のはずなのにピアニストがひとりで舞台に出て来たのだ。。。。

「あれ、プログラムの順番間違えたのかな。。。。女声合唱はいつ出てくるのかな。。。。。あれ、あれ。。。。。」と思っていたら、ピアニストは厳かな感じで耳なじみのある曲を弾きだした。

そしたら驚くなかれ舞台袖からまるで天女さまの群れがふわわわわわ~~~~~~~~とまぶしいばかりの輝きを放ちながら振り付け有りで入場してくるではないか!!!!!

僕はその瞬間、思った。
「あ!どうしよう!!!目のやり場がない!!!!」
何故かそういう風に思った。

あまりにも美しすぎるのであった。
僕は前から5列目くらいに座っていたので、出演者の誰かと目があってしまったら困るな、と思ってしまった。

歳の頃、二十歳ほどの女性がばっちり気合の入ったメークをして。。。。いや、そればかりではない。。。。髪型も決まっているのである。。。。

極めつけはドレスである。それらは色とりどりでキラキラしているのだった。そして照明効果。。。。

まぶしいのである。

銀河鉄道999のメーテルが沢山いるような感じがした。

竜宮城に連れてこられた浦島太郎はこんな気分だったのではないかと思った。

僕の授業を受けてくれている学生も何人かいるようだった。
普段はどちらかというと地味な感じで真面目に音楽理論や合奏(リコーダー)に取りくんでいる諸君も居た。

でもメークとか何やらで見た感じが普段とすごく違うのでなんとなく推測する感じだった。

僕は前から5列めほどに座っていた。ちょっと近すぎた。
授業とってる学生と目があったら恥ずかしいなと思った。

ああ、こういうの自意識過剰というのだろうか。
客席にいる癖に自意識過剰というのはなんだか変だ。

おまけに出演の学生諸君は表情もすごく意識的だったように見えた
オペラとか、、ミュージカルの俳優さんが沢山いるみたいな感じもした。

演奏はどんどん進んでいった。
「赤とんぼ」とか「たき火」とか「誰もいない海に」とか「村まつり」とか「遥かな友に」とかその他、とにかくどんどん歌が続いていくのだ。

全ての歌にそれぞれ振り付けのようなものがついているので、出演者は皆、暗譜である。女声三部だから当然、主旋律以外のパートも暗譜。曲によってソロあり、重唱ありで、変化の幅も大きい。
演奏時間15分くらいはゆうにあったのではないだろうか。
その間、暗譜で振り付けもあり!

「雪やこんこん」という歌も出て来た。
その中に「猫はこたつで丸くなる」という歌詞があるのだが、そこでは出演者が手を丸くして、猫の手の形をしていた。

これ、若い女性だから出来る振り付けだ。
僕みたいなおっさんが猫の手の形をして「猫はこたつで丸くなる」とか「にゃお」なんて歌ったら、グロテスク以外の何物でもなくなってしまう。
おっさんには猫の手の振り付けは許されないのである。

最後は「ふるさと」だった。
僕はこの歌に弱い。
「志を果たしていつの日にかふるさとに帰らん」というあたりで涙腺がもろくなってしまうことが多い。
今日もそうなってしまった。

歌の詳しいことや振り付けのことは僕にはよくわからないけれども今日の女声合唱は僕にとっての女声合唱の概念をひっくり返すに十分なものだった。

何でああいうことが可能だったのだろうか?

オペラ演出技術と女声合唱の統合作用?

だとしたら今日、見たものは尋常ならざるものだったのではないか?

中島美嘉「雪の華」リコーダー,ピアノ

2019-11-30 | 日常雑記
Nakashima Mika中島美嘉「雪の華」

鹿児島地方も寒くなって来ました。
テナーリコーダーとピアノによる中島美嘉「雪の華」です。

今日は

2019-11-29 | 日常雑記
今日は大学で授業のある日。
ひとつめは合奏(リコーダー)、ふたつめは管弦楽法というもの。
管弦楽法では、管弦楽に使われる楽器の用法や実際の特性など、それにまつわることを様々な角度から学べる。

今日はかつてバロックのオーケストラのなかにも例が見られるリコーダーについて。
ただし用法自体は現代的。

ということで20世紀のベルギーの作曲家がリコーダーのために書いた曲を教材として準備してみた。

特殊な奏法も使われていて解説もあるのだが全部オランダ語。
そこで学生諸君と一緒に普段の教室を抜け出して大学の図書館へ行った。

まずはオランダ語の辞書と首っ引きでリコーダーの特殊奏法を読み解いた。
この段階までで結構時間がかかってしまった。
直接辞書に載っていない単語は原型や過去分詞型などを教えてあげたら意外と学生諸君、オランダ語の解読もいけるではないか。

そこでまた教室に戻って今度はその楽譜に書いてある曲を学生諸君の前で演奏してみた。

楽譜を解読したのは最初の1ページだけだったけれども、とりあえず残りのページの分も演奏した。
バスリコーダーで演奏時間約6分程度。

これは自分で言うのも何だけれども良い授業だった。
まず、楽譜の解読をする時点で語学に関する話題が飛び交う。
もちろん20世紀の音楽語法やリコーダーの特性、音楽の歴史など縦横無尽の話題の展開。
ここまでは全く演奏はなし。ひたすら話あう。

図書館から教室までは天気の良いなか学生諸君と一緒に歩いて教室まで移動。
その間は軽く雑談(とは言え、授業時間なので授業に関する話題に限定)

最後に演奏。
この曲はもう自分の持ち曲になってしまっている曲なので音楽的な情報も伝えられたはず。

帰ってからしばらく自分の練習をして夜は温泉。

良い一日だったな!
皆さんに感謝しなければ!

Georgina Jackson Big Band-Wonderful World

2019-11-19 | 日常雑記
Georgina Jackson Big Band-Wonderful World

歌い手・トランぺッターGeorgina Jackson。
ことあるごとにこの歌を聴いています。
素敵です!


「はながさきました」とか「ひのまる」みたいな。。。

2019-11-19 | 日常雑記
昨日は延べ8時間くらい音符を書いていた。
下書きが20枚くらい、とりあえず完成型が4枚。
でも完成型の最後のほうはもう、集中力がきれて無理やりやっつけたから終わり方はみかけ倒しだったかも。

自由に音符を書いたりする時間が与えられているのは本当に有り難いことなのだけれども、出来上がって来るものの出来栄えが良いことばかりではなく、(というか、そういうことはほとんどなくて)見掛け倒しだったり、頭でっかちだったり、根本的なアイディア不足だったり、そういうことのほうが多い。

どうしてもうまく行かない時もあって、出来の悪さをいちいち真に受けてしまうとしんどい。
「そういう時もあるから良いんじゃないの」くらいにしておくのがコツかも。

小さい子はひらがなを書く練習をする。
ひらがなが書けるようになったら、それを使って短い作文を書く練習をする。

「はながさきました」とか「ひのまる」とか。。。。。

とかそういう感じかも。

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確認事項
実際、書いている間は書いているもののクオリティを批評し過ぎないこと。
自分で自分を批評するのは曲がある程度のところまでいって最終的な段階として推敲するところまで(あるいは一日の分が終わってとりあえずの完成型まで到達するまで)。

一見、ダメなものが本当にダメなこともあるけれど、一見ダメなものが実はダメではないこともある。
ダメ出しは最後の最後までとりあえずやらないでおく感覚。

あえて自分に自分でダメ出ししない、というのも広い意味での「技術」と捉えることが出来るのではないだろうか。

11月17日日常雑記

2019-11-17 | 日常雑記
12月16日に鹿児島市内の教会で演奏させてもらう機会、少しずつ近くなって来た。
ヴィオラ・ダ・ガンバでマレのニ長調の組曲、そしてオトテールのトラヴェルソのための組曲ト長調から抜粋。
リコーダーでも1曲。

ガンバのソロの曲はもう暗譜してしまっているので忘れない程度には練習するけれども、本番前にチカラを入れたいのはやっぱり本番で弾かない曲。

フォルクレのニ短調の組曲(全楽章)、テレマンの無伴奏ソナタ(全楽章)、マレの「ラフォリア」(全曲)、とりあえずこのあたりの曲をもっと良く弾けるようにしておきたい。

本番の曲がある程度早い時期に仕上がってしまっているのとこういうことが出来るのでラクなのだ。
もちろん合わせの練習もあと何回かあるからそこでは共演の方としっかりコミュニケーション。

弦の選定も今のところうまく行っているし(弦の選定がダメだといくら調弦してもフレットを調整しても、音程が定まらないのだ)、そして何よりも楽器それ自体の鳴りも反応も良いからココロ強い。

時々、自分がリコーダー奏者なのかガンバ奏者なのか、何なのかわからなくなる時があるけれども、それはそれで良いことにしよう。

とりあえずリコーダー吹いている時はリコーダー奏者。
ガンバ弾いているときはガンバ奏者。
それ以外でも音符書いたり、教室や学校に行って教えたりいろいろなことしてるので、それはもうそれで良いことにしようと思う。

ああ、もうひとつあった。
演奏会のプロデュースしたりするので、そういうこともあるのだ。

これは演奏や作曲にくらべると別次元の難しさ。
でもそれもやっぱり与えられたことだと思ってやってゆきたいと思う。

時々、もっとシンプルな生活したいなと思うこともあるけれども、そんな贅沢言わないで、とにかく目の前のことをひとつずつやるのだ。

今日は

2019-11-06 | 日常雑記
今日は12月の演奏会の合わせの練習がありました。
ギター、そしてフラウト・トラヴェルソの方々と一緒に練習しました。
曲はオトテールのト長調の組曲から抜粋したものでした。

私はヴィオラ・ダ・ガンバでした。
このところ事務仕事が続いていたので、合わせの練習で気分一新できました。

その場にある楽器を活かして音楽する、ということ。
そんなことの意味みたいなことを思いました。

ギターの方は19世紀ギターで通奏低音を弾きました。
本当はバロックギターやリュートで出来れば良いのですが、それはできないのでとりあえず19世紀ギターです。
このような在り方もひとつです。

もしかしたらバロックの音楽も古典派の時代になってもピアノや少し新しいスタイルのフルートやオーボエなどで演奏されていたかもしれません。
ロマン派の時代になってチェンバロが弾かれることは絶対になかったとは言いきれません。

このように考えてみると、オーセンティック(正統的)という言葉の意味をどのように捉えるのか、ということも、様々な幅を持たせることが出来そうです。

極端かもしれませんが、バロックの様式を理解していないヴァイオリニストがバロックの曲をバロックヴァイオリンを弾くよりもバロックの様式を理解しているヴァイオリニストがモダンヴァイオリンでバロックの曲を弾くほうがずっとバロックらしく聴こえます。
何でも「楽器」の選択を声高く言う前に、まず奏者の在り方それ自体を問うことも出来そうです。

明日は教室のレッスンと卓球、そして明後日は大学で授業です。
大学では教職課程の必修科目として合奏(リコーダー)という科目を担当しています。
明日は小テストの日。
練習の成果を聴かせてもらえるのが楽しみです。

今日はまだ日付が変わるまで少し時間があるので、もう少しガンバの練習してみます。

今日は

2019-11-03 | 日常雑記

今日はひたすら事務仕事を続けておりました。
来年2月の企画の準備です。
個人事業なので細々したこともマネージャー役とふたりで進めています。
そんななかで思うことがありました。

だんだん演奏の現場から離れてゆくのだろうな、ということです。
でも、それも自然なことなのだろうな。
歳をとってゆくから少しずつそういう風になります。

まだまだ現役の演奏者で居られるうちは居たいけれど、時がたってゆくから、その時はその時だなと思いながら暮らしています。

目の前の事務仕事に取り掛かっている最中や、自分の練習したり、楽譜書いたりしている時はあんまりそういうことは考えませんが、ふとした時にそんなこと思ったりします。

2月は鹿児島と東京で演奏会や愛好家の方々のステージ作りです。東京は近江楽堂です。大きさも手ごろで素敵です。
鹿児島での会場が大きいのでちょっと気をもんでいますが、それはそれとして出来ることを進めてゆきたいです。

鹿児島地方はもうずいぶん秋が深くなってきました。

Markus Zahnhausen "Russian Sketches" for recorder solo

2019-10-30 | 日常雑記
Markus Zahnhausen "Russian Sketches" for recorder solo

新しい曲の準備をするのに昔、書いた曲や自分の以前の演奏を参考にすることがあります。
今日は3年ほど前に録音したザンハウゼン作曲「ロシアのスケッチ」を聴いてみました。
前半部分に時折、出てくるリコーダーのフラジオレット奏法や短いタンギングの使い方、速いパッセージの音階の選択など、参考になる部分が沢山あります。
ザンハウゼンはドイツのリコーダー奏者で作曲家です。

今はもう演奏者と作曲者は分業体制になってしまっているのが多数派なのですが、ヨーロッパの大地でザンハウゼン氏はひたすら前進し続けています。
彼の在り方には多いに刺激を受けています。