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新しいリコーダー奏法

吉嶺史晴によるリコーダー奏法解説ブログです。上達してゆくための全般的な考えかた・生き方のヒントについても書いています。

強弱とピッチについての考え方(マインドセット)

2025年02月23日 | 全般的な事柄
強弱とピッチについての考え方(マインドセット)


ユーチューブチャンネル更新しました。

リコーダー奏者 永遠の課題

2025年02月17日 | weblog
吉嶺史晴です。

「リコーダー奏者の永遠の課題」と題し、「音量」と「ピッチ」(音の高さ)との関係について書いてみます。



初心者の段階を終えて、吹きごたえのある曲を演奏出来るような段階になって来ると、必然的に奏者の内側から「表現欲求」のようなものが湧き上がって来ます。

問題は「ここは大きく吹きたい」「ここは小さく吹きたい」という欲求が出て来た場合、替え指を使わなければ必ずピッチが音量につれて上下します。

替え指を使えばピッチの補正は出来ますが、音色は損なわれます。多くの場合、音色に曇りがかかったようになります。

そのような音色が欲しい場合には敢えて、替え指を使うこともありますが、問題はそのような音色は欲しくないけれど、音量だけは変化させたいという場合です。

これは数十年もの経験を備える奏者にとっても難しい問題になることがあります。

こんな時はどうしたら良いのでしょうか?



*音量の変化を諦め、全ての音を標準の指使いでまっすぐに吹く

*音量の変化を最大限に求めて、可能な限りの替え指を使う



今、両極端なふたつの場合を挙げてみました。

実際の演奏ではこれらの極端の場合に真ん中付近に具合良く、落ち着くということになりますが、これ以外の選択肢はないのでしょうか?



もうひとつの選択肢としては、標準の指使いを使いながらも、ある一定程度のピッチの狂いは許容しながら演奏する、というものです。

リコーダー奏者がどの程度の段階に到達しているのか、ということを判断するためにこれはひとつの良い基準になるのではないでしょうか。

標準の指使いは理由なく定まっているわけではありません。

その楽器がその楽器らしく鳴るために一番良い指使いが標準の指使いです。

リコーダー演奏にある程度の経験が備わって来て、一番陥りやすい点は「替え指を多用する」ということです。このことによってピッチは正確に保たれますが、結果として音色が損なわれます。

替え指特有の曇ったような音色が多くなってしまうと、場合によってはその曲本来の持ち味に反するものになってしまうかもしれません。

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以上の点について大事な事柄をまとめてみます。

音量とピッチの関係について

*とにかく正確にやる(第1のアプローチ)

*何が正確なのか、不正確なのか気にしないで、奏者の気持ちの良くなるのが一番という態度でやる(第2のアプローチ)

*上記のふたつのアプローチの中間をとる(第3のアプローチ)



ここだけ見ると、第3のアプローチが一番良いものだと短絡的に捉えたくなってしまうのですが、実際にはその時演奏する楽曲の様式や、あるいはまたその時、その会場の演奏者とお客さんの関係性など、様々な要因によって変化するものかもしれません。

また「ピッチが正確」という表現にも注意が必要です。

何をもって「ピッチが正確」と言えるのでしょうか?

伴奏楽器とピッチが合っていれば「ピッチが正確」と言えるのでしょうか?


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演奏中、間違った音を出した時に現れる何か

2025年02月14日 | weblog
演奏中、間違った音を出した時に現れる何か


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低音域の「慣らし」について

2025年02月14日 | weblog
低音域の「慣らし」について


リコーダー低音域の「慣らし」(鳴らし)作業について解説しました。

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「息のこと」「歌を模倣すること」2025年2月11日

2025年02月11日 | weblog
「息のこと」「歌を模倣すること」2025年2月11日


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難しい箇所はゆっくり、これを本番でもやる

2023年04月18日 | 全般的な事柄
難しい箇所はゆっくり、これを本番でもやる、こういうやりかたでやると多分、非常に不格好なものが出来上がるでしょう。
でも、その不格好さを表現として活かすことが出来れば面白いのではないでしょうか。

普通は頭のなかに理想のフレーズの形があって、それがそのまま実際の音として表現できれば、それは良いものとして評価されます。

しかし、奏者の技術的な限界から来る実際のフレーズの在り方(多分、それは最初、頭のなかだけにある理想とはほど遠いもの)を表現として成り立たたせるために必要なのは何でしょう?

「乱れ」について

2023年04月12日 | 全般的な事柄
普段、真面目なイメージが強ければ強いほど、その奏者がいったん「乱れ」た時の落差は大きくなる。
その「乱れ」が計算されたものなのか、それとも本当にその場、その時に起きたものなのか聴き手に皆目わからないのであればなおさら。

理想形を複数持つ

2023年04月12日 | 全般的な事柄
楽器の特性や奏者の備えている技術水準によって、どうしても、その奏者自身のイメージする表現が出来ない時には、当然のことながら、妥協が必要になります。
しかし、その妥協を単なる妥協で終わらせることなく、それを複数存在する理想形のなかのひとつの在り方とすることが出来ればどうでしょう?

かなり面白い展開になってくるのではないでしょうか?

とするならば、そこではその奏者の「下手さ」とか、楽器の構造上からくる「限界」を表現のひとつとして活かすことが出来るはずです。

このあたりに気が付いているのか、いないのか、は大きな分岐点になるのでは、と感じます。

何故ならば、そこではその奏者は自分自身の技術的な限界それ自体を表現のための肯定的な材料として活かすことが出来るからです。
例えば、具体的な事柄で言うと、自分の技術が最初の理想形を実現するために、不十分な場合、実際の演奏ではそこだけ時間を要することが多いです。

ここで肝要なのは、聴き手をして「そこまでして(そんなに不格好になってまで)その曲を演奏したいのか」と思わせる何か。

「不格好」と言うのは否定的に捉えられることの多い言葉ですが、これを「バロック的な歪みの美しさ」と捉えることが出来ればそこから大きな世界が展開してゆく可能性があります。