吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

「ナイーブさ」を極力排除すること

2019-11-26 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
明日からまたガンバの練習に勢いを出そう。
もうソロの曲は暗譜しているのでそれは確認程度で良いことにして、むしろ本番で弾かない曲をどんどんやっやってみよう。

重点的に練習してみたいのはいつもやっている定番の曲をより精密にやること。
■シンプソンのディヴィジョンヴィオール
■テレマンの無伴奏ソナタニ長調
■フォルクレの二短調、ト長調の組曲
■マレのラフォリアなど

メカニックな練習
■重音トリル、移弦、ポジション移動などなど

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「ナイーブさ」を極力排除すること。青臭い感じとかとかくセンチメンタルに流れやすいところとか。そのあたりの点。
センチメンタルであっていけない、ということではない。

しかし演奏者がセンチメンタル過ぎるとそれは時として聴き手がより積極的に聴くためのさまたげになる。

見た目は激しく身体が動いているけれど、音は鳴りが弱くてリズムがダメだったりすると、もうそれだけで聴き手の興味を失うのには十分。

あまりにもわかりやすい表現もダメだ。
かといって何をやっているのかわからないようなのもダメ。

何をやりたいのか、ということは伝わる必要があるけれども、それがどういう在り方で伝わるのか、ということが大事。

結局、演奏者のレベルは彼自身の聴き手としてのレベルを超えることは出来ないのではないだろうか。

12月の演奏会の練習

2019-10-28 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
今日は諸々の用事を片付ける合間に12月の演奏会のための練習をしておりました。

リコーダーとヴィオラ・ダ・ガンバをひとつの演奏会のなかでやるという寸法です。
このような形は今までに何回かやったこともあるのですが、まださほど慣れていないので、あと2か月弱あるのですが、今から練習しています。

やはり一番、気になるのがガンバの調弦です。その場になってみないとその場の湿度や室温の具合がわからないのでこれについては、なるべく臨機応変に調節できるような技を身につけてゆくしかありません。

今まで何回かバッハのマタイ受難曲の演奏会でヴィオラ・ダ・ガンバ弾かせてもらう機会があったのですが、オーケストラが大きな音を出している間に調弦するというようなことも経験済みなので、それなりの技術は備わって来ました。

今度はギター、とフルートの皆さんと一緒です。小さな編成なのでまた別の構えが必要になりそうです。

新作の準備をしているとどうしても現代的な奏法や、新しく聴こえるような音楽語法に興味が行ってしまうのですが、ガンバで古い時代のヨーロッパの曲を弾いていると、熱くなってしまった頭をちょうどよく冷やしてもらっているような感じがあります。

鹿児島でも古楽演奏が少しずつ盛んになって行ってくれたら良いなと願っています。

ヴィオラ・ダ・ガンバ左手親指奏法

2019-09-24 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
左手の親指を弦を押さえる指として使うのはチェロのやりかただけれども、これ、工夫次第ではヴィオラ・ダ・ガンバに応用出来そうだ。

左手親指で弦を押さえる時にほんのちょっとだけ楽器の裏を自分の身体に接触させて支える。
これだけ。

でもバロックの曲でこんな技術使う曲はなさそうだし。。。

そうか、こういう技を使う曲を作れば良いのか。。。
ということは・・・・新しい曲を作る際には、純粋に音楽的なところだけから作曲するという場合だけでもなくて、場合によってはやっぱり「技術を活かす」というようなちょっと不純な動機があったりもするのだ。。。

そうやって出来上がって来た曲が本当に音楽的にダメな曲だったら、もうそれはダメだけれども。。。

それはやってみなければわからない。

例えば、ヴィオラ・ダ・ガンバとテナーリコーダーの二重奏曲とか、どうだろう?
リコーダーはともかく、ガンバのパートはほんの少しだけ技術的には難しくないような在り方ならば不可能ではないはず。

曲の箇所によってはガンバのほうがリコーダーよりも高い音になったり。。。
ピチカートまぜたり。
あるいはリコーダーが伴奏になって、ガンバが主旋律やったり。。。
リコーダー奏者もガンバ奏者も同時に声と楽器の音をだして4声体の音楽になったりとか。。。
面白いかも!


セヴシック

2019-08-12 | ヴィオラ・ダ・ガンバ

セヴシックのチェロ用練習曲op8のなかから何曲か練習。
なるべく全部の音が均質に鳴るように気をつけながら左手や右手の具合、身体全体の重心の位置などをチェック。

もともとチェロ用に書かれている曲なので細かいところはガンバ用に変更しながら練習。

曲集のなかで左手親指を使う曲もあったのでガンバでもやってみたら、なんだかいつもと勝手が全然、違ってしまって難しい。
実際の曲のなかでガンバで左手親指で弦を押さえる状況はなかなか出て来ないだろうけれど、こういう技術もとりあえず練習してみよう!

単純な練習曲は頭の休憩になるから、なかなか良いのだ。

新しいレパートリー(短い覚え書き)

2019-07-24 | ヴィオラ・ダ・ガンバ

ガンバはどこまで行ってもガンバ。
どこかでこんな言葉を聞いたことがある。

それ、もしかしたら「アクの強さ」ということなのでは。。。
同じガット弦で、音域の近いバロックチェロと比べてみても、やっぱりヴィオラ・ダ・ガンバの音色というのは独特だ。

それを現代的な作品のなかに活かしてみることは出来ないだろうかな。

ガンバはどこまで行ってもガンバ。
このあたりのところを何とかして新しい音楽に活かすこと出来ないものだろうかな。




モダンオーケストラの中で調弦する(技術的な事柄)

2019-03-16 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
モダンオーケストラの中でひとりヴィオラ・ダ・ガンバ奏者が他の奏者と同じような時間のなかで調弦するのは私の経験上、不可能です。あまりにも時間が短すぎます。

通常、オーボエ奏者が基準になる「ラ」の音を出して、それをコンサートマスターが受け取り、全員が各自の楽器の調子を合わせるという運びになりますが、これはほんの数十秒、長くとも1分ほどで終わってしまいます。

この時間のなかだけでヴィオラ・ダ・ガンバを調弦してしまうのは少なくとも私の技術では不可能ということがわかりました。

ということは、この時間は「調弦をする時間jではなく「あらかじめ調弦してあったものの確認をする時間」ということになります。

自分の家で練習をする際にはまわりが静かな環境なのでゆっくり時間をかけながら、それぞれの弦の第2倍音、第3倍音などを使いながら入念に調弦することができますが、舞台上の短い時間で、しかも周囲に音が鳴っている状態ではこのような方法は全く使えません。

普段は音叉1本で調弦することも可能ですが、このような状況では電子的なチューナーの助けを借りることもやむを得ない、というのが今のところの実感です。

休憩時間に舞台上で調弦する時間が与えられている場合、その舞台上が後半と同じような照明なのか、どうか、ということもチェックする必要があります。

休憩中は舞台上が暗く、後半で本番用の照明が当たる場合に、照明がきたらその時から急激に楽器にあたる熱が増えて、弦が下がって来る可能性があります。

例えばJ.S.バッハ「マタイ受難曲」のような曲の場合にはコラールやレシタティーボのなかにまぎれてガンバの調弦の具合をチェックする必要が出てくる場合もあります。この場合には全体の音響に影響を与えないほどの極めて小さな音量で行います。

どのような場合にしてもある程度、長い時間舞台に居る場合には弦が下がって来ることがおおいに有り得るという想定のもと、わざと高く調弦しておくことが必要とも言えます。

経験上、5セント~8セントほど高く調弦しておくと良いようです。

楽器のペグと弦の状態にも要注意です。ペグと弦の調子によっては調弦の際にぴったりに調弦できていたとしても2、3分ほどかけてゆっくりピッチが下がってくることがあります。

やむを得ず低音の側にスチール弦を使う場合には、張力との関係上、ガットの時よりもペグの回転により敏感に反応してしまうので、どうしてもぴったりの高さにあわせるのは難しくなります。

かと言ってヴィオラ・ダ・ガンバにモダンチェロのようなアジャスターをとりつけてしまうのも考え物です。

補足:
ガット弦は狂いやすい、という固定概念のようなものがありますが、その時の会場の温度、湿度、舞台上の照明の具合など、それらの状況によってはさほど狂いません。

ガンバにスチール弦を張るというのはピッチの安定性という点からみるとガット弦の場合よりも安定しているように思えますが、少しのペグの回転だけで急にピッチが上がったり下がったりしてしまうので、このような点からみるとガット弦のほうが調弦作業自体はラクです。

またスチール弦の場合だと張力が強くなるせいか、ガット弦の場合よりも、調弦の際により強くペグを押し込む動作が必要になります。このような点からもスチール弦をただしく調弦するのは難しいということがわかります。

様々な状況から、スチール弦だからということで調弦が安定していると一概に信じ込むことは危険です。

練習法(メモ書き)

2019-03-13 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
暗譜している曲の練習法のメモ書きです。

■暗譜している曲を演奏しながら目の前にあるテキストを声に出して読む(メトロノーム裏拍)
■暗譜している曲を演奏しながら目の前にあるテキストの声に出して読む(メトロノーム表拍)
■暗譜している曲を演奏しながら本来同時に演奏されるべき歌のパートを同時に歌う(メトロノーム裏拍)
■暗譜している曲を演奏しながら本来同時に演奏されるべき歌のパートを同時に歌う(メトロノーム表拍)

普段このような練習を通して自分自身に対する負荷を強くすることを意図しているところです。
本番はテキストを朗読する必要もなく、同時に歌ったりすることもないので、その分ガンバの演奏により専念できるという寸法です。

ガンバの演奏しながらそれに関係ないテキストを朗読したりしてみると、当然のことながらガンバの演奏のクオリティは落ちてしまうのですが、その際には本来あるべきものがどのようなものであるのか、ということを常に意識しておくようにします。

またメトロノームで拍を出す際には遅いテンポであっても、速いテンポであっても本質的には同じ弾き方が出来るように意識してみます。

速いテンポでやむを得ず付点とその次に来る音の比率を変えて演奏している箇所については遅いテンポであってもそのような弾き方をすることにします。

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相変わらず「鳴り」のことを考えています。

どんな時でも「鳴り」を確保しなければならないという考えかたがあります。それは建前としては正しいものです。しかし、そのことにこだわり過ぎるとある一定以上よりも速いテンポに全く対応できなくなることがあります。

実際の演奏においては時分の限界付近あるいはもしかしたら限界よりも速いテンポが要求される場合があり、その場合には何かを犠牲にする必要があります。「鳴り」あるいは「細かいニュアンス」といったものは状況に応じて必ずしも確保され得ない場合もあることに気がつきます。

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メトロノームのテンポ設定については、よくやるパターンとしてはひと目盛りずつテンポを速くしてゆくという方法ですが、必ずしもこのような方法だけではなく、極めて遅いテンポとなるべく速いテンポの両極端を往復するという方法もあります。


2019年3月12日

2019-03-12 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
最近の練習は朗読、メトロノーム裏拍、暗譜している曲を演奏、というようなやりかたで行っています。
同時にいろいろなことを行うことを普段から行っておくことによって本番をより楽な状態にしてゆこうという考えかたです。

英会話の上級者は同時に通訳をしたりすることが出来るのですが、このような在り方が参考になります。
つまりなにかの技能が熟達している状態ということを楽器演奏だけではなく、語学やスポーツ、自動車の運転など、人間のほかの活動と共通した在り方からみえてくることがあるようです。

擦弦楽器を弾く場合、少なくとも以下の活動が必要です。
■右手に持っている弓で弦を擦る
■左手の指で複数の弦の適切な場所を押さえる

メトロノームがあると
■メトロノームの音を聴く
■もし自分の出している音とメトロノームの音がずれた場合には調整する

同時に朗読をするならば
■目で読む
■読んだ文章を自分の声を使って音に変換する

以上のようなことを同時に行う場合、脳にかかる負荷が大きくなります。

実際の演奏会の場合ならば、アンサンブルの相手の出す音やテンポ、あるいは指揮者がいる場合には指揮者の音楽的な意図に自分の出す音を反映するということになりますので、やはり自分の楽器を演奏しながらも実際は複数の事柄を同時に行っているということになります。

普段から自分自身にかかる負荷を意図的に大きくしておくことによって鍛えられることがありそうです。

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このような練習方法に慣れないと、おかしな音が出たりしますが、それは許容することにします。

以上のようなことを考えてみると、練習というものはその在り方によって必ずしも毎回「鳴りの良い音」を出さなくとも良いということも言えます。

「鳴りの良い音」というのは最終的な結果として得られるものであり、そこに至るまでの過程として「鳴りのよくない音」というものは必要とする考えかたです。

「言い訳」を用意した上で練習してみる

2019-03-06 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
朝、一番に弾くのは気後れしてしまうこともあるものですが、そんな時は自分自身に「言い訳」を用意した上で練習してみるということにしています。

最近よくやっているのは暗譜している曲を練習するのにコンピューターの画面に数分ごとに変わるテキストが映るような動画を写して、そのテキストを朗読しながら暗譜している曲を弾く、ということです。

脳に対する負荷がいっきに高まり、演奏のクオリティは落ちます。

世間では「言い訳をするな」とか「逃げるな」とか「真面目に向き合え」とかそのようなことをよく言われるのですが、これは意図的に「言い訳」を準備しておくという方法です。
多少、おかしな音が出ても良い、という立場をとることにします。

暗譜で演奏、朗読に加えて、メトロノーム裏拍打ち、というようなことを同時にやればもっと負荷が高くなります。
練習の際にあらかじめより厳しい条件に自分を置いてみる、という考えかたです。

日本の童話などをテキストと一緒に朗読しているyou tubeチャンネルがあります。そのようなチャンネルを音声をミュートした状態でモニター画面に映るようにしておきます。

暗譜した曲を弾きながら朗読するのですが、この場合にはいろいろなやりかたで読んでみます。

■機械的にまるでロボットが読むように読んでみる
■思い切り感情を入れ込んで読んでみる
■ロボットみたいな読み方と感情的な読み方を不規則にまぜてみる
■極端に速く読んでみたり、遅く読んでみたりする

このような方法を常に暗譜した曲を弾きながらやってみます。

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以上のようなことから、練習する際には「音のクオリティは絶対に落とさない」という在り方だけではなく「音のクオリティが落ちても良い(ただししかるべき理由が必要)」という在り方も成り立つということが言えます。

小型の木管楽器のようなものであれば、バランスボールの上に乗りながら練習するというような方法も考えられます。
要は本番の舞台では到底ありえないような高い負荷を自分自身にかけて練習するという考えかたです。

メトロノーム

2019-03-05 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
メトロノームを鳴らしながら練習する時には拍の頭にメトロノームの音が来るようにすることが多いのですが、今日はひとつの拍4分音符を4等分(16分音符4個)してメトロノームが4つめの16分音符のタイミングに来るようにして練習してみました。

このことによって拍の頭や裏拍の頭などは自分で数えなければならなくなり、その分、負荷が高くなるということを狙ってみました。

このような練習をしているとどうしても出て来る音楽が無味乾燥なものになり勝ちなのですが、そのデメリットをさしおいても、厳密に数えること、あるいは自分自身に普段ではかからないような強い負荷をかける、というメリットがあるのではと推察します。

ある木管楽器奏者は自宅での練習の際にバランスボールに乗りながら練習するということを聞いたことがあります。

これもやはり演奏それ自体に加えてより高い負荷を意図的にかけるという目的にかなっているように見えます。

しかし熟達していない人がこのような練習を行うのは転倒事故の危険もあり、決して誰にでも勧められるものではありません。

リコーダーの場合だと暗譜している曲を片目閉じて片足閉じ立ちでやったりします。
両目閉じて片足立ちという方法もあるのですが、これだと長く続けられないので片目閉じ片足立ち程度が適当のようです。

いずれにしても自分自身の処理能力を鍛えるためには通常よりも高い負荷をかける練習ということが有効のようです

どのような練習方法が可能かということをそれぞれ自分自身で考えてみるのも良い訓練になるのではと考えています。