吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

当分の間

2016-04-25 | 音楽制作覚書
当分の間、編曲するのやめようと思う。
今の曲、これほど大変だとは思わなかったのだ。
編曲なんかしてないで、自分の曲作ったり、練習してる方が良いのだ。

でも、こんなこと書いてるくせにまた、性懲りもなく、編曲やりだすのだろうと思う。
編曲してると、それが外界との貴重な接点になる感じがするのだ。

練習したり、自分の曲作ってるだけじゃ、絶対に到達できない何かがそこにはある。
でも今回はちょっと欲張りすぎた。

でもとにかく亀みたいな歩みだけれど、進むのだ。
もしかしたら、自分で自分のやったことに、少しは驚くことが出来るかもしれないから。
(驚きも何もなくても、それはそれで良いことにするのだ)

でもちょっとだけ希望もあるのだ。

今、やっている編曲の楽譜が演奏してもらえたならば、それは僕などの予想を裏切るものになるかもしれない。

そうなのだ。
裏切られてみたいのだ。

今、やっている何かを通して裏切られてみたい。
せめて、こんな世の中で音楽みたいなものを通して、ワクワクしてみたり、ドキドキしてみたいのだ。

自分が聴きたいものを作る

2016-04-25 | 音楽制作覚書
他から依頼された仕事でない場合にはやっぱり自分の聴きたいものを自分で作る、ということが基本になるのだろうと思う。

経験重ねてきて、ちょっとやだなと思うのは聴きたいものが自分である程度まで予測できてしまうこと。
これ、昔はあんまりなかった感覚だ。

やっぱり好奇心のチカラはとても強くで、好奇心それ自体が原動力になったりする。
でも聴きたいものが予測できてしまうというのは、好奇心という点でいうとちょっと減点対象かもしれない。

でもそれでも全然聴きたくないとか、そういうことはなくて、やっぱり聴いてみたい。
本当に音になったらどんなものになるのか、それはやっぱり聴いてみたい。

今、取り掛かっているのは演奏時間は多分12分程度だと思う。
夏が来る前までに音符の入力作業、そして録音が出来たら嬉しい。

自分ひとりで作業を進めるのは良し悪しなんだろうと思う。
そこには他の作り手とのやりとりが全然ない。
ひとりで音符書いて、入力して、録音して、ミックスダウンして。。。。

なんでこんなことやってるんだろうと思ったりする。
でもあんまり思いつめると悲しくなったりするから、もう、とにかく進むしかないのだ。
この間の旅がなんだか遠い昔のことみたいだ。

でもやっぱりちょっとだけ希望があるのだ。

もしかしたら、自分の予測を上回る音楽が自分にも作れるのではないか、ということ。
ほのかな希望。
すごくささやかなことなんだろうけれども。

ほんのちょっとだけうわまわったらそれで良いことにしよう。
自分の予測。

自分のなかにすでに鳴っている音楽。
それをちょっとだけ、ほんの少しでも良いから上回りたい。
作ること、それは多分、自分が自分を追い越してゆく長距離レース。

編曲

2016-04-25 | 音楽制作覚書
今、ある曲の編曲をしているのですが、あまりの音符の多さに気が遠くなりそうです。
でも少しずつ、本当に少しずつ進んでいます。
音符を紙に鉛筆で書く段階は終わって、次はコンピューターに入力する段階です。
これが非音楽的な手続きのように感じられてしまって、早く終わらせてしまいたいのですが、ここで手間取っています。
しかし、この段階を経なければ実際に録音する段階に進むことが出来ないので、なんとかしたいと思います。

なんとかする、と言ってもひたすらコンピューターの前に座って音符を入力するだけです。
このような作業をしていると、なんだかこの世から隔絶されてしまったような気がします。
実際はそんなことないのですが。

でも、ちょっとだけ希望があって、それはもしかしたら、編曲という作業によって、もとの曲にはなかった魅力が生まれるかもしれないということです。

すごく小さいのかも。
こういうの。
世の中にほとんど貢献していない感じがする。

でも多分、音楽というようなものはこのようなところがあるのだろうと思う。
この間までの旅がなんだか遠い昔みたいだ。
日本に帰って来てからまだ1週間しかたっていないのに。