喫茶店が好きだ。
楽譜を書いたり、練習したりするのに頭も身体もどうしようもなくなった時によく行く喫茶店があった。
店のなかはタバコと珈琲と古い埃がちょっとだけ混じったようなそんな空気の店だった。
喫茶店というからには客のテーブルがなければいけないのだが、普通の喫茶店風のこじんまりしたテーブルに混じって動かなくなったゲーム機(それも1970年代、80年代風とおぼしき!)もあった。
「このゲーム機、動かないんですか?」と尋ねたことがあったが50代風とおぼしき髪の毛の量の少ない男の店主は「すみませんねえ」と言った。
スピーカーも古そうだった。高度成長期のものと思しき立派な外見に似つかわしくない小さな音量で昔の歌謡曲が流れていた。
かといって「昭和」の郷愁を売り物にするわけでもないところが好きだった。
狭くもなく広くもないその店にはテーブルが10個あまり並んでいた。
客が沢山居た、という記憶はない。
僕だけか、あるいは他に1組の客がいるか、いないか、そんな感じだった。
その喫茶店はその店主が道楽でやっていただけのものだったのかもしれない。
時々、その店で店主が作ってくれる「白身フライ定食」とか「ミックスフライ定食」、「しょうが焼き定食」というのが好きで、練習の合間に食べたりしてた。動かなくなったゲーム機の上で食べる喫茶店の御飯はなかなか美味なのだった。
実際に美味しかった。
珈琲は350円だった。定食と一緒に珈琲たのむと安くしてくれた。
漫画本も沢山おいてあって「がんばれ元気」というボクシング漫画のなかに登場する「芦川先生」というヒロインの圧倒的な美しさに参ってしまったのもこの店だった。
それまで漫画のヒロインは手塚治虫が一番だと思っていたが、この芦川先生は圧倒的だった。
この店を見つけてからかれこれ4.5年は通っていた。
顔なじみになっていたはずだけれど店主と親しく話しをするわけでもなく、その点も居心地が良かった。
店主も僕に必要以上に話しかけてくることはなく、僕も彼に話しかけなかった。
鹿児島にも良いとこあるんだよなあ、と思って僕はその店に行って珈琲飲んだり、漫画みたり、時々美味しい御飯食べたりしてた。
ある時、店の前に貼紙があった。
「都合により閉店します。御愛顧ありがとうございました」というようなことが書いてあった。
突然だった。
店がなくなってから、もうどのくらいたつだろうかな。
どんどん時が流れてゆくのだ。
また今年の桜の季節もやってくるのだ。