吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

がんたのお芋

2012-10-22 | 読み物
がんたのお芋

作:吉嶺史晴

昔、あるところに「がんた」という名の男がおりました。
親もなく、妻もなく、子もありませんでした。この男は言葉巧みに旅人らしい風情の人に近づいては、良い宿がある、とか、安くしてやる、などと言い、親切なふりをしながら隙を見計らってはお金やものを奪い取ってしまうのでした。ひとりで悪さをする時もあれば、仲間とたくらむこともありました。実に見下げた輩でありました。

ある朝、がんたは起きてみると自分の声がまったく出なくなっていることに気がつきました。これでは仕事になりません。なにしろ言葉巧みに人をだますのがこの男の仕事だったからです。声が出なくては食べるものを手に入れることも出来ません。その日暮らしですから蓄えなどもありません。やがて何日かして腹も減り、がんたは行き倒れとなりました。

道端に倒れているがんたにある旅人が声をかけました。
「もし、もし、そこのおにいさん、大丈夫かね?」
がんたがようやく目を開いて見上げてみますと、それはついこの間、がんたが金を騙し取った旅人でありました。
思わず逃げ出そうとするのですが、あまりにも腹が減っていて立ち上がることも出来ません。幸い、相手はがんたが盗人であるということに気がついていないようです。

「おにいさん、食べてないんだろう。ちょっと待ちなさい。これをあげよう」
旅人が取り出したのは焼いたサツマイモでした。
「なんて、うまいんだろう!この世にこんなにうまいもの食い物があるのか!」
ふんわりして見事な黄色のお芋。その甘くて豊かな味が口の中いっぱい、いや身体いっぱいに広がってゆきます。
がんたの心は震えました。何故ならばこの男はそれまでにこんなものを食べたことがなかったからです。がんただけではなく、そのあたりの人々は誰もこんな食べ物を知りませんでした。

口のきけないがんたは、ただ、がつがつとそのお芋を食べました。
「どうだい?美味いかい?これはサツマイモという食べ物だよ」
旅人は言いました。
「おにいさん、サツマイモを食べたことないのかい?それではこれをやろう。サツマイモの種芋だよ。畑に仕込んでみなさい。どんどん増えて大きくなるよ」
裕福そうな身なりの旅人はお供の者に命じて袋にいっぱいつまったサツマイモの種芋を持って来させました。
それはそれは沢山のサツマイモでした。屈強な若者であるがんたが背負ってようやく運べるほどの沢山あったのです。

その夜がんたは考えました。
「それにしても、なんて間抜けな旅人だ!俺に金を騙し取られたことにも気がつかず、芋を俺に食わせて、そのうえ、袋にいっぱいの種芋までよこすとはな!よし、こいつを増やして大儲けしてやる!」
声が出なくなったことにも全く気にもとめないがんたでありました。

がんたは独りで山を切り開いて耕し始めました。昔のことですから誰も足を踏み入れたことのないような山であれば畑にしても誰からも文句を言われなかったのです。昔の人は皆そうやって畑を作って来たのでした。

袋に背負い切れないほど沢山の種芋ですが大切な種ですから、ほんの少しだけ仕込んでみました。しかし、季節が変わっても、次の年になっても芽は出て来ませんでした。何しろ生まれてからこのかた盗みしかやったことのない男ですから畑の作り方や種の蒔き方など、いいかげんなものでした。

「この春には全く芽が出なかった・・・・・耕し方が悪かったのかもしれん・・・・」
がんたは次にはより深く耕して種を仕込んでみました。それでもいっこうに芽が出る気配はありません。
種を深く仕込んでみたり、浅く仕込んでみたり、仕込む季節を変えてみたり、いろいろな工夫をしてみてもいっこうに芽が出る気配がありません。

だんだん年月がたってゆきました。
「誰か、俺に畑の作りかたや、種芋の仕込みかたを教えてくれないものか・・・・・」
さすがのこの男もだんだんまいって来ました。しかし、こんな男に知恵を貸してくれるような人などおりません。
もう盗人稼業からも足を洗っておりましたがいまだに村の男たちはがんたを見ては
「この盗人やろうめ!まだ生きてたのか!」
と痛めつけるのでした。

村の子供たちは遠巻きにがんたを見ては
「や~い、や~い、盗人がんた!盗人がんた!」
とからかって石を投げつけて来たりしました。

でもそれでもがんたは平気だったのです。何故ならばこの男は
「おれは芋を育てて大金持ちになってやる。今まで俺を痛めつけて来た奴らには絶対にこの芋は渡さんからな!」と思っていたからです。
盗みこそしませんでしたが、相変わらず荒んだ心の男でありました。

次の年も次の年もがんたは畑を耕し、種芋を仕込み続けました。畑だけは少しずつ、少しずつ広くなって来ましたが、肝心のサツマイモの芽はいっこうに出る気配がありませんでした。

そのうちにさすがのがんたも歳をとってまいりました。
だんだん目も耳も、そして足腰も弱ってまいりました。あんなに沢山もらった種芋もだんだん残り少なくなって来ました。
もうかつてのすばしこい盗人の面影はだんだん遠くなってゆきました。

ある冬の日のことでした。がんたからすれば孫のような年格好の子供たちが、がんたをからかい、いつものように石を投げつけて来ました。
「や~い、や~い、盗人がんた!盗人がんた!」
からかいは聞き流せばよいこと、石はよければよいだけのことです。しかし、ずいぶん歳をとり、目や耳、足腰が不自由になっていたがんたは飛んで来た石をよけることが出来ませんでした。
飛んで来た石のなかでも特に大きくて、かどばったのががんたの額に当たりました。
がんたはその冬のさなかに死にました。

がんたが死んでから何年かたったある年のことでした。村は大飢饉に襲われました。実りの秋になっても何も食べるものがありません。村のなかに蓄えてあった食べ物はみんな底をついてしまいました。
村人たちは食べ物を探すため、普段は決してやって来ないような山奥に入って来ました。
そこで見つけたのは・・・・・

広い広い畑に緑の葉と力強いつるが一杯生い茂った立派なサツマイモの畑でした。
村人はそれが何という作物なのか見当もつきませんでしたが、とにかく掘ってみると大きなお芋がそれはそれは沢山出て来ました。

山奥に食べられそうなものがあるらしいということを知った村人たちがこぞってその畑にやって来ました。
昔、がんたに金を騙し取られた者も、声の出なくなったがんたを痛めつけた村の男たちも、がんたをからかって石を投げつけたかつての子供たちも、昔の盗人仲間も、年老いた者も若い者も、男も女も皆、がんたの畑にやって来ました。

見事に広がる畑を目の前にして、どうして食べたらよいものなのか村人同士はがやがやと話をしています。中には畑を掘り返して泥のついたまま、生でかじっている者もいます。

その時です。いつかの旅人が現われました。道端で行き倒れになっていたがんたに沢山の種芋を渡したあの旅人です。その人は言いました。
「これはサツマイモというものです。皆で美味しくいただきましょう」
と言いました。
その旅人は村人たちに指図をしてその場を整え、大きな大きな焚き火を作りました。旅人の指図によって村人たちはその大きな焚き火のなかに沢山のお芋を埋め込むようにしてゆきました。やがて沢山の美味しい焼き芋が出来上がりました。
村人たちの喜んだことといったらありません。村は救われたのです。

まもなくサツマイモはこの村から国じゅうに広がって飢饉に強く荒れた土地でも育つ作物として人々の暮らしを守ってくれるようになりました。

今でも田舎のほうにゆくと田んぼや畑の片隅に小さなお地蔵様みたいな神様が祭ってあるのを見ることがあります。
 これは昔の人々がサツマイモの畑を作って村人を救ったがんたを供養するためのものであるという言い伝えも一部の地域には残っているそうです。
今となっては遠い昔、昔のお話です。

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新作スケッチ

2012-10-22 | 音楽制作覚書

新作のスケッチ

*即興をそのまま楽譜にした感じの曲
*インテンポとルバートの対比
*テーマ、テーマ変奏、そしてそれ以外の部分との対比
*9分以内におさめる
*様々な様式の変奏があること
*変奏の際には調がどんどん変化しても良いことにする
*ゆるやかなアーチ形式にすること
*フリージャズのような半音階的な用法をどこかに取り入れること
*音の長さに関して不確定な記譜法は最小限度にとどめること
*曲の統一感を損なわない範囲において舞曲風の箇所があっても良いことにする

文麿の縦笛道中記

2012-10-18 | 読み物
「文麿の縦笛道中記」(この作品はフィクションです)

吉嶺史晴

今から30年以上も前のことです。ある所に文麿(ふみまろ)という名前の男の子がおりました。
この男の子はやがて国際的に活躍するリコーダー奏者になるのですが、その子の小さい頃はまことに出来の悪い子でありました。勉強も出来ず、しかも運動も苦手でした。
当時は男の子の間でソフトボールが大変はやっていたのですが、文麿はボールをまともにとることさえ出来ませんでした。
そればかりか足が遅かったので運動会が大の苦手でありました。

顔が良いわけでもありません。おまけに背も高いほうではありませんでした。
(少し間を空けて・・・・・・)
そして、もっと困ったことに文麿はおねしょをする子でした。
(ここで効果音が入る)
おねしょというのは寝小便ということです。つまり夜、寝ると朝には布団のなかがおしっこでずぶぬれになっているということなのです。

布団がおしっこでずぶぬれになるのは困るので、文麿のお母さんは夜、文麿が寝る前には必ず大きなビニールのシートみたいなものを布団の上に敷いてくれるのでした。文麿はそのことが恥ずかしくて学校の友達には誰も言いませんでした。

やがて文麿が小学校6年生になって2学期になりました。修学旅行の時期がやって来ました。文麿は困りました。皆と一緒に修学旅行には行きたい。でも、そこでおねしょをしたらどうしよう・・・・・・・

文麿はとても困りました。でも意を決してお母さんに言いました。
「お母さん、僕はおねしょをするのが皆にばれるのがいやだから修学旅行にはいきたくない。」
お母さんは言いました。
「文麿、そうだねえ、お前がもしおねしょをしたら学校でどんなに言われるかわかったものではないからねえ・・・・・」
しかしそれを横で聞いていたお父さんはふたりの会話を聞きながらちょっと怒った様子で言ったのです。
(ここで効果音が入る)
「なんだ、なんだ、しょんべんくらいでぐちゃぐちゃ言うな、文麿、旅行には行きたいんだろう、行きたいんだったら行って来い!しょんべんたれたらその時はその時だ!」
なんとも勇ましいお父さんでした。昔のお父さんはこのように勇ましい人が多かったのです。
文麿はやっぱり修学旅行に行くことにしました。なぜなら、そこでおねしょをしなければ良い、と思ったからです。家ではよくおねしょをしておりましたが、毎晩おねしょをするわけではなかったからです。
おねしょをしないで朝、起きる時もあったのです。子供なりに希望を持ったのでした。
「よし!やっぱり修学旅行には行こう!」
旅行に出る朝はお母さんが文麿にあるものを渡しました。
「文麿、これはおねしょしなくなるお守りだよ。夜、寝る前にはこれを身につけて寝るんだよ。そして、寝る前には必ず、こう言うんだよ。」
「お母さん、なんて言うの?」
「おしっこの神様、おしっこの神様、お願いですから今夜はおねしょさせないでください。よろしくお願いします。」
「ずいぶん、長いね。」
「文麿、お前、おねしょしたくないんなら、このくらい覚えなくちゃだめだよ。」
お母さんは優しく、でもちょっと心配そうな口調で言いました。
ふたりは言いました。
「おしっこの神様、おしっこの神様、お願いですから今夜はおねしょさせないでください。よろしくお願いします。」
(ここでしばらく音楽が流れる)
::::::::::::::::::::::::::::::::::
(音楽がとまったら再び朗読が始まる)

そして旅行が始まったのです。昼間は皆で楽しくバスでいろいろな場所を観て過ごしました。やがて楽しい晩御飯も終わり、寝る時間が近づいて来ました。皆で旅館に泊まります。家では文麿の布団の上にはいつもビニールシートがあるので、ビニールシートのない布団を見て文麿はすこし緊張しました。
やがて明かりを消して寝る時間となりました。
布団の上で麿はお母さんにもらったお守りを握りしめて皆に聞こえないように言いました。
「おしっこの神様、おしっこの神様、お願いですから今夜はおねしょさせないでください。よろしくお願いします。」

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やがて朝が来ました。
大丈夫でした!
(ここで効果音が入る)
おしっこの神様は文麿を助けてくれたのです!

やがて二晩めがやって来ました。一晩めと同じように文麿はお祈りしました。
「おしっこの神様、おしっこの神様、お願いですから今夜もおねしょさせないでください。よろしくお願いします。」
しかし・・・・次の日の朝・・・・・・・・文麿は自分の布団が冷たく濡れていることに気がつきました。
(ここで効果音が入る)
おしっこの神様は文麿のお願いを聞き入れてはくれなかった・・・・・

やがて起きる時間が来ました。文麿は自分の布団が濡れてしまったのでどうしようかな、どうしようかな、と思いました。すると隣の布団の子が文麿の布団に顔を近づけて言いました。

「しょんべんの臭いだ!文麿のしょんべんの臭いだ!こいつしょんべんもらした!文麿、しょんべんもらしてるぞ!6年生のくせにしょんべんもらしてるぞ!」
まわりの子供たちは文麿をからかいました。

文麿のおねしょのことは皆にばれてしまいました。修学旅行から帰って来た文麿は泣きました。泣いてお母さんに言いました。
「おしっこの神様は助けてくれなかった!皆にばれちゃった!」
お母さんはちょっと悲しそうに言いました。
「文麿、大変だったねえ・・・・お守りの効き目はなかったのかねえ・・・・」
それを横で聞いていたお父さんは言いました。
(ここで効果音が入る)
「ふたりともめそめそすんな!ねしょんべんくらいでめそめそすんな!ねぐそじゃなかったぶん良かったと思え!」
昔はこんな風に勇ましいお父さんも多かったのであります。
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やがて文麿も中学生になりました。中学生になった文麿は相変わらずおねしょをしておりました。小学生の頃ほどではありませんでしたがそれでもやはりおねしょがあったのです。困ったお母さんは文麿をつれてあちこちと病院を回ってみました。

しかしいろいろな病院では同じようなことを言われるだけでした。小柄な文麿をみて病院の先生がたはみな口をそろえたようにしてこう言うのでした。なにしろ中学生になったというのに文麿の身長は130センチほどだったのです。
「もうすこしたつとおねしょも少なくなりますから大丈夫ですよ・・・・」

そしてまたまた困ったことが起きて来ました。文麿が話そうとすると、どもってしまうのです。小学生の頃はこんなこともなかったのに、中学生になった文麿はおねしょの上、そのうえどもる子供になってしまいました。

こんな感じでした。文麿が自己紹介をするとこうなってしまうのでした。
「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼ、ぼくの名前は、ふ、ふ、ふ、ふ、ふみ、ま、ま、ま、まろ、で、で、で、です。」

学校では背が高くて勉強の出来る子から「しょんべんたれでどもりの文麿!」と言ってからかわれることも多くなりました。

文麿はだんだん学校に行くのが憂鬱になって来てしまいました。
毎日がつまらないのでした。
学校に行ってもつまらないし、皆に馬鹿にされるから行きたくないのでした。

その日も仕方なく学校に行きました。
間もなく学習発表会が近づいて来ました。文麿のクラスでは劇をすることになりました。劇のなかでは、リコーダーを吹く場面があるのですが、誰もいやがりました。
楽譜を読むのも大変だし、リコーダーなんてつまらない楽器だと思っていたからです。
文麿もそうでした。リコーダーなんて吹きたくありませんでした。
こんなプラスチックの玩具みたいな笛なんて吹きたいと思う子はいなかったのでした。

誰もリコーダーを吹く人がいないので仕方なく、くじびきで決めることになり、なんと文麿がリコーダーを吹くことになりました。

いつも文麿をいじめる背の高い男の子が言いました。
「こんなしょんべん垂れにリコーダーなんか吹けるものか、こいつの吹くリコーダーなんて、こいつと同じようにどもりっぱなしで聴けたもんじゃないぞ、こいつがしょんべん垂れるのと同じように、こいつのリコーダーもしょんべん垂れるぞ!」

文麿は悲しくなりました。あまり悲しいので涙が出て来ました。
それを見た隣の男の子は言いました。
「見ろ、こいつ、泣いてるぞ、男のくせに泣きやがった、そのうち、しょんべんも垂れてくるぞ!くそも垂れてくるぞ!」クラスの皆は笑いました。

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家に帰った文麿はお母さんにそのことを言いました。
「まあ、まあ、それは大変だったねえ・・・・しょんべんも、くそも垂れるだなんてねえ・・・・しょんべんも、くそもしない人はいないはずだけれどねえ・・・・どうしようかねえ・・・・困ったねえ・・・・・・・あたしまで悲しくなってきちゃったわ・・・・・・あんたのおねしょが直ってくれれば良いんだけどねえ・・・・・」
それを横で聞いていたお父さんは言いました。
(ここで効果音 入る)

「なんだ、なんだ、ふたりでめそめそすんな!泣くな!文麿。しょんべんもそのうち直る!気にすんな!笛の稽古を始めろ!お前を笑った連中を見返してやれ!何?笛なんて吹いたことがない?音楽なんて好きじゃない?それでどうするんだ?この際、細かいことは言うな!泣くな!笛の吹き方がわからない?俺が教えてやる!笛を持ってこい。笛はなあ、こうやってなあ、息を思い切り吹き込めばでっかい音が出るんだよ!見てろ!俺にその笛を貸して見ろ!」
そしてお父さんはその笛を手にとり、おもむろに息を吸って思い切り、吹いてみました。

ピーーーーーーーーーーー!!!!!

「どうだ!聞いたか!良い音だろう!文麿、今日から毎日、俺が笛を教えてやる!毎日、笛の特訓をしてやるからな!ついてこい!」お父さんの吹いてくれた笛の音が良い音色だったのか、その頃の文麿にはよくわかりませんでしたが、とにかくお父さんに笛を習うことにしました。

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次の日から厳しい練習が始まりました。
(ここからロック風のBGMが始まる)
朝5時から起きて毎日ランニングです。ジョギングなどという生易しいものではありません。お父さんと文麿はとにかく朝からそのあたりを走り回りました。毎日、毎日、走りました。
走りながらお父さんは言いました。
「文麿、とにかくな、男はな、勝負する時があるんだ。絶対に勝たなくちゃいかん時がるんだ。負けるな!何でも体力が最初は肝心だからな。とにかく体を鍛えるんだ。」
小さな文麿もお父さんにそう言われるとなんだか元気が沸いてくるように思えるのでした。
お父さんが仕事から帰ってくると毎日、笛の練習でした。主に大きな音を出す練習でした。
「よ~し、俺が見本に吹いてやるからな、こうしてだな、こうして、こうして、とにかくでっかい音を出せ!ほら、やってみろ!」
(ここで実際にリコーダーの音が出る。耳をつんざくような大きな音で非常に調子はずれな感じ)
文麿はお父さんの真似をしてとにかく思い切り、息を吸い込んで音を出してみました。♪
(また実際にリコーダーの音が出る。さきほどのようには大きな音ではないがかなり大きな音)
「よし!その調子だ!文麿、やれば絶対出来るんだからな、大丈夫だからな!今度はそろそろ曲の練習をしてみるからな・・・・・・」

(しばらく沈黙の時間が流れる・・・・・)

お父さんは急に黙りこんでしまいました。楽譜が読めなかったのです。そこでお母さんの登場です。

「これはね、ドの音でしょ、そして、これがファ、これがミ、リズムはこんな感じね。タン、タンタタ、タンタタ、タタタタタン タタタンタタタンタタタアア」
「だそうだ、俺にはよくわからんが、とにかく文麿、吹いてみろ!お母さんが言ったとおりに吹いてみろ!」
「でも・・・・・・・」
「どうした、文麿、お母さんが言ってくれたとおりに吹けないのか?」
「・・・・・・・・・」
「どうした?黙ってちゃわからんぞ!」
お父さんはちょっと怒ったような声を出しました。
文麿は小さな声で言いました。
「指使いが・・・・・・」

そうでした。文麿はリコーダーの指使いを知らなかったのです。どんなに教えてもらっても指使いを知らなければ吹けるはずもありません。
お父さんもお母さんも学校でリコーダーなど習ったことはありません。指使いなど知るはずもありませんでした。

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次の日になりました。
勤めから帰って来たお父さんは文麿とお母さんを呼びました。

「おい、こんなもの買って来たぞ。これで大丈夫だ!」

それは市内の十丸屋楽器店に売っていたリコーダー教則本でした。

「これで大丈夫だぞ。指使いもしっかり書いてあるぞ!」

「さすが、お父さんね!偉いわ!」
お母さんも喜びました。

その日は早速、その教則本を使って練習をしてみました。

「これがド ♪、これがレ ♪、これがミ ♪、これがファ ♪、これがソ ♪、これがラ ♪・・・・これが・・・・・」
(この部分、実際に音を出す)

それまでただ、大きな音を出すためだけに吹いていたはずのリコーダーが少しだけ楽しくなって来ました。正しい指使いを勉強するだけでこんなに、リコーダーが楽しくなるなんて文麿は知りませんでした。

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お父さんに鍛えられながら、やがて、学習発表会の日がやって来ました。
学校の体育館には大勢の人々が詰め掛けました。文麿のお父さんとお母さんもやって来ました。

文麿たちのクラスの発表の順番になりました。
演目は「ピノキオ」でした。

劇の途中で「星に願いを」という曲を吹くのが文麿の役目でした。この1ヶ月間、お父さん、お母さんと一生懸命に練習して来ました。

さあ、文麿の番です。客席ではお父さんの横でお母さんがぶつぶつとつぶやいています。

「ん?お前、何言ってるんだ?」

「お祈りしてるのよ。文麿がうまく笛を吹けるように。」

「誰にお祈りしてるんだ?」

「笛と神さまとおしっこの神様よ」

「なんだそりゃ」

「あたし、毎晩、おしっこの神さまにお祈りしてるのよ。ご利益があるような気がするのよ。最近は文麿のおねしょも少なくなって来てるからね。あっ!文麿が舞台に出て来たわよ!」

文麿は舞台でお父さんに言われたことを思い出していました。
「男はなあ、勝負しなきゃいけない時があるんだぞ、絶対に負けるな、思い切り息を吸って、思い切り吹け!とにかくでっかい音を出して来い!」

文麿は吹き始めました ♪

(実際にリコーダーで音を出す。大きな音だがあまり上手ではなく、たどたどしい感じ)

文麿の演奏は決して素晴らしいものではなかったかもしれません。でも思い切り息を吸って、思い切り吹く、という点では素晴らしい、ものでした。

文麿は笛を吹きました。
決して上手ではなかったかもしれませんが最後まで吹き切りました。

文麿の演奏の後、誰かが拍手をしました。

(ここから実際の拍手の音をMTRで流す。だんだん大きくしてゆく)

そしてもうひとり、拍手をしました。

そして、また、ひとり、ひとりと拍手をする人の数が増えてゆきました。

やがてその拍手は体育館全体に響く波のようになりました。
(しばらく、拍手の音が続く)

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それ以来、文麿のことを「しょんべんたれ」とか「どもり」と言って馬鹿にする子はいなくなりました。

ある日のことです。芸術鑑賞会の日がやって来ました。担任の先生が言いました。

「今日は芸術鑑賞会です。東京から偉いリコーダーの先生がやって来て皆のために演奏してくださるのです。リコーダーの先生はテレビなどでも活躍されて、また外国などでも活躍されている大変立派な経歴の持ち主です。」

皆、退屈そうにしています。そうです。クラスの皆、芸術鑑賞教室の先生の経歴など興味ないのです。それよりももっと大事なことが沢山あるのでした。

そして芸術鑑賞教室の時間がやって来ました。
全校生徒は体育館に集まって来ました。
まず校長先生のお話です。皆、退屈そうです。
校長先生の頭が体育館の照明に照らされてまぶしく光っています。
校長先生ははげていたので、生徒たちから「ちゃびん」と呼ばれておりました。
「ちゃびん」の話は延々と続きました。
文麿はだんだん眠たくなって来ました。

そして音楽の先生のお話です。皆、ますます退屈そうです。
周りではついに居眠りをする生徒たちが出て来ました。

(ここでイビキの効果音)

そしてリコーダーの偉い先生が舞台に登場しました。
その先生を見て皆、ちょっと驚きました。何故ならばその先生はヒゲを生やしていたからです。
その頃はヒゲを生やしている男の人などあまりいなかったのです。
そのリコーダーの先生は黒ぶちのメガネをかけて背広姿でヒゲを生やしていて、どうみても音楽家という感じではありませんでした。

そして髪の毛もなんだか、さっき起きたような感じでまとまりがなくて、寝癖が沢山ついているように見えましたのです。

顔全体が黒いヒゲに覆われていてなんだか動物園の熊がそのまま出てきたような感じがしました。

生徒たちにはそれがなんとなくおかしかったのでした。

そのリコーダーの先生は話し始めました。ちょっと悲しそうな嬉しそうななんだかよくわからないような表情を浮かべています。何かに立ち向かって行こうとするような、これから戦いに出て行こうとするようなそういう表情でもあります。

顔全体はヒゲで覆われていたので、そのリコーダーの先生の表情はよくわからなかったのですが、文麿にはなんとなくそのように感じられたのでした。


「皆さん!!!・・・・・・・・・・・・・・」
その先生はいきなり叫びました。

「リコーダーは歴史のある楽器です!!!・・・・・・・・」
さらに大きな声で叫びました。

「リコーダーはバロック時代に盛んに使われていた楽器であります!!!・・・・・・」
まるでマイクにむしゃぶりつくような勢いで叫んでいます。

「ピアノやヴァイオリンと負けないほどの歴史のある楽器なのです!!!・・・・・・・・・」
だんだん声が大きくなって来ます。

「バッハやヘンデルのような一流の作曲家たちが沢山、この楽器のために曲を書いているのであります!!!・・・・・・・・・・」

「それだけではなく現代的な音楽にも盛んに使われている楽器なのであります!!!・・・・・・・」

その先生がだんだ興奮して来れば、来るほど、生徒たちはしらけてゆきました。

「リコーダーは決して音楽の授業だけのための楽器ではないのです。プラスチックの玩具みたいな笛ではないのです!!!・・・・・・・・・」
ちょっと疲れたのか、その先生の声は少しだけ小さくなりました。

「私の笛を見てください!!!・・・・・・・皆、木製です!!!プラスチックではありません!!!・・・・・・・・・・・・・・」
また再び、その先生は興奮して来ました。

それはまるでこの間、行われたばかりの市議会議員選挙の演説みたいでもありました。とにかく、その先生には何か訴えたいことがあるのだろうな、ということは生徒たちにもなんとなく通じたようでした。

文麿は思いました。
「ああ、このヒゲの先生も、もしかしたら子供の頃、おねしょをしてたのかなあ・・・・きっとそうだろうなあ・・・・・このヒゲの先生なら僕の気持ちをわかってくれるかもしれないなあ・・・・・・」

そのヒゲのリコーダーの先生は少し、落ち着いた声になって言いました。
「それではまず、私が作曲した曲を演奏します。曲名は「スペインの風」」

(ここで実際にスペインの風を演奏する♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪)

「スペインの風」の演奏が終わりました。

この時、文麿の頭のなかにどんな印象が残ったのかということを説明するのは簡単ではありません。なぜならば文麿はそれまで、リコーダーのプロの演奏者の演奏を聴いたことがなかったからです。

びっくりした、というのが正直な感想でした。

でも、もうひとつ、もしかしたら自分にも出来るかもしれない、と思ったのでした。自分にもあのヒゲの先生みたいに格好良く演奏できるかもしれない、と思ったのでした。
自分も、あのヒゲの先生みたいになりたい、と思ったのでした。

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家に帰った文麿はお母さんに言いました。

「お母さん、僕、リコーダー奏者になりたい!」

それを聞いたお母さんはちょっと困ったような顔をして言いました。
「じゃあ、お父さんに聞いてみるからね・・・・・」

それを聞いたお父さんは言いました。
「だめだ、だめだ、リコーダー奏者なんて、だめだ、絶対だめだ!リコーダーなんか演奏して生活できるはずがない!そもそも男が音楽なんかやってどうする!絶対にゆるさんぞ!」
「お父さん、そんな、頭ごなしに、この子がかわいそうじゃないの!」
「お前は黙ってろ!音楽なんかで暮らしていけるはずがない!」
「そんな・・・・あたしは文麿を応援するわよ!この前の学習発表会でもあんなに立派に吹いたわ!文麿がやりたいことをやるのが一番よ!」
「何だと!お前は文麿がどうなっても良いのか!音楽なんかで生活できるはずがないんだぞ!」
「やってみなきゃわからないわよ!」
「黙ってろ!」
「黙らないわよ!あなた!何よ、この間まで、笛の練習しろ、しろって文麿をけしかけて、それで、何?今ごろになって文麿が音楽の道に進みたいって言ったら突然、反対するわけ?矛盾してるわ!そんなのおかしいわよ!」
「黙れ!女は黙ってろ!」
「女って何よ、あたしは文麿の母親よ!」
「お前は黙れ!文麿に話しがある。文麿、もう笛は吹くな。音楽の道になんか進むのは絶対に許さん!」
「何よ!そんなのおかしいわよ、あなたが一方的に文麿の進路を決め付けるなんておかしいわよ!」

お父さんとお母さんの言い争いを聞きながら文麿はだんだん悲しくなって来ました。悲しくなって涙がどんどんこぼれて来ました。

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昔のお父さんはこのように大変、厳しく、強い存在でありました。お父さんの言うことには絶対的な権威がありましたので、それに逆らうということは大変な覚悟が必要とされたのです。

そのような時代でありました。

ここから先、文麿はお父さんを乗り越えるために果てしない練習を重ねて一人前のリコーダー奏者、音楽家として成長をすることになるのですが、それはまたの機会にお話することに致しましょう。
これで「文麿の縦笛道中記 其の一」を終わります。