吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

プログラムノート

2018-10-31 | FRQ
11月30日、12月3日のFRQ公演プログラムを書いてみました。(曲目は当日の都合により変更される場合があります)FRQ公演の特設ページはこちらです。http://nangokurecords.com/flanders2018ver4.htm
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プログラム"The Final Chapter"

アシュトンHugh ASHTON(1485-1558)
「仮面」"Maske"

カンポPieter CAMPO(1986- )
「瞑想」"Medetation"(2015)、"Fire"(2015)

バッハJohann Sebastian BACH(1685-1750)
パッサカリア ト短調Passacaglia in g minor BWV582
(編曲 B.スパンホフ)

ピアソラAstor PIAZPLLA(1921-1992)
「オブリヴィオン」(忘却)"Oblivion"(1982)
(編曲 J.V.ゴーテム)

プリマLouis PRIMA(1910-1978)
「シング、シング、シング」"Sing,Sing,Sing"(1936)

バッハJohann Sebastian BACH(1685-1750)
「シャコンヌ」"Ciaccona"BWV1004
(吉嶺史晴 独奏)


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ワーロックPeter WARLOCK(1894-1930)
Bass dance - Pavane - Tordion - Bransles - Pieds en l'air - Mattachin

ヴィヴァルディAntonio VIVALDI(1678-1741)
和声と調和への試み 協奏曲集「四季」より「冬」(五重奏)
"Il cimento Dell'armonia e dell inventzone" RV297"L'Inverno"
Allegro non molto - Largo - Allegro

ファン・デル・ローストJan Van DER ROOST(1956- )
組曲「大陸」よりアジア-南アメリカ-オセアニア-アフリカ
Suite "I contininti"
Asia - South Africa - Oceania – Africa


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プログラムノート

プログラムはまず16世紀のイギリスの作曲家アシュトンの“仮面”で始まり、1985年生まれのベルギーの作曲家カンポの作品を2曲。現代の曲ですが、いわゆる前衛的なものではなく伝統的な語法によっています。

そしてバッハのパッサカリア。スペインに起源を持ち、スペイン語の pasear (歩く)と calle (通り)に由来している舞曲です。パッサカリアは17世紀初期にはギターで和音を奏するリトルネッロ(歌の前奏・間奏などの器楽演奏部分)を意味していたようです。もとはオルガンのための作品ですが、FRQメンバーのひとりスパンホフがリコーダー四重奏用に書き直した版を使います。

ピアソラの名曲“オブリヴィオン“(忘却)は1984年に公開されたイタリア映画『エンリコ4世』のために書き下ろされた5曲のうちの1曲。曲全体をゆったりとしたミロンガのリズムが包み込んでいます。 ミロンガは、ヨーロッパからやって来たハバネラのリズムと、ラテンアメリカやアフリカから奴隷として連れて来られた黒人たちの強烈なリズムが、互いに影響し合いながら融合したリズムで、タンゴの源流と言われています。

聴き手の皆様のこれまでの人生、ピアソラの追求しようとしたタンゴの歴史、そしてFRQが残した31年間の軌跡、それらの織り成す模様がこの曲によってひとつに重なりあうような、そんな時が現れるかもしれません。FRQのスパンホフいわく、「オブリヴィオンこそFRQの最後を最も象徴的に表している曲」とのことです。

演奏会前半のFRQの四重奏を締めくくるのはルイスプリマの”シング、シング、シング“。昔懐かしいジャズのナンバーをリコーダー四重奏でどうぞ。

前半の最後の曲目は1995年から1999年までFRQに在籍した吉嶺史晴のソロでJ.S.バッハの“シャコンヌ”。この曲は器楽独奏曲としての規模、そして質の高さともに音楽史上の最高傑作のひとつとされ、ギターやピアノなど様々な楽器に編曲されて演奏されています。今日は演奏者自身の編曲により無伴奏テナーリコーダーでお届けします。音楽史の分野で「パッサカリア」と「シャコンヌ」の区別についてはその議論が尽きることがありません。どちらも3拍子、4小節の低音が繰り返されながら旋律の変奏が繰り返される点が共通しています。

休憩の後はFRQと吉嶺による五重奏の曲目。まずはワーロックの“カプリオール組曲”。根強い人気を備えた曲でリコーダー愛好家の皆様の発表会などで演奏されることも多いようです。全部で6つの楽章から出来ており、それらは16世紀のフランスの舞踏教本「オルケソグラフィ」にある旋律が元になっています。
ちなみにそれぞれの楽章は 1バスダンス(低い踊り)、2パヴァーヌ(2拍子の威厳のある踊り)、
3トゥルディオン(3拍子の踊り)、4ブランル(陽気な皆の踊り)、5空中に残ったもう一方の足、6剣の踊り、という構成になっています。今回はFRQと吉嶺の五重奏によってどんな演奏になるでしょうか。

ヴィヴァルディの“四季”からリコーダー五重奏による”冬”を経て最後はベルギーの現代作曲家デル・ローストによる“大陸”組曲です。アジア、南アメリカ、オセアニア、そして最後はアフリカ。地球の上にある様々な大陸の音のイメージによる空間と時間をどうぞお楽しみください。
そしてFRQのアンコールタイム!
皆様、どうぞお元気で。またどこかでお会いしましょう!(F.Y.)

諦めながら作る

2018-10-28 | 対話
「太郎、俺な、今フラマンアンサンブルとは全然、関係なくてちょっとした録音してるんだ」
「おお、新しいCDか!?」
「まあ、そんな感じのものなんだけどさ・・・」
「楽しみだな!」
「そうでもないんだ・・・本番で沢山、こなして来た曲ばかりでもないし・・・」
「あのな、次郎!お前なあ、せっかくCD作ったり、いろんなことするんだったらもっと前向きな言葉って出てこないわけ?今のお前みてると、なんだかもう余命いくばくもない人みたいだ」
「いくばくもないことはないと思うけど・・・・」
「あのさ、俺たちはさ作る側に居る人間なんだからさ、もっと聴き手の皆さんに夢を持ってもらえるような、そんな言葉を使うのが良いと思うよ」
「まあ、それはそうなんだよなあ・・・でもなあ・・・・例えば、太郎、お前、こういうストーリーがあったとして、面白いと思えるか?一人の主人公が居てな、めちゃくちゃ音楽的な才能があってな、若い頃から、すごい演奏してて、歳をとったら、もっと凄い演奏できるようになって、ありあまるほど金があってオンナにもてて、自家用ジェット機もってたりとか、ヨットもってたりとか、とにかく順風漫帆の人生みたいな、、、、そいう物語」
「つまらん」
「だろ?それってめちゃくちゃつまらんよな。読み手にとってはな」
「だって、そんなの、そもそも物語として成立してないだろ。そんなの。バカみたい」
「だろ?」
「で、お前、何が言いたいの?」
「あのな、別に自分を主役に持って来たいわけでも何でもないんだけどさ、俺はすごく凡庸な音楽家だということがわかった」
「はあ?」
「だから、そもそも画期的な演奏解釈とか、そういうこととは縁のない人間だという気がする」
「だから何なの?」
「今、新しい録音作ってるけど、もしかしたら平凡でありきたりのものになるかも」
「あのなあ。。。ひとこと言って良い?作る前から、そんなこと言ってて、お前、何様だと思ってるの?そんなのはな聴く人が決めることだろうが」
「そうかな」
「そうだよ。あのなあ、お前が凡庸だとか、何とか、才能があるとか、ないとか、そんなこと、聴き手にとってはどうでも良いんだよ。どうでも良くないことはな」
「それは?」
「その人にとって良い音楽が聴ければ、それで良いんじゃないの。ただ、それだけ」
「だったら、もう俺、今、半分、自分自身に諦めてるんだけどさ、もうそれでも良いのかな」
「良いんじゃないの。諦めながら録音してれば」
「画期的な演奏解釈も全然、出て来るのか、どうかわからんのだけど」
「だから、それを判断するのはお前じゃないんだってば」
「そうかな」
「そうだろうが。あのなあ、はっきり言うけど、お前の最近のブログ、全然面白くないよ。フラマンアンサンブルの宣伝ばっかりで、つまらんよ」
「そうか」
「でもな、フラマンアンサンブルの宣伝でも何でも、とにかくお前のブログが好きでいつも読んでくれる人もいるわけなんだから、それはそれで良いんじゃないの。俺にはあんまり面白くないけど」
「だから、お前は何を言いたいわけ?」
「要するに、俺たちは俺たちの作る音楽とか、文章とか、そういうものを判断できる立場にはない、ということ。判断するのはそれを受け取る皆さんなんじゃないの。聴き手をなめたらいかんぜよ。」
「そうか」
「そう思うよ。俺は。だからだまって作り続けてれば良いんじゃないの。そのうち良いこともあるかもしれんよ」
「あるかな」
「そりゃ、あるだろうよ。生きてれば何かしら良いことだってあるさ」
「あるかな」
「天文館(鹿児島で一番大きな繁華街)でもぷら~っと歩いてみろ。着物美人と遭遇するかもしれんぞ。そしたらその美人が、リコーダーの次郎さんじゃありませんこと?わたくし、次郎さんのファンなんです。もう左官屋町チャペルの演奏会のチケット買いました。楽しみにしてるんです、なんて言うこともあるかもしれんぞ」
「あるかな」
「あるかもしれんぞ。そしたら、その着物美人がその場でメールアドレスくれるかもしれんぞ」
「くれるかな。。。えへへ」
「そういうことだって起きるのがこの世の中というもんだ」
「メールアドレスくれたら、メールしても良いのかな」
「このバカ!オンナの人がメールアドレスをくれる、ということは、私、あなたのメールを待ってます。ということなんだからメールしないほうが失礼だ」
「そういうもんかな」
「そしたら、適当にドライブにでも何でも誘ってみろ。いきなりドライブはあれだから、最初はまず昼間の時間に喫茶店にでも誘ってみろ。それで来るようだったら、脈があるということだぞ」
「そうかな」
「その後はだな、とにかくその場の空気を読んで行動してみろ、やる時にゃ、やらんといかんぞ。それがオトコの生きる道だからな」
「なんだか緊張して来るな。えへへ。でもやる気でて来るな。こんな話してると」
「そういうことが起きる確率は限りなく低いけどな」
「がくっ」

死ぬまでのヒマつぶし

2018-10-28 | 対話
「太郎か?俺だよ。次郎。なんだか久しぶりに話たくなってさ」
「おお、ずいぶん御無沙汰じゃないかよ。元気か?例のフラマンブロックフレーテアンサンブルの準備はどうなんだよ?順調か?ちゃんとチケット売れてるのか?」
「うん、まあまあ」
「なんだよ。元気ないな。大丈夫か?」
「あのな、俺、フラマンアンサンブルの演奏会が終わったら死んでも良いかと思ってたんだ。ずっと」
「なんだよ!いきなりびっくりするじゃないかよ!何だよ!」
「もう、生きててもあんまり良いことないしさ、音楽やっててもさ、何というか、同じことの繰り返しばっかりでさ・・・」
「・・・・・」
「周りの人は皆、親切で、有り難いんだけどさ、リコーダーのおかれている状況のこととか、話してもさ、なんだか変な人、みたいな顔されてさ・・・・もう疲れた・・・ピア二ストになれば良かった・・・指揮者とか・・・・やる楽器間違えたかも・・・・」
「・・・・・」
「今度もバッハのシャコンヌ、吹くんだけどさ、誰も話題にもしてくれないし・・・・」
「・・・・・」
「寒くなってきたし・・・・」
「・・・・・」
「歳もとってきたし・・・」
「膝が痛かったりして・・・腰が痛い日もあるし・・・・朝。早く目が覚めるようになっちゃってお年寄りみたいだし・・・・」
「あのな、次郎、一言いっても良いか?ふたことめには生きるとか、死ぬとか、それってお前のすごく悪いクセだよ。カッコ悪いよ。俺は忙しいからお前のグチにつきあってる暇はないよ。もうちょっとだけ面白い話はないのかよ?グチとかじゃなくて」
「・・・・面白い話?」
「そう、ワクワクして、ドキドキして、ココロ踊るような話」
「・・・・この間、コンビニに行った。そしたらな、レジの女の子が俺の顔をじ~っと見てるんだよ」
「おお!そうか。それで!?」
「俺の顔をじ~っと見てくるから、俺もその娘さんの顔をじ~っと見たんだよ」
「それで!?」
「そしたらさ、その子は俺に向かって、リコーダーの次郎さんじゃないですか?、って言って来たんだ。今度、鹿児島左官屋町チャペルでやる演奏会に来るって言ってた。九時屋楽器店でチケットももう買ったって」
「おお!それはすごいな!その子はそれで、どんな風なんだよ!?」
「どんなって!?」
「見た目だよ。可愛いのか?」
「結構、可愛い感じだった。目がぱっちりした感じで。肌も、こう何と言うのかな、若い娘特有のキラキラ感というのか、透明感というのか、そういう感じで」
「おお!それで、その子は他に何て言ったんだよ?」
「演奏会、すごく楽しみにしてます、って言ってた。俺のブログもいつも見てるって言ってた。自分でも下手だけどリコーダー吹いてるんだって言ってた。少しずつ書き始めてる新リコーダー奏法もちょっと難しいけど読んでるって言ってた」
「そりゃ、お前の大ファンだぞ!、おい、良かったな!その子のメールアドレスはもらったのかよ?」
「いや、別に」
「カッコつけるなよ。本当はメールアドレスもらいたかったんだろ?」
「うん」
「その子にまた会いたいんだろ?」
「うん」
「またそのコンビニに行って、その子に会うつもりなんだろ?」
「うん」
「ほらみろ、だからな、たまには良いことも起きるからさ、生きるとか死ぬとか、言わないで、とにかくやってれば良いんじゃないの。死ぬときは皆、死ぬんだし」
「そうだな。そうだよな」
「そしたら、今度は俺の話な。次郎、俺、最近、人類の誕生に関する本読んだんだけどさ、いつ人類が誕生したのか、っていうのはさいろいろ説があって100万年前とか、500万年前とか、とにかくいろいろでさ、定説はないらしんだよ。でもとにかく何百万年という単位の話になるらしい。だいたい300万年前に誕生して、火を使い始めたのは5万年前くらいからだと仮定してみると・・・・・」
「みると・・・・・?」
「おどろくなよ!295万年もの間、人類は火も使えずに、その日暮らししてたんだぞ!」
「???」
「次郎、お前、この話、聞いて面白くならない?俺、なんかすごく嬉しくなった。だってさ、火も使えないなんてさ、それってさ、生の肉とか、そういうものをクチャクチャ食べてさ、そんなんで一日過ごしてたわけだろ。何も生産的なことしてなかったわけだよ。でもそれでも人類というからには、人間なわけだからさ。これってすごくない?」
「???」
「だからさ、フラマンブロックフレーテアンサンブルの演奏会も大事だろうけどさ、そういうのもいずれは忘れ去られてしまうわけだからさ、考えてもみろよ。あと500万年あとに、2018年の俺たちの暮らしぶりのことなんて、もう歴史の彼方の彼方だぞ。数字にしてみると、西暦5002018年。つまり五百万二千十八年ということになるんだぜ。俺たちなんて、そのくくらいの未来人からしたら原始人に見えるかもよ」
「そうかな」
「うん。それはそうなんだよ。今、俺たちがやってる事は宇宙の歴史からみたら、どうでも良いことなんだ」
「どうでも良いこと?」
「うん。文化人類学的に言うと、音楽なんて単なるヒマつぶしと同じらしい。だからさ、いろいろ、あっても良いじゃないの」
「たまにはやる気でなかったりとかしても?」
「やる気ない時には、やる気ないままで居れば良いんじゃないの。だって死ぬまでのヒマつぶしなんだもん」

オーディオインターフェイスの音

2018-10-27 | 思うこと

事情があって古いXPのコンピューターとローランドのUA1000というオーディオインターフェイスをひっぱりだして来てマイクをつないで音を聴いてみた。
なんだか懐かしい音だ、と感じた。

ローランドの音だ!と思った。

なんだか、こういう自分自身を他人の目線でみてみると、とんでもない録音マニアという感じがする。

録音にあまり縁のない皆さんからすると、すごく変わった人に見えるのかもしれない。

僕自身はXPのコンピューターとローランドのインターフェイス、そして初期のCUBASEというソフトのなかで育って来た自覚みたいなものがあって、(これも多くの方々にとっては全然関係なさそう・・・でも個人のブログということで書きたいこと書かせてください)

なつかしい音(この場合、厳密に言うと音そのものというよりはその音響機器の癖みたいなもの)を聴くと、その当時、自分自身が目指していた何かまでよみがえってくる感じがある。

青臭くて、生意気ざかりで、失敗の連続みたいな。。。

少し前まで多分、芸術至上主義みたいなものにかぶれたところがあって、そういうもので世界を見てしまっていた。でも、もうそういうものの見方が完全になくなることもないかもしれないから半分あきらめてしまっているのだ。

芸術至上主義ならまだわかるけれど、同じ人間が音響機器の癖を耳にしてなつかしい、なんて、それはよくよく考えるとすごく変だ。

だって音響機器の癖と芸術とは関係ない。なんだかいろいろなものが普通の人とは違う風に頭のなかの回路が出来てしまっているところがあるのかもしれない。でもそういうのともうまく付き合いながら生きてゆくしかないので、それも仕方ない。

でもなんだかなつかしい音とか色ってありませんか。

その音を聴いたりその色をみたりすると、いつかの自分に戻れるみたいな。

それって何だかタイムマシンみたいな働きをもっていて、それはおなかは満たしてくれないけれど、もしかしたらある一部の人々にとってはすごく大切なものだったりするのでは。

今日は

2018-10-26 | 日常雑記
今日は大学で授業の日です。
鹿児島国際大学の音楽学科でリコーダーと音楽理論関連科目を担当しています。

合奏(リコーダー)という科目があり、教員免許を取得するための必修科目になっています。
30人弱の人数の学生諸君が履修しています。

プラスチックのアルトリコーダーでリコーダーの基礎的な奏法を学びます。
若い皆さんは進歩が早いのでこちらがびっくりすることがあります。

今年は副科でリコーダーをやっている人もいます。
そちらは個人レッスンです。

ルネサンスやバロックの二重奏曲を木製の楽器を使って練習しています。

このところ日常的に期限の迫った事務仕事が多く、はりつめた感じがあるのですが、そんな時に大学での授業で学生諸君と、そして教室でのレッスンで皆さんと一緒に過ごせるのは良い時間です。

フランダースカルテットのチケット、まだあるので、皆さんに御来場いただきたいです。




事務仕事ひと段落

2018-10-24 | 日常雑記
事務仕事がひと段落しました。
連日コンピューターに向かっていたのでちょっと目がしょぼしょぼします。

洗面器に水をいれて顔を突っ込んで水のなかで目を開けたまま、ぐるぐる目をまわしたりしています。

このところ自分の練習が出来ていなかったのでまた再開します。
久しぶりにテナーリコーダーを持ったら、大きく、重たく感じます。

柄にもなく、「生きる意味とは何か?」というようなことを考えたりしています。

そんな時、たまたま人類の誕生について書かれた記事を読んでみました。
200万年前に誕生したとか、500万年前に誕生とか、定説はまだないようです。

火を使い始めた頃についてもはっきりした確証はまだ得られていないようです。

仮に300万年前に人類が誕生したとして、5万年前から火を使い始めたとすると、295万年は火も満足に使えないような状況で、石や木の粗末な道具を使っていて、そんな時に「生きる意味は何か?」というようなことを昔の人は、考えたのだろうか?

ということを考えています。

人類というくらいだから、人としての気持ちはあっただろうと思います。「もっとモテるようになるためにはどうしたら良いのだろうか?」とか、化粧品も売ってなかったし、つけまつげのようなものも多分、なかったと思いますが「どうやったらあの人は私に振り向いてくれるかしら」とか、そんな気持ちもあったと思います。

サラリーマンの出世競争みたいなものはなかったかもしれませんが、やはりオトコの間では何らかの競争があったと思います。

投げやりをどこまで遠くに飛ばせるか、とか。

こういうのは今でも行われています。

どれだけ速く走れるのか、とか。どれだけ重たいものを持ち上げられるか、とか。

教育ママみたいなお母さんも居たかも。
「やり投げの練習まだしてないの!?ダメじゃないの。となりの**君はやり投げの練習はとっくにう終わって、重量あげの練習にはいってるわよ。そのとなりの**君はもう、走り高飛びしてるじゃないの!」

というような感じでみんな毛皮の服をまといながら、まるで陸上競技選手みたいな暮らしをしていたかもしれないし。。。

もしかしたら火は使えなったかもしれませんが、今の卓球に似たようなスポーツはあったかもしれません。何か棒みたいなものを使って丸いものを打ち合うような。

そういう記録は残っていないので今となってはよくわかりません。

何しろ300万年前なので、当時使ったかもしれないラケットみたいな棒状のものや、今のボールに似たような丸いものは、風化してしまっています。

2018年の今やっていることも、そのうち記録がなくなってしまったら、もうどこまで歴史に残るのか、どうかわかりません。

最近、読んだ記事のなかで、生きるのは死ぬまでの暇つぶし、という言葉を読みました。
そういうことは考えたことがなかったので、が~ん、と来ましたが、とにかく、どんどん時がたってしまうことに違いはないので、一日、一日を大切にしようと思います。

しつくこくて恐縮なのですが、火が使えるようになる前の人類も、このくらいの程度のことは考えていたと思います。

毛皮で作ったような服を着て、石を持った原始人みたい人も「一日、一日を大切にしよう」とか、その程度のことは当然、考えていたと思います。

そういうことを考え始めると、なんだかもう、私自身は火が使えるようになるはるか昔の毛皮をまとっていた人類(もしかしたら何もまとっていなかったかも)とそんなに違わないような。。。


フランダース・リコーダー・カルテット(FRQ)1996年の写真

2018-10-23 | FRQ

フランダース・リコーダー・カルテット(FRQ)1996年の写真が出て来ました。撮影の場所はFRQのバルトさん(右から二人目)の家。一番右がポールさん(トップのパート担当することが多かった)、一番左がヨリスさん(編曲を担当)。

FRQ日本公演2018吉嶺史晴御挨拶

2018-10-21 | FRQ
先ほど書いた文章を3分弱の動画にしてみました。
FRQ日本公演2018吉嶺史晴御挨拶

FRQ公演に向けて 10月21日

2018-10-21 | FRQ
公演に向けてこのような文章を書いてみました。

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元FRQメンバーの吉嶺史晴(よしみねふみはる)です。

1995年~1999年の間、参加しておりました。

今回の公演ではマネジメント、賛助出演いたします。

よろしくお願いいたします。

1995年といえばもう20年以上も前のことになります。

時間が過ぎてゆくのは早いものだと改めて感じます。

私事なのですが、1992年にベルギーに留学しました。

もっと音楽の勉強をしたかったのです。

最初、私は学生としてベルギーに渡り、勉強のために多くの
演奏会を聴きにゆきました。FRQもそのなかのひとつでした。

演奏会場では驚くべきことが起こっていました。

いわゆる「黄色い歓声」とでも言うのでしょうか、若い女性が好きな
アイドルのコンサートで発する歓びの声に似た声がFRQの演奏会では
上がるのでした。私は大変、驚きました。

ベルギーという国では、リコーダー四重奏の演奏会に若い女性が
大勢、集まって、黄色い歓声が起きている・・・

そのことはそれまで
東京でひとりでほそぼそやっていた私には別世界のように見えました。

20代の終わりを迎えようとしていた私はほぼ同年代のベルギーの

リコーダー奏者たちの颯爽とした姿に憧れ、そして打ちのめされました。

とにかく、カッコ良かったのでした。

ある時ヴィヴァルディの「四季」、全ての季節ををリコーダー四重奏でやる、というので聴きにゆきました。

私は強い衝撃を受けました。後にエンタテインメントとして洗練されてゆく前の非常に先鋭的なFRQがそこに居たのでした。

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そんな時、FRQのバルトが私に電話をして来ました。

「明日、小学校で演奏するけれど急にひとり出られなくなったから、
代わりをやってくれないか」というものでした。

引き受けました。何かのきっかけになるかもしれないと思ったのです。

子供向けでも何でも良いからFRQと演奏してみたいと思ったのでした。

小学校の子供たちのために演奏する前、急いで楽譜の確認をしてなんとかピンチヒッターをつとめました。その時初めて、FRQのルネサンスリコーダーに触りました。

その後は普通の演奏会でもピンチヒッターをしました。

そしてある時からFRQのメンバーとして演奏し始めました。
1994年から1995年にかけてのことでした。

参加してまだ間も無い頃、何も音を出さないで練習が終わってしまうことが
何回かありました。

私にしてみると「あれ?あれ???」という感じです。

とにかくバルト、ポール、ヨリス、皆、よくしゃべるのです。

今思うと、グループの方向性を確かめあっていたのではないかと思います。

苦しいことも楽しいことも含めて、FRQメンバーとして過ごせたなかで
多くのことを学ぶことが出来たこと、感謝でいっぱいです。

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さて、FRQ公演のマネジメントを進めるなかで思うことがあります。

活動の初期、FRQがそれまでにない苦しみに直面した時期がありました。

ブルージュの国際古楽コンクール後の数年間です。

楽器の特性やレパートリーの問題、いろいろなことが巨大な壁となり、それらは当時のFRQを押しつぶそうとするほどの重圧となりました。

その壁は今、どこに行ってしまったのだろう?

FRQが到達した地点にはそのような壁はもうなくなってしまったのだろうか?

それは依然として全てのリコーダー奏者たちの壁としてそこに在る。。。

FRQはそれをついに克服して勝利のうちにその戦いを終えたのではなく、31年間という時間のなかで、そのための答えを探そうと試みたに過ぎない。

リコーダーが楽器として低くみられてしまうのは悲しい。

でも、未来のリコーダー奏者がさらなる輝きをこの世界にもたらしてくれるかもしれない、

そんなことを夢見るのは大きな喜びでもあります。

鹿児島加治屋町教会、東京文化会館小ホールで
素敵なヒトトキが過ごせますように。

リコーダー奏者・元FRQメンバー 吉嶺史晴 
                    
                 

FRQ日本最終公演2018

2018-10-17 | weblog
フランダース・リコーダー・カルテット(FRQ)の紹介動画を作ってみました。
2分50秒ほどです。

FRQ日本最終公演2018