吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

ひと段落

2019-06-30 | 日常雑記
今、取り掛かっている曲、下書きばかり沢山、出来てしまってなかなか最終稿に至らなかった中間部分の寸法が決まりました。
中間部分は古典的なロンド形式になりました。

作曲に取り掛かっている間は、ともすると曲のことばかり考えてしまうので、気分転換、大事だなと思います。

モーツァルトは他の曲を書くのが気分転換だったのだそうです。

とてもそのようには出来ないので、畳の部屋でゴロゴロしたりしています。
卓球のラケット持って、素振りの練習したり、そんなこともしています。

最近は近くの温泉に行くのも楽しみです。
たいてい夜、行くのですが、入るときに「こんばんは~」と言うと、先にはいっている方々が「こんばんは~」と返してくれます。

オンナ湯のほうからは大抵、おばさん(もしくはお姉さん)方のにぎやかな話し声が聞こえてきます。

おじさん達はだまって入っている人が多いです。
僕もそうです。

出る時には「おさきに~」と言って出るとそれまで黙ってたおじさんから「お疲れ様~」と言ってもらえたりします。
とても、とても小さなことなのですが、やっぱり生きてるのは良いものだなあ、と思います。




新作メモ 無調に近いのは短調(技術的な事柄)

2019-06-30 | 音楽制作覚書
作曲上のメモです。

長調よりも短調の方が無調に近い距離にある、という考えかたを紹介します。

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今、取り掛かっている曲で同じ材料を曲の中間部分とコーダで使っています。

コーダを長調の感じまたは明るい感じの旋法で行くというのは決まっているのですが、中間部分をどうしようか考えています。

ある主題が最初に登場する部分を、短調または日本風の陰旋法にしようかといろいろ試行錯誤しているのですが、そのなかで「もしかしたら無調でも良いかも」というアイディアが浮かびました。

長年、携わってくると、やはり短調というのは長調と比較すると「人工的」な感じが免れません。

自然短音階ならまだ良いですが、和声短音階になると、その途中で増2度が出て来たり、あるいはまた旋律短音階に至っては上行型と下行型で出てくる音が違ったりします。

これはやはりどうみても人工的です。人為的でさえあります。

このような考えかたをしてみるならば、古典的な和声の世界で使われている長調と短調はかならずしも同列に扱われる必要はないかもしれません。

同じ主題が短調で現れる場合と、無調的な音の動きで現れる場合、その性格にさほど差がつかない場合は無調で書く、という選択肢も有ります。

実際の作曲技法上では古典的な和声の世界から無調を目指す場合には、それまでが長調だった場合、とりあえず短調を経由してから無調にゆくとより、なめらかな移行が可能なのでは、という考えかたです。

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ひとくちに「無調」と言っても、特定の中心音のある無調と、12音が均等に扱われている無調とでは性格が異なります。

この場合、理屈の上では特定の中心音のある無調のほうが調性のある世界に近い場所に位置しているということになります。

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補足:
短調以外にも、全音音階、ディミニッシュスケール、半音階など様々なものがあります。

それぞれの音階が無調、および古典的な和声からどれほどの距離に位置するのか、ということを自分なりに考えてみるのは頭の体操になります。

昨日は

2019-06-29 | 日常雑記
昨日は大学で授業がありました。
音楽理論関連科目を担当しています。

後ろの方で眠たそうな顔してる学生諸君をみると、ついつい「授業が眠たくなるのは自分にも責任が」と思ってしまいます。授業に関連のある事柄でなんとか面白くしようと努力しています。

創作・編曲に関する科目では今、厳格対位法を取り扱っているのですが、そこでは「宇宙の音楽」、「人間の音楽」そして「道具の音楽」という話が出ました。

旋律を書く練習だけだと、どうしても眠たくなってしまい勝ちなのすが、そんな時はほんの少しだけ話をする時間にしています。
学生諸君もそういう時には興味深い反応を示してくれるのが嬉しいひとときです。

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今日は楽譜を書いたり、ヴィオラ・ダ・ガンバの練習をしています。
ガンバでは12月に演奏させてもらえる機会があるので、今から気合が入ります。
自分で考えたメカニックな練習曲を今日は沢山やりました。

ヴィオラ・ダ・ガンバというと古楽器というイメージが強く、練習もついつい古い曲ばかりが多くなってしまうのですが、最近は意識して移弦や和音アルペジオなど、メカニックな練習を多くしています。

練習ひと段落した後は近くの温泉に行って来ました。

良いお湯でした!

ヴィヴァルディの協奏曲(ヴァイオリン、弦楽、通奏低音)をフルート1本で

2019-06-28 | 音楽制作覚書
ヴィヴァルディの協奏曲「四季」(ヴァイオリン、弦楽、通奏低音)をフルート1本で演奏するために編曲された楽譜を見たことがある。

「なんじゃこりゃ?」と思った。

ハーモニーも低音の動きも全て省略されて、ただその時々の主な旋律がつらなっているだけのもの。

音楽的にはこういうものはあまり上等なものとは言えない。
でも、そのような編曲(編曲といえるような上等なものでさえない)をした人の「思い」みたいなものは伝わる。
とにかく理屈ぬきで、編曲者はその原曲「四季」が好きだったのだろうと思う。

どうしても、今、新曲にとりかかっているせいか、あるひとつの曲に秘められた「思い」みたいな何かにココロが動いてしまう。作り手の思いみたいなものが伝わって来る音楽、そういうものは、たとえ表面がそんなに立派なものでなくとも、良いなあと思う。

でも、こんなこと書きながら、ひとつアイディアが浮かんだ。
今、書いている曲のアレグロの部分、そこを協奏曲風に出来るかも!

無伴奏テナーリコーダーだけで協奏曲の感じを出すための具体的な手続きはそんなに難しくない。

*ソロの部分とトゥッティの部分を明確にすること。

これだけなのだ。
でも、言うのは簡単だけど、いざ作るのはそんなに簡単ではないのだ。

*たとえば、ソロの部分は普通の演奏法、トゥッティにあたる部分は声を一緒に出したりしながら音全体に厚みを作ってゆく、という手法はどうだろう?!

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少なくとも、使える音色や奏法の豊富さという点では17世紀のファンエイクや、18世紀のテレマンやバッハよりも遥かに今の作り手のほうに利点があるわけで、そのあたりを活かした作曲の在り方というのは可能なはず。


9分地点まで

2019-06-27 | 日常雑記

今、取り掛かっている曲はだいたい9分地点まで到達しました。
これから細かい部分の音を確定させて清書したら出来上がりです。

ここからがまた一苦労なのですが、聴き手の方々に聴いてもらえることを思うと嬉しい苦労です。

今、書いている曲はもうこれかぎりで二度と演奏されない曲になるかもしれないのですが、それはもうわからないことなので、とにかく完成させることに集中します。

現代的な音楽は一度演奏されてそれきり、という曲が多いです。

今の曲もそういう風になってしまうかもしれませんが、もうそれは本当に作り手にはどうしようもないことなので、そうなったらそうなったで諦めます。

作っている最中から諦めるなんて、なんだかおかしな感じもしますが、あまり高望みをしてもよくないので、とにかく目の前にあることだけに集中したいと思います。



4分地点まで

2019-06-25 | 日常雑記
今、取り掛かっている曲が4分地点まで到達しました。
今回は下書きを沢山作りすぎてしまったので、そのなかから良いものを選ぶのに苦労しています。

下書きはほど良い分量を用意すること、このこと学びました。

簡単に言ってしまうと、曲作りはまず材料を準備して、それらを並べてゆく作業です。
これだけです。

でも並べてゆく作業、この段階でいろいろ新しいアイディアが生まれて来てしまって時間をとられるのが一苦労です。苦労なのですが、出来上がる曲のことを思うと嬉しい苦労です。

ず~っと、曲のこと考えているとさすがに頭が煮詰まってしまうので、そんな時は畳のある部屋でゴロゴロしたり、ストレッチしたり、卓球のラケット持って素振りしたり、そんなことして気分転換します。

新しい曲、発表させてもらえるのは東京文化会館小ホールです。
以前、演奏したことのある会場なので響きのイメージがあるので助かります。

新作は無伴奏テナーリコーダーのための曲です。
愛好家の方にも演奏してもらえるように技術的な水準はほどよく抑制した曲にしようと、当初は考えていたのですが、いざ曲を書き始めると、そういうことは飛んでいってしまいました。

少しだけ技術的には難しいものになりそうですが、音楽的にはしっかり聴き手の方々に伝わるチカラを備えたものになるようにします。

お昼をはさんで午後は少しヴィオラ・ダ・ガンバの練習してから、また作曲に戻ります。
東京で聴き手の方々と御一緒できること今から、本当に楽しみにしています。

一粒で二度美味しい

2019-06-23 | 音楽制作覚書
「一粒で二度美味しい」という御菓子の宣伝文句があった。

今、取り掛かっている無伴奏テナーリコーダーの曲、とりあえず無伴奏曲として作っておいて、その後、チェンバロとヴィオラ・ダ・ガンバを加えて三重奏曲として作るというアイディアが浮かんだ。

これだったら、一緒に演奏する楽しみもあるし、他の演奏者とひとつの曲をわかちあう喜びみたいなものもある。

ちょっとだけ将来の楽しみが増えた。ほんのちょっとだけ。

でもとりあえず今の曲を書き上げなくてはいけないのだ。
最初のひとまとまりは出来たから次ぎのまとまり、その次ぎのまとまり、と続くのだ。

ルネサンスやバロックの文献には即興演奏や即興的な装飾に重点がおかれている。
でもそんなに優れた即興演奏プレイヤーでなくても作曲は出来る、というのは慰めだ。

あといくつ作曲できるかなあ、なんて時々、考える。

でもそんなこと考えたりしてても作曲の筆が進むはずもないので、とにかく書き続けるしかないのだ。
8月24日、東京文化会館、だんだん迫って来た!

そうなのだ。
書いている時は曲のことばっかりになってしまって実際の演奏の現場のこと、ついつい忘れてしまう。

東京文化会館小ホールといえば、昨年の冬に演奏したばかりの場所だから、まだ空気の感じとか、舞台、客席の感じ、よく覚えている。

その記憶、と今、作りかけている曲との化学合成作用みたいな、そんな働きもあるかもしれないのだ。

今、作りかけの曲、そんなに長い曲になるはずでもないけれど、でも清書の完成形はまだまだ。
でも進むしかないのだ。

ひと段落

2019-06-23 | weblog

今、取り掛かっている曲の最初のひとまとまりが出来ました。
これからふたつめのまとまりを書きます。

下書きがいくつかあるのでそれをまとめる段階に来ました。
まとめながら新しいアイディアが来る時もあるので、良い音の動きなど逃さないように気をつけながら書いています。

歴史に残る傑作を書こう、というような気持ちがあると、全然書けなくなってしまうので、とにかくあまり欲張らないで書き続けるようにしています。

今日の練習

2019-06-22 | 音楽教室
Arnold COOKE concerto for treble recorder and string orchestra


教室の生徒さん方の曲の伴奏の練習しています。
今日、練習しているのはアーノルド・クックのアルトリコーダー協奏曲の伴奏です。もとは弦楽オーケストラなのですがピアノ用の楽譜を練習します。

もう少し自分に鍵盤楽器の演奏技術があったらな、と思いますが、とにかく今ある技術を活かして、足りないところは何とか工夫しています。

これは今度またはその次ぎの発表会の候補になる曲なので、しっかり練習します。

専門のリコーダー奏者にとっても高度な曲ですが、愛好家の方がこのような曲を演奏できるというのは本当に素晴らしいです。

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レッスンは仕事なのでとにかくタイミングを計りながら、しっかり進めなければいけないのですが、自分の練習や作曲などは締め切りが迫っていなければなかなか手をつけられないこともあり、いろいろ思うところです。

生徒さんの曲の練習にとりかかっていると、やっぱり、それらの曲は完成度が高いものばかりで、「ああ、自分の曲、これからどうなっちゃうのだろうか」と弱気の虫が出てこないこともないです。

でも最終的には演奏を依頼してくださった方々の期待や、その場の聴き手の方々がいらっしゃる、ことを思うと、自分の弱気など、そんなことは二の次、三の次ぎ、と思います。

要は良い音楽が出来れば良いだけの話なので、作っている際に作り手が弱気だろうが、強気だろうが、そんなことは聴き手の方々には関係ないと自分に言い聞かせています。

習っていた頃には同じ仲間同士で、その時、とりかかっている曲のこととか、作曲技術のこととか、いろいろな話題で、盛り上がることも出来ていたのですが、もう最近、ずっとひとりで書いています。

でも作り手というのは多かれ、少なかれ、書く時にはひとりきりになるわけなので、そのあたりも少しずつ慣れて来ました。

演奏の場合だって、無伴奏の曲はひとりきりだし、普通に伴奏のある曲であっても、舞台上で、何らかの原因によって、なんだかもうどうしようもない孤独になったりすることもあるわけなので。

ということは作曲者だから演奏者よりも孤独である、とか、そういう理屈は全く成り立たないので、とにかくあきらめないこと、締め切りに間に合わせること(というか本番の日にまにあわせること)、ということで進んでいます。

今日のレッスン2019年6月21日

2019-06-21 | 音楽教室
今日のレッスンのひとこま。
まだ始めたばかりの生徒さんの方々。今日で3回目のレッスン。

高い音域を出す際の左手親指が逆にそってしまうことがあったのですが、それはほんの少しで良いので、内側に曲げましょう、ということをお伝えしました。

アルトリコーダーの場合、高いレ、ミ、ファの音などは左手親指が内側に曲がっていたほうがピッチ制御がしやすいです。

あとは音の終わりはタンギングで切ること、長い音は分割して拍を数えること、ピッチをあわせる際にはうなりのある状態と、うなりのない状態を聴き分けること、などをやりました。

いずれも基本的なことばかりですが、これらが後になって効いてきます。

レッスンの終わりでは今度の宿題の予習(新しい指使いの音や、練習の方法)をして、ほんの少しだけ世間話でした。

大人になってからリコーダー始められた生徒の方々、これから楽しみです!