吉嶺史晴のブログ

リコーダー奏者吉嶺史晴のブログです。演奏活動ならびに鹿児島市で音楽教室を運営しています。

すごく安定してるんだけど、すごく変化する(技術的な事柄)

2015-11-21 | リコーダー奏法
すごく安定してるんだけど、すごく変化する(瞬間的にも、中長期的にも)っていうのが良い演奏者なんだ、と最近、思う。とても思う。

普通は上達してくると、安定してくる。で、安定してくると変化しにくくなってしまう。(こういう人、すごく多い)

下手なうちはすごく変化する。でも全然安定してない。(こういう人もすごく多い)

で、ものすごく稀少な割合で存在するのが、安定してるんだけど、すごく変化する人。必要とあらば下手な人しか出せないような音さえも出すことをいとわない人。
こういう人、ほとんど存在しない。でも確かに存在する。

多分、皆さんがお金出して聴きたくなるような演奏者ってこういうところまで到達してないと今の時代は無理なんじゃないだろうかと思う。(自戒をこめて)2015年11月21日

芸術作品を保存する

2015-11-18 | 音楽制作覚書
芸術作品を保存することの難しさという記事を読んだ。
僕は音楽に携わっている。
それでもかなり伝統的な分野のものだけだ。新作を演奏したり、自分で書いたりすることもあるが、今までになかったような記譜法のものとか、そういうものを取り扱うことはない。

思うのは「楽譜」という媒体の優秀さ。
これは作品を直接保存するのではなくて作品を音にするための手順を示したものに過ぎないわけだ。

実際に楽譜から本当の音楽を作り出すためには、演奏者というそのために訓練された人々が必要だ。
考えてみれば、これほど贅沢な在り方もそうそうないと思う。

「楽譜」これは芸術作品を直接保存するというものではないけれども、芸術作品を作り出すための手続きを示したものとしては非常に優れたものなのだ。


ああ、ぜんぜん、オチのない記事になってしまった・・・・・
これから、また練習に行って来ます!
アイスクリン!

何故、様式感が必要なのか(技術的な事柄)

2015-11-14 | リコーダー奏法
発表会前だ。
生徒諸君のレッスンにあたりながら思うこと。

何故、様式感が必要なのか、ということを簡単に考えてみた。

その奏者がやりたいことと、様式が要求する間に出来るチカラの拮抗が面白い音楽を作るのに大きな役割を果たすからではないだろうか。

ヨーロッパの古い音楽を演奏するのなら、ヨーロッパの古い音楽らしく聴こえるということが大事だ。
個性的な演奏ということと、様式感の備わった演奏というのは、相反するものではないはず。

むしろ、個性的であることは必要不可欠。
その奏者でなければ演奏できないような演奏であってこそ、その曲をその奏者が演奏する必然があるわけだから。

演奏会前2週間と1日

2015-11-12 | ヴィオラ・ダ・ガンバ
しばらく前まで沢山練習すると左手の指先がへんな感じになる時があったのだけども最近は1日6時間の練習をほぼ毎日続けていても大丈夫だ。
指先も強くなってゆくような感じだ。

この調子で27日の演奏会まで持ってゆこうと思う。
リコーダー関連の曲はもうだいたい良いけれども、やっぱりガンバ関連の曲がちゃんと良い感じで弾けるようにしたい。

とりあえず無伴奏ガンバソナタと、そしてフォリア。この2曲。ちゃんと弾けること。

もう日付が変わったから今日になった。
夕方から生徒諸君のリコーダーレッスンだから、その前にちゃんと自分の時間を確保して練習。
夜はあわせの練習だから、その前にちゃんとウォーミングアップしておくこと。

楽譜を見ながらでも弾けるし、目をつぶってても弾ける。
このふたつのパターン、どちらでも対応できるようにしておくこと。もちろん、フレットがなくなる高音域でもちゃんとイントネーションがとれるようにすること。

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昭和の喫茶店がなくなってしまったので、最近はもうコンビニの珈琲が多い。100円の挽きたてのやつ。
明日は教室へゆく道で車をとめて珈琲!

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本当は明日は木曜だから大学で授業のある日なのだけれども、学園祭関連で明日の授業はなし!
とにかく昼間は自分の練習に集中すること。

午前中だけで少なくとも2時間から3時間練習出来れば、午後の時間配分がラクだ。
前進あるのみ!
3歩進んで2歩下がらない。3歩進んで1歩も下がらないでそのまま4歩め、5歩めを目指す。

なさけない音が出た時の態度(ふたつの選択)

2015-11-08 | リコーダー奏法
練習していると、時として「なさけない」感じの音が出る時がある。弱弱しくて、芯がなくて、演奏者の意図がなくて、ピッチも悪くて、、、、、そういう感じの音。

そんな時、どんな態度をとるのか、という選択


*「俺はこんな、なさけない音だすために今まで苦労して来たんじゃないわい!なめんなよ!」と怒る。(自分自身に)


*「なさけない音が出るのはその時の必然なのであるぞよ」と達観する。(自分で自分をなぐさめる感じ)


僕自身は、個人的には(自分自身に対して)怒ったり、怒られたりするほうがエネルギーのやりとりがあって好ましいと思う。怒ったら、しゅんとなるのではなく、怒ったら、それに怒り返す、という在り方なのだ。

これはレッスンの時ではなく、僕ひとりで練習する際の話なのであります。

100パーセント、自分の音楽的な意図を伝えるのは無理

2015-11-08 | リコーダー奏法
100パーセント、自分の音楽的な意図を伝えるのは無理、という前提に立つことが出来れば「なんでわかってくれないのかな」というようなことで悩むことがなくなる。

だって「100パーセントわかってもらうのは無理」だから。

でも100パーセントは無理でも60パーセントくらいはわかってもらえるかもしれない。
本当に良い演奏者って、多分、与えられた環境のなかで最善を尽くすことの出来る奏者だ。
指が速く動くとか、耳が良いとか、音楽理論がわかってるとか、国際的な経歴があるとか、そういうことじゃなくて。

与えられた環境のなかで、そのなかで、もしかしたら60パーセントだけかもしれないけれども、いや場合によってはもっと低い時もあるかも。

一般的に「芸術」を作るなんていう作業(演奏ふくめて)がなんだか全然、妥協のない世界で行われているというイメージが一般にあるとしたら、それって、すごい的外れなことで、「芸術」を売りたい人たちが「芸術」になにか売り物になるようなイメージを付加して出来上がった幻想みたいなものなんじゃ。。。。

このこと、すごく大事だと僕は思う。

世の中には「芸術」に関することで商売を成り立たせなければならない職業がある。芸術作品や芸術家を流通させるようなポジションにある職業。

その人たちにとっては「芸術」が何か特別なものでなければならない。
そのためには一般受けするような「芸術家」のイメージを作る必要があった。
そのひとつが「妥協しない」というもの。

こんなのうそっぱちだ。
「芸術」は特別なものではないし、妥協なくしてはなりたたない。それは世の中にある普通のものの成り立ちと同じだ。

60パーセントのなかでどれだけ良いことが出来るのか、という立場にたてれば、なんだかいろいろなことが面白くなってくる感じだ。

自分自身の100パーセントの絶対値そのものがあがってゆけば良いだけの話だ。

良い意味で妥協すること。(ここでは妥協できるだけの人柄が必要)

音楽家としての自分自身を磨き続ける。(人柄とかそういうこととは関係なく、効果的に練習し続けること)

タイミングが共演者にわかること、わからないことの是非(技術的な記述)

2015-11-07 | リコーダー奏法
タイミングが共演者にわかる、というのは一般的には良いことだ。
しかし、何でもわかる、というのはつまらなくなる原因ともなる。

演奏は恋愛と似ている。
相手のことがわかった(たとえ誤解であったとしても)と自分が思ってしまった瞬間に相手への興味は低下するのをまぬがれないとしたらどうだろう。

優れた演奏者って何だろう?
予測できないタイミングで予測できないことが出来るのか、どうか、それはひとつのポイントだ。

音楽は時間芸術だから、音色やダイナミクスなどの要素がさほど大きく変化せずとも音が出るタイミング、音が終わるタイミングで表現が大きく変わる。

でも問題は「やりたいことが共演者に伝わるのかどうか」ということだ。

一般的にコミュニケーションとは伝わることは良いこととされる。でも果たしてそればかりなのだろうか?
そんなに簡単にやりたいことが相手に理解してもらえるのなら、話はラクチンなのだろうけれども。。。。

仮のアイディア:
共演者または聴き手に、理解してもらえないこと自体は悪いことではない。
要はそのような状況のなかであっても実現可能な最良のものを求める態度を維持できるのか、どうかということ。

もうひとつある。
そのような状況でなければ出来ない表現を追及することに意味がある。

変奏曲(技術的な記述)

2015-11-04 | リコーダー奏法
変奏曲を演奏する際の難しさは変奏と変奏をどのようにつなぐのか(または切るのか)という判断。
この点が的確に出来ると曲全体の統一性が高まる。

ということは逆に、この点がおろそかになるとそれぞれの変奏がどんなにうまく出来てもひとつの構造体としての曲はうまくまとまらないということになる。

テンポを遅くして変奏曲を練習する際には実際(本番の時)にそれぞれの変奏にどのような役割を持たせるのかということを意識しておく必要がある。

本番の何日前までに本番の曲を完成させるのか

2015-11-03 | リコーダー奏法
本番の何日前までに本番の曲を完成させるのか、というのはよくよく考えるべき問題だ。

あまり早すぎても良くないし、直前まで仕上がっていない、ということでもまずい。

2週間とか、1週間前、このあたりのところがポイントになるのかもしれない。
3日前だと遅すぎる感じがする。

理想は2週間くらい前には仕上がっていて、本番までの2週間はゆっくりと曲を熟成させる、あるいは身内だけの予行演習の期間にあてる、とか、そんな感じに使えたら良いのではないか。

このあたりのところを、うま~く、うま~く、上手に持ってゆくこと!
アイスクリン!